第2話:なりたかった自分からは遠い所に来てしまった
ぺろぺろぺろぺろ、と。
俺の隣でひたすらアイスクリームを食べ続ける五歳児程度のおかっぱ幼児は、おっかなびっくりクリームの液が落下するのを回避しようと、ひたすらソフトクリーム的形状になっているコーンをくるくる回しながら全体を舐めていた。
公園のベンチ。人影はない、というかコイツが払った。いわく「私のような幼く可愛らしい少女と一緒にいるところを見られたら通報沙汰だろうからね、学んだとも」と胸を張り、何かしら呪文を唱えたように見えたのだ。例によって俺のと同様、外からは何も見えずわからずなものであるため、本当にそれが何かしらの術なのかは不明だが。結果として公園で遊んでいた母子のグループは蜘蛛の子を散らす様に退散し、現在は俺達を除いて人っ子一人いない。
俺は俺でファーストフード店で買って来たハンバーガー(まだ値上げ前だ)とコーラとコールスロー。バランスが多少は良いような気持ちはするが塩分は色々アウトだろうセットを食べつつ、とりあえず楽しそうにしているおかっぱ幼児に聞いてみた。
「美味いのか? 魔神王」
「ああ。何だろうなあ……、以前は肉体を持っていなかったせいもあってだろうがな。こう、冷たくて甘くて、食べてると幸せな気持ちになるのだ」
「幸せな気持ちとかお前の口から言われてもなあ……」
ぱあ、と明るい表情でそれはそれは幸せそうに大きなリアクションを顔で取る彼女。見た目は幼児、声も幼児。だが声音と振る舞い、何より「人払いの術」を当然のように行使した姿を見て、俺はもはや確信していた。
このおかっぱ娘、少なくともその魂は「この世界」の人間のものではない。まず間違いなく、かつてとある異世界で「魔神王」を名乗っていた、闇の力を極めた堕天精霊である。性別はなく、ただ強大で広大な闇の中に顔だけが浮かび上がっているような、そんな途方もない姿を思い出す。まさに最終決戦であり、俺もアイツも本当に死ぬほど苦労しながら討伐した覚えしかない。
いきなりファンタジー極まりない発言が内心とはいえ飛び交っているが、実際、俺とコイツについてはそれが真実なのだから仕方ない。
なにせ────。
「まあ、そっちも遠慮なく食べると良い『勇者』よ。ハンバーガーはアレだろ? ふかふかで、ジューシーで、熱々で、こってりして、幸せな気持ちになるやつだろ? 私も食べたいが、まだ一人で一つ食べきれないから駄目と言われているのだ……」
……どうしてか食事の感想の最後が「幸せな気持ちになる」になっているのは、見た目が幼児だから妥当と言えば妥当なのかもしれないが、中身とそれが今までやってきたことを知っている身からすると全く笑えない。まあ、そこは置いておくにしても、勇者である。
彼女の言う勇者は、俺のことである。
まー勿体ぶる話でもない。よくある? と言うと語弊はあるだろうが、よくある異世界召喚ファンタジーものみたいな、そういう展開が俺の過去にはあった。
当時小学四年生。俺と幼馴染の彼女の二人は、特に何の脈絡もなく所謂異世界召喚というものをされた。言葉だけはなぜか通じたが、突如全く異なる文化圏に送られ、魔王を倒せとテンプレのようなことを言われた当時の俺達の心境はそれはもう酷いものだった。
俺が「勇者」、幼馴染は「賢者」。
それぞれ異なるグループで鍛え、魔王軍の幹部とかと戦ったり、まあ細かいエピソードは色々あるだろうが、現在の俺からすれば枝葉末節なので回想は割愛。中世異世界ファンタジーものではあったが、年齢もあってホビーアニメというか、もうちょっと低年齢層向けな話を積み重ねていった感じだ。
その後、大体高校卒業くらいの年になるまでかかったが成長しきり、順調に力を伸ばした俺達は、その全力をもって魔王を倒し、その魔王を傀儡としていた真の黒幕である魔神王を消滅させた。
「……で、何で消滅させたはずのお前がそうやってここに居るんだ」
「言っただろう? いつか勇者と賢者、お前たちが最も人生で幸福を感じるだろう瞬間を邪魔してやると」
だからわざわざ来たつもりだったんだがなあ、と。苦笑いする魔神王に俺もまた表情が引きつった。あー、まあ、そういうことなのだがつまり、ええと……? いや、ちょっと心の準備をしたいので、少し手で制して深呼吸。
すー、はー。すー、はー。すー、────。
「いやだって、ねぇ? 君たちの子供に転生して節目の時にさぞ煽ってやろうとしたら、まさか父親が全く別な種とは思わないじゃん?
あっちで付き合ってたら普通、こっちに帰ってきたらそのまま結婚してると思うじゃないか。年も良い感じだったし、ねえ? カ〇ドキャプタ〇のさ〇らちゃんと〇狼くんを爛れさせたみたいな感じだったじゃないか、君たち」
「〇くらちゃんと小〇くんに謝れ」
あんなキラッキラした感じの関係じゃないしコスプレ好きな友達もいないので色々洒落になっていない。深呼吸中に変な話題を振るなと言ってやりたいが、いやこっちに来て見てるのか、アニメとか漫画とかそういうの。アニメならまあ五歳児くらいなら見れなくはない、のか……? いや、こっちもちょっと気が動転してるな。
リアクションがおかしくなってそうな俺に、苦笑いを深める元魔神王(五歳児)。いや、まあ動揺するのは仕方ないし、それはそれ、これはこれだ。
というかさらっと、さも簡単なことのように転生したのにとか言うなっての。実際それくらい滅茶苦茶なことが可能な存在ではあるんだろうが、それはそれ、これはこれ。
「大体だね、信力で見た目を変えてるのもなあ……。いや、察するに余りあるが」
…………あー、うん、いやまあ、実際そうなんだけどな? 文句を言おうとした俺の出足をくじいて、元魔神王は微妙な声音になった。同情してるのだろうか。ラスボスに同情されるとか何だこの状況。
というか、そういえば普通に幻術貫通して俺の素顔を捕捉してなければ、こうやって会話するために足を運ばないか、うん。なんならバイト先についても、信力を使って誤魔化しているし、バレると思ってなかったからすっかり頭から抜け落ちていた。
俺とアイツは、そろって光属性。……というより、光属性と契約できる人間があの世界のあのタイミングでいなかったために、条件に該当する人間を異世界から引っ張ってきたというのが、実際の所らしかった。
勇者である俺は、物理的な光に寄った光属性。
賢者であるアイツは、概念的な光に寄った光属性。
それぞれ「信条の光」とか「信頼の光」とか、神官には呼ばれていた。
主に攻撃や身体強化の適性が強かったのが俺で、回復とか精神(バフやデバフ)の適性が強かったアイツの光魔法。バイト先で強盗相手にああも雑にやっちまったのは、異世界での癖が出てしまったということだ。
………ついでに言えば、魔王および魔神王は闇属性だったので、ありがちといえばありがちだった。
で、まー話を戻すと。何でそもそも容姿を変えて生活しているのかと言えば、まあ、コイツのママさんがアイツな訳で俺としてもあんまり下手に話すつもりはなかったんだが(ボロ出そう)、曲がりなりにも娘になったコイツのリアクションから、おおよそ事情は聞いているのだろう。俺が俺のまま生活していない理由について、察するだけの情報を。
少なくとも、アイツ視点の事情を。
「それで、何か失望されたか何かしたんだろうけど、で? わざわざ何をしに来たんだ。事案になりそうだから御菓子とか買ってやれねーぞちびっこ」
「いいよ、ソフトクリーム一つでもお腹壊すか壊さないか瀬戸際だし……」
「幼児かよ」
「幼児だよ、リアルで。
というか、うん。君の方の事情も聞いておきたくてね。未だに信力が使えるということは、君は精霊から見放されていない。とすると賢者……、あー、ママの物言いに少々違和感が生じたから、ね?」
ママ、か…………。あー、何だろうなこの感じ。苦労して世界を護るために、半死半生になりながらも辛うじて勝利した超強大な敵が、憎むべき相手だったナニかが、慕うように親のことをそう呼ぶ絵面はこう……。多分この調子だとアイツには正体を明かしていないだろうが、実際こいつが自分の娘で正体を知った上でこう振舞われると、なるほど確かに色々心かき乱されるものがあるか。作戦としては予定通りなら成功していただろう。予定通りなら。
逆にどういう風に聞いているのか、と問うてみて、ちょっと後悔した。
「惚気まじりに話されるよ。パパとの出会いとか、あと元彼がいかにサイテー男だったかとか。いや、赤ん坊の頃から自我があったものだから、ちょっと変な顔になりそうだったね。あれだけ仲が良かった相手をああも足ざまに罵れるものかと」
「そこまでか?」
「学歴はない、学校も小学校卒業までしてないし、そのうえでアルバイト先のコンビニで暴力沙汰にお金の横領に浮気三昧と、まー堕ちるところまで堕ちたかな? とは思ったよ」
「幼児に聞かせる話じゃねー ……」
「わからないと思ってマシンガントークみたいに話していたからねー。で、そこで救ってくれたのが店長だったパパで、そのまま一気に愛し合って電撃結婚したとか」
まあ予想はしていたが、仮にも一緒に死線を乗り越えた相手に対してそこまで嘘八百含んだ情報を教え込めるほどになるかねぇ、と、言われてる側としては微妙な気分だ。不愉快さよりも「おぉ……、うん……」みたいな諦観が強いかもしれない。
関わるだけ面倒そうだ、という、そんな感情。
結局のところ、こっちの言葉とあの店長の言葉と、どっちを信じたかというだけの話ではあるんだが。
じゃあまずそのあたりについてからかと、一切アイツに……、もっと言えば今アイツの夫に収まってる店長に対して、情け容赦はしないことにした。
もちろん、嘘偽りは教えない前提で。
※ ※ ※
異世界召喚されてから、俺達があっちにいた時間は実に七、八年。小さな子供がそれなりに自尊心を獲得して自律するのに重要な時間であり、時代時代においてその後の生き方が大きく定まってしまう様な、それくらいの期間。
それだけの期間を、異世界で戦士として過ごしてきた俺とアイツはだったが、戦い終わった後に謀殺されたりとか、そういうことはなかった。それだけ国に長く貢献したから、とかそういう理由ではない。結局、王家に呼ばれたと言うわりには国王どころか王子とか王女とか、王族には一人も顔合わせすらさせてもらったことがない。
つまり何故かと言うと、たぶんもっとシンプルな理由だ。俺達が強すぎた。単純に俺は物理的に殺せなかったし(ナイフの時みたいな防御だけじゃなく毒も耐性がついてる)、アイツはアイツで存在そのものを害そうという意思が起きないような妙なバフがずーっとかかっていた。
結果、下手なことをして俺達に牙をむかれても国としては困ると言う判断でもあったのだろう。そのまま何事も無く元の世界に返す、という話になって、俺もアイツも大喜びした。ただ、これには一つ問題があった。
あの世界とこの世界の時間の流れは一緒だし、おまけに「今の記憶を保持したまま過去の肉体に送る」みたいなことは、全然されなかったのだ。
つまりそう、着の身着のまま、小学生の高学年に入った直後くらいで異世界に拉致されて、そのまま長い期間行方不明だった男女二人が、ポン! とある日戻された、と。
「アフターフォローがなってないなあ……」
この時点で既に嫌な予感がしているらしい元魔神王。良いカンしてる。いや、まー話聞いてたらなんとなく想像つくか?
そう、整理するなら。本来なら小学校中学高校と学ぶべき事柄を一切学ばず、あちらの世界でしか通じない倫理観と文化と戦闘技術と信力を学んだ男女二人。全くアフターフォローも何もなく、そんな状態で、そのまま返されてしまった。
その後の社会生活が破綻するのは、目に見えた話だろう。
まず両親は喜んでくれた。友達からはほぼ全員に忘れ去られていたり、何かちゃっかり俺は弟、アイツは妹が出来ていてお互い部屋をぶんどられていたりとか私物がほとんど無くなっていたりとか色々問題はあったが、懸命に行方不明者の捜索をしてくれていたのだけはよくわかり、二人そろって泣いた思い出がある。ただそれでも、どこに拉致されていたのかという話については、もうどうしようもない。
だって誰がどう聞いても、普通に考えて頭がどうかしてる話でしかないんだぜ? 漫画とかそのテのものの読み過ぎとか、あるいはあまりのショックで二人そろって一緒の幻想世界を作り出して精神安定を図っていたとか、色々話がややこしくなる事態。
結局そこをうやむやにしても、今度は学校関係の問題が生じる。読み書き計算はギリギリ中学校一年生レベルまでこなせたから、頑張って勉強して高校卒業資格とるかって話で決着したんだが、お互いの家が次男次女に全力をそそぐって話で動いていたこともあり、予算の都合がつかない。
自分の進路を選ぶために親の脛をかじることに抵抗感を抱く程度には、俺もアイツも家に居場所がなかった。
まあ、既に当時は二人で付き合っていたこともあったし? お互いの家から少しだけ生活費を融通してもらいながら、同棲する分には問題ないだろうと、そういう話になったのだ。
歯車が狂ったのは、十中八九バイト先のせい。
「まあ、店長がなあ……」
「我がパパに問題があったかい?」
「逆に聞くけど、お前から見た店長ってどんな感じだ?」
「う~~~~ん? ……思い込みが激しいかな? あと、あんまり話を聞いてくれない。うん……そうだな、人の話を聞いてくれないな」
「何かあったのか?」
「前のプ〇キュアのなりきり玩具が中古でいいから欲しいと言ったのに、新しい〇リキュアの商品セットを一通りそろえられて、前の変身アイテムとか全部売りさばかれた」
「ありがちっちゃありがちな話、か……?」
「ママは『そんなの新しいのまた買えば良いじゃない!』といって興味もないというか、家計のやりくりで四苦八苦してるから煩わせるなってオーラが強くてな……」
「その割にはレンタルビデオの店には来るんだなぁ」
「何百回も見ないならサブスク入るより安いって」
「なるほど……」
まあ、そういうことだ。悪気があるのかないのか、表面上はわからないだろうが、俺はあの店長にも明確に強い悪意があったのを知っている。
表面上は思いやりがあって良い店長で、アルバイトの女受けも良い。単発でスポーツマンみたいなさわやか系の見た目で、眼鏡をかけてインテリっぽさもあって、それでいてちょっと抜けている。何と言うか、アイツは「ちょっとお手頃っぽい大人の男性」とか言ってたか……。
で、その店長が一目惚れしたのが当時十七歳くらいのアイツ、らしかった。顔は良く、胸も大きく、性格も凛としててバイト先の男たちもまー色目使ってたから、それはそうだろうなというのは良く判る。
……アイツはアイツで「無害そうな」男付き合いなんて大人になってからはとんと経験がなかったからな。命の危機が前提にないから油断してたってのもあるんだろうが、色々、俺達の関係についても話せないところを抜かしながら、結構大量に教えたり時に相談したりしてたらしい。その間、俺は俺で表の仕事してて、アイツはアイツでバックヤードで仕事したりしてて、ちゃんと引き離されてるあたりは抜け目がない
そうやって色々事情を知った店長からすれば、仲良くなろう距離をつめようとしていたあの男からすれば、ことあるごとに牽制する俺が邪魔だった。元の世界に帰って来て浮かれてたってのもあるかもしれないが、アイツが流石に無警戒だから気を配ってたってのをアイツ自身は自覚してなかったってのもあるかもしれない。
あわれ、気が付けば店のトラブルの大半が俺のせいってことにされており、気が付けばあっさりアイツは店長に股開いていた。
俺はアイツの家族にも自分の家族にも悪者扱いされて、縁切りだ何だと騒がれて、同棲していた賃貸も追い出された────乗っ取られた。
「弁明とかしなかったのかい? 信力使えば一発で証明できるだろうに。ママの術で、相手の言葉が真実かどうか精霊に聞くとか、色々あったろう?」
「弁明はしたさ。けど、説得しきることができなかった。社会的に信用がない立場だったってのも大きかったし……、両親がな。アイツの言葉しか聞かなかったんだ。
あと、信力は使わないでいよう、っていうのがアイツと俺との約束だったからなー当時。こんな訳わからねー力見せたら、何かの生体実験の材料とかにされそうで」
「アニメとかヒーローものとかにありがちな話だ……」
実際問題、そう的外れな話ではないんじゃないだろうか。「上手に」誤魔化して使おうと言う発想すらわかなかった。
今にして思えば、あの世界にさらわれていたという出来事そのものをなかったことにしたいと、俺もアイツも心のどこかで思っていたからかもしれない。何だかんだ、俺もアイツもトラウマには違いないのだ。
ただ、そうやって何だかんだ排除されるように動かれた俺は、それに抗弁する力を持たなかった。力というか、思考力と言うか、論理力というか、学というか。反論一つちゃんとするのにも、それなりに物事に筋道を立てて、相手に理解される言葉で、相手の常識で測れるように説得しなければならない。そういったものが、不幸にも俺やアイツには欠けていたし…………、何よりアイツが敵に回った場合、俺は本当に一人だった。
アイツは言った。失望したと。そんな人だと思わなかったと。
今でこそテンプレみたいな適当な物言いだと言ってしまえるが、言葉に込められた感情が本物であればあるほど、愛し合った、将来を誓い合った、命を預け合った彼女から言われたその言葉は、深く突き刺さった。
きっとアイツも不安だったんだろう。怖かったんだろう。その隙を突かれたと言えば一方的にアイツばっかりが悪いとは言い難い。俺の視点からすれば、一番悪いのは当時三十代だった店長だ。
「その瞬間、もうどうでも良くなってな。本気で反撃すればぶっ殺すとかは全然余裕だろうけど、それ、何か違うだろ? 現代日本で生活する上でぶっ殺せば良いが結論なんて、何もかもアレじゃん」
「語彙がないねぇ……」
そんなちっぽけな自尊心くらいしか残らなかった俺は、同じ町で暮らすにしてもトラブルを避けるために、使わないと決めていた信力を最低限だが使用した。身分を変え、顔を変え、声を変え、とにかく「俺」と言う存在に繋がれないように手を尽くした。
それでも方々手を尽くして、今では辛うじて食つなぐことが出来てはいる。実家に厄介にはなれなかった。円きりだと言われた時点で、同じ町にいて次に顔を合わせたらぶっ殺すと父に言われたから。そこまで言わなくてもと母は宥めたが、それでも家を追い出す側に彼女が混じっていたのは間違いない。物心ついてるかどうか怪しい弟は「またね!」と言っていたので、あれは間違いなくわかってなかったろうし、とにかく実家に対する感情はかなり複雑だ。
けれど、これは別に悲惨って程の話ではない、と思える。あっちの世界に比べて、命を拾いやすい。レンタルビデオ屋の女店長には食べるものに困ってつい段ボール齧った話とかしたらドン引きされたが、それはそれ、これはこれ。気を抜けばすぐに命を散らすような程に、現代はそこまで物騒な場所ではない。バイトも賃金高い訳じゃないが、衣食住も確保は出来るくらいには稼げている。掛け持ち前提とはいえ、生活レベルは進退窮まっていないし、月4桁くらいの貯金は最近始められた。
家族だって前述の通り縁が切れているが、絶命してるわけでもなく普通に元気にはしていそうだ。
順風満帆とは言い難い。少なくともそう、夢や希望にあふれていた小学生時代。あの日あの時の、ふと振り返れば輝かしかった日々が、恋しくないかと言えば嘘になる。紆余曲折あってアイツも俺もそんなのほほんとした幼少期とは全く縁遠くなってしまったが、だからこそ、何にだってなれそうな、胸の中に無限の力が湧いてくるような、あの時代が恋しいかどうかで言えば間違いなく首を縦に振る。
人生ってのは折り合いをつけるものだと、その紆余曲折で散々学び。俺もアイツもそれなりに、自分なりに頑張って今に至っている。これをして惰弱だとか怠けだとか、もっと頑張れば良い就職口があったろうとか口さがない他人のようなことを親に言われたことはあるが、まあ、これはこれで仕方ない。人生諦めが肝心である。
生活が安定した今となっては……状況がイレギュラーすぎて親も多少錯乱していたのだろうと、思えるくらいには心に余裕がある。…………いやゴメン嘘ついた。面と向かったら母親だろうが父親だろうが殴りかかるわ。弟はまあ無罪だ。良い子良い子。というか、そもそも勉強も追いついてないどころの騒ぎでもないし、友達だった連中にすら忘れられてたこっちの身にもなって欲しい。
アイツだってそれは同様だったから、俺ばかりがどうこうという話でもないんだろう。
そこまで話して、元魔神王は「あー」と気まずそうに目を逸らした。
幼児がするべき仕草じゃないなー、本当……。
「そうだなあ……。『人間』としての人生とか初めてだから、同情すると言っても本当に理解したことにはならないだろうがね。それでも、同情するとはいっておく」
「そうかい」
「ああ。そうして同時に、なんで君が信力をまだ使えるかを理解できた」
「………………」
まだ? と聞き返せば、隣の腰よりちょっと上くらいの位置にあるおかっぱ頭が上下に揺れる。
「そうとも。なにせ我がママ────元賢者は、勇者とちがって精霊に見限られたからね」
そんな風に語り出した彼女の表情は……、苦笑いなど一切含まれない、とても陰鬱な失望一色に染まっていた。
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