7話 クロフト教授
8階の廊下を突き当たりまで進んだ右手に、その部屋はあった。
扉の上には、「クロフト教授」と名前が掲げられており、扉には「研究室」と書かれた板が吊るされてあった。
「ここがクロフト先生の研究室だよ。ちょっと変わり者で、結構有名な先生なんだよね」
「あ、ありがとう。助かったよ」
返事が曖昧になったのは、さっきのフィリアさんの発言を未だに咀嚼し切れていないからだ。
「じゃあボクは次の授業があるから」
そう言って手をヒラヒラと振るフィリアさんは、やはり美少女にしか見えなかった。
◇◆
1人になった僕は、改めて扉の方に向き直る。
少し緊張しながら軽くノックをすると、コンコンコンと良い音が響く。
「レイです。クロフト教授はいらっ──
「入れ」
僕の声に被せるように声がする。
少し低めの、気怠げな声だった。
「失礼します」と言いながらひんやりしたドアノブを捻り扉を開けると、中は整然とした様子だった。
壁沿いに並べられた棚には整頓された資料や実験器具が隙間なく並んでいる。
丁寧に掃除されているのだろう床には、埃一つ見当たらなかった。
その部屋の中央にあるテーブルの前に、1人の男性が立っていた。
肌は青白く見えるほどに色白で、寝癖なのか、ボサボサの茶髪が何束も頭から飛び出している。
目の下には濃いクマがあり、目つきはお世辞にも良いとは言えない。僕の方を見るその目は、値踏みするような感じだった。
「ふぅん、君がレイ君か」
見た目は如何にも「引きこもりの変わり者研究室」然としているが、彼の纏う雰囲気は不思議な威厳すら感じた。
「はい、生徒会長から──
「学長から話は聞いている。私がクロフトだ。アン君の生み出した錬成体らしいな、正直信じられんが」
緊張しながら返事をすると、また僕の声を遮って捲し立てるようにクロフト教授が喋る。
「信じたくないのが本音だが……まぁ仕方ないか」
ボソボソと喋りながら顎に手をやり、僕の周りをウロウロと歩く教授に、居心地の悪さを感じる。
「早速だが、君を調べさせてもらう」
「調べる?」
「あの錬金バカが言ってることが本当なのか、本当ならどんな術式で何があって人体錬成なんてものが成功したかが
あの錬金バカとは、十中八九アンの事だろう。「なんて呼び方だよ」という気持ちと、「まぁ納得だな」の気持ちが3:7だ。もちろん納得が7。
話しながら、教授は壁に立てかけてあった細長い1mくらいの銀色の杖の様なものを手に取り、ビシッと僕の方に向ける。
よく見ると、その杖にはビッシリと文様が刻まれている。その精緻さは息を呑む程で、芸術品にすら見える。
「少し痛むかもしれんが、我慢しろ」
有無を言わさぬ口調でそう言うと、教授は僕の額にその杖を近付けてきた。
思わず身を引こうとするが、何故か体が動かない。錬成されたばかりの時の、あの感覚だ。
「ッ!?」
杖が額に触れると、電撃かと思うようなビリッとした痛みが走る。
教授は僕の反応を気にも留めないまま、眉一つ動かさず杖で僕の全身を突いていく。
首、肩、鳩尾みぞおち、腹……服の上からでも、痛みは変わらず襲った。
身を捩ることもできずに痛みに耐える。体中を突き刺されるみたいな不快感は、ビリビリと全身に残る。
「ふむ……やはり残留しているか……この構造は……魔力の流れが……」
教授はブツブツと言いながら僕の全身に杖を当て続ける。その表情は、妙に楽しそうだ。
「一旦記録する。楽にしていい」
クロフト教授がそう言うと、体が自由を取り戻すが、安心はできなかった。
……一旦、かぁ。
教授は僕に背を向け、棚から広辞苑くらい分厚い本を手に取ってテーブルの上に開いた。
その本には、びっしりと数式や魔法陣らしきものが記されている。
「術式は……魔力コントロールの補助か?……確か古代に……」
目にも留まらない速度でクロフト教授の手が動き、ページが埋まっていく。
その横顔は真剣そのもので、悩んでるようであり驚いているようにも見える。
「ふむ……わからん」
止めどなく動いていた手がピタリと止まり大きく息を吐いたと思うと、クロフト教授は、そう呟いた。
「分からない?」
未だ痺れる痛みを残す腕をさすりながら聞き返す。
「そうだな、術式自体は従来の理論で唱えられてきた人体錬成のものに、アンが少し手を加えたものだ。ほら、この辺りにヤツのクセが見えるだろう?」
そう言ってクロフト教授は本を僕の方へ向け、彼が描いたのであろう魔法陣を指差して見せてくれるが、残念ながら僕には理解できない。
「しかしこの術式だと、人と同じ成分を持った肉塊が生まれるだけのハズなんだが……」
納得いかないといった様子で魔法陣と僕を見比べる教授の目は鋭く、何としても解き明かしたいという意地が見え隠れしていた。
「僕には自我がある、と?」
「自我か……そうだな、脳も調べておくか……それと、君の身体に刻まれた術式についてだが」
クロフト教授は顎に手を当て、再び僕を見つめた。その瞳には、知的好奇心の火が煌々と灯っている。
「簡単に言うと、魔力のコントロールを補助する機能が備わっている」
「補助……」
理解できないまま淡々と話しが進むので返事も曖昧になってしまうが、教授は気にしない様子で続ける。
「古代魔法に近いものだと捉えていいだろう。上手く使えば、常人には到達し得ないレベルまで精密な魔力のコントロールが可能となる」
興奮して仕方がないと言った様子の教授は、捲し立てるように喋る。なんかこんなの最近見たな、と思い返すと、アンの姿が重なった。
……錬金術師って、こんなのしか居ないのか?
「例えばそうだな、魔力弾は分かるか?」
ゴソゴソと何かを探している様子で、僕の方を見ないまま教授は続ける。
魔力弾とは、ゼオン君とグラハム先生がやってたアレだろう。
「ええ、魔力を圧縮して杖から──
「それを、使ったことは?」
そう言われて、思い出す。
道理で魔力の流れに既視感があった訳だ。
「あります」
「なら話は早いな。その魔力弾が、恐らく人智を超えたレベルまで昇華できるだろう。多少の慣れは必要だろうが、な……お、あったあった」
振り返った教授が手に持っていたのは、直径15センチくらいの水晶玉のようなものだった。
「さてと……魔力回路の流れから脳内の異常を診るとしようか。刺激はさっきの比にならんが、死にはせん」
そう言って教授が水晶玉を強く握ると、それから放たれる光が強くなったように感じ、全身が本能的な拒否反応を示す。
「待って──
「研究に協力するという条件で学院に居ることを許可されているのだ。多少の苦痛は覚悟しろ」
また、全身が動かなくなる。
確かに、研究材料になることは了承した。
しかしそれは、僕が貴重な存在で、ぞんざいに扱われることはないだろうと高を括っていたからこそだった。
過去の自分の軽率な発言を恨みながら、胸元に近付いてくる水晶玉を睨みつける。
あと数センチで水晶玉が僕の胸に当たる、そう思った瞬間だった。
ドンッ!!
大きな音がして、研究室の扉が開かれた。
「くーろふーときょうじゅー、レイここに居るって聞いたんだけど」
空気をブチ壊す、能天気な明るい声。
扉の向こうからモクモクと立ち上る煙の中に、見覚えのある赤毛の少女が立っていた。
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