第48話 ふたたび落下

 俺達は先を急いだ。アリエッタたちが先にこの迷宮に来ているのだ。それがエル兄たちより、先なのか後なのかは分からないが、間違いなく災厄とされた邪竜や英雄ライジンに関係していることは間違いない。あの方舟のあった階層より下はとても危険な場所だとオジジさんさえ言っていた。合流できるものなら早く追いつきたい。


「おいおい、俺はもうヘトヘトだぜ。こんな歩き通しじゃ身体がもたないんだけどさあ」


 ギヨームさんの言葉に俺は振り返る。たしかに随分と休憩もなしに進んできている。


「ああ、それもそうですね。一旦休憩にしましょう」


 道案内も兼ねて先頭をいく俺だが、二人を置いていくつもりはない。こんなところで道に迷われでもしたら大変である。いまのところ魔物は出ないが、迷宮特有のわながあったりするので探索慣れした冒険者でももっと進みは遅いはずである。たまたま俺はそういった罠の発する微細な魔力に気づけるし、その術式のようなものも視えるので解除もできるし、できないにしても回避の仕方もその構造から見つけることもできる。


「お嬢、みず、水をくれ」


「ああ、待っていろ。かなり入れてきたからな気にせず飲むといい」


 シルビアさんが小さな袋の中から、それよりも遥かに大きな革製の水袋を取り出す。休憩の度に俺は不思議に思う。そのマジックバッグなる魔法具の中はどうなっているのだろうか。シルビアさんによるとそれは西方の地から渡ってきた貴重なもののようで、帝国の宝物庫にあったらしい。ギヨームさんからは、この星の超古代文明の産物なのか魔法の極地なのか意見の分かれるところらしい。再現して作成できる魔法具士や魔法使いはいないようで、迷宮の宝箱から見つかるのだと言っていた。ちなみにこの迷宮では宝箱のようなお楽しみイベントは発生しないらしい。そういう意味でも特殊な迷宮、いやつまらない迷宮なのである。


「では、私は少し辺りを探索してくる」


 そういうとシルビアさんは、どこかへ行ってしまった。俺が不思議そうな顔をしていると、なんだか残念そうな顔でギヨームさんが俺を見ている。


「な、なんですか……」


「いや、別に」


「ああ……」


 こういうの何ていうんだっけ? お花摘み? そんな言い方をすると俺の古い記憶が教えてくれる。周りに女性がいな……、いや、いた。カーリーはスライムだから排泄はしないのか? おや? オジジさんがそんなことをしていた記憶がない。どういうことだ?


「ギヨームさん。やっぱガーディアンって特別だからしないんですか?」


「なんだ? いやいや、俺達だってもともとはれっきとした人間さまだぞ。まあ、人間やめてるやつは多いがな。ああ……、カーリーか。あれは別格だわ」


「別格?」


「何ていうか、まあ、人間じゃねえな。何ていうか……、うーん、何なんだろなあいつ……」


「知らないんですか?」


「一応自分では女だと言ってたな昔から。でも、あいつの本当の姿は誰も知らねえんだわ」


「スライムじゃないんですか?」


「ああ、自分が気に入った姿であいつは過ごすんだ。スライムだったり美人な女、女の子? 時代によってその姿は違うな。でも本当の姿ってのはあるらしいが、それは秘密なんだとさ。俺達も長生きだが、それよりも遥か以前から存在しているのは間違いない。どっかの古代文明の遺跡で、懐かしいとか言ってそこに書かれていた未解明の古代文字を翻訳してみせたこともあったな。さらに好奇心が強くてな、地球で蘇生したときには地域によって言葉が違うことを面白がって、片っ端から覚えていきやがったぜ」


「へえ、すごいですね。俺なんて……、ん?」


「そうだな。少年も地球の言葉とこの国の共通語が分かるじゃねえか。立派なもんだと俺は思うぜ」


 今更ながらに気づく。俺の古い記憶は地球の言葉、そっちでの思考だ。だから頭の中の別の領域にある気がするのかもしれない。そんなことを話しているうちにシルビアさんが戻ってきた。あともう少し降りていけばあの方舟のあった階層だ。それより先はもしかするとドラゴンだとかの強い魔物が出てくるかもしれない。ゆっくりと休憩するならより安全なあの方舟のところだろう。


「さあ、もう少し進んだらゆっくり眠れますよ。あわわっ!」


 突然地面が大きく揺れた。地震? 


「おい、地面が割れてくぞ!」


「アルベルト、逃げ……」


 シルビアさんの逃げろという言葉と同時に足元が無くなる例の感じ。また落ちるのか……。俺だけでなくシルビアさんもギヨームさんも崩れた地面とともに落下していく。


 迷宮の階層が何層にも渡り崩壊しているようだった。落ちている最中、視界にあの方舟のある場所が遠くに一瞬見えた。ちょうど俺達が立っていた場所の周辺が大穴のようになっていて、そこを真っ逆さまに落ちていく。地面との衝撃に備えて二人とも身体強化の魔法を発動させているのが視えた。俺も備えなきゃと思ったその時、俺達は何かに取り込まれた。


 この感触は!?


「オオッ、オッ、オッ! ガ降ッテキタ!」


 強大化したスライム・カーリーだった。


 カーリーの巨体のお陰で何のダメージもなく着地できたようだ。俺達三人は地面に吐き出された。カーリーとの再会を喜ぼうと立ち上がるが、何だか様子が変だ。アリエッタが怖い顔をして、木製の杖のようなものを正面に向けていた。


「アルベルトさま。気をつけてください! 敵は正面です!」


「えっ?」


 そちらの方に顔を向けると、そこにはヨハネスが立っていて背後に巨大な影。よく見ると見上げるほどに巨大なドラゴンがこちらをうかがっているのが見えた。

 

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