05-03

 ジメネス教授の探検隊が密林へと分け入ったのは一九三二年の夏。日本では五・一五事件が起こり、いよいよ軍の台頭が顕著になってきたというその年のことであったが、一隊が目的地であるエステロス・デ・パチニョの南端にたどり着いたのは出発してより約一年も経った一九三三年、ドイツでヒトラーが首相となったその年の夏の終わりであったという。教授の残した手記によると、多くの人に見送られ、足取り軽くブエノスアイレスを出発した旅団であったが、密林の奥地に進むに従って様々な害虫や爬虫類に悩まされるようになり足取りも重くなっていった。それでも何とか川を遡り、その川の水がドロドロの柔らかい粘土のように濁ってきたと思い始めて二日後、ようやく大きな沼地に出た、云々。その茫漠たる泥沼を見てジメネス教授は感動のあまり叫んだという。「庭園魔境グランチャコ。その奥にある最も謎深き泥の沼。嗚呼、エステロス・デ・パチニョ」それがどれほど不思議な景観であったかというと、まず腕ほどの太さもある茅があちこちと群生し、それよりさらに巨大なワラビがグルグルと渦を描いて伸びている。そしてその切株が、あちこちにいくつも浮かんでいる、その泥の隙間から時々ブクッと大きな泡が湧き上がってくるのは、落ちた植物が沼の底で腐敗して、発酵しているからであろう。教授はうっとりと、そのまさに異世界的な風景を見回し、「我、来たり」と叫んだ。その時である。教授の立つ陸地より百メートルほど離れた泥土より、不意に髪の長い女がほっそりとした裸身を現したのである。教授は、「あっ」と驚きの声を漏らした。女もハッと振り向いて、すうっと再び、泥の中へと消えていった。

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