第47話 王さま

 翌日、シルビアさんの行方ゆくえを探していた聖騎士団のキースさんと連絡がついたようだ。これはルカ姉とニア姉が密かに城の状況を探りにいったことによる。キースさんたちは、シルビアさんや俺の無事は知らせずにエル兄の城で待機することになった。その話によればエル兄と悪魔ヨハネスは迷宮に向かったらしく不在らしい。この状況でなぜ迷宮に向かったのかは分からない。


「いやあ、本当に久しぶりだわ、迷宮って。そうは言ってももぐったことは1回しかねえんだけどな」


「そうなのか? 意外だな」


「そりゃそうだって。薄暗くてじめじめしてて、常に自分の命の心配してなきゃなんないところに誰が喜んでいくってのさ? お嬢みたいな脳筋のうきんには分かんねえかもだが……」


「ノウキン?」


「あっ、何でもねえよ。そうそう。で、少年。迷宮には魔物がたくさんいるっていう話のはずだが、ネズミ一匹見ねえんだがこれはどういうことだ?」


 と言いながらも何も武器を持たずに普段着姿でで訪れているギヨームさん。この人、魔物が出たらどうするつもりなのだろうか。まあ、武器を持たないのは俺も同じだけど、もしかしてこの人もこぶしで語るひとなのだろうか。いや、それはないか……。でも、少なくともシルビアさんみたいに剣などの武器は、万が一のために持っておいたほうがいいと思うけど。


「さあ、俺に聞かれても分かんないですよ。魔物といってもこの前までゴブリンだらけだったし、もしかしてみんな地上に出てしまったとか」


「なるほどな。国境付近にはゴブリンの軍勢が再集結しているらしいと、ルカたちからも聞いたから、そうなのかもしれんな」


 シルビアさんはもう脳筋という言葉については忘れているようだ。やはりエル兄の指示で魔物は出払ってしまったのだろうか? でも、それにしてもまったく魔物の気配を感じないというのは変だ。迷宮の魔物は、迷宮から自然に産まれてくるんじゃなかったっけ。いや、ゴブリンの王さまによると繁殖して増えるんだったか。あれ? どういうことだ。もっと地下深くにいたドラゴンとかは? オジジさんと狩りまくっていたら数が減っていたような気もする。オジジさんが迷宮の声が聴こえなくなったって前にいってたっけ。もしかして、迷宮の機能みたいなものが停止しているのか。


「野生の魔物とそうでない魔物っていう区別がありましたよね。あれって何なんですか?」


「ああ、迷宮の魔物は迷宮から産まれて死ぬと迷宮にかえっていく。地上で以前多く見られていたような野生の魔物は動物と変わらんな」


 シルビアさんがそう教えてくれた。


「それと、あれだ。エルンストが手を加えた魔物だな。これはもともと野生の魔物についてあの変人ヨハネスと実験やら研究をしてたな。野生といいながらこのあたりの魔物は、イシスの作った人間、ミメーシスと同じで女神さま由来の魔物だ。大陸のこのあたりのもともとの原生の魔物は大昔の大戦のあおりを食らって全滅したはずだぜ」


「核兵器ですか……」


「迷宮に逃げ込んだ現生種もいるかもしれんが……。何だっけか、お嬢の話だとこの地下深くに封じられた災厄だか何だかの恐ろしい魔物の影響でこの迷宮の魔物は発生するんだっけか? まあ、大昔から学者先生たちが魔物の研究をしてはいたが、何にもよくわかってねえって話だったはずだ」


「神の領域の話だな」


「ああ、ホンモノの神さまのほうな」


「あの……、神さまっていらっしゃるんですか?」


 つい気になって聞いてしまう。女神イシスが俺のイメージしていた神さまではないことは分かった。でも、それでも……。


「たぶん……、いるんじゃねえか。俺はそんな気がしてるけどな」


「なんだギヨーム。意外な発言だな」


 シルビアさんが驚いた顔をしてそう言う。


「意外とは失礼な。ん? ああ、見えてきたのが少年のいっていたゴブリンの王国か?」


 もう神さまがどうとか言ってられない状況だ。ホンモノの神さまが何もしてくれない以上、俺達がこれ以上状況が悪くならないように何か手がかりを探さなくてはいけない。目の前には大きく開けた迷宮外のようなあの不思議な空間があった。


「やっぱり、ここもいませんね」


 あんなにたくさんいたゴブリンたちはどこにも見当たらなかった。小さな子ゴブリンも戦場に行ってしまったのだろうか。あの地下の人肉倉庫のことを思うと気分が萎えてしまうが、確認しないわけにはいかないのでゴブリンのお城にも足を運ぶ。


「あっ、いた!」


 腰の剣を抜こうとするシルビアさんを止める。あの王さまは好戦的ではない魔物だ。でも、以前と同じく頭の上に小さな王冠を乗せて玉座で寝ていた。肩が僅かに上下していることから死んでいるわけではなさそうだ。


「王さま! 起きてください、王さま!」


「ムゥ……、ン? ハッ!? コレハ久シブリダナ、ニンゲン。フム、仲間ヲ連レテ来タノカ? ココニアル財宝デモ奪イニ来タカ? アア、構ワヌ。好キナダケ持ッテイケバ良イ」


「おおっ、本当に言葉を喋ってやがるぜ……」


「ああ……」


 ギヨームさんとシルビアさんが驚いた顔をしている。


「いえ、そんなんじゃなくて。ここにいたゴブリンたちはどこに行ったのですか?」


「ウム。カミサマノ声ヲ聞イタト言ッテ、皆出テイッテシマッタノダ」


「王さまはなぜ残っているんですか?」


「アア、ソレハ……。我ニハソノ御声ガ聴コエナカッタノダ。コンナニモ、カミサマニ忠誠ヲ誓ッテイタトイウノニ……。ソシテ、サラニ不幸ナ事ニナ。ツイ先ホド我ハ、古イ記憶ヲ思イ出シタノダ」


「古い記憶ですか?」


「ソウダ。我ハ、カミサマカラ知恵ヲ授カッタノダト思ッテイタガ、ソウデハナク元々我ハコウデアッタノダ。昔ハ地上デ生活シテオッタノダ。我ラノ種ハ、ニンゲン、エルフ、ドワーフ等ト同等ノ存在デアリ、イツノ間ニヤラ魔物トイウ扱イニナッテシマッタヨウデアルガノ」


「そういや、あのアリエッタちゃん。じゃねえな伝説の魔法使いメストエジルちゃんが、マテオと話しているとこに一緒になったんだが、似たようなことを言ってたな。そんときは喋るゴブリンの頭部を持参しててよ。そいつの脳みそを解剖して分析した結果、エルンストが手を加えたせいじゃなくて元々の優秀な個体が話すようになったんだとか。ある期間その自分自身の記憶も封印されてそこいらの魔物と同じように活動していたらしいがな。ああ、胴体の方は燕尾服を着てた変わったやつだったと言ってたな」


「ソウデアルカ……。ソノ燕尾服ハ、我ガ弟デアロウナ。昔カラオ調子者ちょうしものデアッタゆえ、ソウナッタノモ仕方ノナイコトデアロウヨ」


 ああ、またいろいろと、頭が痛い……。えっと、あのとき旧礼拝堂のゴブリンたちが全滅していたのはアリエッタの仕業しわざで、燕尾服のゴブリンの頭部が無かったのは分析するために持ち帰りどこかに隠していたと。それで、ゴブリンは大昔、元々人類のように会話のできる水準にあったのだと。ん? もしかして方舟で飛来した地球人類が戦ったのって、この王さまたちのようなゴブリンも含んでいたのか? そんな生き残りなのか王さまは?


「王さま。王さまはこの迷宮の奥底に封じられているという災厄のことを知っていますか?」


「貴様タチハ、ソンナ事モ知ッテオルノカ。アア、モチロン知ッテオルゾ。遥カ昔、世界ヲ滅ボソウトスル邪竜ヲ、コノ地ノ底ニアルトサレル大空洞ニ引キズリ込ンダ英雄ライジンガ、何百年ニモ渡ッテ戦イ続ケテイタノダ。ソノ戦イニヨリ生ミ出サレタ力ノ波動デ迷宮ハ広ガッテイッタトサレル。オヨソ千年前、天カラ飛来シタ貴様ラ、ニンゲントノ戦争ガ起キタ時ニハ、ソレモ決着ガ着イタノカ、鎮マッタノダガナ。我ラノ種ダケデナク、エルフモ、ドワーフモ、他ノ種モ、英雄ライジンガコノ危機ヲ救ッテクレルモノト信ジテオッタガ、彼ガ現レルコトハ無カッタ。実ハ、我ト弟ハコノ迷宮ノ底ニ居ルハズノ英雄ニ救イヲ求メル事ヲ目的ニ、種ヲ超エタ代表トシテ派遣サレタノデアル。シカシ、ソノ途中デ我ラノ記憶ハ失ワレタノダ。今、思イ返セバ、アレハ邪竜ノ発シタ悪ノ波動デアッタヨウニ思ウ。ソノ後、記憶ヲ失ッタ我ニ聴コエテイタノハ迷宮カラノ『殺セ』トイウ声。アレハ邪竜ノ思念デアッタノデハナカロウカ」


「その災厄、邪竜はいまだに存在しているのでしょうか?」


「アア、生キテオル。カツテト比ベテ弱ッテイタト思ッテイタノダガ、我ガ記憶ヲ取リ戻シタノト同時ニソノ力ガ増シタヨウニ思ウ。関係シテオルノカマデハ分カラヌガノ。ソウ言エバ、貴様ラガ来ル前、ニンゲンノ娘ガ、オ前ノ連レテイタ黒イスライムトココヲ訪レテイタナ」


「えっ、アリエッタとカーリーがここに!?」


「ウム。タシカソノヨウナ名ダッタト記憶シテオル」

 

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