12. いつまでも一緒なんだからね
だがシエルにはそんな
「俺たち、じゃないわよ」
部下たちの前でシエルは高らかに言った。
「あなたと一緒にいたいのよ、ギャレス」
たちまち
「モテモテですなぁ、隊長」
「うるせぇ」
俺は剣を手入れしながら首を振る。左手はまだ
「今日は新しい構えを教えてくれる日だったよね。手、大丈夫?」
「ああ、問題ない。やるのはお前だからな、シエル」
俺はそう言ってから、シエルのガルンシュバーグを受け取り、代わりに練習用の鉄剣を手渡した。
「天陽の構えとそこからの技はあとは実戦経験を積むのみだからな。今日は約束通り、新しい構えを教えてやる」
「はい先生!」
「先生はやめろ」
「はーい」
シエルはそう言うと、俺の真似をして刃を倒す。右肩を引き、左肩を正面に。刃は敵に隠すように背中側にひっぱりこむ。シエルは目が良い。俺の構えをほとんど完璧に写し取っている。
「それが
「一騎打ちならコレってこと?」
「そう。他にも
「わかった」
シエルは素直に頷く。一歩一歩基本に忠実に進もうとする性格は、実に騎士に向いていると思う。
それから二時間以上、シエルは汗だくになりながら訓練を受けた。王族が汗まみれ泥まみれというのはどうかと思ったが、こんなことは国王も公認である。俺たちも遠慮することなくシエルに稽古をつけた。
シエルは剣を片手でくるくると回してみせた。彼女がよくやる癖だ。
「ねぇ、ギャレス。思ったんだけど、天陽の構えからの
「ああ。体力的にお前には使いにくいがな」
「うん、それはいいの。だけど、技の流れを考えると、そこから
「おま……」
俺は驚いた。誰にも教わってないのに、そんなことに気が付くとは。
「お前の言う通りだ。この三つの技は繋がる。もっとも、そこまで耐えられる敵がいるとはちょっと思えないがな」
「まぁ、そっか。
「そういうことだ」
対人だってそうだろう。鋼鉄の鎧を着ていたところで、最初の
「でもだったらね、ギャレス。どうしてこんな剣技が存在するんだろう?」
「う……?」
それは考えたことがなかった。
「剣聖にも
「ああ、じいちゃんも年だからな」
「あなたは知らないの?」
「考えたこともなかった」
俺は素直にそう答えた。シエルは「ふぅむ」と腕を組む。細かっただけの腕は今や十分に引き締まっていた。華奢ではあるが、それでも戦士の腕だ。
「案外、強大な敵ってやつがいるのかもね。封印された魔導師が連れて歩いているとか」
「封印された魔導師?」
「お父様やお祖父様が倒した魔導師たちの話。知らないの?」
「記憶にはないな」
「そっか」
シエルは息を吐いて鉄剣を俺に返してきた。俺は代わりにガルンシュバーグを手渡した。シエルは頭頂部でまとめていた髪を
「実は私も詳しくは教えてもらってないの。吸血の魔女、食屍の魔人、あとなんだっけ」
「そんなにいるのか」
「うん。剣聖ならそういう奴ら全部に絡んでいそうだけど」
「……その中で編み出されたのが、俺の剣技だという可能性もあるのか」
それなら納得といえば納得だ。だけどじいちゃん、そういうことなら教えておいてくれればいいのに。王国の危機管理はどうなっているんだ。
「悪いやつが利用しないようにってことかもしれないね」
「利用?」
「封印を解いて悪事に使おうって
「なるほどなぁ」
この娘の聡明さに俺は関心するばかりだ。
「そろそろ行くわ」
「おう」
「ギャレス、絶対にいなくならないで」
「クビにならない限りは、な」
「絶対にさせないわよ。あなたと私はおじいさんとおばあさんになるまで一緒なの」
「……俺のほうが寿命が長いんだが」
俺は耳の後ろを掻く。
「好都合じゃない?」
「なにが?」
「あなたが一生私のそばにいられるってことじゃない」
「戦士としては衰えるが?」
「そういう話をしているわけじゃないわよ!」
……何故か怒られた。
「ま、そういうところも嫌いじゃないのよ、ギャレス」
「そりゃどうも」
俺はよくわからない空気の中、頭を掻く。部下の面々の表情に、無性にムカついた。
「いつでも、いつまでも一緒なんだからね。それじゃ、また明日!」
シエルはそう言って去っていった。
――そんなことがあったことをふと思い出した。
――おじいさんとおばあさんになるまで一緒なの。
シエルの声が脳裏に響く。
たったの十八年で生涯を終わらせられてしまったシエルの無念さは、いかばかりだっただろう。
――だからこそ、シエルの遺言は履行されなければならない。
「ギャレス?」
ファイランの声が聞こえて俺は顔を上げる。深い空の色の瞳が、俺を見ていた。シエルと同じその瞳に、俺は言葉を見失う。
「どうしたの、ぼうっとして」
「なんでもない」
俺は剣の血糊を払って鞘に収めた。度重なる戦闘のおかげですでに刃は潰れてしまっていたが、長年の相棒だ。なんだかんだでしっくり来る。どこかでしっかり手入れをしてやりたい。
「ギャレス」
「なんだ」
ファイランの方を見ると、ファイランはガルンシュバーグを片手で軽々と掲げていた。
「力が満ちてくる感じがする」
見れば刃が薄く輝いている。
「どういうことだ……」
「言ったでしょう、女王の遺志だって」
ハイエラールが目を細めて言った。
「そんなことが起こるのか」
「あなたが王国の復活を信じている限りは、ね」
ファイランを巻き込んでしまったことに対する良心の
「ファイ――」
「いいの」
ファイランはガルンシュバーグを収め、俺を見て目を細めた。笑っているのだろうか。
「私はあの時、街と共に死んだの。女王陛下の遺志を告げというなら、そうする」
「シエルは……」
死んだ。だが、それをここで公に認めるわけにはいかなかった。ハイエラールが俺の肩を叩く。ミシェは俺の二の腕を叩いた。ミシェは言う。
「少なくとも、女王の
「恨み?」
「
ミシェはそう言うと警戒体勢を取りながら要塞の正面入口に取り付いた。
「ファイラン、行くぞ」
「はい」
ファイランの返事に、迷いはなかった。
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