IFルート

小城海馬

別の世界

1945年8月15日、日本は第二次世界大戦に敗れた。しかし、ソ連は日本が降伏してもなお侵攻を続け、満州や千島列島、そして北日本を占領した。それから2ヶ月後の10月8日、日本列島は北緯37度を挟んで南に日本国、北に日本民主共和国が成立した。日本国は民主主義を採用していて、東京が首都。そして日本民主共和国は社会主義を採用していて、札幌が首都。これらのことは、俺が学校の歴史の授業で習った内容だ。俺は北日本との国境のすぐ近くにある、南日本の長岡市に住んでいる。長岡は元々北日本だったが、1959年に勃発した日本戦争によって少しだけ国境が変わり、南日本に編入された。少し北に行くだけで北日本との国境になってしまうので、幼少期から親にも学校の先生にも北には行くなと言われてきた。友達と悪ふざけで北に行ったバカなやつを見たことがあるが、そいついわく国境近くに高さ3メートルはある有刺鉄線があって、その先に行けなくなっているらしい。小さいときはどうせ北に行くことなんてないだろうし、どうでもいいと思っていた。しかし、俺は今北に行っている。なぜ俺が北に行っているのか、自分にも分からない。なぜか体が勝手に動いたような感じだ。

「うおっ」

歩いていると急に大量の鳥が飛び立ち、俺は思わず声を出す。鳥の羽ばたく音が遠ざかり、再び辺りに静寂が戻る。俺は歩みを続ける。5分ほどすると、いきなり空気が変わった。これが北の空気か。まもなく、目の前に高さ3メートルほどある古びた有刺鉄線が現れた。この奥が、北日本。俺は2分くらいずっと有刺鉄線の奥を見る。ふと俺は右に大きな樹木があるのに気づいた。樹木の下には入り口のような大きな穴がある。俺は引き寄せられるようにその樹木のところまで行き、穴を覗き込んだ。

「暗くてよく見えないな……」

俺はライトで穴の中を明るくするために、スマホを取り出そうとする。その瞬間――

「うわっ!」

俺の足が滑り、穴の中へ滑り落ちてしまう。俺はどこかに掴もうとするが、そんな場所はどこにもない。そのまま俺は滑り台を滑るように、暗闇へ落ちていった。


「だ、大丈夫ですか……!?えっと、こういうときは救急車……?早く呼ばないと……!」

うーん……あれ、ここどこだ……?なんか女の声が聞こえるな……。俺はゆっくりと目を開く。

「あ、起きた……!あの、大丈夫ですか……?」

茶色い髪の女が俺に声を掛ける。とても心配した顔だ。俺は身を起こし、何があったか思い出そうとする。確か俺は……そうだ、北に行って大きな樹木の穴に落ちたんだった。俺は周りを見渡す。見た感じ普通の住宅街で、近くにある電柱には「巣鴨 5-13」と書いてあった。巣鴨って、確か東京?なんで俺は東京にいるんだ……?俺が困惑していると、女が口を開いた。

「大丈夫ですか?ここに倒れてたんですけど……体調とか悪くありませんか?」

女は本気で俺のことを心配してくれているらしい。

「あの、ここって東京ですか?」

俺は思ったことを訊く。すると、女はきょとんとした顔をした。

「え?ああ、そうですけど……知らないで来たんですか?」

俺はどう答えるべきか悩む。元々新潟にいたと言ったら、変なやつと思われるかもしれない。

「いや、ちょっと前の記憶が曖昧で……」

俺がそう言うと、女はもっと心配した顔をする。

「本当に大丈夫ですか……?良ければ私の家で少し休みませんか?すぐそこなので」

「え、良いんですか?」

「はい。自分で言うのはあれですが、私は困ってる人は放っておけないんです。ほら、行きましょう」

女は俺に手を差し出す。俺はその手を取り、立ち上がる。

「名前、教えてくれますか?」

女の家へ歩きながら、女が俺に訊く。

「湯河原志木です。あなたは?」

「榎本彩です」

彩は優しい声で自分の名を名乗る。まもなく俺たちは7階建ての「グランステージ巣鴨」という名前のマンションに着いた。

「こっちです」

俺たちはマンションの中に入り、小さめのエレベーターに乗った。エレベーターが動き出し、少し自分の体が重く感じるようになる。エレベーターは6階で止まり、俺たちはエレベーターを降りる。彩は604と書かれた扉の前で止まり、扉の鍵穴に鍵を差し込む。カチャッという音がすると、彩は扉を開けた。

「お邪魔します」

俺はそう言って中に入る。扉の中はシャンプーのような良い匂いがして、その匂いは俺が初めて女の部屋に入ったことを思い出させた。俺は小さい玄関でぎこちなく靴を脱ぎ、彩のあとを追って狭い廊下を抜け、リビングに入る。リビングの中は狭かったが、物や家具が綺麗に置かれていて生活感を感じるような部屋だった。

「お茶いりますか?」

彩はキッチンでコップを出しながら俺に訊く。

「じゃあ、お願いします」

「あと、テレビ自由に見ていいですよ」

彩はキッチンでお湯を沸かしている。

「ありがとうございます」

俺はテレビの前に置かれているリモコンを手に取り、ソファに座って電源ボタンを押す。すると、テレビの画面が付いてニュース番組が映った。ちょうどテレビでは、全国の天気予報をしていた。しかし、俺はその天気予報を見てすぐに違和感を覚えた。

「え……?」

なんと、テレビでは北日本の天気も一緒に予報していたのだ。それに、北日本との国境が書かれていない。まるで北日本と南日本が同じ国のように書かれている。

「札幌や旭川では、明日の午前7時頃まで断続的に雨が降るでしょう。東北地方は曇り、関東地方は今日一日晴れるでしょう」

女性のアナウンサーが、混乱する俺を差し置いて明るい声で説明する。その説明で、俺はさらに混乱する。

「あの……大丈夫ですか……?ちょっとそこのソファで横になっててください」

混乱する俺を見て、彩が心配するように言う。

「このニュース、おかしくないですか?」

俺のその言葉に、彩は首をかしげる。

「おかしい?何か変ですか?」

「だって、このニュースの天気予報、まるで北日本と南日本が同じ国のように書かれてますよ」

彩は眉をひそめる。そして、口を開く。

「……?同じ国も何も、日本は全部1つの国ですよ」

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