第7話 フライバイ・シューティングスター
夏祭りが終わってから、時間が加速したように、あっという間に夏休みが終わってしまった。
しかし、夏休みが終わっても、夏の暑さは終わらず、相変わらず肌を焼き焦がすような日差しが襲いかかってくる。
私は暑さに本当に弱いので、いい加減にしてほしいと思いながら、汗を拭い、学校へと向かう。
──とはいえ、暑さなんかよりも、もっと重大な問題が目の前に迫っていた。
千宙ちゃんの誕生日である。
それなのに、私はいまだにプレゼントを何にするか決められずにいた。
だって、千宙ちゃんの好きなものが、よく分からないんだもん……。
直接聞いたら、あからさますぎるし……。
颯に聞いたって、分かるわけないし……。
……お母さんに聞いたら、何か分かるかも。
私よりも千宙ちゃんとの付き合いが長いし、何か知っているかもしれない。
だけど、お母さんに聞くのも、どこか憚られる気がしていた。
千宙ちゃんと出会ってから数ヶ月。
ずっと見てきたけれど、千宙ちゃんが私のお母さんを見る目は、私に向けるそれとは明らかに違っていることに、最近気づいてしまった。
なんというか……熱を帯びたような……憧れの人に向けるような……。
そんな感じの眼差しで、お母さんを見ている。
それに対して、私はモヤモヤとした感情を抱えてしまう。
お母さんではなく、私を見てほしい──そう思ってしまう。
家族なのだから、お母さんを慕うのは別におかしくないはずなのに……ううむ。
そもそも、千宙ちゃんがお母さんのことをどう思っているのかなんて、私には分からないし……。
というか、再婚したのだから千宙ちゃんにとっても、お母さんは「母親」なわけで……。
考えれば考えるほど訳が分からなくなって、思考のループに陥ってしまう。
──今は千宙ちゃんの考えよりも、プレゼントのことを考えなければいけないのに。
「まったく思い浮かばない……」
今日も今日とて、授業には集中できず、一日中プレゼントのことを考えることになるんだろうなあ……。
そう思いながら自転車を漕いでいるうちに、学校へと辿り着き、教室へと向かう。
「おはよ、ルカ」
「うーん、あれがいいか……それとも……」
「おい、ルカ」
「わ、何? 颯」
気づいたら颯が横にいて、声をかけられていた。
「何じゃないだろ。おはよっつってんの」
「お、おはよう」
挨拶を交わして、教室へ入り、自分たちの席へとつく。
「で、何をそんなに悩んでんだよ?」
「んー……もうすぐ千宙ちゃんの誕生日でさ。何をプレゼントしようかなって」
「そりゃ私に聞いても無駄だわ」
「だよねえ……」
「好きなものとか知らねえの?」
「このキャラクターが好きなのは知ってるんだけどさあ。それしか知らないんだよね」
そう言いながら、キャラの画像を颯に見せる。
「そういやカバンとかにもつけてたなあ。もうこれ関連のものをあげればいいんじゃないの」
「でも、前にあげたからさ。今度は違うものをあげたいんだよね」
「じゃあ、調査するしかないだろ」
「調査って言われてもなあ……」
ここ数ヶ月、注意を払って見ていたけど、千宙ちゃんの好きなものはまるで見えてこないし、どうしようもない。
「直接聞いてみりゃいいじゃん」
「あからさますぎる!」
「わがままだなお前……」
「むう……」
「私がそれとなく聞いてやろうか? 貸しにしとくけど」
「えー……」
「えーじゃねえだろ。じゃあ自分で頑張れよな」
「わかった、わかりました。お願いします」
「まいどあり~」
颯に貸しはあんまり作りたくないんだよなあ……。
何を返せと言われるかわからないし。
そんなこんなで、ホームルームと一限が始まったのだけど、私は授業に集中せず、プレゼントになりそうな物をスマホで探し続けたのだった。
昼休みになると、颯がすぐさま教室から出ていった。
千宙ちゃんのところへ向かったようだ。
こういう時の颯は本当に頼りになるなあ。
などと思っていたら、もう颯が戻ってきて、前の席に座った。
「おかえり、颯」
「聞いてきてやったぞ。私が教室に行ったら、めっちゃ目を丸くしてたけど。何故か千宙ちゃん以外も」
颯は同性からも人気があるし、そういう目で見られていたのだろうなと思う。
「そりゃそうでしょ。で、なんて言ってた?」
「聞きたいか?」
「何で勿体ぶるのさ!?」
「いや、大した情報得られなかったし……」
「ええ……。いいから言ってみてよ」
「特に無いって」
「……マジ?」
「マジ」
「詰んだ……!」
いくらなんでも無いなんてことはないだろ! と思うんだけど、そもそも颯相手に千宙ちゃんが本当のことを話すとは限らないことを見落としていた。
いや、本当に無いのかもしれないけど……。
そんなことある?
好きなものが皆無のJKなんて、JKじゃないだろ! なんて勝手なことを思ってしまう。
「ま、頑張れよ。貸しは無かったことにしておくから」
「うう……。どうすればいいのさあ……」
「しーらね。さあ、飯食うぞ」
「はあい……」
結局、自分で考えなければならないことに頭を抱えながら、もそもそと菓子パンをかじる。
このままじゃ勉強にも身が入らなくて、成績も落ちる一方だ。
もう、千宙ちゃんが何を欲しがっているのかを考えるのではなく、私の選んだ物で喜んでもらうしかないだろう。
そもそも、プレゼントなんてそんなものだ。
よほど変なものを渡さない限り、気持ちがこもっていれば喜んでもらえるはず。
そう言い聞かせながら、パンを食べ終わった後も、必死に何を渡すか考えた。
だけど、やっぱり何も浮かばないのだった。
放課後、一人で少し遠くのショッピングモールをさまよう。
ネットで探すのは散々やったし、近場のショッピングモールはもう何度も回った。
だから、今日は電車で少し遠出してきたのだ。
とはいえ、どんなものを渡したいのかすら、いまだに固まっていない。
ただひたすらに歩き回るだけ。
ぐるぐる、ぐるぐる。
私の頭の中のように、思考も同じところを回り続ける。
私は、どうしたいのだろうか。
できれば、千宙ちゃんへの想いを伝えたい。
だから、中途半端なものにしたくない。
そう思っているからこそ、なかなかプレゼントを決められない。
ただひたすらに階を上がったり下がったりして、一時間は経っただろうか。
ふと、アクセサリーショップが目に入った。
この店の横は何度も通り過ぎたはずなのに、初めて見たような気がする。
アクセサリーか……。
私の少ないお小遣いで、気に入ったものは買えるだろうか。
雰囲気は高級ショップという感じではなく、高校生〜大学生向けといった感じだ。
「見るだけならタダだし」と思い、私はモールの通路から店のスペースへと足を踏み入れた。
陳列されたアクセサリーを眺めていると、花と星をモチーフにしたデザインのものが並んでいた。
値段もそこまで高くなく、私でも手の届く範囲だ。
「何かお探しですか?」
店員さんに話しかけられ、顔を向けた瞬間、思わず目を奪われた。
この人が町中を歩いていたら、全ての人が振り返るのではなかろうか。
丹精な顔立ち。
整っていて、さらさらでツヤツヤな黒髪。
長い睫毛。
物憂げで儚い雰囲気。
──それは、まるで。
「千宙ちゃん……?」
千宙ちゃんがこんなところにいるはずがないのに。
あまりにも似ていたその人を見て、思わず声が出た。
「貴方……」
「は、はい?」
「千宙を知ってるの!?」
「え、は、はい」
思いがけず強く食いつかれ、肩を掴まれる。
このお姉さん、一体何者……?
「あ、ごめんなさい。私は千宙の母です」
「え、ええ……!?」
いきなり爆弾のような発言が飛んできて、思考回路が破裂しそうになる。
なぜ、こんなところに千宙ちゃんのお母さんが?
しかし、こうも似ていると、母親であることは疑いようがなかった。
ほとんど瓜二つといっていいほどだ。
「千宙は元気?」
「元気……だと思います。普段はあまり表情が変わらないので、多分ですけど」
「それはよかった。ところで、貴方は……千宙のお友だち?」
「えっと……。姉、です」
「なるほど。あの人、再婚したのね……」
「そういうこと、です……。えっと、私、福永流星と申します」
「
ここ最近の千宙ちゃんは、出会った頃よりは表情が豊かになったと思うけど、この人は普通に表情が豊かだ。
まるで別人格の千宙ちゃんのように思えてくる。
「それで、千宙に誕生日プレゼントをあげたいのかしら?」
私がここへ来た目的については何も言っていないのに、千花さんは私の心を読んだかのように言い当て、微笑んだ。
「は、はい。でも、千宙ちゃんの好みとか全然分からなくて……」
「うーん、あの子の好みを考えるより、ルカちゃんがあげたいものをあげるのが一番だと思うよ。あの子、何でも受け入れてくれるから」
「そういうものですか……」
行き詰まっていた私には、朗報だった。
千宙ちゃんは夏祭りの日、お母さん……千花さんを呼んでいた。
離れ離れになっても、片時も忘れていないのだろう。
そんな千花さんの言うことなら、間違いはないはずだ。
「なら、これをください」
ニコニコしている千花さんに、一番星と銘打たれたネックレスを渡す。
カボションの裏面に彫られた模様が、星のようになっているネックレスだ。
一番星。
それは、私が千宙ちゃんに抱いている思いそのものだった。
「はい、ありがとうございます。ラッピングするね」
そう言って、千花さんはリボンのついた小さな袋に丁寧にラッピングしてくれた。
誕生日プレゼントにネックレスなんて、重すぎないだろうか。
そんな不安も、千花さんの一言でどこかへ消えてしまった。
私が、渡したいものを渡すんだ。
「えっと、ありがとうございました。色々と助かりました」
「私は何もしてないけどね。あ、そろそろ仕事が終わるから、この後少し話せない? 千宙のこととか、聞きたいし」
「それは全然大丈夫です! 私も千宙ちゃんのこと、聞きたいですから」
「じゃあ、三十分くらい待っててくれる?」
「わかりました。一階のスタバで待ってますね」
そう言って、時間を潰すためにスタバへと向かい、焼き芋のフラペチーノを頼んだ。
これ、千宙ちゃんと一緒に飲みたいな……。誘ってみようかな。
ちゃんとプレゼントは渡せるだろうか。
なんて言って渡そうか。
その時に、好きだって伝えようかな。
そんなことを頭の中でシミュレートし続けていると、あっという間に三十分が経っていたらしく、千花さんが迎えに来た。
そして、モールから車で十分ほどの場所にある千花さんの家へと向かった。
最初はそのままスタバで話せばいいと思っていたけれど、外では話せないようなことがあるかもしれない。
晋吾さんと千宙ちゃんが出て行った後も、この家は千花さんがそのまま住んでいるようだった。
家に上がり、リビングを見渡すと、あちこちに千宙ちゃんの写真が飾られている。
やっぱり、千宙ちゃんはお母さんに愛されているのだと、改めて実感した。
「紅茶がいい? それともコーヒー?」
「えっと、紅茶をお願いします」
そう言うと、千花さんはミルクティーを淹れてくれて、お茶請けにクッキーを出してくれた。
「千宙の写真、もっと見たい?」
「み、見たいです!」
リビングに飾られている写真以外にもたくさんあるらしく、千花さんはアルバムを持ってきて、私の前で開いた。
「わあ……かわいい……」
アルバムには、赤ん坊の頃から保育園、小学校までの写真が綺麗にファイルされていた。
どれもこれも可愛すぎる……。
何枚かもらって帰りたいと思ったけれど、さすがに口には出さなかった。
写真をまじまじと見ていると、ふと気づく。
家族で写った写真が、一枚もない。
千宙ちゃん専用のアルバムなのだろうか?
そして、中学生以降の写真がないままアルバムが終わっていて、それがまるで、千花さんと千宙ちゃんが離れ離れになってしまったことを強調しているかのようだった。
一通り見終わると、千花さんが微笑みながら、
「さて、何からお話ししようかしら。何か千宙について聞きたいことはある? 何でも答えるわ」
と言ってくれたので、私は思っていたことを口にした。
「えっと……千宙ちゃんには会わないんですか?」
離れているとはいえ、同じ県内に住んでいるのに、千宙ちゃんのあの様子からして、長らく会っていないのだろうと想像できる。
なぜなのだろうか。
千草さんに直接聞くのは、なんだか卑怯な気がする。
でも、聞かずにはいられなかった。
「いろいろあってね。私は、あの子に近づいたらダメなの」
「……晋吾さんに言われているんですか?」
「まあ、そんなところね。離婚するときに、千宙には一切連絡を取るな、近寄るなっていう書類を書かされたの」
「そんな……」
「だから、千宙に会うと、いろいろまずいのよね」
以前、晋吾さんに離婚の理由を聞いたことがあったけれど、曖昧な答えではぐらかされた。
もしかして、何か後ろめたいことがあったのだろうか?
そんな疑念が、胸の中に浮かんでくる。
「あの……離婚の理由って……」
「それが、わからないの。急に一方的に『離婚する』って言われて、そのまま千宙も連れて行かれちゃって。それで私は、今ここで一人というわけね」
「そう、なんですか……」
「私は、あの人の暴力から必死に千宙を守ろうとしたわ。その結果が、これね」
そう言って、千花さんは腕や脚、体の傷、火傷の痕を見せてきた。
生々しい傷跡の数々を目の当たりにして、思わず絶句する。
これを、あの晋吾さんが……?
疑念があるとはいえ、到底信じられなかった。
晋吾さんは、あまり顔を見せないとはいえ、千宙ちゃんにはもちろん、お母さんや私にも優しかった。
なら、夏祭りの日──千宙ちゃんの着付けをしたときに見た、千宙ちゃんの体には傷が一つもなかったのは、千花さんが千宙ちゃんを守っていたから……?
でも、離婚してからはどうしていたのだろうか?
この話が本当だとして、もし守る人がいなかったとしたら……
千宙ちゃんは今ごろ、晋吾さんにボロボロにされているのではないだろうか?
「あの、だとしたら、千花さんと晋吾さんが離婚してからの間、千宙ちゃんは虐待を受けていなかったのでしょうか?
この前、千宙ちゃんの体を見る機会があったんですけど……。あ、変な意味ではなくて、着付けをしてあげたんです。そのとき、体には傷一つありませんでした」
「……あの男はね、見栄っ張りなのよ。私が千宙にかかりっきりだったから、千宙に暴力を振るって、私の関心を引こうとしていたんだわ。
でも、私にはそんなもの意味がなかったから、ついに出ていったのよ。『お前がその気なら』ってね」
そういうものなのだろうか。
私にはそういう経験がもちろんないから、真偽のほどを測ることができない。
だけど、千花さんが嘘をついているようには見えなくて、もう何が真実なのかわからなくなってしまう。
思考回路が熱を帯びて、暴走を始める。
──こんな話、私に処理しきれるはずがない。
「ごめんね、こんな話、あなたにするべきではなかったわ。まだ聞きたいことはある?」
「……いえ、もう大丈夫です。ありがとうございました」
「ルカちゃん、連絡先を教えてくれないかしら?」
「え? いいですけど」
「よければ、千宙の日々の様子を教えてくれないかしら」
「それはもちろん!」
「スマホを貸してもらってもいい?」
「はい、どうぞ」
そう言ってスマホを渡すと、千花さんはLINEで友だち登録をした。
「そういえば、ルカちゃんって、名前の漢字はどう書くの?」
LINEの表示名が「ルカ」だったからか、千花さんがそんなことを聞いてきた。
「流れ星の『流星』って書きます」
「ロマンチックな名前ね」
そう言って、千花さんが笑った。
「えっと、千花さん。何か願い事ってありますか? 私で叶えられるなら、叶えたいです」
「あら、名前の通りなの? うーん……千宙に会わせてほしい……なんてのはダメね。ルカちゃんにも迷惑だろうし」
それが願いなら、私は叶えてあげたいと思う。
千宙ちゃんも、それを望んでいるはず。
だけど、千花さんは、「やっぱり、こうしましょう。千宙を守ってあげてね」と言った。
「……はい。もちろんです」
私は本当かどうかわからない千花さんの願いを、叶えようと決意した。
「では、そろそろ失礼します。お茶とクッキー、ごちそうさまでした」
「駅まで送っていくわ」
「いえ、お構いなく……」
「そう? なら気をつけてね」
「お邪魔しました」
「またね、ルカちゃん。千宙をよろしくね」
一人で考える時間が必要だと思って、私は、それなりの距離がある駅まで歩いていったのだった。
待ちに待った……と言えるかは微妙な千宙ちゃんの誕生日が、いよいよ明日に迫る。
いや、千宙ちゃんの誕生日はもちろんとても嬉しいし、盛大に祝ってあげるつもりなのだけど、相変わらず私には処理しきれない問題が頭にこびりついたままで、脳のリソースをほとんど埋め尽くされている。
──どうしたらいいのだろうか。
「ルカ、大丈夫か? ここ最近、ずっと顔色悪いぞ」
放課後、颯が部活に行く前に話しかけてくる。
「颯さーん……」
私がこうも悩んでいるというのに、颯はいつも通りの調子である。
……まあ、そこが颯のいいところなんだけど。
心配してくれているのは嬉しいけど、今の悩みを打ち明けるわけにもいかない。
「な、なんだよ」
「私に何かあったらさ……」
「何かってなんだよ?」
「まあ、それは置いといて。千宙ちゃんをよろしくね」
「いや、よろしくされても困るだろ。……まあ、わかったけど」
「ありがと、颯」
「なんだよ……調子狂うな。じゃあ、部活行くから」
「ん、また明日。颯」
「おう」
颯と別れて、一旦家に帰り、少ししてから予備校へと向かう。
──相変わらず、授業が頭に入らない。
ぼーっとしている間に授業が終わり、ノートも白紙のままだった。
ここ最近、何も身に入らない。
空っぽの頭を抱えたまま家に帰ると、お母さんがリビングにいた。
「ただいま、お母さん。今日は早いんだね」
「おかえり、ルカ。ご飯食べる?」
「うん。千宙ちゃんは?」
「あの子はもう食べて部屋に戻ったわよ」
「そっか」
お母さんがテーブルに夕飯を並べている間に、飲み物を用意した。
「いただきます」
……あんまり味を感じない。
千花さんの話を聞いてから、食欲もあまり湧かないし、何をしても気が散ってしまう。
「ねえ、お母さん」
「どうしたの?」
「晋吾さんって……どうして千宙ちゃんのお母さんと離婚したの?」
「それは……」
「お母さん、知ってるの?」
「……」
「ねえ、知ってるの!?」
やっぱり、お母さんは何か隠してる。
私だけが蚊帳の外らしい。
私達は家族のはずなんじゃなかったのか。
「もういい!」
食べかけの夕飯をそのままに、私は部屋に戻る。
何もする気になれないまま、その日はそのままベッドに入ったのだけど、中々寝付けなかったのだった。
千宙ちゃんの誕生日当日。
今日は土曜日で、学校は休みだ。
それ故に千宙ちゃんも家にいて、私は落ち着かないでいる。
──いつ渡そうか。
悩んでいるうちに夜を迎えてしまい、今日一日、何をしていたのかも思い出せない。
当たって砕けろだ。
そう思い、千宙ちゃんの部屋の扉をノックすると、千宙ちゃんが出てきた。
「どうしました?」
「えっと……お誕生日おめでとう」
そう言いながら、千花さんがラッピングしてくれたプレゼントを差し出す。
「いいんですか?」
「いいに決まってるよ! ほら、開けてみて」
そう促すと、千宙ちゃんは丁寧に袋を開いた。
「ネックレス……ですか」
「あんまり高いものじゃないけどね。似合うと思って……」
「あの、部屋にどうぞ」
「ああ、ごめん。ありがとう」
部屋に入ると、私はいつもの定位置に座る。
「ね、つけてみてよ」
「ルカさん、つけてもらえませんか?」
「え? 私が?」
「はい。ルカさんにお願いしたいんです」
「わかった」
千宙ちゃんからネックレスを受け取り、そっと首にかけてあげる。
近づいた瞬間、ふわりと甘い香りがして、ドキドキした。
「どう、ですか?」
「うん、似合ってるよ」
実際につけた姿を見て、やっぱり私の見立ては間違っていなかったと確信する。
──千宙ちゃんは、私の一番星だ。
そう思い、千宙ちゃんがつけたネックレスをそっと持ち上げ、軽くキスをした。
「ルカさん……?」
「あっ……ごめん……」
いけないことをしているような気がして、思わず謝ってしまう。
「いえ……いいんです」
「あのさ、千宙ちゃん……」
「はい……?」
──晋吾さんの話の真偽を確かめないままで、これを言ってしまっていいのだろうか。
そんな思いが頭をよぎる。
けれど、ここで言わなければ、もう二度と言えなくなってしまう気がした。
だから、私は──
「私ね……千宙ちゃんのことが好きなの」
「そう、ですか……」
「好きっていうのはね、家族愛とかじゃなくて、恋愛的な意味で、だよ」
「わかって……ますよ」
「だからね、私と……付き合って……くれないかな?」
言った。
言ってしまった。
心臓の鼓動がどうしようもなく早まる。
顔が熱くなって、今にもこの場から逃げ出したくなる。
私は千宙ちゃんの姉として振る舞いたかったはずなのに。
どうして、こんなことになってしまったのだろうか。
だけど、好きになってしまったんだから、仕方ない。
「ルカさん」
「……」
千宙ちゃんに呼ばれても、声が出ない。
何を言われるのだろうか。
私はただ、黙って千宙ちゃんの答えを待つしかなかった。
「少し、時間をくれませんか?」
「へ……? あ、うん……」
思ってもみない返答に、一瞬言葉が出なかった。
保留……ということだろうけど、これは脈があるってこと?
「明日には返答します。絶対に」
「わかった、待ってる」
そう言って、私は千宙ちゃんの部屋を後にした。
相変わらず、夜ご飯の味はわからない。
結局、晋吾さんの話も直接聞けずじまいだった。
千花さんの話が本当だったとして、私はどうすればいいのか。
お母さんは何か知っているようだけど、頼れそうにない。
やはり、千宙ちゃんを千花さんのもとへ返すのがいいのだろうか。
だけど、そんなことを勝手に決めたら、どうなるのかわからない。
私はどうすればいいのか……。
寝付けずに考え続けていると、スマホが震えた。
誰だろう。
画面を見ると、千花さんの名前が表示されている。
どうやら動画が送られてきたらしい。
サムネイルは真っ黒で、内容はわからない。
私は、何の気なしにその動画を再生してしまった。
──女性の嬌声が聞こえる。
どこかで聞いたことのある声だ。
誰だろう……?
考えていると、画面が動き出し──絶句した。
知っている顔の二人が、全裸で肌を寄せ合っていた。
「うっ……」
その瞬間、私は部屋を飛び出し、トイレへと駆け込んだ。
胃の中のものがすべて逆流する。
濁流のようにこみ上げる胃液を、便器へと吐き出した。
「はあっ……はあっ……」
なんなんだ、あの動画は。
「ルカさん……?」
背後から声がして、振り向くと──動画に映っていた子が立っていた。
「大丈夫ですか……?」
「ひっ……!?」
心配そうに差し出された手を、私は思わず振り払った。
そのまま裸足で家を飛び出す。
嘔吐感が残ったまま、とにかく遠くへと駆ける。
あの家にいたくない。どこか遠くへ行きたい。
無我夢中で走る。
とにかく、遠くへ、遠くへ。
走っていると、スマホが震えた。
通知を見ると──動画に映っていた、もう一人の女からだった。
見なければいいのに。
そう思いながらも、私はそのメッセージを開いてしまった。
『どう? 可愛いでしょ? 千宙はこんな声も出すんだよ』
再び、込み上げる吐き気。
怖い。
何もかもが怖い。
助けてほしい。
そう思って、私は颯に電話をかけた。
『もしもし? どした? こんな時間に』
相変わらず、優しくて、頼りになる。そんな気がする声だった。
「颯……私……」
『おい? どうしたんだよ?』
「ごめん。なんでもない……じゃあね」
『お、おい!? ルカ!?』
颯は巻き込めない。
巻き込んではいけない。
スマホの電源を切り、再び走った。
どこへ向かうのかもわからず、ただ走り続ける。
どれくらい走ったのかもわからない。
気がつくと、学校の前に立っていた。
何分走ったのだろうか。
そんなことは、どうでもいい。
嘔吐感、倦怠感、疲労感、足の痛み。
すべてが重くのしかかる。
何故か開いていた屋上への扉を見つけ、階段を駆け上がった。
膝に手をつき、肩で息をする。
「はあっ……はあっ……」
苦しい。
気持ち悪い。
吐きそうだ。
もう、楽になりたい。
──もう、一走り。
そう思いながら、私はそのまま柵を飛び越え──
「──って! ──ちゃん!」
「──カ!」
何かが聞こえた気がした。
けれど、もうどうでもいい。
返事、聞けなかったな……。
そして、私の意識は──途切れた。
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