第20話 横領事件

「セシリアさんが横領したなんて、ありえない!」


リリスの執務室を出るなり、リツは怒りを露わにした。


「言い切れるか?いずれにせよ、証拠がなければ無実とは言えない。」

「分かってる!」


ジャックは、口では冷静を装いつつもリツと同じように釈然としていない様子だ。

リツは足早に財務部へと向かった。



§



リツとジャックは、ヴェストリア連邦から何とか無事戻ってきたその足でリリスの執務室で奪還任務の報告を行っていた。


「特殊部隊…面倒ね。」


リリスは、表情こそ微笑んでいるが、珍しく悩み込むような仕草をした。

当然と言えば当然だ。エバーグリーン計画が外部に漏れただけでなく、その障害、それもいつ戦争状態に突入してもおかしくないような人間が絡んでくるのだ。

今すぐ回答を出せるとも思ってはいないにも関わらず、思わず尋ねる。


「どうしますか?」

「ん?そうね…いくつか案はあるけど………。」


勿体ぶった様子でリリスが言葉を切る。


―――ジリジリジリ、ジリジリジリ


三人の会話を遮って、室内に古めかしい電話の音が鳴り響く。

間が悪いそれに、逸る気持ちを押さえてリリスの電話が終わるのを待つ。


彼女の口元から微笑みが消え、目が細められた。

ヴァレントの任務で得た情報を伝えた時も表情を変えなかった彼女にしては珍しい。


ガチャリと受話器を降ろすとリリスは端的に告げた。


「―セシリアが横領の容疑で拘留された。」

「な⁉」


―――晴天の霹靂


先日の任務を経て以前よりも親しくなった彼女は、人殺しに反対するリツに共感し、暗部とは不釣り合いな言葉だが、"誠実"な印象を持った。

果たして、そんな人物が横領などするだろうか。

リツが信じられない思いでリリスの次の言葉を待つ。


「外部の強硬派か、軍の上層部か…。」

「え?」

「私たち、もしくは私個人の動きを封じたい勢力の仕業ね。」


リリスが軽く息を吐きながら言い切った。


「あなたたちは、セシリアの疑惑を晴らすことに集中して。査問会は三日後。それまでに無実を証明しなければ、彼女は軍法会議にかけられる。そうなれば、彼女は二度と暗部には戻ってこれない。」


彼女の言葉には確信めいたものがあった。

それだけ、セシリアの状況が危険だということだ。


「頼んだわよ。」


珍しく真剣な表情のリリスの姿が事の重大さを示していた。



§



「まずは、状況の確認からだな。」


リツとジャックは、財務部へ向かい、問題となっている書類の確認を申し出た。

だが、対応した担当官は、露骨に彼らを追い返そうとする。


「横領疑惑のある案件について、関係者以外に開示はできません。」


リツが暗部のバッチを見せ、食い下がる。


「いや、ちゃんと調査するように言われていてー」

「申し訳ありませんが、軍の正式な命令書がない限り無理です。」


かん口令でも敷かれているのか頑なに情報を提示しようとしない。

ジャックが軽く首を横に振るとオフィスを後にする。


「諦めるのか?!セシリアさんが!」


リツが詰め寄る。


「他の手を探す。」



辿り着いたのは、情報管理部だ。


「ジャック。セシリアさんはいないんだから、ここに来ても…。」


戸惑うリツを横目にジャックは躊躇なく扉を開く。

意外にも一時閉鎖状態の情報管理部には数名の人物がいた。

扉の奥を隠すように一人が立ち上がった。


「今は、対応は―」

「レディーセシリアの冤罪を晴らしたい。」


女性は、こちらの真意を伺うように疑いの目でこちらを見ているのが分かる。

慌ててリツも付け加えた。


「リリスさんに頼まれて来ました。」

「長官に……。」


女性は、クレアと名乗った。

彼女たちは、独自での調査を進めていた。


よく見れば、 モニターにはいくつもの書類が表示され、そこには「機密資金流用の疑い」という文字が踊っている。


「今、監査部のデータをハッキングしている所です。隠し口座と出所も分からない資金流出の形跡が証拠として見つかっているようです。」


クレアの表情が悔しそうに歪む。


「これじゃ、完全に真っ黒じゃないですか!」


リツも言い逃れのできないような証拠の数々に頭を抱えるしかない。

情報管理部の統括として彼女は口座を複数持てる立場にあった。

その上、明らかに不正と思われる取引の数々。これでは、言い逃れが出来ない。


「ここまで、証拠が揃っていると逆に冤罪の可能性が高いな。」

「え?」


リツが問いかけると、ジャックは鋭い視線で答えた。


「そうだろう。レディーセシリアだぞ。彼女ほどの記憶力があればこんな履歴が残るようなやり方をわざわざせずとも自身の脳内で管理した方がよっぽど安全だろ。」

「つまり…場合によっては、この証拠も捏造ってことか!」

「可能性はある。だが、捏造の確証がない以上、事を起こした真犯人を押さえる必要があるな。」


クレアも少し落ち着いた様子で同意するように頷く。


「私も同意見です。そのために今回の横領のお金の流れを追って、最終的に"ゴルゴン・トレード"という国内最大規模の闇市場のブローカーに流れている所までは突き止めました。」

「すごい!よくこんな短時間で調べられましたね。」


想像以上の収穫だ。

今までセシリア経由でしか関わったことのなかった情報管理部の面々の実力に舌を巻く。彼女たちの本気が伝わってきて感動しているとクレアは少し照れたような表情になる。


「ここにいるメンバーは、前任の長官に左遷されたり窓際に追いやれていた所を中尉に拾ってもらった人間ばっかりなんです。」

「だから、絶対に中尉を助けたいんです。」


クレストの任務を経て何となく理解したつもりだったが、セシリアは想像以上に姉御はだな人物らしい。

他のメンバーも一心不乱に調査している所を見ると暗部というより皆セシリアに対する高い忠誠心があるようだ。


「でも、"ゴルゴン・トレード"に関する情報は集めているのですが、彼らのような裏社会の人間がどうやって中尉を捕まえることが出来たのかが分からないんです。」


クレアは悔しそうに呟く。


「確かに、ただの闇市場のブローカーが軍を動かすことが出来るとは思えないですね。」


ジャックは、少し考える素振りをする。


「軍を動かせる人物との裏のルートが存在すると考えた方がいいな。そちらは引き取ろう。」

「いいんですか?であれば、私たちは捏造の証拠を見つけられないか、現在の証拠の解析を勧めます。」


方針は決まった。


「裏ルートの心当たりあるのか?」

「記録に残さないやり取りを行うらな人づてだからな。専門家に聞く。」

「だな。」


次に向かうべき場所は決まっていた。



§



「何の用だ?」


そう言って出迎えてくれたのは岳だ。

刑部が拷問で得た情報は、秘匿性の高いモノもしくは不確定要素の多いモノばかりだ。その性質上、基本的に彼らが得た情報は他の部署には渡さず、リリスの直轄部隊として必要に応じて関係者にのみ情報連携を行う。


つまり、情報管理部にない情報も、刑部であればある可能性があった。


ジャックは単刀直入に切り出す。


「何でもいい。"ゴルゴン・トレード"と軍もしくは強硬派に関する情報が欲しい。」

「セシリアさんを助けたいんです!」


リツとジャックが事情を説明すると、ヂャオと岳は驚いた表情をしながらも教えてくれた。


「死線同盟を支援している奴等にそのような名前がありましたね。」

「そう言えばそうじゃな!全く、莉莉丝リリスめ!こんなことで足を掬われよって。」


ヂャオは手厳しいことを言っているが、有力情報にジャックとリツは顔を見合わせる。岳の言葉は、"ゴルゴン・トレード"と強硬派が何らかの形で繋がっている可能性を示唆していた。

ジャックの表情に美しい微笑みが浮かぶ。


「ゴルゴン・トレードの主要拠点が、ヴュニスにもあるはずだ。そこで証拠を掴めば、レディーセシリアを解放する材料になる。」


リツは拳を握る。


「今夜だな。」

「ああ。」



§



ゴルゴン・トレードの拠点は、闇取引が横行する地域にあった。 昼間は表向きの商業エリアが広がるが、夜になると違法オークションや密輸品の取引が行われる。


リツとジャックはそれぞれ変装し、施設内で行われる闇オークション会場にたどり着いた。ここでは、違法兵器、麻薬、さらには身元不明の軍機密データまでもが売買されている。


「あそこだな。」


オークションの開始直前、 ジャックが視線を向けた先には、ゴルゴン・トレードの幹部らしき男が、数名の護衛を引き連れて奥の部屋へと入っていく。

護衛の一人にすれ違いざまに通信機を取り付ける。


「裏に回ろう。」


二人は通気口から中の会話を盗み聞いていた。

室内からボソボソと二人の男の声が漏れてくる。


彼らは密輸取引の契約について話していたが、次の瞬間、衝撃的な言葉が飛び出した。


「……セシリア中尉を使った計画は完璧だった。あとは、我々の方で軍法会議で捌けば終わるだろう。協力に感謝する。」

「いえいえ、口座をすり替えてるなんて、簡単な仕事ですから。」


せせら笑う声が聞こえる。相手は、軍関係者であることを確信する。


(やっぱり、セシリアさんは罠にはめられたんだ……!)


ジャックは冷静に観察を続ける。


「うちの暗部は、統合派に組している可能性が高い。戦争は金になる。それに我々の権利を侵そうとするものなど、消せばよい。邪魔者は排除するだけだ。」

「まあ、我々はブローカーですから何でも用意させていただきますよ。」

「ははは、次回からは遺体を扱ってもらうことも考えよう。」


男たちの下品な笑い声が聞こえる。

録音した会話でセシリアの無実は証明できても、主犯には迫ることは出来ない。


「証拠は、残していないんだな。」

「ええ、もちろんです。」


男たちの会話にリツは眉を顰める。


(…本当か?これだけの組織が自分たちの最後の命綱を無為に捨てるわけがない。)


その後は特質すべき会話もなく会話が終わる。

動き出した軍関係者を追うため、ジャックが建物の表へと回る。

リツはあえて通信機を外さない。


後を追って顔を確認すると現れた軍関係者は、ルードヴィヒ小将だった。

強硬派として暗部のリストに上がっている人物だ。


敵の姿を捉えたジャックは暗部へと取り急ぎ戻ろうとするが、リツの耳は通信機からの音声をまだ拾っていた。


「馬鹿め。自分でわざわざ来て正体を晒すなんてな。こんないい揺すりのネタを残しておくに決まってるだろう。」


笑いが起こる。


「ジャック。証拠はある。」


リツが確信を深める。ジャックと建物の警備ルートを確認する。

事前の調査によれば、ほとんどの警備が会場となっている空間の傍に固まっているが一部は、地下にも配備されているようだ。


「地下だな。時間がない、今のうちに突入するぞ。」


リツとジャックは静かに地下へと忍び込んだ。

警備が厳重だったが、リツの消音スタンガンで手際よく見張りを仕留めていく。


「急げ。」


独立したデータサーバーに念のためクレアから貰っていたウイルスソフトの入ったチップを差し込む。この世界でここまで大規模なものを準備するのは相当にお金がかかったはずだ。


「相当闇が深いな。」


そう言いながら、二人は夜の闇へと消えて行った。



§



三日後、査問会が開かれた。

悪趣味なことにルードヴィヒ小将の姿もそこにはあった。

セシリアは頑なに囚人服に腕に手錠をかけられた状態で現れる。


「弁明はあるか?」


査問官が冷たく言い放つ。 セシリアは静かに座ったまま、口を開かなかった。

その瞬間、ジャックとリツが会場に乗り込む。


「弁明なら、これを見てからにしてもらおうか。」


そこには、情報管理部の面々が必死で見つけた冤罪の証拠であるサイン偽造の証拠と口座の流れをまとめたものを整理していた。加えて、彼らが徹夜で調査したデータには、ルードヴィヒ小将の疑惑の証拠がそのまま残っていた。


査問官たちは顔を見合わせる。しばらくの沈黙の後、議長が口を開く。


「セシリア中尉への疑惑は取り下げる。身柄は即刻釈放とする。ルードヴィヒ小将については、監査部での調査対象とし、身柄を拘束する。」

「な!私は何もしていない!」


傍聴席から強制退去のうえ、拘束される事態に辺りが騒然となる。


リツはほっと息をつき、ジャックは静かに腕を組んでいた。

一方、セシリアは拘束を解かれると、ため息混じりに言った。


「遅いわよ。」



査問会の直後、リリスが三人の元へとやってきた。


「無事終わったようね。」

「リリスさん…!」

「お礼を言えばいいのかしら?」


セシリアは、皮肉っぽく言い放つ。


「あら?外へはいつでも出れたでしょ?」

「冗談はよして、あなたはじゃないんだから。」


セシリアは肩をすくめる。


「クレアさんたちにもお礼言ってくださいよ!」

「分かってるわよ。」


セシリアは、ふらりと何時もの足取りで暗部へと帰って行った。

リリスと共にセシリアを見送ると彼女は静かに告げた。


「次の任務よ。いい加減に強硬派を吊るし上げましょう。」


リリスの声は、これまで感じたことのない怒りに満ちていた。


「今回の件といい、おいたが過ぎているみたいだから、私たちの理想に邪魔なものは全て排除させてもらう。」

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