第13話 戦前の静けさ、戯れる2人

 電話が終わり、思い出したかのように学校鞄を漁る。

 クリアファイルから取り出すのは、2枚の

 1枚は、掃除終わりに生徒会長から渡されたものだ。差出人の詳細は教えて貰えず、この紙についてはただ渡されただけ。二つ折りにされた真っ白い紙の中には、文字が一文。


===

お前が解くな

===


 そしてもう1枚は、午後の休み時間、将河辺と話した後に見つけたものだ。

 逢月が入っていたロッカーの下側に貼りつけられてあったこの紙は、荒み汚れている。

 こちらは、『お前を殺す』と書かれていたものと同様に、紙の中一杯に文字が詰め込まれている。これを読むのには困難が伴った。それほど乱雑に字が敷き詰められているのだ。だから、俺の解釈が正しいとも思ってはいない。

 俺の目で解析しようとした限りは、この紙の一番下の文字は恐らく。


===

助けて

===


 だがその一文には横線が入れられていて


===

助けは来ない

===


 同じ様な大きさの字で、無情にもそう書かれていた。そして紙の中命一杯の広さを使うように。書き殴られている文字が。


===

嫌だ

===


 そして紙の中には、『助けて』や『嫌だ』なんて言葉が違った大きさで、紙を埋め尽くすように沢山書かれていた。誰かとコンタクトを取っているだろう文字は、最初のそれだけだ。

 人が壊れたような状況が簡単に想起できる1枚の紙。その中には、他にも悲鳴や叫びの言葉が書き殴られているのだろうけれど、それらはとても解読出来るようなものではなかった。俺の気持ち的にも、受け止めきれないと思う。


 シャーペンを取り出して、とんっとんっとメモ帳を軽く叩く。左手で前髪を弄びながら、俺はこれらの紙について考える。

 この紙は、全て共通の出来事に対するものなのか、違うのか。

 仮に、全ての紙が共通しているものと考えてみる。

 俺は始め、この紙は赤堂さんに向けられたものだと思っていた。あの殺害予告の紙がそうである。だから最近の俺は、出来るだけ警戒をしていた。学外ではともかく、学内で友達に死なれる訳にはいかない。それは常識的にという訳ではなく、自分勝手な理由でだ。助けられたかもしれないという恐怖を、俺はもう一度体験したくはない。もう二度と、友達だったモノを見るのは嫌だ。

 学外までは手を伸ばせない。俺も一人の人間である以上、そこまで手が回る訳がない。だから、しょうがないと無理矢理にでも割り切るしかない。勿論、標的が俺である可能性だってある。俺だって、誰かに殺されるのはまっぴらごめんだ。

 だから最近は、学内での視線や、赤堂さん周りのことは気にしていた。二枚目の、『お前を殺す』という紙が気になって仕方が無かった。でも、もしかしたらそうではないのかもしれない。最後の紙を見る限り、これが別の誰かに宛てられたもののようにも読める。この紙の中で、犯人と標的がやり取りをしてあるからだ。赤堂さんはまだ、被害者であろう人の書いた文面まで心は壊れてはいないと思う。俺の方は勿論違う。こんなものを書いた覚えはない。しかし、時々見せる赤堂さんの暗い顔が、一様にそうではないかもと思わせる。

 あの状態の赤堂さんが、この最後の紙を書き殴っている可能性もなくはないと思えてしまうからだ。昨日、挑戦状を解いている時に心を閉ざした状態に入った赤堂さんは、その状態である時の記憶が曖昧であるような反応をしていた。塞ぎ込んだ時の記憶を、嫌になった時の記憶を忘れてしまおうとすることは、人間の防衛本能としてあり得ることなのだろうか。

 昨日の挑戦状程度の嫌なことではなく、もっと深刻な出来事があったなら。一時的に記憶が曖昧になる程度ではすまなくなることもあるかもしれない。

 そうだとするのなら、俺は消えた記憶を相手にして立ち舞わなくてはいけなくなる。そしてそれは当然、本人に確認など取れない。なぜなら、本人だって忘れているから。もし仮にそうなら、手紙の相手は誰なのかをはっきりさせることは困難になるかもしれない。

 俺はこの紙の相手が、将河辺だとも思えていない。理由は、俺宛の三枚目の紙だ。掃除の時間の終わり際、あの時間に伝えてくることに違和感がある。なぜなら、俺はその一時間くらい前に将河辺に屋上に呼び出されているからだ。であれば、その要件はその時に伝えればいい。それなのに、そうはしなかった。これを、単に彼女が愉快犯であるだけと捕えてしまってもいいのか。将河辺ならそうすると思えなくもない。だが、そうだとするのなら、何故会長は差出人の名前を俺に教えることを控えたのか。

 将河辺が差し出し主なら、隠す必要はあまりない。あの紙に繋がることになった挑戦状を出したのが将河辺だと、俺達は知っているのだから。でも、

 分かっている。こうなってしまった時点で俺は策に掛かってしまっている。堂々巡りになって、結局は誰が紙の送り主なのかが分からなくなっている。

 そもそも、これらの紙が俺達に宛てられたものだと捉えていいものなのか。

 ただ1つだけ明確なのは、この三枚目の紙だけが、誰に宛てられたものなのかが明確に分かることだ。この紙だけが、俺に宛てられたものだと判明している。


 次に、これらの紙は共通したものではないと考えてみる。そうなると、可能性は無限大だ。ただのいたずらや、ふざけて置いておいただけの可能性だって捨てきれない。一枚目の『あばずれ』の紙なんて、そうだと思えばそういう風にも見えてくるような気がしなくもない。


 ただ、無限の可能性の中で怖く思うのは、本当に殺されてしまう可能性と、いつの間にか全く知らない別の事件に巻き込まれてしまっているのではないかというものだった。

 俺は、そうではないことを祈りつつ、これ以上考えても仕方が無いと、紙を部屋のクリアファイルへと移し替えた。そしてそれを、親も片付けで勝手に手を付けることがないような教科書や参考書の並ぶ勉強棚の中へと押し入れるのであった。

 これについて考えるには、まだ情報が足りなすぎる。4枚の紙だけで、一体何が暴けるというのやら。

 今は、目の前の濡れ衣事件に集中しなければ。


 何時に眠ったのかは覚えていないが、気が付けば朝が来ていた。

 俺は、約束の時間に間に合うように家を出る。

 家族以外の誰かと一緒に登校をしたのは、凄く久し振りのことだった。

 いつも、ただ怠いとしか思えない朝の空気も、誰かと一緒ならばそれほど悪くないと思えたのは、新しい発見である。

 自転車を駐輪場に駐めて、籠の中から学生鞄を取り出して肩に掛ける。振り返ると、既に自転車を駐めた赤堂さんが、コンクリートの壁に背中を預けて息をついていた。途方に暮れたような顔をして、決戦前の空気を自ら作り上げている。

 俺が近づくと、俺を見ないままに口を開く。

「いよいいだな、相棒」

 紅いマフラーを握りながら言う赤堂さんに、俺は合わせる。

 紙の真相はともかくとして、濡れ衣の方は今日が期限なのだ。

 でも俺は、それほど気負ってはいなかった。気負って変なミスを犯してしまう方が最悪なうえに、誰かに何かを悟られても困る。

 紙については、あくまで何も知らないし、何かを探ろうともしていない体を貫くつもりだ。そういうのは得意である。

 だから俺は、いつもと変わらない調子で彼女に声をかける。

「そうだな、準備は出来ているか」

「ああ。当然だ」

 意気込み、歩き出した赤堂さんに付き添うようにして、駐輪場の外に出る。ここから向かい合うようにして聳え立つ校舎を前に、赤堂さんは深呼吸を1つ入れている。緊張でもしているのだろうか。

 俺の視線に気が付いた赤堂さんが、不服そうな顔をしながら拳で軽く俺の肩を小突いてきた。

「お前は緊張しないのかよ、尾緒神」

「まあ、失敗がないからな」

「失敗はあるだろ。最悪、私達は濡れ衣を着て犯人にされるかもしれないし、副会長が真犯人じゃないかもしれない」

 そうか。そういう失敗もあるのか。

「そうだな。でも、それで1人にはならない。お前がいる限り、今回の俺には失うもが何もない」

 だから何も怖くなんてないし、心配にもならない。どうなったって、友達コイツと笑い合えることには変わりないのだ。そういう未来を俺は目指してみようと思っている。だから、失敗なんて出来ない。

 赤堂さんが歩みを止めたので、何かと思って振り返ってみると、ぷるぷると震えながらぐっと何か言葉を呑み込んでいるようだった。そして謎に睨み付けるような、笑顔を必死に我慢するような顔をして俺を見る。

「まったく、嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか」

「お前は違うのか」

 純粋にそう聞いてみる。

「いいや、私だって同じだ。そうだな、確かに緊張する方が馬鹿ってもんだ」

 ニッと赤堂さんが笑う。いや、馬鹿とまでは思ってない。実際、俺も緊張はしている。見せてはいないだけで。

「そうだよな、私にはお前がいる。失うものなんて、ないんだ」

 そう言って赤堂さんは再び歩き出す。

「なあ、尾緒神。明日は何をしようか」

「そうだな、まずは今日のことを終わらせてから考えようか」

「む。急にノリが悪くなったな」

 当然だ。そう何日もこういう出来事があってたまるか。それに。

「明日なんて考えて足下を救われても困るからな。やるからには勝つんだろ、相棒」

 この次になってしまうかもしれない案件は、今は俺が抱えておく。

 拳を差し出してみると、赤堂さんが目を丸くしてから凄く嬉しそうな笑顔に表情を変えていく。

「あたぼうよ!」

 そう言って合わせられた拳は、少しだけ痛かった。でもそれは、悪くはない痛みで。

 付き合わせた拳に、なんだか心が支えられているような不思議な気持ちがした。


 こんなやり取りは凄く、友達らしいことではないのだろうかと、俺は思った。

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