第8話 忍び恋のように花と星の間を

 私は、お母さんのことが好きだったんだと思う。

 ──曖昧な表現なのは、今思い返してみると、自分の意思ではなかったのかもしれないと思ったからだ。

 お母さんも私の事が好きで、私達は相思相愛だったんだと思う。

 私が勉強や、運動でいい成績を取ると褒めてくれたし、頭を撫でてもくれた。

 しかし、お母さんの他の母親のする愛情表現とは明らかに違う事をすることがあった。

 幼少期、私をお風呂に入れてくれていた時、胸や性器を執拗に触ってくる事があった。

 当時は洗ってくれているのだと思っていたけど、恐らくそうではなかったのだろう。

 私が小学六年生になったころ、お母さんは、私の成長した胸を触ったり、キスをするようになったり……色々するようになった。

 私は、それを受け入れていた。

 それが普通なんだと思っていた。

 優しく触ってくれるお母さんの手や指が愛おしくて、気持ち良かった。

 私の中で、お母さんの指が

 だけど、同級生の話を聞いてみても、好きの対象として出てくるのは、同級生や年上の男子で、そのような話に母親が出てくることは一度も無かった。

 私たちはおかしいのだろうか?

 私はふと、不安になって、保健の先生に相談した。

 でも、それは間違いだった。

 その話をした途端、先生は顔が真っ青になって、保健室を飛び出していってしまった。

 そして、学校からお父さんへ連絡が行って、お母さんを追い出してしまった。

 どう考えても、私のせいだった。

 私は、一晩中泣きわめいた。

 お母さんに会わせてほしい。そうお父さんに頼んでも、会わせてはくれなかった。

 それでも、私は諦めきれずにいたし、お母さんのことが大好きだった。

 勉強や運動を頑張れば、お父さんもお母さんと会うことを認めてくれるかもしれない。

 そう思って、私は頑張り続けた。

 そして、私は中二になり、高校受験用の予備校に通うようになった。

 そこで出会ったのが、福永静香さんだった。

 静香さんは私の担当講師になり、熱心に勉強を教えてくれた。

 静香さんは、私のお母さんのように、私の事を褒めてくれた。

 今はお母さんがいなくて、お父さんも家に帰らないことが多いと伝えると、静香さんは家まで一緒に帰ってくれて、夕飯を作ってくれたりもした。

 一人でも寂しくないようにと、青い猫のぬいぐるみをプレゼントしてくれた。

 ──私の心からぽっかりと抜け落ちてしまった何かを、すべて埋めてくれるような気がした。

 私の新しいお母さんになってくれるかもしれない。

 私の事を愛してくれるかもしれない。

 そう思った私は、「私のお母さんになってほしい」と告げた。

 すると、静香さんはそれを聞いて困ったような顔をしたけど、受け入れてくれた。

 そして、静香さんは「千宙ちゃんのお父さんと再婚する」と言ってくれて、これで、またお母さんが出来たと思った。

 だけど、静香さんには子どもがいた。

 それも、私より年上……つまり、義姉になるという。

 ──福永流星。

 雰囲気も顔も、静香さんにとても似ていて、勉強の教え方もそっくりだった。

 最初は必要以上に構ってくるし、馴れ馴れしいから、鬱陶しく思っていた。

 それでも、静香さんに「仲良くしてあげてね」と言われていたから、渋々付き合っていた。

 初めて出会ったとき、ルカさんは私にこう聞いてきた。

「千宙ちゃんって、何か願い事ってある?」

 その時の私は「お母さんにまた会いたい」思っていた。

 しかし、そんなことを言った所で、この人に叶えてもらえるわけがない。

 だから、「……ごめんなさい。言えません」と答えた。

 そんな私の気持ちを知らないまま、ルカさんは勉強ばかりだった私を星空へ誘い、プールや、夏祭りにも連れ出してくれた。

 私はそんなルカさんに少しずつ惹かれていったんだと思う。

  ルカさんと、白石さんとで夏祭りに行った日、私は二人と離れた途端、何故だか怖くなってしまった。

 私を置いていってしまったお母さんの事を思い出して、皆、私のことを捨てていってしまうんじゃないかと。

 だけど、ルカさんは私のことを見つけ出してくれた。

 怖くないよと言ってくれた。

 ルカさんと一緒にいると、お母さんといた時とは、また違う気持ちになる。

 この想いがなんなのか、私は答えを持ち合わせていなかった。

 そんなモヤモヤを抱えたまま、十六歳の誕生日を迎えた日、ルカさんが誕生日のプレゼントを渡してきて、「私ね……千宙ちゃんのことが好きなの」と告白してきた。

 更に、「だからね、私と……付き合って……くれないかな?」と言ってきた。

 姉として振る舞ってきたはずの、ルカさんが、私のことが好きだと。

 これが、正常な形の、愛の言葉なのだろうか。

 当然、嬉しかった。

 だけど、私はその時点ではまだ、回答が出来る状態でなくて、「少し、時間をくれませんか?」と回答を保留した。

 親は子を無条件で愛する──そんな事を良く耳にする。

 その愛とは、正常な意味で言えば、恋愛感情などではないはずだ。

 あの時、保健の先生が私の話を聞いて、飛び出していってしまったのは、私の話を聞いて、虐待だと思ったからだろう。

 父親から、娘への性的虐待という話はニュースで見ることがあった。

 だけど、私はそれが自分にも当てはまるとは思っていなかったのだ。

 母親が離婚して、付き合っている彼氏に娘を差し出すなどで、間接的に性的虐待に関わる話は聞いたことがあるけど、娘が直接母親からの性的虐待を受けるという話は聞いたことがない。

 被虐待児は、親を庇うという話も聞いたことがある。

 私のお母さんへの想いは……偽りだったのだ。

 私は……被虐待児だったのだ。

 だから、お父さんは、お母さんを追い出して、私から遠ざけた。

 それが、道徳的に正しい行動だからだ。

 ルカさんに告白されてから、お母さんへの気持ちとルカさんへの気持ちを整理していると、苦しそうな声が部屋の外から聞こえてきた。

 どうしたのかと思い、部屋を出る。

 声のするほうへ向かうと、トイレの前からルカさんのうめくような声が聞こえてきた。

 私は心配になり、様子を見に行った。

 ──ルカさんは嘔吐していた。

 どうしたらいいのかわからず、とりあえず背中をさすろうと手を伸ばした。

 だが、その瞬間──

 ルカさんは怯えたような表情を浮かべ、私を見た。

 そして、逃げるように走り去ってしまった。

 あんな顔のルカさんは、今まで見たことがない。

 一体、何があったのか。

 考えても答えは出ない。

 とにかく私は、ルカさんを追った。

 辺りは暗く、人影も見えるわけがない。

 どうしよう。

 そう考えている内に、白石さんから電話が入った。

 何で私の連絡先を?などと考えている場合ではない。

 その電話を取ると、焦った声で、何かを話していたけど、耳を滑って行った。

 その中で、「ルカは学校に向かったと思う!」と言った部分だけを聞き取った。

 私は急いで、学校へと向かった。

 いつもは自転車で向かっているのに、自分だけの足で向かう。

 息も絶え絶えになるけど、走るのを止めるわけには行かない。

 千切れそうな手足を引きずって、学校に辿り着くと、いつか登った螺旋階段の扉が開いていた。

 とてつもなく、嫌な予感がした。

 急いでその階段を登り、屋上に辿り着くと、ルカさんが落下防止の柵の向こう側にいた。

「待って! お姉ちゃん!」

 その言葉は、届いたのか、届かなかったのか。

 そんな事を考えても、もう意味は無かった。



 そらを流れる星のように──福永流星の姿は私の視界から消えた。


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