第10話

朝の陽射しが降り注ぐ伯爵家の訓練場。


ケイが回帰してから早数ヶ月。

剣術の訓練にも慣れて、ケイの手のひらの皮も厚くなり、兄弟揃って腕を上げてきた。


広い闘技場の上で、ケイは木剣を握りしめ、目の前の兄テオドールと対峙していた。


ケイたち兄弟の指南役は、こうしてたびたび二人の試合を行わせた。


「それでは、始め!」


剣術指南役の掛け声と同時に、兄が踏み込んできた。


「いくぞ!」



ヒュンッ!



兄の木剣が鋭く振り下ろされる。

ケイは咄嗟に受け止めるが、手にずしりと重みが響いた。


(……重い!)


同い年だが兄の方が生まれたのが一年近く早く、その分だけ体格差がある。

さらに、兄はずっと前から剣術訓練を受けていたのに対し、ケイはまだ本格的な訓練を始めて数ヶ月でしかない。


そういうところで、正妻の息子と、妾の息子は差をつけられていた。


それでも、負けるつもりはなかった。

ケイは回帰前の訓練を覚えている。

正式な剣術の訓練が始まってから、以前の記憶は驚異的な速度でケイの肉体を作り変えていた。


「――はっ!」


ケイは素早く横に回り込み、兄の懐に踏み込んだ。

だが、兄はそれを読んでいたかのように、最小限の動きで受け流す。


「……っ」


(やっぱり、兄は強い。だが)


剣を交えながら、ケイの中に奇妙な違和感がもうハッキリと形を取っていた。


(兄の剣、もう間違いない。前と違う)


兄の剣筋は、伯爵家に伝わるアルトレイ流剣術を基本にしている。

だが、――そこに見慣れない動きが混じっていた。


(これは……やはり別の流派の技術が混ざっている。本人の工夫だけでは説明がつかない)


前世では、兄はアルトレイ流剣術しか使っていなかったはずだ。

だが、今の兄は何か違う剣技を取り入れているように見えた。


(だが、いつ、どこで身につけた?)


「どうした、ケイ?」


兄が微笑みながら言う。

その表情に、ケイはさらに違和感を覚えた。


(……回帰前の兄は、俺と剣を交えるとき、こんな顔をしていただろうか?)


兄は常に上から押さえつけるように、ケイを叩き潰してきた。

ケイの手から木刀を弾き飛ばした後も、執拗にケイの肉体を傷つける攻撃をやめなかった。


――だからいつもケイは傷だらけだった。

そんなケイを見て、母ポーラはいつも悲しげで、ケイを抱き締めながら謝るばかりだった。


 母の声を今でも覚えている。



『ごめんなさい、ケイ。あなたを妾の子にしてしまった母様を許して』



今の兄はどこかケイの様子を伺うように戦っている。

しかも指南役にそれを気づかせない、微妙さで。


もちろん、ケイが稽古で大きな怪我をすることもない。


(兄は、俺の力を測っているのか?)


剣を交えながら、ケイは考えた。


(兄は本気なのか? それとも、俺を試しているのか?)


これまでの兄なら、弟を押さえつけ、勝ちを確実なものにするはず。

しかし、今の兄はどこか迷いがあるように見える。



――試している?


――俺の強さを測っている?



そう考えた瞬間、兄が次の攻撃を仕掛けてきた。


「これで終わりだ!」



ヒュンッ!



兄の木剣が、鋭くケイの肩を狙ってくる。

受け止められない――そう思った瞬間、兄の剣の動きが一瞬、緩んだ。


(……今、手を緩めた?)


本気なら、今ので決まっていたはずだ。

しかし、兄はほんの僅かに力を抜き、ケイが受け止められる余地を作った。


「……っ!」


その隙を見逃さず、ケイは反撃に出た。



ガンッ!



木剣が兄の脇をかすめ、兄が一瞬よろめく。

その直後――


「そこまで!」


剣術指南役の声が響き、戦いは終了した。




兄は木剣を下ろし、ケイをじっと見つめた。


「……もうこんなに強くなったのか。ケイ」


その言葉に、ケイの心がざわつく。


回帰前の兄は、こんなことを言わなかった。

ケイを負かすたびに冷たく「お前には才能がない」と突き放し、劣等感を植え付けてきた。


なのに、今の兄は――


「また手合わせしよう。次はもっと強くなってこのお兄ちゃまを負かすといい」


そう言って、穏やかに微笑んだ。


だが――


(……兄の目、笑っていない)


微笑みの裏に、「何かを探るような視線」を感じる。


(やっぱり、兄は俺のことを試している?)


まるで、「俺が何を知っているのか」を確かめようとしているかのような目だった。



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