塩対応の受付嬢ベルフィーネの日常〜私の完璧なプランで最高の勇者を育て上げます〜

片月いち

第1話 塩対応の受付嬢の日常


「よ、よう。ベルフィーネ。調子はどうだ?」


 カウンターで頬杖を突いてぼうっとしていたら、ふと誰かに話しかけられた。


 ここは酒場兼宿屋にもなっている冒険者ギルド。そこに併設されたクエスト受付カウンターだ。

 そこで頬杖をついている私というのは当然、受付担当である。


 私はギルドの受付嬢なのだ。


 そんな私に話しかけてきたのは、新米冒険者のトールだった。

 私と同い年の十代後半。ギルドに来たのもほぼ同じ頃で、勝手に同期と思っている。


「いらっしゃいませ。クエストの紹介ですか?」

「いや、そうじゃなくて。……あのさ、この後時間あるか? 一緒に夕食でも――」

「またのお越しをお待ちしております」

「もっと考えて!? 考える素振りだけでもして!?」


 知りません。面倒な。


 トールの誘いをばっさり切って、私はカウンターの引き出しを開ける。その中から現在募集中のクエストリストを取り出した。

 ギルドには日々たくさんの依頼が舞い込んでくる。冒険者はそれらの依頼をこなし、ギルドは依頼主と冒険者を仲介し、糧を得ているのだ。


「現在募集中のクエストはこれだけです。お受けになりますか?」

「あ、いや。今日はクエストじゃなくて……」

「またのお越しをお待ちしています」

「すぐに帰そうとしないで!? もうちょっと会話を楽しもう!?」


 その後もトールはやいのやいの言い続けたが、結局クエストを受けることにしたようだ。

 がっくり肩を落としながら言う。


「じゃあ行ってくるよ。……あのさ、ベルフィーネ。俺が無事に帰ったら――」

「ごめんなさい」

「せめて最後まで言わせて!?」


 そうしてトールはとぼとぼとギルドを後にした。

 その背中に「お気をつけて」とだけ付け加えると、少しだけ元気を取り戻したようだ。

 ぶんぶんと手を振って去っていく。子犬みたいだな、と何となく思った。


 そんな私のところに、書類の束を抱えた長身の女性がやって来る。


「うふふ。見事なまでの塩対応……さすがね、ベルちゃん」

「あ、リリネットさん」


 彼女は同じく受付嬢をやっている先輩だ。

 デキる女のオーラがすごい、大人の女性である。


「お疲れ様です。それ、ウチに届いたクエストですか?」

「そうよ。あとでクエストボードにも張り出しておくから」

「私、リストの更新やりますよ。そろそろ期限切れの依頼もあったし」


 私はリリネットさんから紙束を受け取る。思わず顔をしかめるくらいの重量だ。

 この重さがギルドに対する期待の表れとも取れる。


「それにしてもめげないわね、彼……」

「えっ、誰ですか?」

「誰って……トールに決まってるでしょう? 彼、貴女に気があるのよ」

「まっさかぁ。アイツはもっと良いクエスト紹介してもらいたいだけですよ」


 私があっさり言うと、リリネットさんは眉間にシワを寄せて天を仰いだ。

 いっそ残酷なくらいに脈ナシね……などと言う。

 そんなことを言われても、私とトールは、同期の男の子という関係を抜け出すような関係ではない。

 ……まあ、食事くらいなら、一緒に行ってあげてもいいかもしれないけど。


「でも彼の気持ちもわかるわね。駆け出しの頃は小さなクエストばかり。焦りが出てくる頃合いだわ」

「それは。でも仕方なくないですか? トールの実力的にも……」


 冒険者にはランク制度というものも存在する。ギルドが認定する冒険者の実力を示す指標だ。高ランクの冒険者ほど高難易度のクエストを受けられる。

 依頼人にとっては依頼の成功の可否を決める重要な要素だし、ギルドにとってもある程度クエスト成功を担保するものになる。

 やる気があるからと言って任せられるものでもないのだ。


「ふふ。わかってないわね、ベルちゃん。それじゃあいつまで経っても成長はないわ」

「いや、でもランクが……」

「誰だって最初は駆け出しよ。少しずつ力をつけてランクを上げていくの。受付はそのお手伝いをするものなのよ?」


 そういうものですかね……。

 でも具体的にどうすればいいのか分からないし、いきなり難しいクエストなんて紹介できない。

 失敗すればギルドの看板に傷がつくし、冒険者本人だって達成困難なクエストを紹介されても困るだろう。


 私がそんなことを考えていると、リリネットさんはニンマリと嬉しそうに笑った。

 そうして私の耳元にすっと寄って、


「冒険者を生かすも殺すも受付次第よ、ベルちゃん」


 ……とっておきの秘密を打ち明けるように、そう告げたのだ。

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