第8話 変なやつ

 たまに、夢を見る。

 外の世界を、ゆっくりと巡る夢だ。


 美しい景色を眺め、食べたことのない美味しい料理を楽しみ、知識でしか知らない花を愛でる。

 感じる全てが新鮮な、温かい世界。 


 そして隣には、いつも友達がいる。何よりも大切な友達だ。

 そこでは彼女は痛々しい演技をしなくても良くて、ありのままの笑顔を私に向けてくれる。彼女が笑っていると私も嬉しくなる。彼女がそこにいるだけで私は温かい気持ちになれる。


 そうして最後には、騙らない本当の願いを二人で語り合うのだ。


 あまりにも都合が良すぎる夢で、恥ずかしいから友達にも言えないが。

 そんな夢を、たまに見る。



 ♢  ♢  ♢



 朧月が照らす夜に、二つの影が重なる。


「……ごめん……なさ、い」


 涙と掠れた謝罪の言葉。

 紫炎を纏う銀色の少女の剣が、亜麻色の少女の胸を貫いていた。


「…………」


 静かに剣を抜く。空いた傷口からは血液が溢れ出し、地面を真っ赤に染めていった。力なく倒れる少女の瞳から、徐々に光が失われてゆく。


 そしてその傷の内側では、微かに紫炎が燻っていた。


「…………」


 それを見届けた銀色の少女は、背を向けて静かに歩き出す。

 血が滴る剣を手に歩み続け、花の香りが濃くなってきた頃。


 毒々しい花々に囲まれた庭園の中心に目的の人物は立っていた。


「――お見事だ、我が娘よ」


 艶やかな声が響く。


「……彼女もお前の娘だろう」

「ん……?あぁ、そうだったね」


 一瞬とぼけて見せたその人物は、妖艶な紫髪を腰まで伸ばした美女であった。

 そしてその特徴的な髪色は、少女の髪に所々混じる色と瓜二つに見える。


「けれどまさか、力を隠していたとはねぇ」

「…………」


 呟き、憂い気な表情で手元の花を見つめる。


「花の育ちが悪いと思ったら……枯れた花が紛れ込んでいたみたいだね」


 そう吐き捨てた美女は、持っていた鉢植えから不意に手を放した。


 瞬間、体を叩き付ける莫大な熱気と気色の悪い魔力。


 禍々しい紫炎に包まれた鉢植えは、地面に落ち切る前に跡形も無く燃やし尽くされていた。


「……そうは思わないかい?」


 問いかける美女に対し、少女は、


「……ふっ」


 鼻で笑った。心底おかしいという風に。

 そして剣を握る腕に力を込め、その血に塗れた切っ先を美女に向けた。


「……そう見えるんなら、それがお前の限界だ」


 不敵に笑う。目の前の母親を嘲るように。


「剣を抜け。次は……お前だ」


 それを合図に庭園の花々は焼かれ落ちる。


 その中心では、禍々しい紫炎と美しい紫炎が互いを喰らいつくさんと激しく燃え盛っていた。



 ♢  ♢  ♢



 ――ジャラリ。


 意識が浮上する。熱を感じた。


 目は潰されているから分からないが、今私の体からは忌々しい紫色の炎が立ち昇っていることだろう。クソみたいな夢を見たからだ。


「おはようございます。お気分はいかがですか?」


 声が掛かる。甘ったるい声だ。


「……最悪だ。見れば分かるだろう」

「いえ、そうではなく……お体の方のお話です」

「……まだ問題無い」

「そうですか……」


 安心したように息を吐く音が聞こえた。


 今にも死にそうな重体のこの体だが、皮肉にもこの忌々しい紫炎が私を生かしていた。

 幾ら魔力封じを架せられようとも、奴に鍛えられた魔力操作を完全に乱しきることはできない。まだ数日は問題ないだろう。


 ……本当に皮肉な話だ。今私が生きているのは全てあいつのお陰みたいじゃないか。


 いや、そんな事よりも今気になるのはこの女。


「……何故逃げない」

「はい?」


 昨日からこの牢にぶち込まれている同居人。

 甘ったるい声の妙に丁寧な口調が特徴的なこの女は、出ようと思えば出られるだろうにこの場所に甘んじている。


 喉を直してくれたことには感謝しているが、その行動は理解できない。


「何故出る必要が……?」

「……はぁ」


 終始こんな具合だ。まるで話にならない。


「私は貴女とお友達になりたいんです」

「…………」

「ご趣味を聞いても?……あ、私の趣味は人々の救済ですよ」

「…………」


 もう黙ってくれ……頭まで痛くなってきた。



 それからも無視に徹する私に対して延々と話し掛けてくる女だったが、廊下の向こうから足音が聞えて来た辺りで、ようやく口を閉じた。


「……そろそろお時間のようなのでまた後ほど」


 閉じていなかった。

 いいからさっさとこいつを連れてってくれないか……。



 ♢  ♢  ♢



「おはようございます」

「…………」


 目を覚ました私の耳に女の声が届く。目覚めに聞くには甘すぎる声だ。勘弁してほしい。


「……何を見ているんだ」

「……目が見えないのに分かるんですか?」

「三日も一緒に居ればな……」


 心底嫌ではあるが。

 今日は手に持った何かをジッと見つめていた。気のせいでなければニヤニヤ笑っていたはずだ。


「これはあれです。ペアルック?というものですよ。この髪飾りは、私の大事なお友達オトモダチと繋がっているんです」


 ……なん……だと……。


「……いるのか……お前に……友人が……」


 こいつがここに来てから一番の衝撃を受けた気がする。伝説の回復魔法を見た時以上の衝撃だ。


 友人?この女に?正気か?


「酷くないですか?居ますよ。友人の一人や二人」

「……二人いるのか?」

「…………」


 沈黙。返事は返ってこかった。


「――――す」

「……なんだ?」

「――ふた――です」


 声が小さいな。もっとハッキリ言って欲しい。


「聞こえない」

「で す か ら!貴女で二人目ですっ!!」

「……耳が痛い」


 耳元で叫ぶのはやめてくれ。私は重症人だぞ?


「一人じゃないか……」

「いいえ。二人です」

「いつからお前と私は友達になったんだ」

「三日前からです」


 初日じゃないか……。会って一日で他人と友達になれる奴は、友人が一人なんて惨状にならないだろう。流石にそれは私でも分かるぞ。


「……そう言う貴女はどうなんですか?」

「……私は一人だ」


 後にも先にも私の友達は一人だけだ。


「ふふっ、私だけなんですね。人の事は言えませんよ」

「殺すぞ」


 殺すぞ



 ♢  ♢  ♢



 足音がする。あいつが戻って来たのだろう。


 だが……


「んぶっ。……うーん、雑な置き方ですね。職人魂は一体何処に行ってしまったのでしょうか……」

「……おい、それはどうした」


 血の匂いがする。

 それ自体は今までにもあったが、今日は特に酷い。


 まだ奴らが遠くへ行っていないかもしれないが、待ってなどいられなかった。


 何故なら恐らくは……


「あ、起きていたんですね。おはようございます。体調の方はいかがですか?」

「私のことはいい。今はお前の方が重症だろう!」


 手足が無い。地に寝そべっていることからも間違いないだろう。

 止血もされていないな。このままでは数分と持たない。一体何があった?


「ん……?あー、これですか。大丈夫ですよ。お気になさらず」

「大丈夫なわけないだろう!さっさと治療しろ!!」

「…………ふむ」


 私の言葉を受けても女は唸っているだけで行動しなかった。

 こいつならその程度容易くできるはずだろう。何故しない。


「――では私とお友達になっていただけますか?」

「…………は?」


 は?

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