第四章 今は亡き名店の味

第22話 白紙

 兄の天満は私のことを見た瞬間、なんだお前かといったふうに息を吐く。しかしそれよりも、私の意識は彼が言い放った言葉に向けられていた。


  “りでーん!! 白紙の話だけどさー!!”


 白紙。それは我が一族にとって特別で、とてつもなく重要な存在だ。その単語を聞けば、綾咲家の人間なら目を血走らせる。


 綾咲家には多くの血筋があり、勢力争いが常に行われている。どの血筋が霊力を多く持つかでその勝敗は決定づけられるのだ。


 明確な理由は明らかではないが、綾咲家全体が持てる霊力には上限がある。子孫が生まれるたびに霊力を増やし、一族の霊力を上限に近づける方法でこの家は発展してきた。そして霊力を増やし続けた結果、霊力が上限に達すると私のような霊力の低い人間が生まれることがあるらしい。そのような人間は”余り”と呼ばれ、一族が持てる霊力の限界の印として認識されてきた。


「あの、まさか白紙が生まれたんですか?」


 白紙が生まれるということは、霊力を分配して持つ綾咲家にとって、勢力が覆るほどの大事だ。霊力の上限が上がる印。つまり、分配できる大きな霊力を綾咲家が授かるということになる。

 白紙はその始まりとなる存在で、一族の中で霊力を最も多く持つものと言って良いだろう。問題はその人物がどこの血筋に属するか。それで血筋同士のパワーバランスは決まる。白紙は自然に生まれてくるものではない、謎に包まれた存在だ。皆が手に入れようと躍起になるだろう。


「…………」


 私の目の色が変わったのを見て、諦めたように利伝は目を伏せた。


「……確証はありませんが、力の気配があったと報告が」

「そんな、いったいどこで」

「わかりません。旦那様も先程から書庫に篭って、白紙についての手がかりを探されています」


 お父様はさぞ必死にそれを探していることだろう。綾咲家の中でもお父様の勢力は三番手と言ったところ。もし白紙が手に入れば、勢力は間違いなく一番だ。お父様の時代が来ると言っても過言ではない。

 元当主の下衆な仕事ぶりに殆呆れ、常々綾咲家の当主となって率いて行きたいと話していたから、これは絶好のチャンスとなる。


 私たち兄弟にも他人事ではない。お父様が当主となれば、元当主の子孫たちにも子馬鹿にされずに済むのだから。


「……これ俺も聞いていい話か?」


 小声で頼が尋ねてくる。ただならぬ空気に気まずくなってしまったのだろう。本当に申し訳ないと思いながら小さく頷く。


「ええ。頼は悪用しようがありませんから。ただ、他言無用でお願いします。他の綾咲家の人間に知られるとまずいので」

「それはもちろん」


 白紙については頼に後ほど説明するとして。私も何かしたほうがいいのだろうか? 余りの分際で何かができるとは思えないけれど、自分の立場を大きく揺るがすことだ。お父様にも、他の勢力の人間にものし上がる機会が与えられているのだから。


「ほほう。なんだか面白いことになっておるなぁ」

「ええ、本当に……」


 皮肉のような言葉にそう答えると、頼が不思議そうにこちらを覗き込んできた。わけが分からず私は首を傾げる。


「……卓。誰と喋ってるんだ?」

「え?」


 頼に言われてはっと口を塞ぐ。実家で聞きなれた声だったからつい反応してしまった。でもそれはありえないことに気づく。


 確かに声は聞こえた。しかしそれは——。


「(お、お祖父様……!?)」

「おう。久しいな、卓」



 私の脳内に取り憑いた声は、幼い頃よく聞いた声。我が祖父のものだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る