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その魚は、金属と肉体の合成品のようだった。白銀の鱗は全て宝石で作られた細工品のようで、真昼の光を反射し輝いていた。
形は鯛に似ているが、リュウグウノツカイのような長い尾に豪華絢爛たるヒレが付いていた。
口元は紅を引いたように赤く、頭には鶏冠に似たヒレがついている。
女王――そんな単語が頭に浮かんできた。
「三十年毎日ここに来とるが、こんな魚見たこともない」
釣り人たちは腕を組み、魅入られたように〈女王〉に視線を送っていた。
「記念に撮っておこう」
ヒトシは携帯電話を取り出した。
「……え」
魚に目をやっていたとき。『目があった』という感覚が私の中に生まれた。〈女王〉の黒い瞳が向けられていた。黒曜石のような色を宿したその瞳には、知性の光があり、私に何かを伝えたがっているように思えてならなかった。
まさか、魚にそんな高等な知性などあるはずがない。
否定しては見ても、〈女王〉が私に訴えかけているという思念は消えなかった。ひと思いに問いかけたい気持ちにすら駆られた。
しかし、〈女王〉は黙して答えなかった。
畏怖というのだろうか。全身を怖気が襲った。私はヒトシの筋肉質な腕にすがった。
「すげえきれいな魚だな。食べれんのかな、コレ? 毒ある?」
腐ったような臭いが漂いはじめたのは、それから間もなくのことだった。
いつのまにか〈女王〉の美しい鱗は色あせ、輝きを失っていた。その身は縮み、全身から体液が滲み出してくる。墨のように黒い体液が悪臭のもとだった。
「何だこれ!?」
腐敗は秒を追うごとに進んだ。美しさを誇った鱗はしわしわになり、冠はアスファルトに赤茶色のシミを残して溶けた。いまや頭骨と中骨しか残っていない。
「こんな珍事は初めてだよ」
ある釣り人の男性は、自らをアマチュアの魚類研究家だと言った。彼はジップロックのなかに〈女王〉の中骨と鱗の残骸を採取した。研究所に送るのだという。
「よかったら君が写した画像もくれないか?」
釣り人の申し出に、ヒトシは二つ返事でうなずいた。
「今送りました。よく撮れてますかね?」
「バッチリだ。全身が写っていてとてもいい。これなら研究所の人も満足するだろう」
「ハルコにも画像送っといたから」
ヒトシがそう言うなり、私のケータイに写メが送られてきた。
思わずスマホを取り落としそうになった。悲鳴を飲み込んだ。
〈女王〉の艶やかな美しい姿。
心惹かれる宝石の鱗。
しかし、その目に浮かべられた感情の正体に私は今気がついた。
怒り。
それも強い怒りだ。
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