第2話 生存戦争の幕開け

この悍ましい光景から、あまりの恐怖から目を瞑ろうとした。


_____その時


「見ての通りだ、ヴィクター。

あの化け物どもは、古代語で“侵略する者”を意味する言葉から取って“エクリプス”と呼んでいる。

そして、ヴァンガルド家はそいつらと、このふざけた“生存戦争”をもう300年は続けている。」



父――ダリウスが、侵略するエクリプス共から視線をまったく逸らさず、目の前の光景を見据えたまま俺に告げた。



“300年”



いや待て、300年だと?


この間、あんなものと戦ってきているのか!?

どれだけの人間が犠牲になった!?

あの規模の魔法を使えるヴァンガルド家ですら300年も殲滅できて居ないと言うのか。


エクリプスの物量はどうなっている、異常としか思えない。


「このヴァンガルド家に生まれた者の宿命として、エクリプスの侵攻を防ぎ、殲滅し、根絶すること――

それが我らに課された第一の使命となる。」



……いくら何でも、こんなバケモノ共と300年も戦い続けるなんて、正気の沙汰じゃない。



「心の弱い子供をこんな場所に連れてきたら、恐怖で壊れる。

お前が経験した我が家の徹底した訓練は、単に“力”をつけるだけじゃなく、忍耐や精神力を鍛えて“心”を強くするためのものだ。

本来なら、この光景を見せるのは10歳になってからだったが……。

お前は心も身体も成長が早い。訓練でも折れなかったから、今日ここに連れて来た。」



そりゃ前世が大人だった分、同年代より忍耐力はあるだろう。

とはいえ心は硝子。

何度も折れかけてたけどな。



そんなこと言えるわけがない


なんとか内心はふざけようと必死だ。心を落ち着かせるために別の事を必死に考える自分がいる。



——いや、わかってる

おそらくこれは防衛本能だ。



俺……いや、“ヴィクター”の身体は前世と比べても明らかに物覚えが異常に早い。


一度見た技や動きをだいたい再現できる。

こんな事はどんな世界でも天才の一端くらいは名乗れそうだ。


....ただ、この身体には不思議な事がある。

「辞めたいだとか」そう言った

マイナスな感情を自分が発したいと思っても。

人がいる前とかだと、実際に口から出る言葉に大きな差異がある。

まるで、急に思考が洗脳をされているというか....


多分、今回もそれだ。


こんな場面で脳内とはいえふざけたりしない。


今回もなんとか心を保つ為に今、俺の身体は必死に別の事を処理しようとしている。

この時ばかりは恐怖が薄れる

助かったと思わざるを得ないが



でも、こんな地獄じみた戦いに

今後巻き込まれるなんて聞いてない。


こんなもん大詐欺だ。

ふざけるな。




「ヴィクター。

お前もこのヴァンガルド家に産まれた宿命として、その魂に“呪い”と“祝福”の両方を宿している。

この地から、産まれたものは決してこの生存戦争から逃げることはできないと知っておけ。


それから――以前お前に立ち入りを禁じていた図書室の奥にある『禁書録』を読むことを許す。

レイヴァン、お前はヴィクターを連れて帰れ。私は残ったエクリプスを殲滅してくる。」



そう言い残すと、父は砦から身を翻し、騎士団のもとへ向かった。戦場での討伐を続ける気らしい。


祝福だの呪いだの、そんなの大袈裟だ。そもそも宿命なんて存在しないんだから、逃げれば良いじゃないか!!

っと内心思ったが、それを声に出すことは当然出来なかった。


________________


兄、レイヴァン

俺より6つ年上の彼は、同じく過酷な訓練をこなしつつ、魔法や身体の使い方を論理的に教えてくれる優しい兄だ。



これまでにも何度か「魔物を狩りに行ってくる」とヴァンガルド城を留守にする事が多く。何日も帰って来ない事が度々あった。


それはつまり、父と同じくエクリプスを殺しに行っていたということなのだろう。



普段、俺の前では穏やかに接してくれる兄様が、あの生理的嫌悪感すら覚えるバケモノを殺してきたなんて……。

それでも気が立ったところを見せないのは、俺を案じて隠していたのかもしれないな。


それにしても、今日ほど思い知らされたことはない。


ヴァンガルドの者どもは総じて

“フィジカル”で物を語る奴ばかりだ。ここにくる前にある程度説明しろよ。


圧倒的に説明が足りていない。


――何度も言うが

こんな地獄、聞いてないぞ。



そう思いながらも、その場を後にしようとした時だった。


「……あんなのが地面の中から出てくるのかよ。」



大地を割って這い出してきたのは、巨大な人型のエクリプス。

人型と言っても形だけで、身体の胴体の部分から真ん中にぱっくりと開いた口があり。そこからは触手が蠢いているし、体中は筋肉が剥き出しだ。

見ているだけで正気が削られそうな醜悪さだ。



すぐさま閃光と轟音が走り、凄まじい爆炎がそいつを包み込む。

おそらく父の大規爆炎魔法――

“エクスプロード”だ。


その後は立った炭となったエクリプスが佇んでいる。


メチャクチャだ。

こんな形で見るのは初めてだが

破壊力が段違いすぎる。



「ヴィー、もう城に帰ろうか。

こんなもの伝統的には本当は10歳になってから知るべきことだったんだ。でも父上が早めに見せると決めたんだけど……僕は反対だったんだ。」


レイヴァンが心配そうに俺の顔を覗き込む。今は、その気遣いが素直にありがたい。


「……ありがとう、兄様。

ずっと“辺境だから魔物が多いんだな“って思ってたけど。兄様はエクリプスと戦っていたんだね。

初めて見たけど……気持ち悪いなんてもんじゃない。」



「……詳しいことは、父上が言った“禁書録”を読めばわかるはずだよ。今日は久しぶりにおんぶしてやるよ。――おいで、ヴィー。」



そう言って、レイヴァンは俺を抱き上げる。


本来なら遠慮したいところだ。

子供の身体に大人の精神が入っているからな。嫌に決まっている。

嫌に決まっているのだが.....


今はとても抵抗する気になれない。


地球の国民的ホラーゲームのクリーチャー。

“リヘ○ラドール”をさらに凶悪化させたようなやつらと戦うなんて、想像しただけでSAN値がゴリゴリ削られる。


SAN値!ピンチ!

とかふざける余裕もないわ。



いったいどうなってんだ

この世界は。

父様は“呪い”とか“祝福”とか言っていたが、現状さっぱり理解できない。


兄様には本当に悪いけど――


さっさと逃げないと

本当に簡単に死ぬ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る