05-02

「そうなんです。ピルコマヨはそういった川なのです」と細川は頷き、「そしてそのもっとも酷い場所がエステロス・デ・パチニョと呼ばれている荒湿地なんです」と言った。不意に蘭次郎がポンと手を打った。「ああ、思い出したぞ。エステロス・デ・パチニョ。幻の荒湿地。その占有権を得るために、一九三二年、アルゼンチンの探検隊がそれを踏破する旅団を出したと、何か古い記録で読んだことがある」細川は蘭次郎に向き直り、何度も大きく首を縦に振って、「そうです、そうなんです。アルゼンチンの探検隊はリオ・ミステリーゾ(暗秘河)とリオ・コンリーゾ(迷錯河)という二つの河を遡り、その上流にあるエステロス・デ・パチニョに踏み込んだのです」と叫ぶように言った。先ほどまで黙って聞いていた女性が口を開いた。「そこに、何か不思議な人々がいると、むかし誰かから聞いたことがあります」細川は女性の方を振り向き、「そうなんです。探検隊はそのエステロス・デ・パチニョの泥沼のような荒湿地で不思議な人種に会うのですよ。それが水に棲む人なんです」と興奮した口調で言った。蘭次郎は頷いた。水に棲む人、沼底棲息人(インコラ・パルストリス)。あのアルゼンチンの探検隊を率いたジメネス教授は水中に棲む人類の存在に驚嘆し、『沼底棲息人(インコラ・パルストリス)』と、そんな学名をつけて学会に発表した。しかし学会は教授を笑った。世界中の学者は教授をたしなめ、「水の中に棲む人種などいようはずがない。ワニかジュゴンか知らないが、教授はそういったものを人と見間違えたのであろう」笑った。それでも教授がその存在を強く主張すると、今度は教授は狂ったという噂が広まり、結局その発見は黙殺された。

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