第12話 名乗り合う


 塩分を摂ると体がホカホカして汗が大量に出た。

 さっきまで怠かったのに急に体調が良くなったぞ。


 犬娘は何やら料理を作るようで作業を始めている。

 その間暇だからカピウサを捕りに行くことにした。


 罠を仕掛けると今日は珍しく10分もしない内に群れがきて簡単に捕まえることができた。


 俺はカピウサの耳を掴んで家に戻る。

 すると少女が滅茶苦茶驚く。


「イゴス!ノタエカツマイ?ルレイニリウョリ?」


 何言ってるか全然かわりません……!

 取り敢えず頷いたら、彼女はカピウサの両前足を掴んで俺から奪い取る。

 流し場にカピウサを倒してバタバタ暴れるカピウサの首にナイフを刺した。


 血が抜けて動かなくなると皮を剥ぎ始める。


 やっぱり両手があると速い。

 俺は右足の指で皮を摘まんで引っ張りながら左手のナイフで皮を剥ぐ。慣れたとはいえ全部剥ぐのに一時間以上掛かる。

 なのに彼女は持参した出刃包丁で手際良く皮を剥いで、そろそろ半分終わりそうだ。力強く無駄のない動き。普段から動物を捌いているのだろう。



 出来上がった料理は二人分。

 皿に盛られてスプーンも付いている。


「ヨベタ」


 ダイニングテーブルの椅子はベンチのように横に長い。

 彼女は隣に座って俺の目の前に置かれた料理を見つめる。


 食べろってことだよな。

 白いドロッとしたスープ。見た目はクリームシチューだ。肉、野菜、芋が入っている。


「いただきます」


 スプーンで掬って一口。


「……美味い」


 シチューだ。ミルクに塩とほうれん草のような香草が効いていてマジで美味いぞ。玉ねぎやナス、トマトみたいな野菜も入っている。飽き飽きしていたカピウサの肉もこうやって食べると凄く美味い!

 この犬娘……、天才か!?


 俺は勢いよくガツガツ食べた。


「美味い!美味い!美味い!優勝!」


 そんな俺を見詰める少女は緊張した表情を崩し、自分も料理に口を付けた。



 全部食べ終わった。美味かった!マジで美味かったぞ。

 こっちの世界に来てそろそろ一ヶ月経つけど、初めてまともな料理を食べたよ。


 彼女は汚れた皿を流し場で洗い終わると俺の元へ来た。で、何故か俺の左手を握る。


 なになに?どうしたんだ?パンツ寄越せってことか?


 すると俺の手を引いて家の外へ連れ出そうとする。

 外に蛇の刺青が入った恐い賊がたくさんいる?いやいや、この家に人が近付けば音で気付くから、それはない……。


 外に出ると夕日が眩しい。


 彼女は棒で地面に絵を描きはじめた。


 地面と思われる直線の上に……たぶんカピウサが10頭。そしてカピウサの上に太陽。


 ふむ。太陽の下に10頭のカピウサがいる絵か。簡易的だがよく描けている。


 すると太陽が昇る方角から沈む方角へ半円を書いて、これまで描いた絵を囲った。

 そして、その絵の横に皿に盛られたシチューの絵を描いた。


「ナカルカワ?」


 犬娘は俺の目を見てもう一度、同じ半円を書く。

 俺も彼女の目を見る。宝石のような大きな青い瞳が真剣に何かを訴えている。


 何を言いたいんだ?さっぱりわからない。


 うーん……。あっ!ああ、そうか……。

 以前、この子に毎日カピウサを届けた経緯を考慮すると一日に10頭、カピウサをくれってことだよな。

 そうすれば今日のような料理を提供してくれる……?


 食事を作らなくて良いなら一日中狩りができる。それでも10頭捕まえるのは難しい。まぁ7、8頭ならいけると思うが……。


 しかし、このディールは絶対に受けたい。何故なら、魂の吸収や塩の調達など、滅茶苦茶メリットがあるからだ。


 俺は犬娘にカピウサ捕獲用の罠を見せた。

 約1.2メートル四方の木箱。ロープを結んだ木の棒を立てて、その棒に箱の角を引っ掻けて箱を浮かせる。


 箱の下にカピウサの毛皮を放り込んで、ロープを引っ張ると木の棒が外れて、箱が地面に落ちる。中にカピウサの毛皮を閉じ込める。


 彼女は俺の動作を興味津々に見ている。


 次に地面に絵を描く。

 利き手ではない左で不器用ながらもなんとか絵を描いた。


 描いた絵は二つ。

 小さな箱の下に居る1頭のカピウサ。それと、大きな箱の下に居る5頭のカピウサ。


 カピウサは群れで行動している。大きな群れになると20頭くらいはいる。


 つまり、もっと大きな箱があれば一日に10頭捕まえられると言いたいのだけど、わかるかな?


 犬娘の顔を見ると彼女はコクコクと頷いた。


 どうやら理解してくれたようだ……??



 太陽が沈み空には星が輝く。


 暗くなったから俺は犬娘を森の出口まで送ることにした。

 彼女は持ってきた物を籠以外、俺の家に全て置ていった。塩もあるし鍋のシチューも結構残っていて明日の朝食にできる。


 俺の後ろを一生懸命付いてくる少女。

 お互い言葉を理解できないから話すことはない。そう思っていたのに彼女は俺の背中を叩く。


 俺は足を止めて振り返った。

 犬娘はよく育った胸に手を当てて。


「ハシタワ……、ウルファニア……ウルファニア……ウルファニア」


 ウルファニア?何それ?

 ……あっ!


「ウルファニア!」


 そう言うと彼女は真剣な顔でウンウンと頷く。


「ウルファ、ハナンミ……ウルファ、ウルファ」


 ウルファって呼べってことかな?

 次に彼女は俺の胸に手を差し出す。


 俺は自分の胸に手を当てて。


「ウルファ……、サトル」


「サト……ルゥー?」


「サ ト ル」


「サトル……サトル!」


「ああ、そうだ……ウルファ」


「サトル!」


 俺達は名前を呼び合うと何故か笑った。


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