2-9:その声を
平理の立っていた場所はひしゃげたゲームの筐体が突き刺さって、回路がショートしたのか煙を吐いている。
「サイコキネシスか……?」
待て待て。いつからブルーメモリーズは超能力学園ものになったんだ。
突然の出来事に混乱する俺に視線を離さずに名幸は口を開く。
「ち、違う。オブジェクトを、移動、させただけ」
「……オブジェクト? チートってことか?」
「こ、ここ、私の家、だから。お、オブジェクト、の所有者、な、名幸だから、操るの、余裕」
名幸は指揮者の様に腕を開くと、周囲にあったゲーム筐体が宙に浮かんだ。
…………ゲームで言うマイルームの模様替え機能か?
例えばソシャゲを良くやるプレイヤーなら分かるかもしれないが、マイルームなんて機能があったりする。これは部屋の中に家具だったり観葉植物だったりポスターだったりと所謂オブジェクトを配置して、そこにお気に入りのキャラを配置することでまるでそのキャラがプライベートに寛いでいるみたいな光景を眺めることが出来るという、言ってしまえばコレクション機能みたいなものだ。この時オブジェクトはいつでもプレイヤーは操作して模様替えが可能だったりする。きっと名幸はこのゲームセンター……自分の家をそんなマイルームに見立てて、ゲームの筐体というオブジェクトを操作したんだろうと思う。
名幸の説明が端的過ぎて合っているかは分からないが、ともかく、名幸はこの家の中という条件下では理外の力を振るえると解釈して良さそうだ。出入口を封鎖したりもしたしな。
「危ないなあ、ボクの服が破れたらどうすんのさ。これ一張羅なんだよ」
「……っ!」
平理はゲーム筐体が突き刺さった場所とは全く別の、プリクラ機の裏から現れた。
避けたにしては移動距離が長すぎる。
だって目算、名幸が攻撃した場所と今平理が出てきた場所は20mはあるぞ! いまの一瞬で移動するには無理がある……!
「こ、高速移動……?」
「どうだろうね。当ててごらん、ボクは答えないけどね」
「う、うるさい!」
名幸は再度ゲーム筐体で殴り掛かる。抵抗したり回避する様子もなくゲーム筐体が二階の床に叩きつけられる。
しかしまただ。
平理は何の変哲も無い様子で別の場所から現れる。
「な、なら物量……!」
またゲーム筐体が浮かび上がった。
だが先程の比じゃない。
数えても20台は下らない台数が天井を擦りつつなだらかに∞を描く。このフロアに存在するほぼ全てのゲーム筐体が今この円環に組み込みられたと言って良い。
その様子を見てひんやりと背中が冷たくなった。
……平理死ぬんじゃないか、これ?
こんなことになった最中で考えることじゃないのは分かっている。
でも殺人だぞ?
人を殺す咎は例え相手がどれだけ重罪人だろうと、そう易々と軽くなるはずがない。
名幸が俺を監禁しようとした相手なのは理解している。でも名幸が殺人の十字架を背負うのは正しいことなのか? 平理も平理で死刑に処されて殺されることが本当に正しいことなのか?
「く、食らえ!」
束の間の俊巡の間に名幸は平理にブチかました。何個ものゲーム筐体が平理に襲い掛かる。
「こ、こっち! は、はやく!」
「あ……ああ!」
名幸に手を引かれて二階から一階に下りた。一階の絨毯に足を置いた瞬間、階段がボロボロと瓦礫になって崩れては宙に溶けて消える。
二階を見上げてみるが、いつの間にか二階は消失していた。
最初から二階など存在しなかったみたいに天井が低くなって、跡形もなく消失している。
思わず言った。
「平理は!?」
「く、空間を、切り離した。二階を、さ、サンドボックス化して、こ、ここと同じ、ように、閉鎖領域、にした。多分、閉じ込められたは、はず」
「……死んでないのか?」
「わ、分からない。こ、ここじゃ、閉鎖領域、観測できない!」
名幸は恐る恐ると首を振って───指を壁に向けた。
「そ、それより、ポイント、元に戻した。に、逃げて……あいつ、た、多分、名幸じゃ、勝てない。は、早く!」
いや違う。壁じゃない。
先程名幸の手によって消失していた出入口が復活している!
「良く分かってるじゃないか」
「……!?」
刹那、クレーンゲーム機の裏から発せられた声に名幸はクレーンゲームを投げつけた。
「ダメダメ、なってないなぁ名幸。ボクがそんな原始的な攻撃手段で死ぬとか無いんだから諦めなよ」
「だ、誰がっ!」
「諦めが悪いと面倒くさいなあ。君って本当にそういうところだよ」
蜃気楼のように、クレーンゲームが投じられるたびに平理の輪郭がボヤけて別の場所から出現し直す。
……そうか。
理屈はさっぱり分からないが、平理が何をやっているかが分かった!
「名幸、高速移動じゃない! あれは瞬間移動だ!」
「……だ、だから、閉鎖領域から、脱出を!」
名幸は俺の言葉に頷くと、額に汗を滲ませながらスイーツプッシャーフレンズを空に浮かべる。
瞬間移動。多分そうだ。ずっと平理は瞬間移動を繰り返していたら少し離れた場所から出現し続けることが可能だったのだ。俺がこの空間に閉じ込められたときも恐らく女子トイレに隠れていたのではなく、瞬間移動を使ったに違いない。
平理はクレーンゲームに背を預けると、称える意図か両手を鳴らし始めた。
「流石榊田君だね。で、ボクの攻略手段は見つかりそうかな名幸。ああ、瞬間移動したときに移動予定座標に何かオブジェクトが存在していたらボクはクレーンゲームの中に入って景品になるかもよ。試してみるかい」
「……だ、黙れ」
「可愛い声じゃ響かないなあ。ふぁーあ。単調だ。敢えて踊ってあげたけど代り映えしないし飽きてきたよボク」
眠そうに欠伸すらかます平理を前に、名幸も俺も理解していた。
瞬間移動という種が割れたとして、打つ手がない。
闇雲にオブジェクトを投げ続けても永遠に避けられるだけだ。平理が挑発するように言った瞬間移動場所にタイミング良くオブジェクトを置くという芸当も出来るはずもない。そんなの都内全土を使ってモグラ叩きをするくらい無謀だ。
ふと小さく名幸の唇が戦慄く。
「逃げて、さ、榊田君」
「名幸……お前」
「あ、あいつに、さ、榊田君を渡すの、死んでも、嫌」
「勝手言ってくれるよね。ボクは別に悪鬼羅刹じゃないのに。ボクの人権を無視した名誉毀損だよ」
……逃げた方が良いのは分かっている。
若狭平理はヤバい。名幸も大概ヤバい行動をした少女ではあるが、そんなのとは及びつかないくらいに平理は手が付けられない。俺を殺す気が無いと言うが、逆に言えば殺すことを除いて何をしてもおかしくない。
でも逃げたら名幸は、確実に死ぬ。
「な、名幸は……少しでも話せて、し、幸せだったよ。名幸のこと、名幸の声、お、覚えててね?」
「馬鹿……おい死亡フラグなんか建てるなよ!」
「名幸ので、データは君の、手にある! い、行って! 名幸は気にせず、行って!」
「出来るか馬鹿!」
そんなことを言われて見捨てておけるか!
ああもう、クソが!
ヤンデレだとか監禁されたとかもう今はどうでもいい! 関係ねえ!
俺は名幸の腕を掴んだ。
「一緒に逃げんぞ! 名幸はとにかくクレーンゲームでも何でも筐体投げまくれ! 俺が連れて───」
瞬間だった。
なにか、空気が変わったことを肌で感じる。
何が変わったんだ?
……上だ。
名幸の手の動きと同期して宙を舞っていたクレーンゲーム機が、空中で静止している。
まるで時間が止まったかのような空間で、平理の声は良く響いた。
「───あのさあ、ボクの榊田君を束縛しないでくれるかな。ボクは自由意志を尊重すべきだと思っているから榊田君が他の女の子と話すことは気にしないつもりでいるし、キスくらいならやったって怒らない自信がある。でもそうやってさ、心を縛って榊田君の心残りになろうとするんなら話が違うって思わないかな。それは榊田君にとって邪魔な鎖だよ。肉の鎖だ。要らないだろう鎖なんて。早々に切ってしまおう」
平理の言葉が発されるや否や、俺のすぐ後ろで。
爆発音のような凄まじい地鳴りが鳴って。
空を浮いていたクレーンゲームが地面に墜落してきて。
その中心は、名幸がいた場所だ。
「全く、所有者権限の上書きくらいボクが出来ないと思ったのかい? 今まで見過ごしていたのはそれじゃ芸が無いなと思っていたから敢えてその選択肢を取らなかったからに過ぎないんだよ。その勘違いが君を殺した」
「名幸!!!」
意味不明な講釈を垂れ流す平理を無視して俺は名幸へ駆け寄る
名幸は首から下がクレーンゲーム機の下敷きになってしまっていて、唯一確認できる顔も既に血の気が無い。目も虚ろで、俺を見ようとして焦点が定まっていない。
なんで……何でこんなことに。
俺は頬に手を当てた。微かに名幸の口が動いていることが分かって、耳を近づける。
「さか、きだくん……お、おもいだし……にたく……ない……」
「おい……おい!! 目を覚ましてくれよ!」
クレーンゲーム機を持ち上げようとする。
クソ、重い!
あんだけポイポイ投げ捨てられていた癖に質量はちゃんとあるのかよクソが!
「無駄だよ。もう名幸は死んでいる」
「何で分かる!!」
「キミには分からないと思うけどもプロセスが消えたからね」
「うるせえ知るかよ!」
梃子の原理だ! 細い棒とか持ってきてクレーンゲーム機を掬い上げる!
なんとかクレーンゲーム機を持ち上げてすぐに名幸を救出しねえと、本当に手遅れに!
「ところでボクもさ、こうキミが他の女の子にカマけているのを見て何も思わないほど不感症じゃなくてさ」
「今忙しいんだよ!! お前も手伝えよ平理!」
「なら左腕……左手でいいや。左手くれない?」
その言葉を咀嚼して、動きが止まった。
「はあ!? お前何言って……!?」
「ボクもキミからこうも放置されると女の子だから寂しいんだ。好きな人から慰められたいって感情は当然あるんだよ。だからキミが居なくてもキミを身近に感じられる材料はあればあるほど良いとボクは考える。ホントはキミは右利きだから右手が良いけど、それは困るだろう? 勿論ボクは良い女だからね、そういう譲歩は出来るのさ。だから左手、もらってもいいかい?」
俺はクレーンゲーム機から手を放して、本能的に腕を後ろに回した。
……意味が分からない。どういう思考をすればそんな結論に至るのか、罪悪感も無くそんな感情を抱けるのか、常識から逸脱している。
ただ平理の顔を見て俺は冷や汗が流れる。
……嘘や冗談じゃない。
本気でこいつが俺の左手をもぎ取ろうとしていることが空気を媒介して伝わってくる。
「いいだろう? ボクの身体は余すところなくキミのものだ。等価交換とは言わないさ。キミはボクのものとか傲慢なことは言う気も無い。でも一部分的にキミのものをボクのものにするのは良いだろう。ボクとキミはそういう関係性だ」
「そんな訳ないだろ……!」
「あるさ。キミはボクに何度も告白して、ボクはキミに何度も応えた。回数は覚えてない、どうだっていいさ。ボクたちの間にあるのは肉体や精神を超越した関係性だからね」
そう言って人好きのする笑みを浮かべた。
俺はこいつの危険度合いを見誤っていたかもしれない。
三人既に殺していると聞いて、それでもブルメモのヒロインだからと目の前の人物の凶暴性を過小評価していた。
違う。
こいつは───ブルメモに出てくる若狭平理とは違う精神性を有した、猛獣だよ!
「……っなんだこれは!?」
突然、床から立ち上ってきた煙が室内を覆いつくし視界が悪化した。店内が灰色に染まる。近くにいた平理の輪郭すら埋もれるほどの煙の密度。
動揺も束の間、俺はこれをやった人間の心当たりを付けた。
煙の中から無言で手が握られる。暖かくてすべすべとした女子の小さい手。
俺が握り返すと、出口方向へと引っ張られる。
「……万里、助けに来てくれたのか」
「喋らないで。小声でも聞かれるかもしれないでしょ」
こくりと頷いた。きっと万里には見えなかっただろうが。
万里に手を引かれた状態で俺たちは店内から飛び出した。
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