第二十七話 理想の終わり




それを形容するならば、茨の形をした触手といったところだろうか。鏡の破片が突き刺さったまま謁見の間を這いずるそれは玉座を侵食し、女王を飲み込んだ。

「陛下!」

衛兵が女王を救おうと茨の体に槍を突き刺す。痛みに呻くように蠢いたそれは勢いよくうねって衛兵の集団を吹き飛ばした。

「みんな、構えて!」

素早く剣を引き抜いたハシバは轟く茨に勇ましく切りかかった。茨の体に細い傷がつくが素早く傷が塞がる。

「再生しているわ!」

千代子が驚愕の声を上げた。オニフィスが茨の先端を切り落とすと、断面からまた茨が生えてくる。

「『炎よ!』」

ロバリックが杖を掲げると現れた魔法陣から火柱が噴出した。火柱は茨に直撃し、茨の勢いが衰える。

「女王陛下!」

ハシバは茨の中に飛び込み女王を探す。茨が弾き飛ばした鏡のかけらが足の肉を切り裂いた。茨はハシバを飲み込もうと動きを激しくする。足に絡みついてきた細いそれを切り捨てて鏡の方へと進んだ。

「女王陛下! 返事をしてください! 女王陛下!」

左を見ても右を見ても茨が視界を覆っている。ずるずる、という気味の悪い音が剣戟の音に混ざって聞こえてきた。振動で立っていることもままならない。

「うわああああああああ!」

「魔王様!?」

玉座の間を劈く太い悲鳴に振り返ると、茨が八世に絡みついている。太く重たい茨に押しつぶされている八世の顔は青白く恐怖に震えていた。体をがたがたと震わせ呼吸をするので精一杯なその様子にハシバは息を呑んだ。その刹那、一瞬の隙を付かれて茨にからめとられる。

「あっ!」

宙に持ち上げられた勢いで思わず剣を手放してしまう。剣は弧を描きながら冷たい床に落下していく。視界がスローモーションになってハシバは再度息を呑んだ。

「ハシバ!」

ハシバが茨に捕まったのをいち早く察知した千代子は、思い切り手を振り上げる。精霊の魔力に満ちた金の魔法陣が輝く。

「『風よ!』」

謁見の間に風が吹き荒れる。荒々しくも優しいその風がハシバが落とした剣を掬い上げた。風がハシバのもとまで器用に剣を運ぶ。必死で手を伸ばすと茨は阻むように振り回し始める。

「きゃああああっ!」

悲鳴を上げる。宙に浮いたままの剣が遠のいた。

「ハシバああああああああああっ」

オニフィスが雄たけびを上げながら茨の上を走り始めた。大剣で向かってくる茨を叩きとおし、切り捨て、ハシバのもとへ向かう。驚異的な跳躍力でハシバを捕まえて離さない茨の一本に飛びついた。そのまま両の手足をばたつかせてよじ登る。茨の側面に生えた棘が鎧の隙間からオニフィスを刺した。

「オニフィス、ぐっ、無理はしないで、くださ……!」

締めあげられて息も絶え絶えだった。このままでは死ぬ、と脳が警鐘をガンガン鳴らした。閉ざしそうになる瞼を無理やり上げて目を限界まで開ききり謁見の間に目を彷徨わせる。

魔王はハシバと同じように宙に浮かされていた。両手から首にいたるまでがっちりと抑えつけられている。あの様子では抵抗できないだろう。オニフィスは茨にしがみついたまま襲い掛かる茨と格闘している。霞む視界でなんとかその奥に立つロバリックを捉えたその瞬間、

「ッロバリック!」

ロバリックの体を収束した茨が貫いた。鮮血が床に飛び散る。千代子の悲鳴がどこか他人事のようにハシバの耳に突き刺さる。

「おい、ロバリック!」

オニフィスが驚いて振り返る。ハシバはその瞬間、小さく「だめ」と呟いた。口からこぼれ出たそれがオニフィスに届くより前に茨が動いた。スローモーションのようにオニフィスが叩き落される。ハシバを縛る茨はあざ笑うようにいっそう強く締め上げる。

「っ、いや……ち、よこ、逃げ……」

茨はとうとう千代子にも牙を向いた。棘だらけの無数のそれは千代子の逃げ場を塞ぐようにまっすぐ向かっていく。

「ち、よ……」

肺を押しつぶされる強い力にハシバの意識は遠のいていく。茨がハシバの視界を覆った。











「……勇者、勇者よ、起きてくれ」

どこかから自分を呼ぶ声が聞こえた。ハシバは浮上する意識に従い瞼を開ける。最初に目に入ったのは澄んだ青空。視界を穿つ強い光に自分が何をしていたか思い出せない。太陽から目を逸らせば、天井がなくなり野ざらしになった石壁が目に入る。いやに穏やかな風がハシバと八世を撫でていった。

「魔王様……」

「……君の仲間も、女王も、死んでしまったよ」

あまりに平坦で感情の抜け落ちたその声色にハシバの意識が覚醒した。バッと体を起こす。己の体は不遜にも玉座に横たわるように倒れていて、軋む体を誤魔化して勢いよく玉座から立ち上がる。玉座の前には女王が力なく横たわっている。骸となったその頭から冠が転がり落ちていた。ゆるりと顔を上げると、視界に仲間たちのなきがら。

「……どうしてこんなことに」

折れてうまく動かない右足を引きずって、ハシバは仲間たちに近づく。

「オニフィス……ロバリック……千代子……」

気力を振り絞ってたどり着いた三人に手を伸ばす。脈も呼吸もない。冷たくなった掌に触れた。

「魔王様。あの茨は……あれは、いったいなんだったのですか」

「わからない。俺にも。ただ一つ言えることがあるとすれば、俺とお前が生き残ったことのみ」

風穴の開いた謁見の間はあまりに寂しく、わびしい。衛兵の一人も入ってこない様子を見ると城内はあの茨で埋め尽くされたのだろうか。

「……泣きたいなら、泣けばいい」

八世の気づかわしげな言葉に触発されて、我慢していた涙があふれだす。

晴天に晒された崩壊した城にハシバの慟哭が響き続けた。







「……って、感じだった」

手記を読み終わり、ドロシスに伝えるべき部分だけを抜粋して伝えた。前髪を整えるために取り出した手鏡を覗き込むとひどい顔をした梅子が写り込む。

「……つまり、勇者ハシバは魔王を倒さず和解した、ということなのですね」

「うん、そう。でも何かに阻まれて、二人は離れざるを得なかった」

鏡から這いずりだした残酷な茨。その正体はどこにも書いていない。ドロシスはしばらく押し黙っていたが、やがて顔を上げる。

「……ありがとうございます、ウメコさん。これで勇者様に良い報告ができます」

「っ、え? 勇者に?」

茉奈の名前を口走らなかったことをほめてほしい。素直にそんなことを思った。思いもよらぬところから名前が出てきたが、そういえばここは「勇者の国」であったと思い出す。手記の内容が語るあまりの衝撃に失念していた。

「ええ。勇者様、きっとお喜びになるでしょう」

「なんで勇者……さまに?」

「勇者様はずっと、魔王との和解の道を探ってらっしゃいましたから」

「!」

肩がぴくりと跳ねた。それって。

梅子の視界に、きらきらとしたエフェクトがかかるような気がした。

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