第14話 開戦!vs副会長?

「尾緒神の机で、何をしているんですか。副会長」

 早朝の学校で、赤堂さんが副会長へと言葉を投げかける。ここは1年5組。俺が所属するクラスの教室だ。赤堂さんが先人切って教室に入り、犯人見たりと胸を張って副会長の前に立ちはだかっている。ほら、当たっていただろ、尾緒神!と言わんばかりのドヤ顔だ。

「先程は、赤堂さんの机も漁っていたようですね。朝早くから下級生、それも女子生徒の机を熱心に漁るなんて、穏やかじゃないですね」

 赤堂さんの机を熱心に漁る副会長の様子を捉えた映像をスマートフォンで再生する。俺は友人の隣に並び立つ。

 俺達2人を見て、副会長は不適にニヤける。

「言い方に悪意があるな、尾緒神。分かっているのだろう、私はまだお前達を疑っている。これは邪な気持ちからの行為ではない」

 それは、赤堂さんが想定していた通りの答えで。ここからは、お互いの思惑の打つけ合いになる。俺は掃除道具入れのロッカーから感じる人の気配に注意を裂きながら、スマホをポケットにしまって副会長を見る。その副会長が口を開く。

「それより2人は、朝早くから一緒なんだな。もしかして、付き合ってでもいるのかな」

 将河辺か誰かの入れ知恵なのだろうか。此方を挑発するような言葉であったが、俺達2人は動揺などしない。そんな関係でもなければ、勘違いされたところでどうでもいい。この2人の中だけで分かっていれば、それでいい。

 俺達2人は、本質的には周囲の意見に飲まれる人間ではないのだ。普段は社会に馴染むために周囲に飲まれるところもあるが、今は違う。

 2人の狩人の目が、副会長をじっと静かに捉えている。少しでも油断を見せれば、その瞬間にその肢体を喰い千切ってやらんとばかりに。


 俺と赤堂さんの腹づもりは、もう決まっていた。


「そんなことはどうでもいいんです。副会長」

「ほう?どうでもいいのか」

 半笑いで見る副会長を赤堂さんが睨む。2人の視線が交差し、ばちばちと火花が散る。俺はそれを、少しだけ冷めた目で見守る。赤堂さんが熱くなっている分、俺は務めて冷静であろうとした。

「ええ。今回の件については、私達が恋人だろうと友達であろうと、どっちもいいですから。副会長にとって重要なのは、私と尾緒神の仲がいいという情報だけ。そうですよね」

 副会長の推理の軸は、どうして赤堂さんがNO部に拘らなくなったのか。そこから紐付けて立てられた俺達の犯行動機。その推理に使われる俺達の関係に必要なことで、恋人の方が不利である点はない。恋人だろうが友人だろうが、たいした差はない。赤堂さんはそう言い切る。

「たしかに、はそうかもな。だが、別の件が起きたときに、その情報は不利に働くかもしれないぞ」

「だったらその時に否定します」

 そもそも、今付き合っていたとして、次にまた生徒会に呼び出された時にも恋人のままだとは限らないだろう。


「そんなことはどうでもいいんです、副会長。それより、話を進めましょう」

 赤堂さんが軽く笑みを浮かべる。何か楽しんでいないか、こいつ。

「話を進める、それには俺も賛成だ。それで、君達は素直に鍵を盗んだと白状してくれるのかな」

「いいえ。何度も言いますが、私達は鍵を盗んでなんていません」

「その証拠はあるのか」

「それは、確証となる証拠を提示してから言って貰っても構いませんか」

 2人が言い争う中、俺はロッカーの中の存在について考えていた。それがいる理由は、撮影、録音が目的か。あるいはそれ以外か。

 将河辺さんが入っていそうな気もするのだが、そこまでの邪悪さも感じない。そもそも、確認した訳でもないのだから、本当に誰かいるのかどうかも怪しい。ただ、俺の勘はそこに人がいると訴え、耳が微かな呼吸の音を拾っているような気がしていた。

 ただし、そちらには視線を向けない。これで誰もいなければ恥ずかしいからだ。

 俺は今、過剰に警戒をしてしまっている可能性がある。


「なんなら、またここで荷物検査をやってもいいですよ。私達は逃げませんから」

 強気の赤堂さんに、副会長は軽く溜息をついた。

「そうか。やっぱりもう、ここにはないのだな」

「どういうことですか?」

「大方、家にでも置いて来ているのだろう。流石の生徒会でも、家宅捜索までは強行できない」

「家を探してもいいですよ」

 赤堂さんがそういうと、副会長は軽く目を見開いた。まるで、まさか捨てたのかと言わんばかりだ。この場の認識として、もう学校に“放送設備の鍵”は残っていない。

 でもそれは、間違いである。

 俺は今、この瞬間に理解する。副会長もまた、鍵の行方を知らないのだと。

 それを知っているのは、俺と―


「そうか。それは困ったな」

 副会長が片手で顔の額を抑える。赤堂さんはそれを見て。


「生徒会選挙、ですよね」


 そう、口を開いた。俺は軽く驚いた。事前の打ち合わせでは、その推理を披露するのは今ではなかったからだ。しかし、赤堂さんは相手の口を割らせるためにかその推理を口にする。そう思ったが、赤堂さんが俺をちらりと見たことでそうではないことを理解する。

 赤堂さんが早い段階で自らの推理を口にしたのは、きっと間違っていた時に早い時間から修正に向かえるようにするため。その為の時間を充分に確保するためだ。

 赤堂さんは、俺の反応を見て瞬時にそちらに計画をシフトさせた。

 俺は、静かに事の成り行きを見守る。


「なんの話だ」

「副会長が、私達に罪を着せた理由です」

「罪を着せた?俺が?お前達に?」

「はい。これは私の妄想です。確証はありません。ですが、そうなんじゃないですか」

 顔の額を抑えたまま、下から睨み付けるようにして副会長は言う。赤堂さんが副会長を犯人だと言ったのには、ちゃんと理由があった。昨日の電話では勘だと言っていたが、今日の登校中に教えてくれた。

「違う。違うが、一応、理由を聞いておこう」

 副会長はそういうが、多少の動揺は見て取れた。赤堂さんは一瞬だけ俺の方に視線を向けて、俺の反応を見た。今見るべきは、俺じゃないだろうに。

 それから、改めて真っ直ぐに副会長を見て言う。

「私達にとって不思議なことのうちの1つは、どうして私達が罪を着せられたのかでした」

「あくまでも自分達は盗っていないと?」

「はい。実際私達は盗っていないので、そう考えるのは自然な筈です」

 副会長は顔を上げ、静かに俺達を見る。

「そこで生徒会選挙に目を付けたと。そうか、お前は俺が、分かり安い手柄を立てる為に罪を着せたと思っているんだな」

「はい」

 堂々とした姿勢で赤堂さんが副会長を見る。今月が終われば、夏休みに入る。夏休みが明けると、文化祭を最後にして現生徒会は解散する。現生徒会が解散すれば当然、次期生徒会選挙が始まる。文化祭中は現生徒会最後の大仕事として先輩を立てるとして、追加で夏休みを除いてしまえば、学校で個人をアピール出来る日数は実はあまり残されてはいない。赤堂さんは、そこに目をつけた。

 俺は当然、生徒会選挙が何月にあるのかなど把握していなかった。次期生徒会長だと囁かれるような人間の噂すら知り得ていない。申し訳ないが、生徒会選挙のことなど、どうでもいいと思っている。だから、この推理を聞いた時には、そういう考え方もあるのかと思った。

 選挙の為の実績作り、私達はそのための犠牲。赤堂さんはそう考え、この場でその考えを突きつけた。

 それを聞いた副会長が口を開く。

「そうか。だが、残念だがそれは違う。こんな不手際の1つや2つを解決したところで、生徒票は動かない。お前らみたいな誰も知らない人間を裁いたところで、対した意味なんてない。それよりも、学校生活の改善を提案した方が票は取れる」

 それはそうだと思った。学校の備品を盗んだ誰かが生徒会によって裁かれたところで、誰もたいして興味がない。一定期間だけ噂になって、それで終わりだ。そんなものを選挙に使ったところで、『ふーん。そうなんだ』としか思われない可能性はある。それよりも、生徒の不満が多い学校設備や校則の改善を提案した方がましだ。例えば、靴箱がもう古いから取り替えて欲しいとか、体育館にエアコンを設置して欲しいとかそういうものだ。実現出来るかどうかはおいておくと、そういった公約を掲げた方が票は入るだろう。

 悪役を倒すヒーローよりも、生活の質を上げてくれるヒーローを、生徒は求めている。

 流石に、どんなに魅力的な公約でも、実現出来ないと思われるような公約では票は入らないけれど。

 “誰かをとっ捕まえたから票を入れる”という考えを大勢の生徒が持つには、それだけの悪事を行った相手が必要だろう。もしくは、もっと大々的な舞台が必要である。だが俺達は、全校生徒から嫌われているような悪役ではない。俺達がこの学校からいなくなったところで、誰も気にしない。


 赤堂さんは、少しだけ苦虫を噛みつぶしたような顔をしていた。そしてギロリと俺を睨み付ける。不機嫌そうな顔が、お前分かっていたなと訴えてくる。赤堂さんは、俺のことを天才か何かだと勘違いをしているのではないだろうか。


 この件は、合理的に考えてはいけない。ただし、推理に必要なヒントも提示されてはいない。俺はただ知ってしまっているだけである。


 赤堂さんが、思考の渦の中へと潜り込む。その影響か、副会長に何か言葉を返すことはなさそうだったので、俺が変わりに口を開いた。

 それで上手くいかなかったのであれば、次のプランに行くべきだ。

「そうですか。それは残念です。こちらの推理も間違っていたようですね」

「これで、俺への誤解は取れたかな」

 副会長が自らの眼鏡の場所を整える。俺はそれに、微笑みだけを返した。横目で赤堂さんを見てみるも、まだ考え続けていて周りが見えてなさそうだ。

 なら、ここは話を切り上げさせて貰おう。元来、俺はタイムリミットが過ぎてしまっても構わないと思っている人間だ。このまま赤堂さんが答えに辿り付くのを待って沈黙になるのも気まずい。

 曖昧にして、誰も悪者を出さずに終わらせる。

 それが、今の俺に出来る譲歩だ。


「では、お互いに核心へは近づけなかったということで。今日はもう、解散にしましょう。いつまでも、この教室で向かい合っている訳にもいかないですし」

 そう切り出した、その時だった。赤堂さんは気づいていないだろうけれど、この教室での空気が変わる。真夏の教室に、蒸し暑い風が入り込む。

 揺れるカーテン、入道雲が綺麗な青空を背景に、副会長が不適な笑みを浮かべた。光の反射で、眼鏡の奥の瞳は隠される。


 いいや、そうはいかない。と、そう言われた気がした。

 やはり相手は、“鍵はないこと前提の計画”を企てていた。


 反射光を逃れた下卑た目が、俺を貫く。標的はただ一人だとでも言わんばかりに。

「悪いが、俺の勝ちだ」


 一瞬のことだった。掃除道具入れのロッカーから、褐色肌の女が飛び出して来る。俺にはそれが見えていた。元々、警戒していた場所である。

 女は拳を握っていて、大きく振りかぶる。

 瞬時の思考。凶器が所持されていないことを脊髄で感じ、脳は事前に考えていたマニュアル通りに動作を停止する。


 俺は、その拳を顔面に貰った。この痛みは、必要経費だ。

 鈍い音がなる。意識が飛びそうになるも、衝撃への耐性は既に持ち合わせている。

「尾緒神!」

 赤堂さんの心配する声が聞こえた。体が引っ張られる。何かしらの投げ技で、俺の体は受け身も取らずに地面に落ちる。その上に女が馬乗りになり、関節を決めて動けなくされてしまう。その際に、ポケットの中に何かを仕込まれる。

 十中八九、放送設備の鍵。その合鍵だろう。これで冤罪は、成立する。


「確保!」

 そんな掛け声と共に、地面に組み伏せられる。一応の抵抗をしてみるも、ちゃんと技を掛けられていて抜けられない。関節が悲鳴を上げる。


「悪いね。後輩くん。私達の青春の為に、罪を着て」

 俺の上にのっかる女に、そんなことを耳元で囁かれた。

 俺達は、どう頑張っても搾取される側なのである。


 赤堂さんの方をみる。彼女は俺を助けようとしているみたいだが、間に立った副会長に阻まれていた。その顔はとても怖いものになっている。いつの間に副会長は、俺達の間にまで割って入って来たのか。


「犯人確保だ!お前達も来てくれ!」

 副会長がそう叫ぶと、ぞろぞろと生徒会の面々がこの教室に現れてくる。頭を掻きながら、「なんだよ、折角階段を張っていたのに」という呟きが聞こえた。

 おそらく、この面々は教室の中の話が聞こえないところで待機させられていたのだろう。俺達が逃げ出した時のために、逃走予想経路で待機しておいてくれという名目で。


 これで、判決の舞台は整えられる。


 赤堂さんの基準で言えば、俺達は負けたのだ。


「嵌めましたね。副会長」

 鋭く睨む赤堂さんに、副会長は何も返さない。


 それにしても、本当にこいつが犯人か。今来た生徒会の面々にそんな目を向けられる。

 不愉快だ。俺は、いつの間にか握ってしまっていた拳に気が付いて慌てて力を抜いた。

「違います!私達は」

 そう声を荒げようとした赤堂さんだったが、すぐに押し黙る。彼女に向けられた視線が、何を訴えても意味がないことを明示していた。後から来た面子の誰もが、彼女の言葉に耳を貸そうとしていない。死んだような目が、犯人の狂言を睨みつける目が。ただじっと、赤堂さんの言い訳を聞き流そうとしている。そんな、目。ここで俺達が何かを言ったところで、誰も信じない。結末は、もう変わらない。

 だって鍵は今、俺のポケットの中にあるのだから。動かぬ証拠ならそこにある。


 こんな経験を、おそらくは赤堂さんもしたことがあるのだろう。血管がはち切れんばかりに怒るその顔に、また失敗したという後悔の色が浮かんでいた。


 副会長は言う。

「やはり、こいつが犯人だった。今は隠してしまっているが、こいつのポケットの中には」


「なんだよ皆して。私だけ仲間外れか?」

 しかしそこに、1つのイレギュラーが発生する。それは、副会長の顔を見れば分かることだった。俺は、意外な展開に口を紡ぐ。こうなるとは思っていなかった。


「会長」

 そこに現れた存在に、全員が注目する。

 生徒会長は、俺を見てやってくれたなという顔で唇の端を苦く釣り上げている。

 俺は、知らん顔をした。


「なんだ、会長も来ていたんですね。副会長は後で報告すると言っていたので、朝は来ていないのかと思いました」

 名前を知らない生徒会の誰かがそう言った。


「会長、丁度いいところにいらっしゃいました。今、鍵の件が終わりまして、犯人は」

「ああ、その件か。その件ならもういい」

 報告をしようとした副会長の言葉を遮りながら、入り口にもたれ掛かっていた会長は教室の中へと入ってくる。

 俺からはもう目を離している。赤堂さんも、事の成り行きを見守っていた。いや、何が起こっているのか分かっていないような顔だ。赤堂さんも、混乱している。


「その件に関しては、既に解決している」

「あの、会長?なにを」

 困惑する現場の中で、会長は自らのポケットの中へと手を突っ込んだ。

 そして、一本の鍵をつまみ出す。

 その鍵には『放送機材用』と書かれたネームプレートが付いていて。


「犯人は、私だ」

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