第53話 英雄《ヴィクター》と怪物《ブレイン》の死闘



フロントライン砦の中央にある広場。もはや広場としての体を成していなかった。



ゴアウォーカーが通過した際に残していったおぞましい体液の染みと、砕けた石材。そしてねじ曲がった鉄骨が、まるで抽象画のように無秩序に散乱している。その中心、ヴィクターはついにその光景を目の当たりにした。



ゴアウォーカーの死骸が幾重にも寄り集まってできた、小高い、まるで禍々しい祭壇のような肉の苗床。



その頂上で、指揮個体ブレインは、複数の黒い触手でアルフォンスの身体を貫き、まるで見せしめのように宙吊りにしていたのだ。



意識を失ったアルフォンスの口からは、血の泡が絶えず溢れ出し、その屈強な鎧は無残に砕け、見る影もない。



指揮個体ブレインは、そのアルフォンスの身体に自らの触手を深く突き刺し、何かを吸収し、そして同時に何かを注ぎ込んでいる様に見えて——。



指揮個体ブレイン自身の身体は、まだヴィクターの『雷霆の神槍グングニル』によって負った傷がまだ完全に癒えておらず、片腕が欠損し、身体のあちこちが歪に引き攣っている。


しかし、その額に宿る赤い単眼は、かつてよりもさらに不気味に、異様な輝きを放っていた。


それはまるで、アルフォンスの命そのものを吸い上げて膨張しているかのように、禍々しく脈動している。

そこから放たれる光は、ただの魔力ではない。


――悪意だ。


濁りきった、底知れぬ悪意そのものが、あの一つ目に宿っていた。



ヴィクターの内側で、何かが音を立てて壊れる。




『……ふざけるなよ…………ほんとに、ふざけんな。』





怒りが。

悲しみが。

絶望が。

すべてを喰い破り、溢れ出す。


その想いが、熱を帯びた呟きとなり、やがて言葉になる。



「絶対に殺す」



その呟きが現実となった瞬間――



「――アルフォンスをはなせぇぇぇぇええええ!!!!!!!!」



全身全霊を込めた絶叫が、廃墟と化したフロントライン砦に轟いた。



怒りが、雷となる。

その体から吹き上がった黄金の雷光が、空気を裂き、廃墟の瓦礫を震わせる。



そのあまりの気迫に、付近のゴアウォーカーすら戦慄するかのように身を縮める。



指揮個体ブレインは、その叫びに応じるように、ゆっくりと赤い目をヴィクターへと向ける。



そして、ゴミを投げ捨てるかの如く、アルフォンスを放り投げすてるが、そこには、むしろ――待ちわびていたかのような、歪んだ歓迎の気配すらあった。


そして、顔のただれた皮膚が、裂ける。口があったはずの場所に、三日月のような、残酷な“笑み”が刻まれた。


それは、明らかな嘲笑で——。



『ようやく来たか、遅かったな』

まるでそう言いたげな、挑発の様相だ。



ヴィクターの喉が、怒りに焼き切れそうになる。


「………人の神経を逆撫でしやがって……!!!」


それは、もはや理性では制御できない“熱”だった。


「――おまえだけは……!! この手で、塵一つ残さず消し飛ばす!!!」


次の瞬間、ヴィクターの剣が雷を纏う。


あの《クリムゾンアイ》の群れを一瞬で焼き払った技――


 『虚空断つ黄金の剣ディアスパーダ・アウレア


だが今、その一撃は、より高密度に、より純粋に、ヴィクターの怒りそのものを雷に変えていた。



「喰らえええええええええええええええええッ!!!!!!!!!!」


斬撃が解き放たれる。

地面を割り、大気を裂き、雷の奔流が直線状に指揮個体ブレインへと襲いかかった。



その怒りと殺意が、雷光の刃となって――戦いの幕が、再び上がる。







指揮個体ブレインは、その雷撃の斬撃を前にしても、特に動じるそぶりすら見せない。



ただ、その赤い一つ目を細めただけだった。



——次の瞬間。


ヴィクターが放った雷撃の斬撃は、指揮個体ブレインに到達する直前で、空間がぐにゃりと歪み、まるで水面に落ちた石のように、音もなく吸い込まれ、消滅した。




「っっ!!」




――なんだ、俺の雷の斬撃が

消された!?

なんだ、何が起こった!?





ヴィクターは驚愕する。

結界ではない。

魔力を相殺されたのでもない。

まるで、最初からそこに何もなかったかのように、彼の魔法が「無」に還された。




『……魔法の軌道に結界を?

いや、それだけじゃこんなことは起きない。何か、根本的な何かで攻撃が通じていない……』



ヴィクターが警戒を強めたその時、今度は指揮個体ブレインが反撃に転じた。




その嫌に歪んだ片腕を、ゆっくりとヴィクターへと向ける。



ヴィクターは、その赤い一つ目が再び嘲笑うかのように歪んだのを見て、得体の知れない、しかし命の危険を感じる強烈な予感が走り、咄嗟に横へと大きく跳躍し回避行動をみせた。




その直後、先ほどまでヴィクターがいた場所の空間が、まるで内側へと折りたたまれるかのように、急激な吸い込み現象が発生する。



あまりの吸引力に、その場のがれきや砕けた武具、ゴアウォーカーの肉片までもが、目に見えないほどの速度でその一点へと引き寄せられ、圧縮されて――。




そして——。






――轟ッ!!!!





凄まじい爆音と衝撃波が発生した。



それは単純な爆発ではない。

圧縮された物質と空気が、その限界を超えて互いに衝突し、内側へ向かって崩壊する音だ。

ヴィクターも、その衝撃波の余波を受け、大きく体勢を崩した。



「っっ!!!!……バケモノが当たり前かのように魔法を使いやがって!なんだこの魔法は……!!」



ヴィクターは混乱するも、指揮個体ブレインはそんな彼を嘲笑うかのように、にやにやとしながら次々と同様の攻撃を繰り返す。



ヴィクターはそれを必死に回避し続けるが、その度に戦場は抉られ、クレーターが増えていくが、ようやくヴィクターもその攻撃の正体に気がつく。






――これは……まさか魔法で作られた真空空間か?





一点に極小の真空空間を強制的に生成し、それを一瞬で解除することで、周囲の空気がその真空を埋めようと一気に流れ込み、中心で衝突…… これで衝撃波を伴う爆撃を発生させる。


いわゆる内破インプロ―ジョン




『っくそ!!風魔法の応用にしては知能が高すぎる!!』




そう、指揮個体ブレインはレイヴァンの風魔法を模倣、いや――悪質に進化させていた。



――俺の雷撃を防いだのも、おそらくはこの原理。


俺が魔法を放つ瞬間に、その軌道上に絶対真空を魔法で作り出すことで、雷という魔力現象が伝播する媒体そのものを奪い、無効化しているのだ。



『 俺への完全なメタか!!

くそっ!!!アルフォンスの状態も気になる……時間を掛ければ掛けるだけ不利だ!!』




ヴィクターは何度目かの舌打ちをする。


遠距離からの雷撃は、あの不可解な真空魔法の前では意味をなさない。


ヴィクターは思考を断ち切るように歯を噛み締め、大地を蹴った。



「なら――近接で叩き斬る!!」



稲妻のように閃く脚。

風を裂く速度で、指揮個体ブレインへと肉薄する。




だが——



指揮個体ブレインもまた、その身体から新たな、そして以前よりもさらに鋭利な漆黒の触手剣を生やし、レイヴァンの剣技でヴィクターを迎え撃つ。




衝突――!




振るわれる刃と刃が、空気を振動させ、廃墟の空間に凄まじい衝撃波が轟く。



雷と風、光と闇。

それらが混ざり合い、神話の戦場のような光景を作り出していた。





『ッッこいつ……! 』



わずか数時間前。

ヴィクターが力で圧倒していた相手は、いまや彼と互角以上の膂力を備えていた。


『さっきよりも一撃、一撃が重すぎる!!』



先の戦いの力で押し込めむ戦い方は通用しない。


鍔迫り合いになれば、寧ろこちらが押し負ける可能性すらある。


ヴィクターは即座に戦術を切り替えた。力で制するのではなく、技で、そして速さで翻弄し始めた。




指揮個体ブレインが荒々しい斬撃を放てば、ヴィクターは流麗な剣筋でそれを逸らす。


偽英雄の魔鎧エピック・オブ・レプリカに記録され、ヴィクターによってさらに最適化されたガーランドの美しき剣技――


水のように流麗な剣技で完璧にいなし、その力のベクトルを逸らしてカウンターを叩き込む。



だが、指揮個体ブレインも負けていない。


雷速で死角に回り込むヴィクターの気配を捉え、異形の肉体が、まるで経験者のように、カウンターの上からカウンターを重ねた斬撃を繰り出す。


それも、初見殺しではない。“学習した者”の動きだ。


黄金の軌跡が左から、黒の刃閃が右からぶつかり合う。


無数の交錯、無限の駆け引き。

お互いの“模倣”と“進化”どちらかが遅れれば即座に対応でき無くなる。

普通の戦いではない――ここにあるのは、人間と化物の“模倣”と“進化”の戦争だ。



ヴィクターが赤い一つ目を狙えば、指揮個体ブレインは寸前で首を捻り、視界の外から鋭い触手の突きを放つ。


しかし、それを読んでいたヴィクターは腰を沈め、回転しながらその一撃を躱し、回し蹴りを叩き込む。

触手が何本も裂けて飛ぶが、まだ足りない。


指揮個体ブレインの本体へは――届かない。




膠着状態は続く。

だが、ヴィクターの目に絶望はない。


この瞬間にも、学び、戦術を研ぎ澄まし、彼自身もまた進化している。



――そして再び、衝突。



数千合。あるいはそれ以上。


時間にすれば、まだ数分も経っていない。

だが、彼らの戦いは、常人の感覚で数刻にも感じられる濃密さだった。


黄金の閃光と、漆黒の斬撃が、廃墟と化したフロントラインの空間を裂く。


その度に、周囲の瓦礫が砕け、空気が爆ぜ、空間が揺れる。

今、フロントラインの中心には、英雄と怪物が創り出した、“異次元の闘争空間”が広がっていた。


常人の目には、もはや黄金と黒の閃光が、互いに喰らい合っているようにしか見えないだろう。


戦場の空気は、二つの存在が放つ魔力圧によって歪み、その周囲だけが別の時空になったかのような、異様な喧騒に包まれていた。


まるで、この廃墟の中心だけが世界から切り離され、ただ一つ、“戦い”という名の原理だけが支配する領域と化していて——。




その中で、指揮個体ブレインは、なおも異常な進化を続けていた。欠損していた部位も触手で補って形成しており、それによる弱点もいつの間にか修復を完了している。



指揮個体ブレインの戦闘能力は、まさに今この瞬間にも、恐ろしい速度で研ぎ澄まされていく。


剣を交えるたびにその技量は向上し、レイヴァンの剣術を土台に、ヴィクターの癖や動きすら取り込んで、再構築し最適化していた。



一合ごとに、その剣筋は洗練され、わずかずつ――

しかし確実に、ヴィクターのそれに近づいていって——



そして――


ついに、その一太刀が、ヴィクターの予測と反応、そのほんのわずかな“差異”を捉えた。






指揮個体ブレインは、ヴィクターの連続攻撃を捌ききれず、体勢を崩したかのように見え。その胸元に、一瞬だけ、完全な無防備の隙が生まれる。



『――もらった!』



ヴィクターは、その好機を見逃さない。


しかし、それは指揮個体ブレインが仕掛けた、あまりにも巧妙で、悪意に満ちた罠、誘いだった――。



ヴィクターが、迷わずその隙を突こうと踏み込む。



だが——その瞬間。



ヴィクターが回避行動を取りにくい空間、その一点に、指揮個体ブレインはこれまでで最も強力かつ、最も収束された真空空間を、音もなく、そして予備動作もなく生成。



ヴィクターも、その罠に気づき、避けようとするが——。



その足に絡みついた、千切れたはずの触手。

コンマ数秒。

その遅れが、決定的だった。




左腕と左脚が——呑まれた。






「しまっ――」





遅かった。




ヴィクターの左の腕と脚が、まるで目に見えない巨大な口に喰われるかのように、その空間へと、肘まで一気に引きずり込まれた。



――ズズズズズズッ!!!




凄まじい吸引力。


ヴィクターの魔鎧の一部が悲鳴のような軋みを上げて砕け散る。



真空に晒された彼の腕と脚の皮膚が、内側からの圧力で風船のように膨れ上がり、毛細血管が次々と沸騰し、皮膚を突き破って破裂していくのが、スローモーションのように見えた。



まるで、空間に開いた見えない穴に肘まで、一瞬で、捻じ込まれ——。




皮膚が、泡立つ。


筋肉が、膨れ上がる。


血管が、破裂する。


血液が——煮えたぎる。


体液が沸騰する。


体内の水分が、一気に気化する。


そう、明らかに致命傷で。




——指揮個体ブレインが嗤う。





「がっ、あ、あああああああああああああああッ!!!!!!」





焼かれる痛みでも、斬られる痛みでもない。

経験した事がない激痛が全身を駆けぬけた。


内側から、自分が破裂する。

身体という器そのものが、悲鳴を上げて崩壊していく。



――息が、できない。

――思考、が……断ち切られる。




視界が、白く弾ける。

骨が、溶ける。

左腕と左脚の関節が、音もなく逆に折れ砕けていった。

神経が焼き切れるような経験をした事がないほどの苦痛に、脳が現実を拒絶しようとする。意識が途切れそうになる。




それでも——





「っ……ぅ、うぉぉおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!」



それでもヴィクターは止まらない。




砕けた腕と脚がどうなろうと、肺が焼き切れようと——そんなもの、知るか。


この手で……この手で、アルフォンスを、必ず救い出すッ!



『……くそッッッ痛てぇ……でも

――それがなんだ……!!!』


砕けた骨が軋む。

神経が千切れ、脳が悲鳴を上げても、なお、意志だけは折れない。


『——ッッまだだ!!……右足は動く、右腕も残ってる……! なら……なら、何一つ問題なんて、ねぇだろうがぁぁぁぁぁぁッ!!!!』


咆哮する。

絶叫する。

吐き出す血が泡となって喉を焼こうと、目の奥が痛みに潰れようと——


その瞬間、

消えかけていた偽英雄の魔鎧エピック・オブ・レプリカが、

ヴィクターの咆哮に応えるように、閃光とともに再び脈動を始めた。


暴れる魔力は、まるで意思を持ったかのように四肢を駆け巡り、

崩れかけていた左腕、左脚の神経や筋組織に無理やり魔力を流し込んでいく。


砕け、裂け、原形を失っていた左腕と左脚に——

偽英雄の魔鎧エピック・オブ・レプリカは、

擬似的な骨格と筋線維の構造を上書きし、力の通る“道”を強制的に作り直していく。


もはやそれは、治癒ではなかった。

修復ではなく、“稼働”のための“再構成”だった。


そう、この魔法はある種——

英雄を模すための魔法。



神話の戦場を駆けた勇者たちのように、死の淵でなお“動く”ための、希望と狂気の装置なのだ。


黄金の稲妻が、再びその身を包み込む。


痛みも、恐怖も、限界すらも——

全てが焼き尽くされるかのような、狂おしい輝き。


それは、

絶望の中でただ一つ燃え続ける、希望の残滓。




——諦めを拒絶する。

——終わりを許さぬ。



——英雄の名を騙った、この偽りの鎧が、今この瞬間だけは真実へと昇華する。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る