第二十八話 友達でいること



「あいつ、和解したがってたの!?」

身を乗り出しドロシスに詰め寄る。ドロシスは突然興奮しだした梅子に驚いてその手に持っていた本を取り落とす。紙が落ちるときのバサ、という音が今は耳にも入らない。

「あいつ……って、ウメコさん、勇者様とお知り合いなのですか」

「あっ」

「……貴方、たくさん隠し事を抱えているんですね」

ドロシスの胡乱な視線から逃れるように目を逸らす。ついつい口走ってしまった自分の迂闊さが恨めしい。

「勇者様とどんな関係なのかは聞かないことにします」

「ありがとう……それで、勇者はなんだって和解したいとか言ってたの」

ドロシスの温情に感謝するのもそこそこに梅子は居住まいを正す。図書館では静かに、と司書から口酸っぱく言われた日がうっすら記憶に残っていた。

「勇者様は、『友達と会うために魔王の力が必要だ』と」

友達、とは十中八九梅子たちクインテット仲良し五人組のことだろう。では、「会うために魔王の力が必要だ」とは? 梅子は頭を捻らせる。

「毎日剣の鍛錬を終えるとすぐここにきて、何か調べものをしていらっしゃいました」

「ここって……ここ?」

梅子は自身が立つ床を指さす。

「ええ。とはいっても、一つ下の二階ですけれどね」

暗にこの階に来ていたのか、と聞いたのは伝わらなかったようだ。

「何を調べてたの?」

「さあ……いつも地理学系の本があるあたりにいらっしゃいましたけど」

「そこ見せて」

ドロシスは不思議そうにしながら立ち上がり、梅子とともに階段を下りる。二階は三階と違って人影がいくつかある。ドロシスに連れられて行った本棚は今度こそ異世界の文字しかない。

「勇者様がお読みになっていた本がわかればいいのですが」

「んー。ねえ、何か覚えてない?」

「ええと……いえ、見るのも時々でしたし珍しい光景でもなかったので……記憶が曖昧で」

お役に立てずすみません、とドロシスは申し訳なさそうに眉根を寄せた。責めるのもお門違いだと梅子は何も言わないでおいた。周囲を見渡すと何人かの人影。誰かに聞いてみるかと思い立つ。

「あ、あそこにいるの司書さんです」

ドロシスが指したのは老婆と言って差し支えない年寄りの女。梅子は頷いてその女に近寄る。

「すみません」

「はい、なにかお探し?」

「えっと、ここに勇者様が来てなにか調べ物をしていたと思うんですけど……」

そんなことを聞く梅子が珍しいのか、老婆は不思議そうな顔をしながらチェーンの繋がった眼鏡よ位置を直す。

「はい、確かに熱心に調べてらっしゃいましたね」

「あの……何について調べてたか、わかります?」

「はあ。勇者様でしたら、パープル・シーについて知りたいから、と聞かれたことがありますよ」

「パープル・シーって……アルティヤの?」

聞き覚えのあるそれに梅子は腕組みをした。もう一度眼鏡の位置を直した司書の女はそそくさとその場を去っていく。

パープル・シーには何があっただろうか。茉奈が熱心に調べるほどのものが眠っていたかと思案する。あそこはクラーケンの住む海域で、航海には向かない。春樹がそう言っていた。

「……海底図書館」

「海底図書館?」

いや、あるではないか。パープル・シーの海底に眠るらしいそれは、梅子も話でしか聞いたことがない。


「図書館の最奥部に保管されている『異世界の心臓』がカギになるらしいけど」


「これだ! そうだ! ドロシスごめん、私帰る!」

「えっ、ウメコさん!?」

呆けるドロシスを置いて梅子は走り出した。階段を二段飛ばしで駆け下りて、ぎょっとする受付嬢の前を通り抜ける。真昼の陽ざしが照る道を梅子は全速力で駆け抜けた。早く早くと急かす気持ちのまま宿泊している宿屋に飛び込んだ。せかせかと麻袋に入った鍵を取り出し、一秒の時間も惜しいばかりに中へ転がり込んだ。

「フェル! フェル!」

「は、ウメコ? 随分早いお帰りね」

「アルティヤに帰ろう!」

ああ、なんの説明もすっ飛ばしてしまった。心のままに行動しすぎたな。そう思っても衝動にあらがえない。五人で一つに戻るための一歩がようやく掴めたのだから。

「………………は?」










「この世界から帰る方法は二つ」

同時刻・天空の魔王城。執務室の革張りの椅子に腰掛けた春樹は、その人差し指と中指を茉奈に立てて見せた。

「一つは『異世界の心臓』でしょ」

「よく知ってるね」

「教えてもらった」

茉奈は端的に答える。梅子がアルティヤを出てから三日しか経っていないというのに、顔も合わせられないこの状況に苛立っているらしい。頼むから帰ってきたらすぐ仲直りしてくれよと春樹は冷や汗をかいた。たぶんこれが莉希なら梅子を出せと殴りかかられているし、梅子なら腕を限界まで拗られているし、玲ならハサミあたりで春樹を刺してくるだろう。茉奈でよかったと心底安堵した。

「もう一つって何?」

「……命を絶つこと」

茉奈が目に見えて動揺を見せた。春樹は文机の引き出しから分厚い手帳を取り出す。紐を挟んでおいたページを開く。

「先代、つまり十一世は異世界の心臓を使う以外の方法を探して、他の召喚者と実験を繰り返していたらしい。その実験の時の不慮の事故でその内一人が死んでしまった」

「それで帰る方法を発見したの?」

「うん。死んだはずのその人から手紙が届いたんだって。現代に戻れた、って」

茉奈の震えた吐息が執務室にこだまする。まあその反応になるよなと春樹はひとりごちた。

「その後、実験に協力した他の召喚者も命を絶ってる。でもその人たちは帰れなかった」

「必ず帰れるわけではないんだ」

「そう。だからこれは最終手段にしたい」

自分の声も震えている。情けないなと春樹は笑った。茉奈はその様子に気がついたのか、一歩距離を詰めてくる。

「やることは変わんないでしょ。こっちで集まったら、皆で帰る」

「そうだね。……ところで梅子ちゃんには会えたの」

「会えないが。もしかして茉奈さん嫌われた?」

「いやそれはないでしょ」

異世界に来てまで喧嘩をした茉奈を咎める気持ちで口にした意地悪は想像以上に茉奈を傷つけてしまったようで、咄嗟にフォローする。やはり自分は意地悪を言うには向いていない。

「……ゴホン、ところで。茉奈は異世界の心臓についてどこまで知ってるの」

「ノイトレッドにいた頃、図書館で調べたことだけ。莫大な魔力を持つ魔法具であること、海底図書館に沈んでること、この世界の人は皆その存在を信じていないこと」

指折り数えそう語る茉奈に嘆息した。ふと、茉奈しか写らない視界に一枚の紙が割って入ってくる。春樹はそれを掴んで開く。

「なにそれ」

「フェリシアから手紙」

興味を失った茉奈を横目に春樹は綴られた文字を読んだ。驚愕を口に出しそうになって革張りの椅子をガタリと揺らす。

「……なに。どうかしたの」

「……茉奈」

ゆらり、とその名を口にする。手紙は乱筆でやや読みにくいが、衝撃の事実を伝えていた。

「明日の夜明け、船着場に行くといいよ」

いいものが見れるから、と言っておく。

どうやら喧嘩は丸く収まりそうだ。




魔王様へ


ウメコが帰ると言うので帰ります。

夜明けごろにはアルティヤに。


           フェリシア

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