第17話 金宝館

 一階建ての大きな平屋の建物に、剣山のようにそびえ立つ小柄な人間一人ぶんくらいはありそうな石に、金宝館と彫られた目印が立っていた。一見すると、ただの豪邸のようだ。三十台ほど停められそうな駐車場にはすでに五台ほど車が停まっていた。

「なんか、ただのでかい家みたいだな」

「そうだね」

「とりあえず、入ってみるか」

「うん」

 僕たちは、扉を開けて館内に入った。館内には、ズラリと壁いっぱいに展示された春画が展示されていた。僕はこの施設見学を桐藤さんに提案したことを恥ずかしく思って、うつむき気味に歩いた。けれど、カップルで来ている前方のお客さんは、楽しそうにはしゃいだような笑い声を立てながら堂々と鑑賞している。

「春画って、実際に見るの初めてだな。歴史の授業の資料かなんかで見たような気もするけど。こうして見ると、すげえな」

「そ、そ、そうだね・・・」

「早乙女、何恥ずかしがってるんだ? ここに来たいって言ったの、お前だろう? それにもう立派な大人で入場料払ってるんだから、堂々と鑑賞すりゃあいいんだよ」

「そ、そうだよね」

 さすがは桐藤さんだ。こんなもので恥ずかしがっている場合じゃない。しかも、誘ったのは僕の方だし。けれど、こんなんで桐藤さんがその気になるなんて、とうてい思えない。とりあえず、ここは正々堂々と作品を鑑賞しよう。

 僕は顔を上げて、春画を見て回った。案内に従って見ていくと、よくわからない、たくさんのその辺に落ちてそうな石が棚いっぱいに飾られているコーナーを抜け、人形やおもちゃなんかの各種様々なアダルトグッズがこれまたショーケース一面にびっしりと展示されていた。僕はただただ圧倒されていた。ここまでくると、恥ずかしさを通り過ぎて、感動すらしてしまう。

「すげえな。こんな施設あったんだな」

 桐藤さんは言う。

 最後に芝生で覆われた中庭に出ると、小太りで小柄な五十代くらいと思われるおじさんが立っていた。前進黒ずくめの忍者のような服を着ていて、いかにも怪しい雰囲気を醸し出している。

「こんちわ。わしはここの館長じゃ。今からぱふぉーまんすを行う。わしのぱふぉーまんすをしっかりと見たあかつきには、恋愛成就のご利益があるぞい。目と耳を極限まで広げて鑑賞するように。さすれば必ずご利益があるじゃろう」

パフォーマンスがあるということで、僕たちは十人くらい集まった他のお客さんと一緒に、館長の前に横並びで並んだ。館長の話が始まる。

「こんなお盆の慌ただしい中、こんな辺鄙な施設に来るなんて、あんた達、変わっとるのう。まあ、ありがたいこっちゃ。皆の衆、わしの姿をよく目に焼き付けて心して帰るがよい。さあ、いくぞ!!」

 館長は、地べたに直接置かれたラジカセのスイッチを入れる。たちまちテンポの速い陽気なヒップホップ音楽が流れる中、館長は老人とは思えない動きで手足を動かし、体を揺すって、歌いながら踊り出した。


「ア。ココハ、キン! ポウ! カン! ミンナノオモイト ヨクボウガ! タバニナッテ アラワレタ! ユメノヨウナ ヤカタダヨ! イェイ!!

 サテサテココニ オトズレタ! コイビトタチモ ソノテマエモ! ワレノダンスデ モウトリコ! サア! ヨクボウノ! トリコダヨ!! イェイ! イェイ!! 

 #繰り返し」


 同じような歌詞を繰り返し、十分くらいは歌って踊る、老人とは思えない美声と体のキレの良さに、パフォーマンスが終わった後は「おお~!!」という歓声と拍手が沸き起こる。

 僕もなるべく大きな音を出すように拍手を送った。桐藤さんは笑いながら拍手を送っていた。

「わしのぱふぉーまんすを最後まで見てくれた皆さんは、これから情熱を燃やして帰る頃には焦げ付くようになっているはずじゃ。では、心して帰るように。さらば!!」

 館長は床にあるラジカセを一瞬で取ると、これまた一瞬でこの場を走り去って行った。

 観客はしばらくあっけにとられた後、各自で散っていった。僕たちもその流れに乗って、駐車場へと向かう。

「なんだかすごいパフォーマンスだったな。俺、ちょっと感動した」

「僕も。それに何だか、体が熱くなってきたような気がする」

「お前もか。実は俺も・・・」

 桐藤さんは照れたように言う。

「いい時間になったし、宿に向かうか」

「はい。温泉入ってのんびりしましょう」

 桐藤さんは「そうだな」と言って、宿に向かって車を走らせる。心なしか、何か思いを秘めているような表情をしているように見えたけれど、僕の気のせいかもしれない。


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