鏡の向こう側
朝霧がネクサスの境界施設を包み込む中、緊急評議会が開催されていた。アレンは部屋の緊張に満ちた空気を感じながら、自分の座席に落ち着かなかった。会議室の片側にはマーカス・エフィシエントを筆頭とするユニティアの代表団が座り、対面にはリアなどのリベラリア代表がいた。彼らの間には、ドクター・クレイグとセルジュ隊長が調停者として位置していた。
アレンはミラと視線を交わした。彼らはセルジュの隣に座り、両社会の板挟みになるような位置に置かれていた。昨日リベラリアで経験したことが、今朝の会議でどう影響するのか、アレン自身にもわからなかった。
「境界不安定化の状況報告から始めましょう」クレイグが会議を開始した。彼の義眼は例になく青と緑が激しく脈動していた。「過去48時間で、境界全域における時間場と現実場の乱れが33%増加しています。特に『大崩壊』の時間残響が各地で観測されています」
大型ディスプレイには境界線に沿った赤色の警告表示が点滅し、いくつかの場所では既に両社会の物理法則が混在する「混合ゾーン」が形成されていることを示していた。アレンは新たに改造された「タイムスタビライザー」の微かな振動を感じながら、それらのデータを分析した。
「我々の時間同期塔は最大出力で稼働していますが、安定化は一時的なものにすぎません」マーカスが報告した。その声には、滅多に聞かれない緊迫感があった。
「我々の創造節点も同様です」リアが続けた。彼女の視線がミラに一瞬向けられ、微かな警告のようなものを含んでいた。「現実の安定性を維持することが困難になっています」
リアの声には穏やかな響きがあったが、アレンはその底に隠された緊張を感じ取った。リベラリアでの経験が彼の知覚を変えたのだろうか、彼は以前より感情の機微に敏感になっていることに気づいた。
クレイグは咳払いをした。「この状況を理解するため、最近の調査で重要な発見があったことを共有したいと思います」彼はアレンとミラを見た。「二人の若い技術者からの報告です」
アレンの心拍数が上昇した。彼らは事前に共有する情報の範囲を決めていた—オルターの存在は伝えるが、彼らの能力の共鳴については言及しないこと。彼はミラと視線を交わし、立ち上がった。
「私たちは両社会の調査において、『大崩壊』の時間残響が増幅されていることを確認しました」アレンは落ち着いた声で説明を始めた。彼は「タイムスタビライザー」のデータを引用しながら、徐々に技術的な説明から核心へと近づいた。「特に興味深いのは、これらの残響が単なる過去の映像ではなく、現在の現実と相互作用している点です」
ミラもスムーズに立ち上がり、続けた。「さらに、私たちは『オルター』と呼ばれる現象を複数回観察しました」彼女の髪が緊張を示す深い青に変化した。「これは両社会の狭間に存在する実体で、形状が安定せず、時間と現実に干渉する能力を持っています」
「オルター?」マーカスが眉をひそめた。その表情からは、この情報が新しいものではないことがうかがえた。「そのような存在は我々の科学データには記録されていない」
「ネクサスの伝説にはある」セルジュが静かに言った。「『境界の怪物』として知られていますが、最近、目撃情報が増えています」
「重要なのは、このオルターが両社会の技術に反応することです」アレンは続けた。彼は科学的事実に焦点を当て、個人的な体験は省略した。「特に、時間技術と現実操作技術が同時に存在する場所で顕著です」
評議員たちの間で小さなざわめきが起きた。アレンはマーカスの表情を観察した。彼の目には計算的な光があり、何かを隠していることが明らかだった。
「我々の調査では、オルターと呼ばれるこの存在が、ある実験の副産物である可能性が高いです」ミラは慎重に言葉を選んだ。彼女は一瞬ためらい、そして決意を固めたように言った。「『分岐点の鏡』と関連する実験の」
その言葉が放たれた瞬間、部屋の空気が凍りついた。一瞬の沈黙の後、部屋は爆発するような議論に包まれた。ユニティアとリベラリアの代表者たちが互いに非難し合い、セルジュが秩序を回復しようとしていた。
しかし、最も顕著な反応はクレイグのものだった。彼の義眼が異常な速さで点滅し、顔は蒼白になっていた。アレンの「タイムスタビライザー」が、クレイグの周囲の時間場の急激な変動を検知した。
「沈黙!」セルジュがついに秩序を取り戻した。彼の声には、境界警備隊長としての権威が込められていた。「ドクター・クレイグ、この『分岐点の鏡』について説明いただけますか?」
クレイグは手を机に置き、自分を安定させようとしているようだった。「『分岐点の鏡』は私の研究プロジェクトの一つです」彼は認めた。「異なる選択肢から生じる可能性の世界を観察するための装置です」
「そのような実験は両社会の承認を得ていたのか?」マーカスの声には冷たい鋭さがあった。アレンはマーカスが既にその答えを知っているという確信があった。
「完全に承認された研究です」クレイグは防御的に言った。「ただし、その全ての応用は...公開されていませんでした」
「あなたの妻の失踪と関係があるのでは?」ミラが突然質問した。その瞬間、アレンは彼女に警告のまなざしを送った。彼らはその情報をどこまで共有するかについて、事前に合意していなかった。
部屋は再び沈黙に包まれた。クレイグの表情に一瞬、痛みが走った。彼の義眼が通常のパターンを失い、混沌とした青と緑の光を放った。
「...そうだ」彼はついに認めた。その声には長年隠していた真実を吐露する重みがあった。「エリナは『分岐点の鏡』の初期実験中に事故に遭った。彼女は...鏡の向こう側に行ってしまったのだ」
「そして今、境界が不安定化するにつれて、彼女が部分的に戻っている」アレンが静かに結論づけた。「オルターとして」
クレイグは深く息を吸い、しばらく沈黙した後、決断したように言った。「評議会の皆さん、私の研究の詳細を共有する時が来たようです。そして、それが現在の危機とどう関連しているかを」
彼は起立し、ディスプレイを操作した。画面には複雑な装置の設計図が表示された。「『分岐点の鏡』は単なる観察装置ではなく、実際には別の可能性の世界に接触するための装置です。私が『入れ替わり』と呼ぶ実験の一部として」
「目的は、異なる選択をした自己と意識を交換することでした」クレイグは説明を続けた。「理論上は、両社会の最良の特性を統合した解決策を見つけるための方法です」
代表者たちはこの告白に動揺していた。アレンはマーカスとリアを注視した。彼らの表情には驚きではなく、計算的な冷静さがあった。彼らは既にこれを知っていたのだ。
「しかし、実験中に何かが起きた」クレイグは続けた。「エリナが実験台になり、彼女は実際に別の可能性の世界に移動してしまった。しかし、交換ではなく、片道の移動になってしまったのです」
アレンの心に、カレンの言葉が蘇った。彼女の理論は正しかったのだ。
「それで、彼女は異なる現実間の存在として戻ってきている」ミラが言った。彼女の声には理解の響きがあった。
「正確には」クレイグが頷いた。「私は彼女の帰還を助けようとしてきましたが、境界の不安定化によって、彼女は...変形した形で部分的に戻っているのです」
「あなたの実験が現在の危機の原因なのか?」マーカスが厳しく問いただした。アレンは、彼の怒りが演技であることを感じた。
「直接的な原因ではありません」クレイグは反論した。「しかし、関連はあるでしょう。私の研究は大崩壊の原理を基にしています。同じ力が今、境界を不安定化させているのです」
会議は混乱の中で続いた。様々な対策案が議論され、両社会の技術的解決策が提案された。しかし、アレンにはこれらの議論が表面的なものに思えた。真の問題は別のところにあると彼は確信していた。
「決着がつくまで、この会議を一時中断します」セルジュはついに宣言した。「両社会の代表団は、各自の専門家と協議してください。明日、具体的な行動計画を持ち寄りましょう」
会議が終わると、クレイグはアレンとミラに近づいた。「二人とも、私の研究室に来てほしい」彼は周囲に聞かれないよう低い声で言った。「あなたたちに見せるべきものがある」
アレンはミラと視線を交わした。彼らには選択肢があることを知っていた—誘いを断るか、クレイグを信頼するか。彼はミラの決意を示す頷きを見て、「分かりました」と答えた。
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クレイグの研究室への道中、アレンは違和感を拭えなかった。会議でのマーカスとリアの反応は、彼らが既に情報を持っていることを示唆していた。しかし、彼らは若い技術者たちがどこまで知っているのかを測っていたのかもしれない。
研究室に到着すると、セキュリティゲートが彼らの前に立ちはだかった。クレイグは複数の認証を経て扉を開いた。
「いつもより厳重な警備だ」アレンは観察した。
「最近、私のプロジェクトへの『関心』が高まっているんだ」クレイグは皮肉を込めて言った。
重厚な扉が開くと、彼らが想像していたよりも広大な研究空間が広がっていた。中央には大きな円形装置があり、その中心に人の背丈ほどの巨大な鏡が設置されていた。
「分岐点の鏡」ミラはその装置を見て呟いた。彼女の髪が好奇心を示す明るい青色に変わった。
「そう」クレイグは確認した。「私の研究の核心部だ」
鏡の表面は通常の鏡とは異なり、深みがあり、わずかに波打つように見えた。それは水面のようでもあり、一方で金属のようでもあった。周囲には複雑な機械と数々のモニターが配置されていた。
「あなたたちに真実を話そう」クレイグは鏡に背を向けて立った。彼の表情は会議室での防御的な態度から変わり、疲れた科学者の顔になっていた。「オルター——つまり私の妻エリナは、あなたたち二人を探している。彼女は、あなたたちの特殊な能力が境界の安定化に不可欠だと考えているようだ」
アレンとミラは驚いた視線を交わした。彼らはクレイグがそこまで知っているとは思っていなかった。
「心配しなくていい」クレイグは微かに笑みを浮かべた。「私は二人の能力を長い間観察してきた。アレンの時間停止能力と、ミラの現実予知能力が」
「なぜ我々を監視していたのですか?」アレンは冷静さを装いながらも、内心では警戒心が高まっていた。
「監視ではない、観察だ」クレイグは修正した。彼は研究室を歩き回りながら説明した。「私は長年、両社会の特殊能力者を研究してきた。それは統合の可能性を探るためだったんだ」彼は一瞬沈黙した。「境界の不安定化が始まった頃、エリナが私の夢に現れ、二人の名前を告げた」
彼は一瞬、感情的になったように見えた。「妻の言葉を信じ、私はあなたたちをネクサスに集めるよう手配した」
「そして実験もした」ミラは静かに指摘した。彼女のイマジネーターが微かに脈動した。「私たちの能力の相互作用を」
「必要なことだった」クレイグは防御的に言った。彼はコンソールに近づき、何かを操作し始めた。「だが今は、あなたたちに分岐点の鏡を体験してもらいたい。それがエリナの望みであり、私たちの状況を理解する鍵かもしれない」
アレンとミラは再び視線を交わした。「タイムスタビライザー」はこの装置に反応し、微かに振動を始めていた。状況は危険かもしれないが、答えを得るチャンスでもあった。
「やりましょう」ミラが決断した。アレンも同意の意を示し、頷いた。
クレイグは装置を起動し始めた。鏡の周囲に青白い光が現れ、部屋の照明が落ちた。「まず、タイマー技師から」彼はアレンを鏡の前に案内した。「鏡を凝視し、自分の可能性についての質問を心の中で思い描いてください」
アレンは疑問を持ちながらも、指示に従った。彼は心の中で問いかけた。「もしリベラリアで生まれ育っていたなら、私はどのような人間になっていただろうか?」
彼は鏡の前に立ち、自分の反射像を見つめた。しかし、その像はすぐに変化し始めた。まるで水面が揺れるように、像が歪み、再形成された。
鏡の中のアレンは外見上はほぼ同じだったが、服装が大きく異なっていた。リベラリアの創造的なスタイルの服を着ており、髪型もより自由な印象だった。彼の表情はアレンが日常的に見せるよりも生き生きとしており、目には創造的な閃きが宿っていた。
「これは...」アレンは言葉に詰まった。科学者としての彼の心は、この現象の物理的説明を求めていたが、同時に彼は深い感情的反応も感じていた。
「あなたがリベラリア市民として生まれ育った場合の姿です」クレイグが静かに説明した。「別の選択、別の人生」
鏡の中のアレンは微笑み、手を上げた。その手には「タイムスタビライザー」ではなく、イマジネーターのような装置が光っていた。しかし、それは標準的なイマジネーターとも異なり、時間技術と現実操作技術を融合させたもののように見えた。
アレンは鏡の中の自分が何らかのプロジェクトに取り組んでいる様子を見た。それは時間と現実の融合技術だった——彼が今の人生では想像もしなかった研究。そして、その研究成果を発表する姿、創造的な自己表現を抑制することなく、周囲に受け入れられている姿。
「興味深い」アレンは静かに言った。彼は感情を表に出さなかったが、その内面では複雑な思いが渦巻いていた。これは単なる幻想か、それとも本当に存在する可能性だったのか。
「次はクリエイターさん」クレイグはミラを鏡の前に導いた。
ミラは深呼吸し、鏡を見つめた。彼女も心の中で問いを形作った。「もし私がユニティアで生まれていたら?」
すぐに彼女の反射像も変化し始めた。鏡の中のミラはユニティアの厳格な制服を着ており、髪は動かない一定の褐色に固定されていた。彼女の姿勢は厳格で、表情は抑制されていたが、その目には鋭い知性と決断力が宿っていた。
「私がユニティアで生まれていたら...」ミラは驚きと当惑が混じった表情で呟いた。彼女の髪は現実世界でも一瞬褐色に近づいた。
「ユニティア科学アカデミーの上級研究員として」クレイグは説明した。「あなたの創造的才能は違う形で発揮されています」
鏡の中のミラは複雑な時間同期システムの設計に取り組んでいた。そのアプローチは芸術的というよりも科学的だったが、その根底には同じ創造性があった。彼女は同僚たちに囲まれ、尊敬を集めていた。しかし、何かが欠けているようにも見えた——表現の自由、感情の解放。
「私は時間技師だったのね」ミラは静かに言った。「でも、何か大切なものを失っているような...」
アレンは彼女の反応を観察した。彼女が見ているものが、彼の体験と似ていることを感じた—別の道を選んだ自分の姿、別の社会で形作られた自己。両方が同じ人物でありながら、根本的に異なっていた。
「二人ともが両社会で存在しうる」クレイグは思索するように言った。「これは偶然ではない。あなたたちには特殊な適応性がある」
二人が交代で鏡を見つめた後、クレイグは最後の実験を提案した。「今度は二人同時に見てください」
アレンとミラは並んで鏡の前に立った。アレンは無意識のうちにミラの近くに立ち、その存在に安心感を覚えていることに気づいた。鏡の表面が大きく波打ち、まるで液体のようになった後、そこに映るのは彼らとは異なる世界だった。
そこには二人がいたが、どちらもユニティアでもリベラリアでもない、別の社会に属しているようだった。二人は共に研究しており、時間と現実の統合技術を開発していた。彼らの周囲には、両社会の技術を融合させた新しい世界があった。
「統合された社会」アレンは理解した。彼の科学者としての心は、その可能性に興奮していた。「大崩壊が起きなかった場合の可能性」
「あるいは、将来の可能性」ミラが希望を込めて言った。彼女の髪は鮮やかな金色に輝いていた。
鏡の中の二人は互いを見つめ、何か重要な発見をしたかのように喜びを分かち合っていた。彼らの関係は単なる同僚を超えたものに見えた。アレンはその映像を見て、微かな熱が頬に上るのを感じた。
突然、鏡の表面が激しく波打ち始め、青白い光が放射され始めた。アレンとミラは後退しようとしたが、光が彼らを引き寄せるように感じた。「タイムスタビライザー」とイマジネーターが同時に強く振動し始めた。
「何が起きている?」アレンは警戒して尋ねた。彼は反射的にミラを守るように前に出た。
「エリナが...接触しようとしている」クレイグは驚いた様子で言った。彼の義眼が急速に点滅していた。「これは予想外だ」
鏡の中から、オルター——エリナの流動的な姿が現れ始めた。今回は以前よりも人間らしい形をしており、若い女性の姿がはっきりと認識できた。彼女は二人に向かって手を伸ばし、何かを伝えようとしているようだった。
アレンの「タイムスタビライザー」とミラのイマジネーターが同時に反応し、共鳴するように振動し始めた。二人の周囲の空間が歪み、時間の流れが変化し始める。アレンは制御しようとしたが、それは彼の意志を超えていた。
「彼女は私たちに何かを見せようとしている」ミラは震える声で言った。彼女の髪が急速に色を変え、青から紫、そして白へと変化した。
そのとき、鏡の表面から映像が流れ出てきた。それは大崩壊の瞬間だった——200年前、一つの社会が二つに分かれた歴史的瞬間。大型装置の周りに科学者たちが集まり、実験の最終段階に入ろうとしていた。しかし、それだけではなかった。映像は時間を超えて続き、両社会の発展、そして現在の危機へと至る道筋を示していた。
「これは単なる分裂ではなかった」アレンは衝撃的な理解に至った。彼の声には震えがあった。「計画されたものだ」
映像は大崩壊の背後に隠された真実を明かしていた。それは事故ではなく、意図的に引き起こされた出来事だった。ある集団が、異なる社会システムを実験するために、意図的に社会を二分したのだ。
「創始者たち」ミラは息を呑んだ。彼女の顔は蒼白になっていた。「彼らは社会実験として...」
「我々の生きてきた世界は、誰かの実験だったのか」アレンは怒りと混乱を感じた。彼の「タイムスタビライザー」が反応して、周囲の時間場に波紋を生じさせた。
映像は更に続き、現在の境界不安定化の真の原因を示した。それは単なる技術的な問題ではなく、200年の実験が終了し、二つの社会が再び一つになるか、あるいは永遠に分かれるかの分岐点に達したことを示していた。
「私たちは選択を迫られている」アレンは理解した。「統合か、永遠の分離か」
そのとき、オルターの姿がより明確になり、完全に若い女性の姿となった——エリナ・クレイグだった。彼女は口を開き、かすかに聞こえる声で言った。
「二つの鍵...時間と創造...統合の扉を開く...」
彼女の声は深い閉じ込められた場所からのエコーのようだった。「危険が...近づいている...彼らは...止めようとする...真実を...探して...」
「誰が?何を止めようとするの?」ミラが必死に尋ねた。
「創始者の...後継者たち...両社会に...」エリナの声はより弱くなっていった。「時間がない...」
そして突然、鏡からの光が消え、通常の反射に戻った。三人は放心状態で立ちつくしていた。
「彼女が言ったこと...」クレイグは震える声で言った。顔は灰白色で、彼の健常な目には涙が浮かんでいた。「あなたたち二人の能力が統合の鍵だということだ」
「しかし、どうやって?」アレンは混乱していた。「私たちはまだ自分の能力を完全には理解していない」
「それに、この情報を信頼していいのか?」ミラも懸念を示した。彼女の髪は混乱を反映して、複数の色が入り混じっていた。「社会実験というのは本当なのか?」
クレイグは深く考え込んだ。彼は研究室の奥に向かい、隠しパネルから古い書類の入った箱を取り出した。「これは、境界施設が建設される前の初期計画書です」彼は一枚の黄ばんだ文書を広げた。「ここに、創始者たちの署名があります。そして、その計画の概要が」
文書には、「社会進化実験計画」という見出しがあり、効率性と創造性という二つの社会原理の発展を研究するための200年計画が概説されていた。アレンは震える手でその文書に触れた。それは彼が知る歴史の根本を覆すものだった。
「大崩壊は...計画的だったのか」アレンは衝撃を受けた。彼の科学者としての世界観が揺らいでいた。「両社会の分裂も、境界も...全て実験の一部だったということか」
「そして今、実験は終了段階に入っている」クレイグは頷いた。彼の義眼が暗い青色に変わった。「境界の不安定化は、単なる技術的問題ではなく、プログラムされた終焉なのです」
三人は沈黙の中、この驚くべき発見の意味を考えていた。ミラの髪は深い瑠璃色に落ち着き、彼女の思索を反映していた。
「では、私たちはどうすればいいの?」ミラがついに尋ねた。「この情報を評議会に伝えるべき?」
「それは危険かもしれない」クレイグは窓際に立ち、外を見ながら警告した。「現在の権力者たちの中には、この秘密を知る者もいるでしょう。彼らは自分たちの権力基盤を維持するために、統合を阻止しようとするかもしれません」
「しかし、人々には真実を知る権利がある」ミラは情熱的に反論した。彼女の髪が一瞬、正義感を示す鮮やかな赤に変わった。
「その前に」アレンが介入した。彼は感情を抑え、論理的に考えようとしていた。「私たちの能力が本当に解決策になり得るのかを確かめるべきだ。エリナ——オルターが言ったように、何らかの方法で私たちの能力を統合する必要がある」
クレイグは書類を丁寧に片付けながら頷いた。「それには安全な場所が必要です。そして、より多くの情報も」
「カレンに会うべきだ」アレンは提案した。彼の声には珍しく感情的な調子があった。「彼女は両方の技術について深い知識を持っている。それに、彼女自身も特殊な能力を持っている」
「そうね」ミラは同意した。「でも、それまでこの情報は秘密にしておくべきよ」
クレイグは同意した。「明日の評議会には出席しますが、この発見については秘密にしておきましょう。まずは、あなたたちの能力の可能性を探る必要があります」
彼らが研究室を出ようとしたとき、クレイグはアレンの肩に手を置いた。「一つだけ知っておいてほしい」彼は真剣な表情で言った。「私はエリナを取り戻したいと思ってきた。しかし今は、彼女が私たちに示している道が、両社会にとっての最善の道だと理解しています」
アレンはクレイグの表情に、初めて純粋な誠実さを見た。冷たい科学者の仮面の下には、失われた妻への愛と、過ちを正したいという願いがあった。彼はクレイグの手に自分の手を重ねた—ユニティア人には珍しい親密な仕草だった。
「私たちは真実を明らかにし、正しい解決策を見つけます」アレンは約束した。
三人は別れ、アレンとミラはネクサスの夜の中を歩いた。両社会からの光が交差する境界の街で、二人は今日の発見の重さを静かに受け止めていた。
「私たちの知っている歴史が全て嘘だったとは」ミラは空を見上げながら言った。彼女の髪は静かな青色に変わっていた。「大崩壊、境界、両社会の対立...全て計画されたものだったなんて」
「しかし、人々が構築してきた生活や文化は本物だ」アレンは指摘した。彼の声には珍しく情熱があった。「実験として始まったとしても、200年の時間は本物の社会を形成した」
「そして今、私たちはその社会の運命を左右する立場にいる」ミラは深く息を吸った。彼女の表情が厳しくなり、髪は決意を示す深い紫色に変わった。「怖いわ」
アレンは彼女の手を取った。ユニティアの習慣に反する行動だったが、今はそれが正しいと感じた。「一人じゃない」彼は静かに言った。「私たちには選択肢がある。分岐点の鏡が示したように」
ミラは彼の手を握り返した。「それが、クレイグが『入れ替わり』実験を続けていた理由ね。彼はエリナを取り戻そうとしていたのよ」
「そしてその過程で、もっと大きな真実を発見した」アレンは頷いた。
彼らがネクサスの中央公園を横切っていると、アレンは立ち止まった。「タイムスタビライザー」が異常を示していた。「何か変だ」
「何?」ミラが周囲を見回した。
「監視されている」アレンは小声で言った。彼は装置の読み取り値を確認していた。「時間場に微細な変動がある。誰かが近くで時間監視技術を使っている」
ミラはイマジネーターを微調整し、周囲の現実を感知した。「あなたが正しいわ。私も感じる...現実の薄い層のような」
二人は何気ない様子を装いながら、歩き続けた。アレンは「タイムスタビライザー」を通して監視の源を探った。彼は公園の反対側にある建物を指さすように見せかけながら、ミラに近づいて言った。
「北西の角。男性二人。ユニティアの秘密警察だ」
ミラは微笑むふりをして、親しげに彼の腕を取った。「対処する必要があるわ」彼女は明るい声で言った。しかし、彼女の髪の色は攻撃的な赤みを帯びていた。
「無理に逃げれば、疑いを強めることになる」アレンは冷静に分析した。「自然に見せかけて、カレンのオフィスへの道を変える必要がある」
彼らは穏やかな会話を続けるふりをしながら、迂回路を取った。ミラは時折イマジネーターで微細な現実の歪みを作り出し、追跡者の注意をそらした。アレンは「タイムスタビライザー」で局所的な時間遅延を形成し、彼らの動きを隠した。
二人の能力が再び共鳴し始め、周囲の空間に独特の振動が生じた。以前よりもスムーズに協働できるようになっていた。
「これは...意図的に共鳴を作り出せるようになってる」アレンは驚いた。
「私たちの能力が自然に調和してきているのね」ミラが微笑んだ。
彼らはついに追跡者を振り切り、カレンのオフィスに到着した。オフィスは閉まっていたが、彼らはカレンからの緊急連絡用コードを持っていた。
「カレンに連絡を取る必要がある」アレンは言った。「今日の発見について」
ミラは頷き、通信端末を取り出した。「でも、通常の通信は監視されている可能性があるわ」
「私が暗号化する」アレンは「タイムスタビライザー」を調整し、通信周波数を特殊な時間変調で覆った。「これでマーカスの監視を一時的に回避できる」
メッセージが送信されると、彼らは次の行動を計画するために近くのカフェに向かった。カフェは閑散としており、彼らは奥の席を選んだ。
「明日、どうやってマーカスとリアの警戒を回避すればいいの?」ミラが小声で尋ねた。「彼らはもう私たちを疑っているわ」
「私には評議会の任務がある」アレンは考え込んだ。「マーカスは私に『タイムスタビライザー』の診断結果を報告するよう命じた。まずは表面上は協力的に振る舞うべきだ」
「私もリアに報告する必要があるわ」ミラが言った。「彼女は私にリベラリアの若者たちの統合運動について詳細を求めている」
彼らの会話が続いているとき、アレンの通信端末が振動した。カレンからの暗号化された応答だった。
「明日朝5時、古い時計台で会おう」メッセージはシンプルだった。
「時計台?」ミラが疑問を示した。「なぜそこ?」
「時計台は境界設置前の唯一の建物だ」アレンが説明した。「センサーや監視システムの網から外れている可能性がある」
彼らはさらに計画を練り、役割を分担した。アレンはマーカスに提示する偽の報告書を準備し、ミラはリアに見せるための巧妙に編集された統合運動の分析を作成した。
計画が固まると、彼らは別れる時間になった。安全のため、別々の経路で宿舎に戻ることにした。
「気をつけて」アレンは珍しく感情を込めて言った。
「あなたも」ミラの髪が温かなオレンジ色に変わった。彼女は一瞬ためらい、そしてアレンの頬にキスをした。「明日、時計台で」
アレンは驚きと混乱を感じながらも、心の奥で温かさが広がるのを感じた。彼女がカフェを出て行くのを見送った後、彼は自分の頬に手を当て、微笑んだ。
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夜明け前の時計台は、霧に包まれ神秘的な雰囲気に満ちていた。アレンは周囲の時間場を探りながら、慎重に近づいた。「タイムスタビライザー」の読み取り値は通常と異なっていた—この場所は時間的に「中立」だった。ユニティアの時間同期塔の影響も、リベラリアの創造節点の効果も及んでいなかった。
彼が時計台の入口に到着すると、カレンがすでに待っていた。
「早いね」カレンが微笑んだ。「ミラはまだ?」
「彼女は別の経路で来る」アレンは説明した。「監視を分散させるために」
カレンは頷き、彼らは静かに塔の中に入った。内部は埃っぽく、長い間使われていない様子だった。彼らは螺旋階段を上り、中間層の広いスペースに到着した。そこには大きな歯車機構があり、かつて時計の針を動かしていたメカニズムが静かに佇んでいた。
「完璧な場所ね」カレンは周囲を見回した。「この場所には両社会の技術が干渉しないわ。だから、純粋な形であなたたちの能力を測定できる」
彼女は「ハイブリッド・インターフェース」を取り出し、設置し始めた。「ミラが到着するまで、あなたの能力を測定してみましょう」
アレンはカレンの指示に従い、「タイムスタビライザー」を診断モードに設定した。彼が改造された装置の状態を確認していると、突然足音が聞こえた。
「ミラ?」アレンが振り向いた。
しかし、階段を上がってきたのはミラではなかった。セルジュの姿が現れた。彼の表情は緊迫していた。
「追われている」セルジュは息を切らして言った。「ミラに警告した。彼女は別の方法で来る」
「何があったの?」カレンが急いで尋ねた。
「リアの部下たちが彼女の宿舎を捜索していた」セルジュは説明した。「私の部下が報告してきた。リアは彼女の行動を疑っている」
彼らが状況を把握しようとしていたとき、窓から青い光が差し込んだ。アレンは窓に駆け寄り、外を見た。
「ユニティアの警備隊」彼は緊張した声で言った。「時間同期塔から特殊チームが派遣されている」
「マーカスも動いた」カレンが理解した。「彼らは私たちの計画を知っているのよ」
「でも、どうやって?」アレンは混乱した。
「内部通信は全て監視されている」セルジュが説明した。「たとえ暗号化されていても」
彼らが次の行動を検討していたとき、天窓から鮮やかな光が差し込んだ。彼らが見上げると、ミラが天窓を通って降りてきた。彼女はイマジネーターを使って、一時的な浮遊場を形成し、ゆっくりと着地した。
「リアの部下が私を追っている」彼女は息を切らして言った。髪は緊張を示す鮮やかな紫色だった。「何とか振り切ったけど、時間の問題よ」
「私たちの計画を実行する時間がない」アレンは状況を分析した。「時計台はすでに包囲され始めている」
「それに、クレイグからの連絡もあったわ」カレンは暗い表情で言った。「彼の研究室が封鎖された。マーカスの直接命令で」
「私たちの選択肢は?」セルジュが尋ねた。
アレンは時間場の変動を感じながら考えた。「『分岐点の鏡』に戻るべきだ」彼は決断した。「クレイグの研究の全容を知る必要がある」
「でも、研究室は封鎖されている」ミラが指摘した。
「表の入口はね」セルジュが言った。「だが、境界施設には緊急時の秘密通路がある。私は警備隊長として、そのアクセス権を持っている」
「それなら急ぐべきだ」アレンは言った。「マーカスとリアは私たちが何を知ったのかを確認しようとしている。彼らが『分岐点の鏡』を破壊する前に」
彼らは急いで時計台を後にした。アレンとミラは特殊能力を使って、追跡者から身を隠した。アレンは局所的な時間変調を形成し、ミラは現実の薄い層を作り出して彼らの姿を隠した。カレンの「ハイブリッド・インターフェース」はその両方を強化した。セルジュは境界警備隊長の権限を使って、警備パターンの隙間を見つけた。
彼らは境界施設の裏手に回り込み、セルジュの指示に従って換気システムのアクセスパネルを開けた。狭い通路を通り、施設の内部に潜入した。
「クレイグの研究室はこの下だ」セルジュが小声で言った。彼はデジタルマップを確認していた。「しかし、直接のアクセスは封鎖されている」
「上の階から入れないか?」アレンが提案した。
「不可能です」セルジュは頭を振った。「マーカスの時間警備隊が全てのアクセスポイントを封鎖しています」
「下からはどう?」ミラが言った。「クレイグが話していた『第三区画』からアクセスできるかもしれない」
カレンは目を輝かせた。「それはいい考えね。第三区画は両社会の初期設計図にしか載っていない。マーカスとリアは気づいていないかもしれない」
彼らは施設の最下層に向かった。使われなくなった通路や忘れられた倉庫を通り抜け、ついに古い封印されたドアに到着した。ドアには「第三区画 - 許可された者のみ」と書かれていた。
セルジュはセキュリティオーバーライドを試みたが、失敗した。「この区画はメインシステムから隔離されている」彼は説明した。
「別の方法で」カレンは「ハイブリッド・インターフェース」を取り出した。「アレン、あなたの『タイムスタビライザー』でドアの時間場を分析して。ミラ、イマジネーターで現実層を探って」
三人は装置を連携させ、それぞれの技術的アプローチでドアのロックメカニズムを分析した。彼らの装置が相互作用し、共鳴を形成し始めた。
「動いているわ」カレンが興奮した声で言った。「三つの能力が鍵になっている」
ドアが重々しく開き、彼らの前に暗い通路が現れた。セルジュが照明を活性化すると、彼らは衝撃を受けた。
通路は、もう一つの研究施設へと続いていた。そこは彼らがこれまで見たどの施設よりも古く、大崩壊の時代から残されたもののようだった。
「創始者たちの施設」アレンは畏敬の念を込めて言った。
彼らが歩を進めると、通路は大きな円形の部屋へと開けた。そこには巨大な円環状の装置が設置されていた。クレイグの「分岐点の鏡」の何倍もの大きさで、はるかに複雑だった。
「これは...」ミラは言葉を失った。彼女の髪は驚きと畏怖を示す白銀色に変わった。
「統合ゲート」カレンが理解した。「創始者たちが200年の実験の終わりに使うために準備していた装置」
アレンは装置を分析した。「クレイグの『分岐点の鏡』はこの装置の縮小版だ」彼は推測した。「彼は創始者たちの研究を再発見し、自分の実験に応用した」
彼らが部屋を探索していると、部屋の奥から弱々しい物音が聞こえた。セルジュが警戒して武器を構えた。
「誰かいる」彼は小声で言った。
彼らが慎重に近づくと、暗がりの中でうずくまる人影が見えた。それはクレイグだった。彼は傷つき、疲れ果てていたが、生きていた。
「クレイグ!」カレンが駆け寄った。
「見つけたんだね...統合ゲートを」クレイグは弱々しく言った。「マーカスとリアに捕まる前に...ここに逃げてきた」
「何があったの?」ミラが尋ねた。
「彼らは私の研究を没収した」クレイグは震える声で説明した。「分岐点の鏡も...破壊された」
「なぜ彼らはそこまでするんだ?」アレンが尋ねた。
「彼らは創始者たちの真の後継者だ...」クレイグは力を振り絞るように言った。「エリナが言ったように...彼らは統合を阻止しようとしている」
「なぜ?」カレンが尋ねた。「創始者たちの計画は統合だったのでは?」
「そうだ...だが」クレイグは咳き込んだ。「マーカスとリアは実験を永続化させることを選んだ...彼らの権力を維持するために」
セルジュが部屋の入口を警戒しながら言った。「我々にはもう時間がない。彼らはすぐにこの場所も見つけるだろう」
「ここにいるのは私たちだけじゃないわ」ミラが突然言った。彼女のイマジネーターが強く反応していた。「私、感じるの...」
部屋の中央、統合ゲートの前に青白い光が現れ始めた。それはオルター—エリナの姿が現れるときと同じ光だった。しかし今回、現れたのは完全な人間の姿だった。若い女性が彼らの前に立っていた。
「エリナ...」クレイグは信じられない様子で言った。彼は震える足で立ち上がろうとした。
「そう」彼女は穏やかな声で答えた。その声は以前のエコーとは異なり、はっきりと聞こえた。「私は完全に戻ってくることはできないけど、統合ゲートの力を借りて、短時間この形で現れることができる」
「どうすれば」アレンが尋ねた。「私たちの能力が...」
「そう」エリナは頷いた。「あなたたちの三つの能力が揃ったことで、ゲートが部分的に活性化した。でも、完全に起動させるには正しい方法がある」
彼女は統合ゲートの周囲に配置された三つの台座を指した。「三つの鍵—時間、創造、架け橋。あなたたちはそれぞれの役割を担う」
「そして、そうすれば何が起きるの?」ミラが尋ねた。
「200年前の実験を完了させることができる」エリナは説明した。「境界を溶かし、両社会を徐々に統合させる過程を始める。強制的な統合ではなく、自然な融合の道を開く」
「だが、マーカスとリアは」アレンが指摘した。
「彼らは到着する」エリナの姿が薄れ始めた。「私はもう長くいられない...信じて...あなたたちの能力を信じて...」
彼女の姿が完全に消える前に、クレイグが彼女に手を伸ばした。「エリナ...私は...」
「知ってる」彼女は優しく微笑んだ。「私もよ」
エリナの姿が消えた直後、遠くから警報音が鳴り始めた。
「見つかった」セルジュが緊張した声で言った。「私は入口を守る。あなたたちは急いでゲートを起動させなさい」
アレン、ミラ、カレンは台座に向かった。各台座には象徴的なシンボルが刻まれていた—砂時計、螺旋、橋。
「準備はいい?」カレンが尋ねた。彼女の声には緊張と決意が混じっていた。
アレンとミラは頷いた。彼らはエリナの指示に従い、それぞれの台座に立った。三人の装置が同時に活性化し、統合ゲートが応答して青白い光を放ち始めた。
入口からは銃声と叫び声が聞こえた。セルジュが侵入者と交戦していた。
アレンは集中して「タイムスタビライザー」を最大出力に設定した。周囲の時間場が彼の制御下で変動し、ゲートの円環が振動し始めた。
ミラも同様にイマジネーターを使い、創造的エネルギーを解き放った。現実場が形を変え、円環内に渦が形成され始めた。
最後にカレンが「ハイブリッド・インターフェース」を架け橋の台座に配置した。彼女の二重能力が他の二つを結びつけ、三つの力が完全に同期した瞬間、円環全体が強烈な青白い光を放った。
「起動している!」カレンが興奮した声で叫んだ。
円環の中央に巨大な渦が形成され、その内側に映像が現れ始めた。それは分裂前の統一社会の姿だった。そして徐々に、その映像が変化し、統合された未来の可能性を示し始めた。
「それが本来あるべき姿」アレンは理解した。科学者としての彼の心は、この現象の壮大さに畏敬の念を覚えた。
「行くよ!」入口からの警告の叫び声。セルジュとクレイグが武器を構えていた。「彼らが来た!」
マーカスとリアに率いられた警備隊が到着した。マーカスは時間技師専用の装置を、リアは高性能イマジネーターを装備していた。彼らの表情には怒りと恐怖が混ざっていた。
「やめろ!」マーカスが命令した。「お前たちは何をしているのか理解していない!」
「逆よ!」カレンは毅然と言った。「私たちは初めて真実を理解したの。あなたたちこそ、人々から選択肢を奪い続けてきた」
「統合は混沌をもたらすだけだ」リアが警告した。「二つの社会は200年間別々に発展してきた。統合すれば両方が崩壊する」
「それは嘘だ」クレイグが弱々しくも力強く反論した。「統合ゲートは段階的な移行を可能にする。エリナの研究がそれを証明している」
戦いが始まった。セルジュとクレイグは入口を守り、マーカスとリアの部下たちと対峙した。アレン、ミラ、カレンは台座を離れることができず、統合プロセスを維持し続けた。
「プロセスを完了させるには安定化が必要だ」カレンはエリナのメッセージを思い出していた。「私たちの能力を最大限に高める必要がある」
三人は集中し、能力を深めていった。アレンの時間制御が強まり、部屋全体の時間の流れが変化した。マーカスの部下たちの動きが遅くなり、まるで濃い水の中を動いているように見えた。ミラの現実操作が拡大し、円環内の映像がより鮮明に、より安定的になった。カレンの架け橋能力がそれらを完全に統合し、三つの力が一つの大きなエネルギーとなった。
入口では激しい衝突が続いていた。マーカスは時間操作で攻撃し、セルジュたちの動きを妨げようとしていた。リアは現実の歪みを武器として使い、幻影と障壁を形成していた。セルジュとクレイグは必死に抵抗していたが、徐々に押し返されつつあった。
「急いで!」セルジュが叫んだ。「もう長くは持たない!」
三人は最後の力を振り絞った。アレンは幼い頃から抑制してきた能力を完全に解放し、時間の本質そのものと繋がったように感じた。ミラは創造力の限界に挑み、現実の可能性を最大限に引き出した。カレンは二重市民としての全ての経験を一点に集中させ、二つの世界を橋渡しした。
統合ゲートが完全に活性化し、円環の中央から強力なエネルギー波が放出された。それは部屋全体に広がり、さらに施設全体、そしてネクサス全域へと拡大していった。
マーカスとリアの攻撃が突然止まった。全ての人々が圧倒的なエネルギーの流れに呑まれ、動けなくなった。
部屋の中央に、オルターの姿が再び現れた。今度は完全にエリナ・クレイグの姿で、彼女は微笑んでいた。
「成功したのね」彼女の声は部屋中に響いた。「統合プロセスが始まったわ」
「どういうことだ?」マーカスは抵抗しながらも身動きが取れずに尋ねた。「何が起きている?」
「選択の瞬間よ」エリナは周囲を見回し、穏やかに説明した。「境界が消え、両社会の人々は自分たちの未来を選ぶことができるようになる。強制的な統合ではなく、自由な選択による統合の可能性が開かれたの」
「それは...」リアは言葉に詰まった。彼女の防衛的な態度が崩れ始めていた。
「あなたたちが恐れていたものではないわ」エリナは二人のリーダーを見た。「権力の喪失ではなく、新しい可能性の誕生。それがこの実験の本当の目的だったの」
エネルギー波はさらに広がり、境界全体に到達した。長年安定していた壁が揺らぎ始め、両社会の間にあった物理的・技術的障壁が薄れていった。
「何が起きるの?」ミラは不思議な感覚に包まれながら尋ねた。彼女の髪はこれまで見たことのない虹色に輝いていた。
「境界が薄れ、両社会の技術が自然に調和する過程が始まるわ」エリナは説明した。「時間同期塔と創造節点が新しい均衡を見つけ、人々は自由に行き来できるようになる」
「そして人々は?」アレンが尋ねた。彼の科学者としての好奇心が、この前例のない現象を理解したいと求めていた。
「それぞれが選択するの」エリナは微笑んだ。「統合された社会で生きるか、あるいは自分の社会の中にとどまるか。強制はないわ。それが創始者たちの本当の実験——自由意志による社会進化の実験」
エリナの姿が明るく輝き、彼女はクレイグに向かって手を伸ばした。「ありがとう、愛しい人。あなたは私の研究を守ってくれた」
クレイグは涙を流しながら前に進み出た。「エリナ...あなたに再会できるのか?」
「私はもう別の現実の一部よ」エリナは悲しげに言った。「でも、境界が薄れれば、時々会えるかもしれない。二つの現実の間で」
エリナの姿が徐々に薄れていく中、彼女は最後の言葉を残した。
「あなたたち三人の絆を大切に。それが新しい世界の象徴になるでしょう」
彼女の姿が完全に消えると同時に、統合ゲートからのエネルギー波が最終段階に達した。それは静かな波となり、境界全体に広がっていった。
マーカスとリアは力を失ったように床に座り込んでいた。彼らの表情には敗北と共に、奇妙な解放感も見えた。長年隠してきた重荷から解放されたかのようだった。
「これで終わりか」マーカスが静かに言った。彼の声には怒りよりも疲れが感じられた。
「いいえ」カレンは台座から降り、彼に歩み寄った。「始まりよ」
アレン、ミラ、カレンの間の光の糸はまだ存在していたが、より穏やかで自然なものになっていた。彼らの能力は変化し、統合され、新しい形で共存するようになっていた。彼らは三位一体の力となっていた。
「私たちはどうなるの?」ミラが尋ねた。彼女の髪は静かな金色に落ち着いていた。
「境界の向こうを見てみよう」アレンは提案した。彼の表情は穏やかで、決意に満ちていた。
四人——アレン、ミラ、カレン、そしてセルジュ——は施設を出て、ネクサスの中心広場に向かった。そこからは、両社会を隔てていた壁が見えた。
しかし、壁は変化していた。かつての不透過性の障壁は半透明になり、両社会の光と影が互いに浸透し合っていた。時間同期塔の青い光と創造節点の虹色の輝きが混ざり合い、新しい光のパターンを形成していた。
「始まったのね」カレンは感嘆の声を上げた。彼女の「ハイブリッド・インターフェース」が微かに共鳴していた。
ネクサスの人々が広場に集まり始めていた。彼らの表情には混乱と驚きと希望が入り混じっていた。同様の光景が壁の両側でも見られた。ユニティアとリベラリアの市民たちが境界に向かって集まり、長年隔てられていた隣人たちを初めて直接見つめていた。
「私たちは何を選ぶのかしら」ミラはアレンを見つめた。彼女の髪は希望と期待を表す明るい金色に変わっていた。
「それが大切なところだ」アレンは微笑んだ。「私たちには選択肢がある」
カレンは弟の肩に手を置いた。「そして私たちは一緒にいられる」
セルジュは彼らを見守りながら、静かに頷いた。「新しい時代の始まりだ」
太陽が昇り始め、その光が三つの世界——ユニティア、リベラリア、そしてネクサス——に同時に降り注いだ。長い夜が明け、境界線の彼方にある未来への第一歩が踏み出されようとしていた。
統合への道は始まったばかりだった。それは困難に満ちた道かもしれない。二百年の分断は簡単に癒えるものではない。しかし、今や人々には選択肢があった。そして、時間と創造と架け橋の三つの力を持つ者たちが、その道を照らすことになるだろう。
アレンは空を見上げ、初めて純粋な希望を感じた。科学者として、彼は新しい可能性を探求する喜びを感じていた。そして一人の人間として、彼は自分が属する場所を見つけたように感じていた——二つの世界の間で、しかし二つの世界に同時に属しながら。
ミラはアレンの手を取った。「分岐点の鏡が示した未来」彼女は静かに言った。「私たちが選んだ道」
アレンは頷き、彼女の手を優しく握り返した。「境界線の彼方に」
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