第56話 これは俺
「アリエッタ、さすがにそれは無いんじゃないか?」
口調は優しいが、エル兄の目は怒っていた。そんなエル兄の表情を俺は見たことが無かった。その視線は真っ直ぐに俺の胸元のペンダントに向けられていた。
「それは……。でも知らなくていいこともあるはずです。あっ、でもそのことをどうしてあなたが?」
「この星に来る前に一通り女神イシスのことは調べたからな。アルベルトのこともそれで知った」
俺のこと?
「それでどうしろと? あなたたちガーディアンはイシスの破壊を目指していたと認識していますけど」
「他の連中は必要ならばと同意していたがな。俺はこいつ、イシスを殺すことには反対している。カーリーは連中と意見を合わせたんだったな」
「オ、オデ……」
俺の頭の上に乗ったカーリーが激しく震えているのが分かる。
「エル兄何を言っているの? 暴走した機械を破壊するだけでしょ?」
「いや、それがそうでもないんだ」
エル兄が金属球を蹴ると簡単に二つに割れた。
「えっ!? どうして……。人が入ってんの?」
そこには服を着ていない裸の少年が膝を抱えて丸まっていた。
「ああ……。これではもう……」
アリエッタの呟きが聴こえた。意識を失っているのだろうか、俺は駆け寄って少年の様子を確認する。呼吸はしているみたいだ。ん?
「こ、これは……。俺……、なのか?」
その顔は俺の顔とそっくりだった。そっくりというより俺そのもの。同時に俺の記憶に何か引っかかる感じがあった。
「アルベルト。そうだ。それはお前だ」
「俺って、そんなさ」
いや、知ってる。こいつは俺でることに間違いはない。たぶん人為的に消されていたかそれとも俺自身が封じていのか、幼少の記憶が鮮明になってくる。
それは床も壁も服もベッドのシーツも真っ白な部屋。そこには何人もの俺がいた。俺達はアルベルト。そうみんなアルベルトだ。だけど白い貫頭衣につけられた刺繍はみなそれぞれ違ったからそれでお互いを呼んでいた。彼はJPM308518。俺はJPM308519。JPM30までは共通番号でその次の4桁の数字が個体識別に使われる。俺は最後の俺だったが、それまでに俺になるはずだったがそれに至らなかった実験体も含めると全部で8519人の俺が存在したことになる。
すべては人工知能研究の行き詰まりによるものだ。人類の繁栄の名のもとに犯された禁忌の実験、そのモルモットのような存在が俺達だった。両親は実の両親ではない。俺達はすべてある天才の細胞をもとに生み出された人工物。人から産まれたのではなく、俺達は試験管から培養された。俺の前の彼のときに実験は成功し、人類を導く救世主イシスが誕生した。だが、その中枢部分に人間のような生命体が入っているなんてことは極秘にされていた。俺は彼のスペア。何か不具合があったときに交換される存在だった。
こいつ俺のこと模造品だって言ってたか。俺もお前も変わんねえってば……。俺達アルベルトは、この名前を持つ偉大なオリジナルの複製品。まあ、いろいろと遺伝子をいじられてはいるから、オリジナルよりハイスペックだけどさ。
「記憶が戻ったのか…‥」
「うん。彼をどうするの?」
「救いたいと思うが」
「そう、それがいいね」
「それは危険です! 千年にも渡って莫大な情報を処理し続けた結果、人間としてのまともな自我なんてありはしません。最後は私たち研究者たちの想定通りの結果となりました。人類、いやこの星の生命体の敵となろうとしていたじゃないですか!」
胸のアリエッタが叫ぶ。
「そうか? 人類を擁護する気は俺にはないけどね。だって、俺、世界の敵、この星の敵の魔王だしね。ちょうど相棒にはいいんじゃないかって思うんだが」
「はあ? ちょ、ちょっと」
「同胞を機械に組み込んでしまうような地球人に何かいわれてもな。なあ、アルベルト」
「悪いことをするのは歓迎しないけど。俺が救われるのは嬉しいかな」
「じゃあ、お前も俺といっしょに来るか?」
「いや、たぶん俺の頭の上のカーリーが嫌がりそうだし。行かない」
「まあ、カーリーはそうだな。俺のすることには反対だって言ってたしね。仕方ないか」
「それにたぶん俺は英雄をしないといけないみたいだから、エル兄を止めるのが仕事になると思うよ」
「ああ、アルは昔から仕事には真面目に取り組むやつだった……」
「真面目に働いてたら神さまがちゃんと見ていてくれるって、神父さまも言ってたし」
「おい、あのジジイの言うことまだ真に受けてるのか?」
「だって、この星にも神さまはいるんでしょ? カーリーもそうだって聴いたけど」
「おおぅ。まあ、アルの好きな天国なんてものがあるのかは知らないが、信じるのは自由だし……。まあ、好きにすればいい」
エル兄はJPM308518を肩に担ぐとその場から姿を消してしまった。また、きっとどこか出会うことになるだろうから、俺はそれほど淋しくは感じなかった。
「アリエッタ、これでいいでしょ?」
「ぐぬぬ。まあ、アルベルトさまがそう仰るのなら私はもう何も言いません。私はこれでも地球時代の研究を悔いているんです。その罪滅ぼしをしたいと思っているのです」
なんだか最後のほうの彼女の声は小さくなっていた。
「おーい、少年! 全部片づいたのか?」
この声はギヨームさんか。声のほうを見るとシルビアさんとマテオさんもいた。マテオさんはもう自分で歩けるようだ。
「まあ、なんとか」
「それでな少年。せっかくめでたい感じなんだがこのあとたぶんちょっと面倒なことになるはずで……、あっ!」
「ギヨームさん、それってもしかして未来視みたいなのですか?」
この人何が視えてるんだ?
「やべえ、想定より早えじゃねえかよ!」
「軍隊?」
ギヨームさんの見ている方角には、地平線を埋めるかと思えるほどの騎馬の大軍勢がこちらの様子を窺っているようだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます