第4話 とんでもないモン作っちまったなあ

 文なりに心境は複雑だった。本当はロボットを手放したくない。

 けれど作り物でしかない人格が可愛く思えてならない自分が不安でもあった。

 だって機械だ。自分が作ったんだからどこがどうなってるかなんて、隅から隅まで全部知り尽くしている。 どんなに人間くさい感情を持っているように見えても、それは所詮精緻なプログラムの結果でしかない。

 いろんな偶然が働いて、機械が人間の心を持ってしまったのか?とも考えた。

 オリジナルのプログラムをコピーしても違うものにしかならなかったのは、人の言う魂みたいなものが間違ってふらふらとロボットの中に迷い込んでしまったから?とか、そんな事も考えた。

(んなわけあるか。ようするに俺が天才って事だ)

(でもとんでもないモン作っちまったなあ)


 宇宙法で製造を許されているロボットの様々な規定から、彼女はかなり外れている気がする。ロボット制作には多くの制限が課せられているのだ。


 昔々一人の科学者が限りなくヒトに近い、だがヒトを遥かに超える能力を持ったロボットの製造に成功した。だが数年後、それはあってはならない存在としてあらゆる文献やデータから消去される事になる。

 科学者が精魂込めて作り出した数十体のロボットは破壊され、すりつぶされ破片と化した。

 科学者本人は、唯一手元に残った、一体のロボットに守られて逃亡したというが、その後の彼を知る者はいない。

 

 文の広くて浅い交友関係でロボットをペットや恋人のように可愛がっている連中もいたが、文は彼らの事が不思議でならなかったし、若干薄気味悪いとすら思っていた。だが今は理解できなくもない。

(いやだ~俺はそんな淋しいやつにはなりたくない)

(この子はここに置いておいた方が安全かもしれない。ここまでは違法ロボット取り締まりの監視の目も届かないだろうし)

 彼女が破片にされるのは見たくない。


「これもらってどうすんの?」と尚也。

「自分で考えろ。結構なんでもできるぜ。ゲームの相手とか。野球もちゃんと教えてやればできるはずだ。そうだ。リクエストすれば歌も歌ってくれる」

 あまり役にはたたないかもしれない。

 ここでスケベな大人は考えるのでは。

 ラブドールとしてなら使えるんじゃないか?しかし実はアダルトグッズとしても彼女は不適当だった。

 性的な行為が不可能だから。性器に似せたものすらついていない。

 彼女は実は彼女ではなく彼でもない、ただのヒト型ロボットだった。

「あと毬の家事を手伝わせるとか」

「家事やってんのは俺だよ」

 そう哉が言う。

「じゃあ、お前考えてくれよ」

「いらないって言ったら?」

 哉に言われ、文は少し傷つく。

 不要と言われれば持って帰るつもりだったが、そんな風に言われてしまうと悔しい。一生懸命作ったし、出来ばえにもすごく満足している。

「わかったよ。いらないんだな。じゃあ持ってかえるよ。せっかく俺が夜もろくに眠らずに一日31時間も働いて……」

 ブツクサいいながら、ロボットを見ると。なんだか嬉しそうな顔をしていた。

 はっきり表情にでているわけではなかったが、どことなく安堵したようなリラックスした様子に見えた。

(ま、これでよかったんかな)

 文はロボットに笑いかけてやる。すると驚いたことに、ロボットも文に向けて笑顔を浮かべたのだ。

 さっきはどんなに彼女が頑張っても出来なかった、自然な微笑みだった。

 大きな瞳が細められ、伏せた三日月みたいな形になる。

 ちょっと尖った唇の端が上がって、それはドキッとせずにはいられないかわいい笑顔だった。

 それを尚也がじっと見ていた。ずっと口を閉ざしたまま二人の会話を聞いていた尚也だったがやっと発した言葉は。

「お父さん、このロボットほしい」

「なんだ。気に入ったのか」

(なに言ってやがんだ。そりゃねぇだろ)

 文はこの上なく複雑な思いで、ロボットを見つめる。

 すると案の定、ロボットの笑顔は消えていた。今度は悄然と悲しげなまなざしで文を見ている。

(おまえいちいち正直すぎる。もうちょっと感情を隠すことも覚えないと、この先生きづらいぞ)

「なんにせよ、もう一度持って帰らせてもらうから。直さなきゃならないところもあるし」

「別に直さなくても、そのままでいいです」

 尚也が言う。

「別にこのままだと危険って事もないんだろう。それならこのままでいい」

 哉も言った。かくして文は手ぶらで帰還する事になった。

 彼は帰りの船の中でいまいましい思いにとらわれていた。

「あのくそがき。あそこでロボットを俺に持ち帰らせたら、二度と返さないだろうと悟ってやがったな。でも最初は迷惑そうだったのに、なんで急に……あの笑顔か?確かにあれは心臓もんだったけどな。けどなーチクショー」

 

 家に戻った文は、ひとりぼっちの家の中が寂しいことにようやく気づいた。

 恥を忍んで、哉のもとに「ロボットを返してほしい」と長々と書きつらねた手紙を送ってお願いしたが、あっさり断られた。

 哉親子を恨みながら、孤独な日々を悶々と過ごした文は、ある日とうとうペットを飼うことを決心する。

 以前には生き物を飼うやつの気がしれないと思っていた。

 散歩につれていかなきゃならない、飯もやらなきゃならない。糞はするし、部屋は汚されるし……今まで一人の生活で充分満足していたのに。


 サカジタ星から通販で取り寄せたラランンペナリ改良バージョンⅡの卵を、お手製の孵化器の中に入れ、約60日間文はひたすらそれが誕生するのを待ち続けた。やがて生まれたヒナに小さなヘラで餌を与えながら「元気な子に育てよ」と声をかける文はすっかり父親気分だった。

 そしてその子はクリクリ黒い目と16本の足とふさふさした9本の尻尾と、背中には退化した飾り羽を持つ、それは愛らしい生き物に成長した。

 なぜかその子に「ギン」という日本風の名前をつけた文は、今までの文を知る者なら驚愕するだろうほどにそいつを可愛がるようになった。


 文が去った後、哉親子の家でロボットは声もなく泣いていた。

 ぽろぽろと涙を流しているロボットに、尚也はマニュアルにあった通り純水を与える。

 ロボットはコップを受け取るが、口にしようとはしなかった。

「ほら、飲まないと乾いてしまうんだろ。けど普通ロボットって油の方が体に合いそうなのに、ロボ子は水なんだ。錆びたりしないの?」

 ロボ子というのは尚也が勝手につけた呼び名だった。

 彼女はコップに口をつけてコクコクと飲む。そしてせっかく補給した水分をまた涙と共にこぼしてしまうのだった。尚也はため息をついた。

「そんなに文さんの事好きだった?」

「文は私を作ってくれました」

「仕方ないか。ロボ子まだ赤ちゃんなんだしな。けど、もううちの子になったんだから、文さんのことは……」

 忘れろと言おうとして尚也は急に黙る。


 ロボットはデータを消去しない限り忘れる事はない。消すように命じればロボットは応じるのだろうけど、そこまでさせるのは横暴すぎるのでは。

 だから尚也はその日から、ロボットが少しでもここでの生活を気に入るように、彼女が興味を持ちそうなことを順番に試す事にした。

 文が野球をする事もできるはずだと言ったので、まずキャッチボールから教えることにした。

 柔らかいゴムボールを選んだのは、相手がロボットというので多少は警戒していたからだ。ロボ子はおとなしそうだったが、力の加減が分からなくて下手するとケガさせられるかもしれない。


 マンションの自転車置き場の横で、二人は少し距離を追いて向き合った。

「いくぞ」

 尚也が軽く投げたボールは、緩く弧をえがいてロボットの方へ飛んでいった。ロボットはそれをじっと目で追うばかりで動かない。

 当然ボールは虚しく地面に落ち、彼女の背後に転がっていってしまった。

「キャッチボールを知らないのか。教えるの大変かも」

 ボールを拾いにいくロボットの後ろで尚也がぼやく。

 ようやくボールに追いついたロボットはそれを持って尚也に尋ねた。

「これをそっちに投げればいいんですね」

「よし、こい!」

 尚也が構える。もしかしたらすごい剛速球が返ってくるかも……と思ったのだが、ロボットが投げた玉は2メートルも飛ばずに地面にボトッと落ちてしまう。

「難しいですね」

 ロボットがのんびりと言った。

(こいつと野球ができるようになる日は遠いかも)

 だがその後のロボ子はとても優秀だった。

 尚也の動きを録画するように逐一記憶したロボットは、尚也とまったく違わないフォームで尚也が投げたのと同じ速さのボールを同じ位置に返してくる。

「ロボ子ってサウスポー?」

 そう言われてロボットは首を傾げた。

 確かに彼女は左手で投げていたがそれは尚也の動きを正面から真似た結果だった。鏡に写したように、彼の動きは尚也とは左右が逆になる。

「まあ、どっちでもいい。上達早いな」

 嬉しくなった尚也は、しばらくキャッチボールを続けたあと言ってみた。

「なあ、いちど全力で投げてみて。ロボ子すごいかもよ」

 迷わず投げる体勢になるロボットに向かって、あわてて付け足す。

「俺の方じゃなくて……ほら、あの壁に向かって」

 方向転換したロボットは腕を振り上げ、ボールを尚也の指した方向に投げる。

 自転車置き場のコンクリートの壁にぶつけられたゴムボールは大きく裂け、へしゃげてその場にポトリと落ちる。

「すげっ」

 尚也がロボットの方を見ると様子がヘンだった。

 じっとたたずんだまま、自分の左の二の腕あたりを見つめている。

「どうした?」

 少し心配になって尚也は駆け寄り彼女の顔を覗き込む。するとロボットは右手で自分の肩を抑えた。そして言う。

「肩の関節がはずれました」

「ええっ!」

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