第11話

訓練後、ケイは自室でピアディと向き合っていた。


そのピアディはケイの手の中にちょこんと座り、じっと彼を見上げる。

内心ではとても張り切っていた。


(こやつと兄の誤解が解けるよう、我が上手くフォローしなきゃなのだ)


「お前、訓練中、何か気づいたのだろ?」


「ああ。兄の剣が、やはり前世と違っていた」


ケイは、ピアディを乗せているのとは反対側の拳を握りしめながら答えた。


「それに、兄は俺を本気で倒しにきてなかった。もう間違いない」


ピアディは「やはりなのだ」と頷く。


「我もそう思ったのだ。あの兄、めちゃくちゃ手加減してたのだ」


「……やっぱりか」


ケイはベッドの上に座り、静かに考え込んだ。


兄は本当に俺を試しているのか?


それとも――兄もまた、回帰しているのか?


「回帰者が自分だけではない可能性」を疑い始めたケイは、兄の目的を探ることを決意する。


そんなケイを見て、ピアディは内心感心していた。


(こやつ、なかなか勘がいいのだ。兄とのすれ違いも意外と早く解消されるかも?)




翌朝、ケイは別邸の庭で木剣を振るっていた。

昨日の兄との模擬戦を反芻しながら、何度も何度も。


(兄の剣は、明らかに前世と違った)


伯爵家の剣術「アルトレイ流」の基本は変わらない。


アルトレイはいにしえの勇者が持っていた家名だ。

ケイたちは世界を救った勇者の末裔とされている。

その勇者が使っていた剣術が現在『アルトレイ流剣術』と呼ばれて、代々受け継がれてきている。


アルトレイ流は攻撃力はそこそこ。

だが、攻守一体で、防御力に優れること他の追随を許さぬと謳われる、守りの剣術でもあった。


だが、昨日の兄の動きには、それとは異なる技術が織り交ぜられていた。


(アルトレイ流だけより洗練されていた)


だが、それはおかしい。

兄はアルトレイ伯爵家の正統な後継者だ。

家の剣術以外を学ぶ必要などないはず。


(やはり兄も回帰していて、別の生き方をしていた記憶があるのか? 別の流派も学んだ記憶があるなら、あの動きになるだろうし)


もしそうなら、今の兄の違和感すべてに説明がつく。

しかし、確証はまだない。


「考えてもわからぬのだ」


ピアディがケイの肩で頬を膨らませた。


「お前は探りすぎなのだ。今は強くなることを考えるべきなのだ」


「……それはそうなんだけどな」


木剣を構え直しながら、ケイは小さく息を吐いた。


今日も伯爵家は正妻セオドラがお茶会に出かけると聞いた。

午後になればまた兄が来そうだ。





昼過ぎ、予想通り、兄テオドールがケイの部屋を訪れた。


「ケイ、今暇か?」


兄は何でもない顔で話しかけてくる。

だが、ケイはすでに警戒モードだ。


「暇ではないけど、何か用?」


「昨日の剣術訓練、楽しかっただろ?」


「……まあ。ようやく勝てたし」


兄は微笑んだ。


「じゃあ、明日はお兄ちゃまと二人だけで手合わせしないか?」


ケイの目がわずかに細まる。


「それは、俺の実力を試したいってこと?」


兄は「ん?」と小首をかしげる。


「単純に楽しかったからだよ。お前も楽しかったんだろ?」


「………………」


その言葉に、ケイは一瞬返答に詰まる。

確かに、昨日の剣の感触は悪くなかった。


兄と戦うのは、今は嫌いではなかった。


(でも。兄は、本当にそれだけのつもりなのか?)


ケイは探るように兄を見た。


「……わかった。剣を交えよう」


「本当か!?」


「ただし、俺も手加減しないぞ」


「ははっ、望むところだ!」


兄は嬉しそうに笑った。


――だが、ケイの警戒心は解けなかった。


(兄の目的。今度こそ見極めてやる)




夜、ケイはいつものようにベッドの上でピアディと向き合っていた。


「ピアディ、お前はどう思う?」


ピアディはいつものように、ちょこんとケイの手の中に座り、じっと考え込んでいる。


「兄が何か知っているのは間違いないのだ」


「やっぱり。お前もそう思うよな?」


(あの兄はなかなかの曲者ぞ。われが問い詰めても正直には話さなかったのだ。なまいき!)


「だが、それが『回帰している』からなのか、それ以外からなのかはわからぬのだ」


ケイは思案げにピアディを見つめた。


「前世の兄とは違いすぎる。でも、どうやって確かめたらいいのか」


「ならば、直接聞いてみるのだ!」


「……そんな簡単に話してくれると思うか?」


兄が回帰者なら、隠す理由があるはずだ。

自分を「お兄ちゃまだぞ」などと親しげに呼ばせようとするぐらいなのに、ケイとの間に一線を引くところもある。


そうでないなら、なおさら下手に動けばケイのほうが疑われる。


(今は、兄の出方を見るしかない)


「とにかく、明日の手合わせのときに兄の動きをよく見る。そこから探るしかない」


ケイは静かに決意を固めた。


――兄の目的を知るために。




だが、このときケイは忘れていた。


回帰後のケイには、兄より警戒すべき人物がいたことを。

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