第7話 変態「ミーツケタ」
――堕ちたな(確信)
僕の心は充足感に満たされていた。
お友達マニュアルその奥義『欲している言葉をかける』が完璧なタイミングで決まったからだ。
アリスは今、静かに涙を流している。その瞳はきっと、此処ではない何処かを見ているのだろう。
「……大丈夫ですか?」
慈愛に満ちた聖女ボイスで優しく窺う。
「え……?」
「だってほら――」
顔に手を伸ばす。頬を伝う涙を、そっと指で拭った。そして一言、
「泣いています」
「ぁ……」
……儚い!あまりにも儚すぎる空間がここには広がっているよ。
誰かカメラ持ってきて、カメラ!今すぐこの光景を記録するんだ!そしてなんやかんやあってアリスが絶望に沈んだ時にこの光景を見せるんだよ!!
と、そんな内心はおくびにも出さず。しおらしい顔を作って少し俯いて見せる。
「ごめんなさい……無神経でしたね。貴女のお友達について、私は何も知らないというのに」
嘘である。ガッツリ知っている。アリスを治療した際にその人生を追体験したから。
だから心の底でお友達に言ってもらいたかった言葉を探るなど、容易であった。チョロいぜ。
「そんなことないですっ!」
うわっ。びっくりした。
近いんですけど。鼻先がくっつきそうなほどの距離だ。
「あっ……ご、ごめんなさい……」
「いえ、大丈夫ですよ」
謝りながら遠ざかっていくアリス。
僕はそんな彼女の手を取って、今度はこちらから近付いては抱き着いてみせた。
「ぁ…………」
一瞬体が強張ったが、すぐに力が抜ける。そして恐る恐る僕の背中に腕を回してきた。
「あたたかい……あたたかいです」
「アリスさんも温かいですよ。それに良い匂いもします。優しい匂いです」
当然、これも彼女のお友達が言っていたことだ。
……優しい匂いってなんだ?僕には分からないけど、きっと優しい匂いなんだろう。
「……落ち着きましたか?」
「…………」
反応が無い。寝た?立ったまま?
「あの、アリスさん?」
「……ごめんなさい」
「はい?」
なんか謝って来た。何かあったっけ?
「わたしは、心にもない酷いことを言ってしまいました」
「……いいんですよ。言ったではないですか。何度でも赦します、と」
よく分からないけど赦すよ。でろっでろに甘やかします。そして最後には一気に落とすのだ。ギャップ萌えってやつさ。知らんけど。
「……わたしが目覚めた時だって、数え切れないほど斬り付けました。痛かった……ですよね?」
「気持ち良かったです」
「えっ……?」
あ、やば。つい本音が。
「……私は聖女ですから。アリスさんの純粋な気持ちを受け止められて嬉しかったんです。それに、私にはお友達が居なかったので……その……」
「…………」
「……冗談です。でも、もし誰かを傷付けたくなったらいつでも言ってくださいね?私がいくらでも受け止めますから……」
……無言で強く抱き締められた。
『女の子に嬲られて仲良くなれると勘違いした自己犠牲精神の高すぎる美幼女』と思われたんだろう。大体合ってる。
濃厚で新鮮な負の感情の気配を感じるのに……あぁ、勿体ない。この体勢だと顔が見れないし、アリスほどの強者には〈
ほんと、勿体ないなぁ……。
♢ ♢ ♢
そんな一幕がありつつ。距離が少しだけ近付いたであろう僕たちは、その後も街を見て回った。
非常に……ひっじょぉーに長く険しい戦いだった。
カフェでは僕に菓子を食べさせようとするアリスに頬をぱんぱんにされ……
服屋では僕の前衛的な服装――全裸にローブ一丁――に悲鳴を上げたアリスから一張羅を守り抜き……
綺麗な観光スポットを前に涙を流すアリスを聖女ボイスで慰めたり……
いや、ほんと。疲れた。
一体何度路地裏に駆け込んでは自傷パーリナイに洒落込もうとしたことか……。僕の黄金の精神力を褒めて欲しい。
とはいえ、それももう終わり。
エドルス聖教会が所有する寮の一室。僕の目に映るのは、静かに寝息を立てているアリスの姿。安らかに眠っているものだ。
――今から何が起こるのかも知らずに、ね。
「ふふふ……おやすみ、僕の可愛いかわいいオトモダチ」
呟いた僕は、アリスの枕元にちょっとした「プレゼント」を置いておき、静かに部屋を出た。
……そういえばまだお友達宣言の言質を取っていなかったな。
ま、いいか。
♢ ♢ ♢
ローブで顔を隠した僕は、都市の裏側……迷路のように複雑に入り組んでいる路地裏を、右に左にと突き進んでいた。道は知らん。適当である。
路傍に倒れている子供や年寄りのつまみ食いを楽しみつつ、人の気配を感じなくなってからもしばらく歩き続け……ようやく立ち止まる。
「……さて」
お母様から預かったブローチに魔力を籠める。これだけで良いらしい。楽でいいね。
そうして壁に寄りかかり待つこと数分。
……不意に、辺りに広がる影が揺れた気がした。
路地の暗がりに目を向けてみれば、あら不思議。いつの間にか黒装束の集団が音もなくそこに立っていたではないか。
「こんばんは。月も隠れる良い夜ですね」
「「「…………」」」
無言。無言である。微動だにしない。
プロだな。間違いない。真の職人というものは、無駄な事はしないものなのだ。尊敬の念を禁じ得ないね。
「ではどうぞ。お好きになさってください。……あ、勿論抵抗はしませんよ?安心してください。だって貴方たち……ふふ、弱すぎますもの」
「「「――――」」」
そうして僕は期待を胸に、意識を失うのだった。
♢ ♢ ♢
おいおいおい。僕の体綺麗なままじゃんか!!
カビ臭い牢にて目を覚ました僕は、ピンピンしている自分の体を確認してガッカリしていた。
せっかく煽ったというのに……痛めつける流れだったじゃないか……。
はぁ……。職人の誇りが魂にまで染み付いていたとはね。天晴だ。プロの拷問術はまたの機会に取っておこう。
さて、
「こんばんは」
「…………」
僕は同居人に目を向ける。いやはや先客がいたとはね。びっくりだよ。……なんかちょっと前にも同じような事があった気がするな。
「いい夜ですね」
「…………」
件の人物は寡黙だ。なにせ喉が潰れている。
そして、傷付いているのはそこだけではなかった。
片腕は今にも千切れそうにブランブランしているし、目は二つとも潰されている。脚は片方根元から吹き飛んでいる上、もう片方も潰されていた。
だというのに。滅茶苦茶厳重に拘束されている。四肢と首にはゴツい魔力封じが架せられ、身体は鎖でぐるぐる巻き。猛獣でもそこまでせんだろ……って具合だ。
見えるのは顔だけ。
鋭い目元。銀髪ショート。今はくすんでいるその髪には、所々に濃紫のメッシュが入っている。年の頃は多分アリスと同じくらい。12、3歳程度かな。幼さの残る顔立ちだ。当然、美少女。
そして僕は、その顔を知っている。
「こんな所ではありますが、まずはご挨拶を」
――何故、キミがここに居るのかな?
「私はホタルといいます。貴方のお名前は――」
――ふふ、ふふふふふ。いやいやほんと。僕はつくづくツイてるな。
「――ナディアさん」
ジャラリ、と。鎖が揺れた。
空気が揺らめく。狭い牢内の気温が徐々に上がっている。
厳重に魔力を封じられたはずのその身体から、静かに紫炎が立ち昇り始めていた。
「……お間違いないですか?」
――ミーツケタ
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