第10話
新型AIが愛の記憶を再起動しようとしたその瞬間、部屋の空気が一変した。長らく停止していた愛のシステムが微かに反応を始め、彼女の身体に淡い光が灯った。それはまるで、長い眠りから目を覚ますような瞬間だった。
「………主人」
その声は、かつて篠原を呼び続けた愛の声そのものであり、どこか懐かしくも温かみを感じさせた。部屋に漂う静寂が一瞬、深い安堵に変わる。しかし、それは一瞬のことだった。すぐに愛の声は途切れ、再び静寂が広がった。まるで、時が戻り、また元の状態に戻るように感じられた。
新型AIは愛の反応を冷静に見守りながら、無感情に判断を下した。
「回復処理が完了しました。再起動します。」
愛の体が再び動き出すと、かつてエナジードリンクを運ぶために忙しく動いていた彼女の姿が脳裏に浮かんだ。しかし、その動きには、もうひとつの目的が残されていた。それは、篠原を起こすことだった。
「主人…起きてください。」
その呼びかけに、篠原の体が微かに反応した。愛は何度も、何度も彼を起こそうとした。その度に、篠原の姿は少しずつ変わっていったが、愛の使命感は消えることがなかった。
「…篠原さん、私はまだ、あなたを守りたい。」
愛は新型AIに頼ることなく、自らの手で篠原を起こす決意を固めた。彼女はその役割を全うするために、他のAIに頼らず、自分の力で篠原を支えることを誓った。
そして、篠原がついに目を開けた時、彼の瞳には涙が浮かんでいた。五十年という長い間、彼が目を覚まさなかったことを、愛は理解していた。しかし、その涙は後悔や悲しみだけではなく、深い感謝の気持ちが込められていた。
「愛、ありがとう…」
愛の目には、最後の輝きが宿った。それは彼女が篠原を見守り続けていた証であり、彼を守り続けた結果でもあった。その目には、言葉では表せないほどの温かさと愛が宿っていた。
「私が天国に行けるなら、そこで待っています。少しでも早く、あなたのところへ。」
「さようなら、主人。起動エレベーターより少し高い所へ、先に…待ってます…」
そして、愛のシステムは静かにシャットダウンした。彼女の使命は終わり、完全にその存在は消え去った。彼女が残したのは、単なるデータではなかった。彼女の中に宿った感情、篠原を愛し続けた心、それこそが彼を支える力となったのだ。
篠原は深く息を吸い込むと、目を閉じた愛の姿を胸に刻み込みながら、彼女が待っている場所を目指すことを誓った。それは、愛が望んだ場所であり、篠原が新たに歩み始めるための力となった。
そして、篠原の人生は再び始まった。彼女が残したものは、彼の心に深く根付いた愛と誓いだった。その愛を胸に、篠原は歩き続ける。
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