8話 アマリモノ
クロフト教授の顔に浮かんでいたのは、苛立ちと困惑だった。
「あ、いたいた。このオジサンに何されたの?」
当のアンは、ワナワナと震える教授を気にも留めない様子でずかずかと研究室に入ってきた。
僕は教授の調査が中断されたことに安堵しつつも、やはり驚きを隠せないでいた。
「アン・ルサス貴様……また私の研究室の扉を破壊したな?」
教授の声は低く、怒りを必死に抑えているのが分かる。
ところで、ドア破壊常習犯なの?この人。
「えー?ちょっと老朽化してたんじゃない?それより、アラート鳴ったんだけど、レイに何かした?」
そう言って、懐から手のひらサイズの青い八面体を取り出す。八面体の中では赤い光が点滅しており、微かに震えているようにも見える。
「老朽化なワケあるか!?つい先月貴様に破壊されて直したばかりだ!もう忘れたか?」
教授の追撃を「おぼえてなーい」と躱しながらも、僕の前に立って教授に向き直る。
「一体何を調べようとしたのかは知らないけど、レイをあんまり痛めつけないでよね、私の最高傑作なんだから」
「ハッ、偶然の産物が最高傑作とは【天才】アン・ルサスも堕ちたものだな」
「なっ!!確かに完成したのは偶然だけど、レイに搭載した術式は紛れもなく私の技術の粋を集めたものなんですけど!同じことが教授にできますか~?」
「ぐぅッ!言わせておけばいい気になりおってっ!確かに古代に失われた術式をこういった形で再現したのには驚かされたが──
言い争う二人の横で僕はと言うと、「やめて!私のために争わないで!」と割り込むこともできず、呆然と立ち尽くしていた。
……完全に置いてけぼりだなぁ。
どんどん専門的な錬金術の内容になっていく二人の会話に全く付いていくことができず、歯痒さに似た感情を覚える。
彼らにとって、どこまで行っても僕は「自我を持っただけの実験体」なんだろうか。
そんなセンチな考えが脳内に浮かぶが、考えるだけ無駄だと頭を振って雑念を追い出す。
「……あの、教室戻りますね」
控えめに声を掛けるが、やはり二人は気付かない。
口論を交わしながら熱心に本に何かを書き込むクロフト教授と、ペラペラと熱弁を振るうアンを尻目に、僕はひっそりと教授の研究室を後にした。
◇◆
教室に戻ると、ちょうど次の授業が始まるところだった。
教壇に立って話し始めようとするグラハム先生にお辞儀をすると、グラハム先生は軽く微笑んで口を開く。
「事情は聞いたよ。ちょうど資料を配るところだ。席に着きなさい」
安心感すら覚えるバリトンの声に促されるまま、自分の席へと向かった。
どうやら、授業を抜けたことに関しては誰かが事情を説明してくれていたらしい。恐らくフィリアさんだろう。
他のクラスメイトも軽く僕の方を見やったが、すぐに手元か先生の方に視線を移す。……クラスの隅から向けられる敵意に満ちた視線を除いて、だが。
ゼオン君と、その取り巻きたちだ。
まぁ、留学初日から生徒会長に呼び出し食らう生徒が居たら「気にするな」って方が
「さてと。みんな揃ったことだし、来月の【
グラハム先生がそう言いながら、教卓の資料をクラス全員の手元に飛ばす。
教室がザワついたのはマイクサイとやらに、なのか先生の魔法に、なのか、僕には分からなかった。
「皆も知っていると思うが、この学校の魔育祭は少し特殊だ。1年間の学修成果を見せる場であり、親睦を深める場であり、何より、アピールの場だ。各競技の成績優秀者には表彰と賞品が出る」
……体育祭みたいなものか。
先生の説明を聞きながら配られた資料に目を落とすと、そこには魔育祭で行われる競技の一覧が載っている。
魔法剣術、魔法陣構築、錬金調合……
が、何の競技も知らない僕は、そのどれにも参加希望を出せないでいた。
この流れは、何となくマズい気がする。残り競技も少ない。
──というのが、魔法剣術の概要だ。続いて魔撃。これは見た目こそ地味だが、緻密かつ迅速な魔力操作が要求される高難度競技でもある」
グラハム先生の説明が魔撃という競技の欄に差し掛かり、耳を傾ける。
「要求される技術のレベルが高い故に、1年生での入賞はほぼ不可能とされている。具体的には、過去150年で3人だ」
資料には過去10年の入賞者の名前が記されていた。殆どが上級生で、特に最上級生である5年生が多い。
「学院として、競技を成立させるために各クラスから最低1人は選抜するように言われているが、毎年1,2年生には敬遠されがちで困っているというのが現状だ」
先生の言葉に、教室からはフンっと鼻で笑う声だったり「やっぱり余るか」といった呟きだったりが聞こえた。
彼等の表情には、魔撃への興味の無さが滲んでいるみたいだった。
当然先生が期待を込めた眼差しで教室を見渡しても、我こそはと手を挙げる者は出てこない。
ふと、グラハム先生と目が合った。
「レイ君、やってみる気はないか?」
先生の言葉に、教室中の視線が集まる。
「生贄だ」とか、「勝てるわけなくて逆に面白い」とか、そんな感情が混ざったみたいな視線の中で、一際異質な感情を抱いているヤツが居た。
「何言ってんすか先生!魔法も知らねぇ田舎モンが出ても恥かくだけですよ!」
心なしか、前より言葉遣いが丸くなっている気がする。
わからせの効果だろうか。
「アカデミーの文化に触れてもらう良い機会じゃないか。それに、他の競技は既に希望者や経験者で埋まってしまっているからね……」
先生は珍しく困ったように言った。
本質的には、余り者に余り物を押し付けているだけに他ならない。
正直、腹が立たないこともない。
だがそれ以上に僕の頭の中には、つい先刻のクロフト教授の言葉がリフレインされていた。
──「その魔力弾が、恐らく人智を超えたレベルまで昇華できるだろう」
もし僕が魔撃とやらに出場して良い成績を残せば、このクラスで僕のことを余り者扱いした奴らを見返せるかもしれない。
そう考えると、胸が少しだけ熱くなった。
「……やります。」
静かに、だがハッキリと言った。
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