11. 進撃、グラーティ要塞

 これは、鬼人ゴブリンの巣じゃないか。


 倒しても倒しても湧き出てくる鬼人ゴブリン。あれから色々あって結局一週間以上を費やしてようやく辿り着いた俺たちを待っていたのが具合が悪くなるほどの数の鬼人ゴブリンたちだった。要塞を巣にしている。


 幸い、城壁の扉は破壊されていたから、侵入するのは簡単だった。


 暗雲の下、ぬめるような湿度と熱気に覆われた要塞は、腐敗臭に満ちていた。


「兵士たちは皆殺しか」


 転がっている武具の残骸から、俺は推測する。その亡骸はきっと鬼人ゴブリンたちの腹の中だ。


「この鬼人ゴブリンの数……増えたにしてはあまりにも多すぎます。十年規模で放置されていなければ、こうはならない」


 ハイエラールが魔法で矢を弾き返しながらうなる。


「ファイラン、俺から離れるな」

「は、はい!」


 天陽の構え――ファイランは教え込まれたそれを忠実に守っていた。


 シエルの初陣を思い出す。


「ハイエラール、左の一隊を潰す。矢返しを。ミシェ、援護!」

「はいはい」

「りょーかい」


 俺はファイランに頷きかける。ファイランは不安そうに視線を彷徨さまよわせている。


「奴らの武器には毒がある。かすり傷も危険だ」

「毒……」

「行くぞ」


 俺はファイランの前を進む。飛びかかってくる鬼人ゴブリンは一刀のもとに切り捨てる。大した敵ではない。


「ギャレス、槍!」


 ミシェの警告に見上げてみれば、要塞の城壁の上に一列に並んだ四体の槍鬼人ゴブリンが一斉に槍を投擲しようとしていた。ミシェが一瞬で三体を射殺したが、残り一体が投じた槍がファイランに向かって飛来してくる。


「ファイラン、けろ!」


 間に合わない!?


 ハイエラールの防御魔法も槍ほどの質量には通じない。


「はぁっ!」


 ファイランの気合の声と共に、甲高い金属音が響いた。振り返った俺の前に槍が落ちる。


「ファイラン!」


 ファイランは無傷だった。青白い顔で、手にしたガルンシュバーグを見つめている。


「み、見えた……」


 その時、俺の耳が低い唸りを感知した。大質量の物が飛んでくる。


「ファイラン、斧だ! 後ろ!」

「っ!」


 俺の警告は間に合わない。ファイランが体勢を整え直す前に、それがファイランに届いてしまう。両刃の戦斧、それが狙いあやまたずファイランの背中に迫っている。俺が動いても間に合わない。ハイエラールも無理だ。ミシェでは撃墜できまい。


 ファイランが身体を捻る。ガルンシュバーグが輝く。


 飛来する戦斧を前に、ファイランは天陽の構えをとった。


「バカ、間に合わない!」


 そんな余裕があるなら、けたほうが……!


「はああああっ!」


 ファイランの気合の声が響く。


 袈裟懸けに打ち下ろされたガルンシュバーグが、戦斧の芯をとらえていた。


 二つの武器が、激しい火花を散らす。


「ファイラン!」


 戦斧の軌道は不自然だ。受け止めたファイランを押し切ろうとしている。俺はすかさず駆け寄って、その戦斧を横から一撃した。


 戦斧はくるくると逆回転すると、の手に戻った。


 俺よりも巨大な鬼人ゴブリンがそこにいた。明らかに普通の鬼人ゴブリンとは一線を画す巨大さだ。手には盾と戦斧があった。どちらも兵士から奪ったものだろう。その円盾にはジグランス兵の紋章があった。


「ファイラン、下がっていろ」

「は、はい」


 ハイエラールとミシェも要塞前広場に集結する。逆に言えば、四方八方を鬼人ゴブリンに囲まれているということだ。


「ハイエラール、策はないか」

「あのでかいのを殺せばどうにかなるんじゃないですかね」

「魔法でどうにかなるか?」

「今は温存しておきたいところです」


 そう言っている間にも、ハイエラールは無数の矢を無効化していた。ミシェが悲鳴を上げる。


「こっちも槍の連中対策でいっぱいいっぱい」

「わかった」


 俺がやるしかない。


「ファイランを頼む」


 俺は剣を構え直す。


 黎明剣式れいめいけんしき閃爛舞ソルシェール


 天陽の構えから続く斬撃法。連続斬撃のうちにすき見出みいだす。


 相手の手が読めない時に有効な攻撃だ。


 その代わり体力の消費が激しい。


 角狼人ヴァルガルでもなければ、この後に技を続けるのは難しい――じいちゃんはそう言っていた。元来集団戦でこそ威力を発揮する技なんだとか。だが、俺は単独でこの技を連携させることができる。角狼人ヴァルガルの体力があればこそだ。


 俺の打ち込みに、巨大な鬼人ゴブリンは冷静に応じてきた。防戦一方に押し込んではいるが、肝心のすきが見つからない。このままでは反撃で押し切られる。


 歴戦の勇士か何かなのだろうか、この鬼人ゴブリンは。こんな個体は見たことがない。閃爛舞ソルシェールを中断し、意図的にを作る。そこに鬼人ゴブリンが戦斧を振りかぶる。


 速い!?


 想定していたよりも遥かに速い速度で斧が落ちてくる。剣の振り戻しが間に合わない。


 が、その一撃はミシェの放った光の矢に阻止された。それは鬼人ゴブリンの右目をえぐるように突き刺さった。そこに斬り込んできたのがファイランだった。


「馬鹿っ、何をしている!」


 基本に忠実すぎる打ち込みは、しかし鬼人ゴブリンのバランスを崩させるのには十分だった。


 俺はすぐに別の構え――牙潜がせんの構えに移行する。閃爛舞ソルシェールからの連続攻撃の準備のためだ。刃を水平に倒し、間合いを隠す。鬼人ゴブリンと目が合う。鬼人ゴブリンはファイランを左腕で突き飛ばし、そのまま俺に向かって突進してくる。


 片目が潰れている上に、こちらは牙潜がせんの構え。こいつの攻撃は当たらない。


 俺は呼吸を整える。


 黎明剣式・幽噬閃レガリス――じいちゃんから教わった奥義の一つ。実戦では初めて使う。


 振り下ろされてきた戦斧をかわし、身を捻ってその柄を一撃する。その威力を身体に戻し、反対方向に身をひねって今度はその右手首を一撃する。重量のある長剣が、その骨を打ち砕く。


『ガァァァァ――ッ』


 幽噬閃レガリスはまだ終わらない。回転運動を駆使して相手の背後に周り、背中を一撃、返す刀で脇を裂く。鬼人ゴブリン憤怒ふんぬの形相で振り返る。左手一本で戦斧を振り上げたその姿には、もはやすきしかない。


 黎明剣式・噬葬絶牙グラヴェザルガ――。


 衝撃波が鬼人ゴブリンを中心にして広がる。


『……ガ?』


 間抜けな声の後、巨大な鬼人ゴブリンの背中側に鮮血が散った。


 その時には俺の長剣は鞘に戻っていた。


『ガブァ……ッ!?』


 鬼人ゴブリンの背中側の肉が弾けた。肉片と内臓が飛び散り、見るも無惨な姿となって巨大な鬼人ゴブリンは絶命した。


 それとともに普通の鬼人ゴブリンたちは悲鳴を上げて逃げ散っていった。


「とんでもない奴がいたもんだ」

鬼人ゴブリンねぇ」


 ハイエラールが胡散臭い声を発する。


「こいつ、悪魔の力を得てましたね」

「……早く言え」

「死んだ時に悪魔が逃げたのが見えたので」


 飄々ひょうひょうとした様子でハイエラールは言った。俺は肩をすくめる。


「そんなことより、ファイラン」

「は、はい」

「なんであんな危ない真似をした」

「それは……」


 おびえたように俺を見るファイラン。ガルンシュバーグは抜かれたままだ。


「いや、それはいい。それより、どうやって斧を防いだ。あんなの教えてないぞ」

「それは、その」


 あの時の動きは、ファイランというよりはシエルだった。そこらの騎士では受けた剣ごと叩き割られていたであろう一撃を、ファイランは確かに防いだ。信じがたい光景だった。


「動きがわかったというか、聞こえたというか……」

「聞こえた?」

「剣に従ったっていうか……」


 ガルンシュバーグに……?


「その剣は聖剣。何があろうと不思議はないでしょうけれど」


 ハイエラールが抜き身のガルンシュバーグをしげしげと眺めて呟く。


「案外、シエルグリタ女王の遺志が宿っているのかもしれませんね」


 ――いつまでも一緒なんだからね。


 シエルの声が聞こえた気がした。

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