ナトレア戦記〜転生したら禁忌存在だったのでバレないように生きようと思います〜

Narr(ナル)

プロローグ

 目を開くと、飛び込んできたのは赤色だった。


 続けて辺りを見渡すが薄暗く、ボンヤリとしか把握できない。


 どこかの部屋だろうか。


「で……できちゃった」


 静寂の中に、少女の声がポツリと響いた。


◇◆


 状況が飲み込めず思考を巡らせるが、疑問ばかりが増えて答えが出ない。


 見覚えのない部屋、見覚えのない少女、そして直立したまま動かない僕の体。


 「喋れる?」


 おずおずと喋りかけてくる少女の質問で、口は動くということに気が付く。


「……はい」


 そんな僕の返答に、少女は大きく目を見開く。


 段々と辺りの暗さに目が慣れてきて、少女の輪郭がハッキリと捉えられるようなる。


 年は……僕と同じくらいだろうか。端正な顔立ちに、身長は低めで痩せ型。琥珀色の瞳に、目を引くのはやはり鮮烈な程に赤い髪。


「なんで……?なんで?成功?成功だよね?」


 少女は混乱した様子で俯きながらブツブツと独り言を呟く。


「ここ、どこですか?」


 少女に質問を投げかけながら、なんとか体を動かそうと全身に力を込めるが、ピクリともしない。


 縄で縛りつけられている様な痛みや不快感はなく、金縛りにあっている様な奇妙な感覚が全身を駆ける。


「え?あ、ここは私の研究室。っていうか私の名前も教えてないじゃん!」


 机の上に散乱している実験器具らしきものの山を見れば、なんとなく実験や研究が行われている部屋なんだろうということは想像が付く。


 僕が欲しかったのは地名とかの回答だったのだが、まぁ日本語が通じている時点で日本のどこかなんだろう。


──それにしては少女の容姿は日本人離れしているが。


 そんな事を考えていると、少女が胸の前で腕を組んで自慢気じまんげに口を開く。


「改めて、私の名前はアン・ルサス。貴方を錬成した張本人であり、国家公認の超凄腕錬金じゅつち……錬金術師よ!」



「………なんて?」


◇◆


「え?あれ、術式ミス?」


 アンと名乗った赤髪の少女はそう言いながら訝しげに僕をまじまじと見つめる。


「錬金術師?」

「何その『初めて聞いた』みたいな反応。とは言え、ナトレア王国民なら名門錬金術師一族のルサス家くらい知ってるでしょ?」

「いや、全く」


 少女は「信じられない」といった様子で目を見開く。僕は生まれてこの方ずっと日本国民だったし【ナトレア王国】なんて名前すら知らない。


「おかしいな、パパの仮説だと使用した肉体の持ち主の記憶が刻まれてる筈なんだけど……それに、もし違うなら錬成した体が自我を持っている説明がつかないし……」


 顎に手をやり、いかにもと言ったポーズでブツブツと呟きながら物思いに耽る少女の姿は、その容姿も相まって中々になっている。


 その呟きの中で、一つのワードが引っかかった。


?」

「そう。理論上では水と炭素と、その他諸々の素材を使えば錬成できるとは言われてるんだけど、何回やってもできないし失敗の原因も分からないから、数年前から実際の死体を使った錬成の研究をしてたのよね」

「倫理ィ……」


 僕がドン引きしていると、少女は「何か問題?」とでも言いたげな表情で続ける。


「新鮮な死体なら今の時代いくらでも手に入るからね。で、その錬成実験の記念すべき327回目にできたのが貴方。……ところで、元の肉体とは違う人格が刻まれてるみたいだけど。貴方何者?」


 軽く投げかけられた質問だった。だが、その問いが改めて、僕が今置かれている状況の異質さを認識させた。



──僕は、どうしてここに居る?


 目が覚める前の最後の記憶を辿ると確か、下校途中だった筈だ。仲の良い友達数人と、駅までの道を歩いていて、雨が降り始めて、傘を持ってなくて、信号待ちにみんなで文句を言ってて……


 全身から力が抜けていくのを感じる。それと同時に、猛烈な吐き気。


 記憶の続きは、大きな音と衝撃だった。


 それで、気付いてしまった。


「僕、死んだんだ」

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