第3話 「いいもの」
その頃。「いいもの」はマンションの裏の空き地のそばにいた。
待っていろとは言われたがここで待っていろと命じられなかったのをよいことに、ロボットはふらふらと外に出ていった。
心を騒がす人間たちの楽しそうな笑い声、興奮した声に誘われて彼女が向かった場所には、野球を楽しんでいる少年たちの姿があった。
野球のおおまかな知識だけは持っていたが、実際に試合しているのを見るのは初めてだった。
空き地に張りめぐらされた金網に近づけるだけ近づいて、ロボットはじっと試合の様子を見ていた。
相手が投げた球を長い棒で打って決まった位置目指して走る。それだけの事だったがいろんな複雑なルールも付随しているらしかった。
誰かが打った球が、彼女の方に転がってきた。
追ってきた少年の一人がそれを拾い上げると別の少年に投げ返す。そして金網にへばりついている彼女を見て小さく笑った。
すぐもとのポジションに戻ろうとするのを、なぜか彼女は呼び止めてしまった。
「待ってください」
日本語で問いかける。
「うん?」
少年が振り向いた。深くかぶったキャップの下のいかにも爽やかな眼差しが彼女を見る。
「ここで行われているのは野球ですか?」
「……」
見ればわかるだろうといいたげに、少年がめんどくさそうに頷く。
「野球は楽しいですか?」
少年が首を傾げた。
「楽しいよ。お姉さん野球見た事ないの?」
「はい」
「なんかしゃべり方ヘンだけど、もしかして外人さん?」
「いいえ」
日本人ではないが、外人でもない。そもそも自分はヒトではなかった。
「なのに野球見た事ないの?珍しいね」
少年が少し興味を示した。だが遠くからチームメイトに名前を呼ばれ「すぐ行くから!」と返事を返す。
「お姉さん。俺試合中だから。暇だったら俺らを応援してってよ」
「はい」
頷くと、少年は皆のいる方に駆け去っていった。
彼女の胸の中に、一抹の寂しさと疑問が残った。
(ナオヤと呼ばれていた)
あの少年はたしかに仲間にそう呼ばれていた。
(私が行く家の主は哉。奥さんは毬。そして子供は尚也だと文は言っていた。私が行く家の尚也なのか)
文の言う尚也があの野球少年ならばいいと彼女は思った。
そして少年の話し言葉は自分が学んだ日本語とは微妙に違うものだった。
文法を忠実に守って話す事しかできない彼女が、学ばなければならない事はたくさんあるようだった。
金網のそばを動こうとしないロボットをようやく文が見つけ出したのはそれから10分ほどたった時だった。
「さがしたんだぞ、あんまり遠くに行くなよ」
「文はすぐに私の居場所が分かるはずです」
「だから探知機を今日は持ってきてないんだってば」
探知機といっても文が地球のマンガ本で見たものを真似て作った片眼鏡タイプのものだ。
ロボットの移動ポイントを追うシステムだけではなく、電力消費量から機体の不調まであらゆる状態を表示させる事ができる。でも文は何やら他のことに注意を向けているらしかった。
「なあ、あれ尚也じゃねぇの?」
ロボットは文の指し示す方向を見る。彼女の視力は鷹よりも鋭かった。1㎞先にいる人間のスマホの文字だって読もうとすれば読める。
「あれは確かにナオヤです。先ほど野球について話をしました」
「へえ。じゃあ紹介する必要もないのかな」
そして文は「尚也!」と、大声で呼ぶ。
守備が終わって自分の打順を待っていたらしい尚也少年がこっちを見る。
首を傾げて文たちの方を見ていたが、チームの誰かに一言二言話しかけると、こっちに向かって走ってきた。
「文さんこんにちは」
「うん。そしてこいつにはもう会ったってな」
とロボットを紹介しようとしたが彼女にはまだ名前がなかった。
「おまえがこの子の名前を決めてくれよ」
さすがに尚也がキョトンとした表情をする。
「誰に?」
「この子」
と言ってロボットを指さす。彼女はじっとその指を見つめていた。
「な、いいだろう。おまえは将来尚也のモンになるんだから、名前もつけてもらえ」
「はい」
彼女は頷いた。文が尚也に向きなおる。
「そういう事だから。いい名前をつけてやってくれよ」
突然のことに尚也は当然うさんくさそうな顔をしている。生まれたばかりの赤ん坊や、ペットの名前を考えてくれと言うのなら分からないでもないが、なんで自分より年上の今日初めて会う相手の名前を考えなきゃならないのか。
「名前ないの?」
困った尚也は彼女に尋ねる。
「はい」
「……じゃあ、今までなんて呼ばれてたんだ?」
彼女は文を見た。そして言う。
「文は私のことをおまえとかオイとかなぁとか、そういう呼び方をしていました」
謎の答えに、尚也は文を見る。
「文さんとこの人はどういう関係なんですか?親子じゃないですよね」
文はとても若く見える。
髪は青いし吊り上がった三白眼は猫のような金茶色で少し怖い。
細身の体にドット柄シャツと花柄ショートパンツ。近寄りたくない雰囲気のお兄さんだ。
けれどそれを言うなら尚也の父親も「尚也の兄ちゃん?」と間違えられるほどの若々しい外見をしている。地球人の基準とは違うのだろう。
「うん違う。けどこいつを作ったのは俺だ」
得意そうに文は胸を張る。このロボットは文の最高傑作だった。多分よほどの幸運な偶然でも起こらないと二度とこんなものは作れないだろう。早く哉たちにも見せて自慢したくてたまらない。
困惑顔の尚也に笑顔を向けると文は言った。
「じゃあ、名前考えるのは後でいいから、まずおまえんち行こうぜ」
尚也は仕方なく頷いて、チームメイトに「ごめんなー」とあやまり、ユニフォームのまま文たちと帰路についた。
「この子?」
ロボットを見て哉が問う。
「うん」
ほくほくしながら文は頷いた。
「かわいいな」
「だろー!それに性格もいいし頭もいいんだぜ」
「頭の悪いロボットってのはあんまり聞いたことないからな。でも性格のいいロボットってのも珍しい言い方じゃないか?」
ロボットの性格なんて、だいたい画一化されてる。従順。忠実。多少の個性がそこに加わるにしても、それは表面上のものでしかない。
「だから、こいつは全然そんなのとは違うんだって」
「まあ、外見だけでもおまえにしては上出来だよ」
「尚也のいい遊び相手になるだろ」
「遊び相手なら雄タイプの方がよかったんじゃないのか?」
「そんなの周りにいくらだっているだろう。俺は女性に不慣れな尚也のために優しくてピュアな女の子の友達をプレゼントしたかったんだ」
「まだ十歳なんだから不慣れもへったくれもあるかよ。色気づくのは早すぎる」
「おまえ分かってないな。十歳は結構大人だぞ」
その時着替えを終えた尚也が戻ってきた。
「おまえこういうかわいい女の子のロボットと」と言い哉は文の連れてきた少女を指さす。そして「超合金変形ロボとどっちがいい?」
「変形ロボ」
尚也は迷わず答えた。
「なんだと」
文が不穏な顔つきになる。もちろんやってできないことはない。
(でも今更そんなガチガチのボディに、こいつの人工頭脳入れなおすのもなあ)
こんないい子なのにそれはあまりに不憫だと、かなり父親が入っている文は思った。
「尚也。こいつの事どう思う?」
突然文に尋ねられ、尚也は一瞬答えにつまる。
「この人、ほんとにロボットなんですか?」
「ああ。俺が作ったんだ」
「……ちょっと触ってもいいですか?」
「どうぞ」
尚也は恐る恐る、ロボットの肩に触れる。
ロボットはさほど背が高くはなかったが、10歳の尚也よりは大きかった。
神妙な顔で首を曲げて、自分の肩にふれた尚也の手を見つめている。
「そんな服の上からじゃ分かんねぇだろ。肌に直接触ってみろ」
文に言われて思い切って手をのばし、ロボットの頬に触れた。
温かかった。赤ちゃんの肌のようにハリがあってすべすべでとても触り心地がよかったが、これのどこがロボットなのかますます尚也には信じられない。
自分の両親が地球人ではないというのは、物心ついた時には知らされていた。
実際にとっぴょうしもない姿をした異星人が、宇宙服のまま尋ねてきた事もあったし、友だちの家では見たこともないような不思議な装置が父の部屋にはいろいろあって、尚也が入っていくとその機械たちに馴れ馴れしく話しかけられたりもした。
それに夏休みを利用して両親と一緒に月まで行ったことだってある。見事になにもない所だったが。
でも月から見る地球の姿はとても印象的で、今度はもっと遠くの星に連れて行ってほしいと父にせがむと「燃料の問題もあるから、あの小型艇じゃむり。かと言ってデカいの飛ばして騒ぎになったらややこしい」という答えが返ってきた。
実際文の船は飛んでくるところをいろんな人間に目撃されて「UFOだ!」と騒がれていた。
そんな経験もあって、両親が宇宙人だというのは疑わなかったが(なぜか尚也の感覚ではそんな両親から生まれたにも関わらず自分は地球人なのだが)こんな精巧なロボットを見るのは初めてだった。
でも言われてみれば、こころなしか表情とか動きがぎくしゃくしているような気がする。しゃべり方も妙に堅苦しいし。
「ちょっと笑ってみて」
ふと笑顔が見たくなってそう頼むと、ロボットは頬をぴくぴくさせながら表情を作ろうとする。でも口の端を少しあげただけで、それはあまり楽しそうには見えなかった。
「私は顔を変えるのがへたくそです」
「ふうん」
「尚也。そいつまだ生まれたばっかなんだよ。そういう難しいのは段々と勉強していけばいいんだ」
「笑うって難しい?」
「顔の筋肉まできっちり制御しなきゃだし。色々大変なんだぜ。まあこいつは優秀だからそのうち出来るようになるだろ。そんで、どう?」
そう尋ねられて尚也は首を傾げる。
「何がですか?」
「こいつの事気にいった?」
「すごいとは思うけど、よく分かりません」
「欲しい?」
「えっ?」
さすがにびっくりして、尚也は父親を見る。哉は息子に頷いてみせた。
「おまえにプレゼントしたいんだと」
すると文は言った。
「今すぐじゃないぜ。まだちょこっと手を入れたいところあるしな。今日はただの顔見せだ」
見せびらかしに来ただけだ。見せてしまえば文はもう満足だった。当初の目的のプレゼントはもうどうでもよかった。
というより、いらないから返却すると言ってもらった方がありがたい。
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