第1話 襲撃



【月陽界】


ルミナス歴 30000年。


月の神が創りし異空間、月陽界(げつようかい)。


静寂に包まれた湖のほとりで、サク・ギガンディールとエリオ・ギガンディールが笑い声を響かせていた。


水を掛け合い、穏やかな時間が流れていた——しかし。


ゴゴゴゴゴ……ッ!!


突然、空が唸りを上げる。


頭上に禍々しい裂け目が開き、黒い靄が溢れ出した。歪んだ空間が悲鳴を上げるように軋み、冷たい風が吹き荒れる。


「エリオ、帰ろう!」


「う、うん! サク、急いで!」


二人は湖を飛び出し、家へ向かって駆け出す。


胸の奥に広がる正体不明の不安。それはすぐに現実となる。


パァァァン!!


突然、空が眩い閃光に包まれ、耳をつんざく爆発音が轟いた。


衝撃波が大地を揺らし、二人は思わず足を止める。


「い、今の何……?」エリオが怯えた声で呟く。


「わかんない……でも、ただ事じゃない!」サクは唇を噛み締める。


その瞬間——。


ザザッ……。


薄い光が瞬き、二人の前に銀色の翼を持つ使い魔が現れた。


その瞳は冷静でありながら、どこか悲しげな色を帯びている。


「ヒイナ様からの伝言です。」


母の名に二人は驚き、戸惑いの表情を浮かべた。


使い魔は静かに続ける。


「サク、エリオ……ここから逃げて——」


言葉の途中、使い魔の姿は風に溶けるように消えた。


二人はその場に立ち尽くし、胸に広がる不安を拭いきれない。


——その瞬間から、二人の運命は大きく動き始める。


* * *


アランとヒイナの家


——ドォン!!


突如、家の扉が吹き飛び、漆黒の闇がなだれ込む。


アランとヒイナは即座に身構えた。


「……来たか。」


空気が張り詰める。


そこに立っていたのは五つの影。


一歩前に出たのは、白い仮面をつけた女。


背には巨大なクレイモアを背負い、四枚の羽を広げている。


天使のような姿でありながら、その眼差しには冷酷な光が宿っていた。


「……奸臣ニルハイナ。」


彼女は何も言わず、静かに頷く。


次に現れたのは、全身に木々と花を宿した性別不詳の存在。


右手には杖を、左手には心臓の形をした木の実を握りしめている。


「我の名は陀森ヒテンコウライ。野望を叶えるため……お前たちには死んでもらう。」


三人目は、オレンジとピンクのドレスを纏った少女。


手には短剣を持ち、無邪気な笑みを浮かべている。


「私の名前は慈悲楽カッカマです。よろしくお願いします♡」


その無垢な声には、底知れぬ狂気が滲んでいた。


そして、四人目。槍を常に空へ向け、下半身を霧で覆った存在。


「照天震ハーラーだ。」


その声と共に、空に雷鳴が轟き、稲妻が周囲を照らす。


最後の一人は、静かにアランへと歩み寄る。


「……逆審ドゥルガ。」


名を呼ぶと同時に——。


——轟音と共に戦いの幕が上がった。


* * *


エリオとサクは、月陽界の中心に立っていた。


そこは静寂に包まれ、ただ淡い光が二人を照らしている。


「こちらへお入りください。」


母ヒイナの使い魔であるアークは、感情のない声音でそう告げた。


その言葉に、サクは震える弟エリオをしっかりと抱きしめながら、静かに歩を進める。


「……これでいいんだよね、母ちゃん……」


声がかすかに震えた。


彼らの前に開かれた扉の向こうには、未知なる世界が広がっている。


それでも進まなければならなかった。


* * *


逆審ドゥルガの手には、血に濡れた剣が握られていた。


冷たい刃先から、ぽたり、ぽたりと血が滴り落ちる。


アランとロシャは英雄のような強さで圧倒し、奥義『天月葬破』を放ったが——


それでも、逆審の力には及ばなかった。


「……きっと、あの子たちが……」


ヒイナはか細い声で呟いた。


彼女の目は光を失いかけ、やがてその輝きが薄れていく。


カッカマは、不満げに唇を尖らせながらニルハイナを見た。


「ねぇねぇ、二人の気配が消えたけど……追わなくていいの?」


ニルハイナは何も言わず、静かに頷く。


それだけでカッカマは察し、ふっと口元を歪めた。


「ふーん。やっぱり、お姉さまは優しいんだねぇ。」


カッカマが無邪気に湖へと駆け寄るのを横目に、ニルハイナはふっと細く息を吐いた。


(……あの子たちが“選ばれし者”なのかどうか、確かめるまでは——)


そして、アラン・ギガンディールは最後の言葉を紡ぐことなく、静かに息を引き取った。


逆審ドゥルガは剣を握り直し、ふっと小さく笑う。

 

 かつて、ドゥルガは正義を信じ、世界の秩序を守るために戦った。だが、ある日、不正な審判によって無実の罪を着せられ、無惨にも処刑された。


彼の叫びも、誓いも、誰にも届くことはなかった。


 死の淵で憎悪に染まりながら、彼は闇へと沈んでいく——そのとき、手を差し伸べたのがウラヌガイだった。


 「お前はまだ終わるべきではない。憎しみを糧に、新たな力を手にせよ。」


 その言葉とともに、ドゥルガは死の淵から蘇る。だが、それはもはや過去の彼ではなかった。

かつて信じた正義は、脆くも崩れ去った。


 彼の目的は変わる——世界そのものへの復讐。


「この世界に正義などないなら……俺が新たな審判を下す。」


そして今、彼は剣を握り、闇の力を携えて再び歩み出す。


彼が目指すのは、ただ一つ。かつて自分を裁いた世界そのものの破滅。




運命の歯車が、音もなく回り始めていた。

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