第11話 千桜

薄紫の空に映るは、虹色に輝く湖。

水の上は小さな舟を浮かし、行き交うここは『水ノ国』

波のない湖を統率するは『開師人』で、その影で支えるは『閉師人』であった。


どの世にも平和を脅かすモノがいたけれど、この国を支えている二つの力は大きく、人々は皆恵まれ、争いもない本当に波のひとつない湖の国だった。


その湖の真ん中に、それはそれは大きな神の木が一つあった。普段は花をつける事のないこの木は、千年に一度だけ薄い桃色の花を咲かすと言われていて、人々は皆…「その花が咲くらしい」と口々に噂し、喜びを待ち望んでいた。


しかもその花が咲く年に、閉師人と開師人の元に子が生まれるとあって、人々は皆それを「神の子」と呼び…生まれて来た。それが…


『千桜』と『幽鈴』であった。


二人は「神の子」として沢山の人に愛されて、可愛がられて育っていったのだった。


「千桜!我とお団子屋に行こう、早く!」

「お前は中華の言の葉は終わったのかよ」

「中華の言の葉なんかやらん、我には必要ない!」

千桜の着物の袖でをグイグイ引っ張って千桜はガクガク揺れていた。

「千桜殿、私と一緒にお花を摘みに行きましょう」

そう言うのは、千桜と同じ『閉師人』の一門である彩芽だ。

「はぁ?千桜は花になんか興味はないのじゃ!帰れ」

「千桜殿、彩芽と一緒にお花を摘みに!」

彩芽は私が必死に手を広げているのに、パシッと手でどけて千桜の腕を掴んだ。

「あっ!」

私はほっぺを膨らまして、反対側の千桜の腕を掴んだ。

グイグイ両方の腕を引っ張られた千桜の袖はビリッと破けた。

何故だろう…他の人が千桜に触れている事に、無償に怒りが湧き上がった。

これが九つの年。


「千桜!我とお団子屋に行こう、早く!」

「うるせぇな…一人で食って来いよ」

「この…うつけもの!一緒に食うから美味しいのじゃ」

千桜の前に綺麗に並んだお団子のお皿をドンと置いた。

「ほら、食うてみ」

私はみたらしのかかったお団子の串を千桜の口に持って行く。

「な?美味いじゃろ」

私が満面の笑みで言うものだから、呆れた顔の千桜もつられて優しく笑った。

「千桜殿、わたくしと一緒に夜の里をお散歩しませんか?」

そう言うは、またしても一門の彩芽であった。

「出たな、彩芽!夜の里とは穢らわしい女よのぅ」

私はお団子を口の中に含みモグモグしながら言った。

「まぁ、なんて礼儀のない…さすが開師人ね」

私はモグモグしながら目を細め、舌打ちをした。

「と言うか…貴女と千桜殿はどうせ結ばれないのだから、いい加減目を覚ましなさいよ!あなたは開師人なんだから」

私は彩芽に背を向けたまま、黙った。


結ばれない。


とは、幼き頃からどこかで言われていたと思う。

それでも、小さい頃の私にはその意味は分からずに、なんとなく(嫌な響きの言葉じゃな…)くらいにしか思わずに、見て見ぬフリをして来た。

それでも日が経てば人は成長するし、その意味がどういう物なのか…理解してしまう。

だから、自分の気持ちにも気づかないフリをしながら、生きるしかなかった。

それでも、千桜が他の誰かと居れば胸がザワザワと騒いでしまって…

それは日に日に私の胸を痛くさせた。

それでも、泣くのは悔しいし、認める事になりそうで…だから、

「はぁ?別に千桜とは友達だから、お前にはなんも関係ないじゃろ」


…と、『友』という言葉に逃げたんだ。

絶対に泣いたりしない。泣いてたまるか。

これが十八の年。


ある日、彩芽の父『閉師人を牛耳る当主』が、使いの者をよこして千桜を呼んでいた。

その使いの者が千桜に話しかけているのを、私は千桜の横で聞いていた。


(どんな顔をしたらいい?)


千桜とは少しも目を合わさず、私は聞いていない『フリ』をした。

ズサッと千桜がゆっくり立ち上がる、袴の音…

その後の千桜が離れて行く足音を、聞いているのがしんどかった。

残った私は一人、その部屋の窓から、静かにそよぐ葉を見ていた。


夕方になっても、千桜は帰って来なかった。

「遅いなぁ、千桜のやつ!」

わざと声に出して言った。自分の心を…抑えるように。

心臓がザワザワして煩いから、鎮める為にと、自分の一番好きな湖の麓に向かって足を運んだ。


そこには、夕焼けの湖に照らされた、千桜と彩芽の二人がいたのだった。

私の足は、動かなくなった。


「見たくないのに…」


千桜と彩芽は向かい合って何かを話しているようだった。


見たくないのに…

なぜ、目を逸らせないんじゃろう…


心臓の鼓動が激しくなって、胸が苦しくなった。


でも…このまま二人を見ていたら…

諦めがつく…かもしれない。


そう思って、苦しい胸を抑えて…二人を見た。

すると、遠くにいる彩芽が、千桜に駆け寄って腕を掴んでいた。


ドクンッ…


もう立っていられないくらいに、視界が歪む。

「泣くな…泣くな、私」

今にも泣いてしまいそうな自分が怖くなって、

私はその場から、走って離れたのだ。


これが十八の年。


そんな幽鈴は開師人の力を、一族で一番習得していた。

千桜もまた…閉師人としての力を一族で一番操れた。

幽鈴は舞も踊れ、彼女が舞うと綺麗な雨が降った。

千桜は武芸に優れて、剣を振るうと虹が現れたそうな。


二人は何特別な事をしたわけでもなく、

平和の世界に力などいらないはずで、

それなのに小さい頃から当たり前のように力を育てられて、

それぞれ美しく輝く二人を、人々はみんな

『神の子』と祈り崇めて、御守りにしたのだった。


二人はいつも一緒にいたし、一緒に育ってきた。

でも、開師人と閉師人の婚約は認められていなかった。

純血ではなくなるから…と。

なので、結ばれない二人でもあったのだ。


なんの為に力を育て、

恋する事をも許されない世界に

生み落とされた…悲しい宿命を持つ子達だった。


その裏で、同じ様に宿命を持つ二人がいた。

『砂原 碧』と『砂原 翠』

二人の歳は、千桜と幽鈴と同じだった。

そして、開師人と閉師人の間に生まれた子だったのだ。

その父と母は罪人とされ、二人が生まれてから人に気がつかれない場所で処刑され、碧と翠はその二人の念により育てられた。親は…黒きモノだった。


『望まれない』

『生まれて来てはいけない』

モノとして、薄暗い闇の中で二人は育った。

それでも二人は幸せだったのだ。

黒きモノだとしても父も母も、双子の兄弟がいる事で、何も知らずに生きていられたから。

そこが薄暗い暗闇だと、知るまでは、幸せだった。


それでもこの国にいれば輝く二人を見ない事は不可能で、碧と翠がその事を知るのには、そう時間はかからなかった。二人は両親が黒きモノである事を知り、悲しみ明け暮れた。だからと言って、どういう風にしていいかもわからず『普通ではない』両親と暮らす事に、笑えなくなって行ったのだった。それでも

「大丈夫だよ、翠。僕がいるから」

碧は翠の前ではいつもの様に笑い、翠を安心させていた。

小さい碧が一人で背負うには、あまりにも大きすぎる『哀しみ』だった。それはやがて…呪いを生み出すものになってしまう。


ある日の事だった。翠がいつもの様に遊んで家に帰ると

「兄ちゃん?兄ちゃん…?」

翠がそっと古い木の襖をガタガタと開けると、そこには夕焼けの影に碧が立っていた。手には赤黒く光る剣を持っていた。その目の前の畳には、黒く焦げた跡のようなものが二つあった。

「兄ちゃん…どうしたの?」

髪の毛で碧の顔は見えなかった。

「翠…」

夕焼けに焦がされた影の中で、碧は翠の方を向いた。


「血も…出ないなんて」


碧はそう言うと、悲しく笑って一粒の涙を溢した。

その日から『砂原』は呪いの術を身につけてしまった。

ある意味、開師人や閉師人よりも強い力なのかもしれない…だから、二つが交わる婚姻は認められていない世界だったのだ。


碧は一人で修行を積み、誰にも期待をせずに、ただ一人で自分の力を磨いた。

両親を殺したこの世を憎みながら。

「開師人も閉師人も許さない…」

碧は、この世の助けを求める人の声に耳を傾けて、恋で悩む人がいればその人が手に入る為の術をかけ、小さな塊だった物はどんどん大きくなり、人々の中に『恐怖』が生まれ争いが起きた。


黒きモノが色々な場所から生まれ、閉師人はそれを力で玉の中に封じ込め、開師人はそれを斬り消した。


「幽鈴!」

幽鈴の周りに黒いモノが渦巻く。

千桜は目にも映らないほどの速さで黒いモノを蒼い光で閉じ込める。

「きゃあっ」

足場が悪いこの場所で黒きモノと戦うのは至難の業だった。それでも無数の黒い風が吹き荒れて幽鈴は崖から落ちそうになった。

シュッ!

落ちそうになった幽鈴を背中で受け止める白いモノ。

「小次郎…助かった」

小次郎の背中から、空に陣を敷く。


「雨ヨ…天ノ雫となりて…」


雨雲が立ち込めて、その雲は割れ、天が黄金色に輝くと、無数の青く光った蝶々が一斉に天に登って、雨が降り出した。黒い風を斬るほどの鋭い雨は、周りにいる黒きモノを一掃した。


終わりの見えない戦いが、毎日絶えずにどこかで起こる様になった。


「我のお団子屋が…」

幽鈴は行きつけのお団子屋が見るも無惨に崩れているのを見て、膝を落とした。千桜は何も言わずに頭をポン…とした。

その後、千桜に引きずられるままに、私は家の檜の浴槽に入れられた。

「この窓から見える湖は…今もこんなに美しいままなのに…」

「そうだな…」

窓の縁に座って外を見る千桜が呟いた。

湖の上に浮かぶ灯籠が水面に揺らされていた。

「もうすぐ…十五夜じゃな…」

私は今にも泣きそうな空を見上げて言った。


十五夜の日には『湖を清める巫女神楽』が毎年行われた。

この国を囲む湖と、その国の繁栄を願って。

巫女舞では、千年に一度…と言われた千桜は笛を吹き、そして幽鈴は天女の衣に身を包み、舞を舞った。

千桜の吹く笛は、千桜以外に吹く事はできないものだった。

千桜が吹く笛の音色は、それはとても素晴らしいものであり、聴くもの全てが耳を奪われてしまった。

幽鈴が纏う衣も『天女』と呼ばれたものにしか着れないものだった。

幽鈴はその透き通るような天女の衣に身を包み、それはとても美しい舞を踊り、見るもの全ての心を奪った。

千桜と幽鈴、この二人にしか出来ないこの舞は、毎年一度お祭りの前に行われる。

一年に一度しか見られないこの巫女舞を、国の人々は楽しみに、見にくるのであった。


「…ふぅ」

天女の衣に身を包んだ私は、一つ深呼吸をした。

毎年の事なのに、今回はなぜか緊張感が私を締め付けていた。

遠くに、黒い着物に身を包んだ千桜が笛を横にし、唇をつけて瞑想をしていた。


ドクンッ…


あの日から、千桜を見ると私は、夕焼けに映る二人を思い出してしまい、心臓が鼓動してしまう事が増えた。

千桜からバッと目を離すと、心臓に手を置いて呼吸を整えた。

「こんな状態で、私…」

今までは『千年に一度』と謳われる事が、毎年どこか重たくのしかかっていたと思う。それでも、千桜の吹く笛の音色が美しいから、どうにか続けてこられた。

私はきっと、どんな場所でも…

そんな風に、千桜の存在に救われていたんだと思う。

ただ、隣に居てくれるだけで…

頑張って、生きてこられた。

明日が来る事が、楽しみにしていられた。


でも…

もうそれも叶わなくなるのかもしれない…?


千桜の隣にいるのは、もうこれから先は、

『他の誰か』なのかもしれない。


そう考えるだけで、私の呼吸は荒くなり、乱れた。

この呼吸の苦しさは一体なんなんだろう。

何かの病気にでも、かかってしまったのかもしれない。

そう思いながら、私は衣をギュッと掴んだ。


舞台に上がる私の足が、微かに震えてしまう。

(あんなに沢山の人が見に来ているのに…)

目の前にいる人達が、波打つかの様に揺れてしまう。

千桜はまだ目を瞑ったまま、笛に唇を当てていた。


不安を抱えたまま、私は舞台の真ん中に立った。

「…千桜」

私の口から、そっと…彼の名がこぼれた。

その瞬間…その声が聞こえたかの様に、千桜がゆっくり目を開けた。

すると…


「幽鈴」


千桜が、口だけを動かして、

私の名を呼んで、優しく微笑んだ。


さっきまで止まらないくらいに鼓動していた私の心臓は、一瞬にして平常を取り戻した。ううん…さっきよりも、更に鼓動しているかもしれん。

それでも、舞を踊るには充分なほどの心持ちに変わった。


千桜の笛の音色が流れ出すと、私はその音色にまた包まれるようにして、巫女舞を踊ったのだった。

この、二人にしか分からない空間が、

たまらなく幸せじゃった…。


そして『十五夜の夜に花が咲く』と言われたこの日は、花火があがるらしく、いつもよりも街が賑やかだった。久しぶりに平和を感じられる様に街が騒いでいた。

私もいつもよりは可愛く着飾った。

(べ、別に誰の為でもないからな)

珍しく白に桃色の華が咲く着物に身を包み、金と薄紫と桃色の華があしらった髪飾りを髪に付けて、目の上は少し濃いめの赤で線を引いた。

「よしっ」

私が外に出ると、千桜は黒い着物に朱色の花の蕾が美しく描かれた着物を着ていて、口に煙草をくわえていた。

「ちょっと!着物が煙草臭くなるじゃろ」

私は怒って千桜の煙草を口から取り出した。


「…えっ」


その瞬間、千桜は私の背中に手を伸ばして抱き寄せた。

唇が重なる直前のところまで口を近づけると

フゥ…っと白い煙を私に吐いた。


「…おい、千桜!何してくれてんねん」

私が睨みつけると千桜はサッと離れて、悪戯に笑って逃げ回った。

「もーー!!」

私は拳を握って逃げ回る千桜を追いかけた。


煙草も、千桜じゃない誰かが吸っていても何も思わない。

やめろ!…とは言うが、本当は煙草を吸う千桜の姿に、私の胸は熱くなる。

嫌なはずの煙でさえ…ちょっと甘く香るのじゃ。

今日は…化粧をちょっと濃くしていて…良かった。

私の頬が紅く染まってしまった事は、

千桜には気づかれないだろうから。


逃げ回る千桜を追いかけながら

「この時間がずっと続いたらいいのに…」…と、心から願った。


結ばれない…って、わかってる。


「おいっ!置いて行くぞ」

「ちょっと待て」

私は千桜の結われた黒い髪を追いかけた。

「なにこれ、可愛いのぅ」

「はずれンだろ、触んな!」

千桜が結われた髪を風に揺らす。

「いいじゃろ、ちょっとくらい」

足をバタバタさせて、千桜の腕に私の腕を絡めた。


いいよね…今日くらい。


人々は皆花火が上がる場所に向かっていて、すごい人混みが道の上を塞いでいた。

私は背が低いのでぴょこぴょこしながら歩いて、たまに人混みに当たって体がよろめいた。

「…ん」

それだけ言うと、千桜は自分の手を私に差し出してくれた。


結ばれない…って、分かってる。


私の顔はボッと燃える様な音がして、真っ赤になった。

それでも千桜は前を向いて歩いていたので、私は赤くなった顔のまま、千桜の手に、自分の手を絡ませた。

手を繋いだまま、千桜の後ろ姿を見ていた。

すごい人混みで煩いはずの人の声も、笑い声も、何にも聞こえない。

すごく…すごく静かに、繋いだ手の温もりを感じていた。

気がつくと、私の目から…涙が溢れていた。


泣きたくないのに…泣いたらもっと苦しくなってしまう。

結ばれないと分かってるけど…千桜と、本当はずっと一緒に居たいのじゃ。

どうか…今日だけは、私が泣くのを、

許してください。


千桜が一瞬振り向いて私を見ると、笑ってまた前を向いた。

その時、ギュッ…と、手を強く握りしめてくれた。

私には、充分過ぎるほどの千桜の温もりで、

繋いでいない方の手で自分の顔を押さえて、思い切り泣いた。

苦しくて、息が出来なかった。

私にとって、この苦しさが『人を想う』事と…教えたからだ。


―千桜―


「千桜!お団子食いに行こう」

また幽鈴はお団子を食いに行こうって言ってる。

「そんなに食べたら、お団子みたいな体になるぞ」

「お団子みたいな体に⁈」

そう言うと、頬に手を当て目を輝かせていた幽鈴。

きっと幽鈴の事だから、三色の色をした着物を着ている想像でもしたんだろうな。

「千桜殿、私とお花を摘みに行きましょう」

声の方に目をやると、自分と同じ一門の彩芽だ。

「はぁ?千桜は花になんか興味はないのじゃ!帰れ」

そう言いながら両手いっぱい広げる幽鈴がいた。

顔は膨れ、怒っているみたいだった。

さっきまで団子になりたいと笑っていたのに。

色んな顔するのが、面白くて、その姿を見て笑った。

これが九つの時。


「千桜!お団子食いに行こう!」

お前の頭はお団子のことばっかりだな!

「うるせぇな…一人で食って来いよ」

いつもお団子の事ばかり考えているお前に腹が立った。

でも、俺がそう言えば、お前は今度は怒るんだろ?

「この…うつけもの!一緒に食うから美味しいのじゃ」

…ほらな、笑ってたと思ったら、次は怒ってる。

でも…そうだな。一緒に食うから美味しいんだな。

そう思いながら、今度は幸せそうな顔してる幽鈴を見て、俺は呆れた様に笑った。

「千桜殿、わたくしと一緒に夜の里をお散歩しませんか?」

そう言うは、一門の彩芽であった。

その時も俺は、幽鈴の方を見ていた。

「出たな、彩芽!夜の里とは穢らわしい女よのぅ」

幽鈴は馬鹿にした様な顔をして、お団子を頬張った。

「と言うか…貴女と千桜殿はどうせ結ばれないのだから、いい加減目を覚ましなさいよ!あなたは開師人なんだから」

俺は…お前の顔で唯一見れていない顔がある。


幽鈴は彩芽に背を向けて、黙っていた。


この日、俺は彩芽の父に呼ばれた。彩芽の父は『閉師人』一番を治める当主であり、俺と彩芽が婚約する事で、閉師人の良の血が流れる子が生まれる事を望んでおり、千年に一度と謳われた閉師人の俺は、格好の餌食だった。


彩芽の上には、長兄にあたる『才賀』がいて、その才賀がそこの一門を継げばいいのに…と、思いながらその門の当主の元へと向かった。


重い木の扉を両手で開けると、当主の左隣には彩芽がいて、俺が足を踏み入れると一礼した。

俺も、当主に向かって一礼する。

それでもこれから話される事は、俺が聞きたくないものだけど…。


「よくぞ、来てくれた。もう分かっているとは思うが、彩芽との婚約についてだ」


頭をあげると、当主の右隣にいる才賀が面白くなさそうな顔をして、俺を見ていた。それはそうだろう。才賀は一番の後継ぎには自分だと思って生きて来たのだから…後から生まれ出て来た他者が後継ぎになるなんて…面白くないに決まっている。


「彩芽然り、この一門の行先を…よろしく頼むぞ」


ゆっくりと放たれたこの言葉は、重たい矢となり自分に突き刺さった。


門を出ようとしたら、パタパタ音をさせて彩芽が駆け寄ってきた。

「千桜殿、少しお時間貰えますか?」

「あぁ…」

面倒だったが、いつまでも逃げ続けられないと…受け入れた。


湖のほとりを歩きながら、彩芽と話しをした。

「…千桜殿は、どう思われているのですか?」

彩芽は歩く俺の後ろを歩いて、聞いて来た。

「どう…って?」

振り返ることもせず、聞き返した。

「わたくしとの婚約について…と言うか…」

彩芽は照れたように続けた。

「わたくしのことを、どう想っていますか?」

俺は、歩くのを止めた。

「あぁ…」


話すのに、ずっと歩いていたから、気が付かなかった。


「そうだよな…」


俺は、自分のいる場所を見て、笑いそうになった。


「千桜殿!わたくしは、真面目に聞いています!」

そう言うと、彩芽は駆け寄って来て、俺の腕を掴んだ。


自分が立っている場所には、湖の水が当たる場所に、

浮いたように置かれている木があった。

ちょうど、二人分、座れるほどの大きさの…。


「ごめん…俺さ…」


気がつかずに、ずっと歩いて来たその場所は…

アイツが一番好きな場所だった。

そんな事にも気がつかないくらい、俺…


「あいつのことが、好きだ…」

俺は、笑いながら、涙を流した。


「…っ!だったら、閉師人だとか開師人とかそんなの考えたりしないで…そんなに想ってるなら、全部捨てて添い遂げたらいいじゃない!!」

彩芽は今までに聞いたことのない程に、声を荒らげて言った。

「家紋とか家族とか、そんな簡単に全ての事を放り出せるアイツだったら…

最初から好きになんか、なってねぇよ!」


それが出来ないアイツだから、

惚れたんだ。


これが十八つの時。


時は目まぐるしくも川の流れのようにうつろゆく。

もうすぐ十五夜のお祭りだ…

俺は幽鈴を誘って、いつもよりちゃんと着飾った。

「アイツうるせぇからな…」

そう呟いて笑いながら、口に咥えた紐で髪を一つに結った。

待ち合わせた場所に行くと、幽鈴はいつもとは違う桃色の花が咲く着物に身を包んでいた。

胸が一瞬鼓動したけど、俺はそれを隠すように、幽鈴を抱き寄せて煙草の煙を吐いたんだ。

アイツは怒って俺の背中を追いかけていたけど、幽鈴の方に顔を向ける事は出来なかった。真っ赤になった顔を、そっと…手で隠していたから。


俺は…お前の顔で唯一見れていない顔がある。


人混みで道が塞がれていた。

小さい背を一生懸命に伸ばして、楽しさを隠し切れずに目を輝かせている幽鈴は…相変わらず可愛かった。

さっきまで頬膨らまして怒っていたのにな。

そう思いながら笑った。

道ゆく人が幽鈴にぶつかるから、俺は手を差し伸べた。

一瞬、間があったけど、幽鈴は手を絡めて来た。

その一瞬の間の中にある感情に、俺は気づいてしまって、思わず後ろを振り返ってしまった。


幽鈴は静かに涙を流していた。


俺が…唯一、見れていない顔…。

胸が張り裂けそうになった。


小さい頃から、事あるごとに『結ばれない』と言われ続けた。

俺らは、その言葉の意味に触れられなかったよな。

笑ったり、怒ったり、色んな顔をする事でお前は…

想い、閉じ込めていたのかな。

そんな顔がいちいち愛しい…って思ってる事に気づいてからは

誰にもこの気持ちは、悟られたくなんかなかった。

誰にも知られたくなかった。

分かってもらえなくていい…

俺だけが…お前を好きだって知ってる。

これは、人に理解できるような簡単なものじゃないから。

だから『結ばれない』と言われても、

俺にはどうでもいい事だった。


お前の側にいられるなら…

それでいいよ。


だけど、その顔…他の奴に見せたくねぇ。

だから…


どうか、今日だけは…

泣いた彼女を抱きしめ…隠す事を、

許してください。


そう思いながら、俺は幽鈴の手を強く握ったんだ。


花火が上がる場所には大きな木があった。

花が咲くと言われても実際に咲くわけではないから、花火をあげる事でみんなはそれを十五夜のお祝いとした。

心踊っていたのは、皆同じだろう。

ここにいる人達みんなが、それぞに愛する人がいて、そんな誰かを思いながら花火を見て、永遠を誓うのだろう。


そんな風に思いながら空を見上げると、その空はいきなり真っ黒になり渦巻きだした。ざわざわと人々が騒ぎ出す。

「黒きモノじゃないのか」

「おい、ここにいて大丈夫なのか」

「やばくないか、逃げた方がいいんじゃないのか」

そんな声が埋め尽くした時だった。

空からたくさんの黒きモノがものすごい勢いで速さで飛び交い出した。

さっきまで楽しそうにしていた声は、悲鳴に変わり、人々は逃げ惑った。

私は逃げ惑う人の中で押しつぶされそうになっていた。

「幽鈴!」

人の波に飲み込まれそうになりながら、千桜の姿を探す。

「千桜…」

黒きモノが逃げ惑う人に取り憑く。

うわぁあああ!取り憑かれた人達が泣き叫ぶ。

あまりにも量が多すぎて、人がいすぎて陣を敷く事すら出来ない。


「お前…開師人だな…」

低い声がして、振り向こうとしたら首元を腕でしめられた。

絞められた首から腕を解こうとしたけど、男の力を振り解くのは不可能だった。

真横に顔が近づいた時に、栗色の髪の毛の横顔が見えた。

「ねぇ…あそこにいるのは…キミの恋人?」

爽やかな声に変わり、赤黒く燃える剣で千桜を指差す。

「そっか…あれが噂の閉師人か」

街は炎で包まれて、黒きモノに追われて逃げ惑う人も炎に焼かれて、人は少なくなり、呻き声や啜り泣く声だけがしていた。


捕まった私の前に、千桜が立つ。

炎と燃えきった煤が風に舞う。

「今日は楽しい、楽しい十五夜だったのに…台無しにしちゃったみたいで…ごめんね。僕は碧だよ。君たちと同じ様に、同じ年月に生まれたんだ。でも…」

首を絞める腕の力が強まる。

「君たちと違うのは、生まれて来てはいけなかったという事。なんでなの?同じ人間でしょ…」

千桜が地面に上がる炎を使って、ゆっくりと煙草に火をつけた。

フゥ…と静かに煙を吐く。

「ねぇ…教えてよ…僕等の生きる意味を…意味が欲しいんだ。だから…」

碧の手にある剣が、更に温度を上げた。


「殺す…ね」


碧が私をドサッと地面に落とすと、剣を私に向け振り翳そうとした。

「……ナレ」

千桜が呟くと、地面が大きく揺れて蒼白い光りが色んな場所から吹き出した。

碧が体勢を崩すと、その瞬間、千桜の手から創られた青い剣が、碧の剣とぶつかる。

千桜が口の横に咥えられた煙草から煙を出すと、二人の剣がすごい音を立てながら斬り交わった。

「ありがとう、閉師人。お前が居たから生きられたんだ!けど…」

碧が千桜に向かって炎を投げつける。

千桜は素早く飛んでかわした。

「きっとお前たちがいなければ、僕らが『神の子』だったんだ」

碧の持つ剣が、再び黒く燃える。

千桜がまるで舞っているかの様に剣を振り翳すと、碧の体に傷をつけた。

「ねぇ、見て!血が出てるよ」

碧は子供のように悦び、笑いながら千桜の剣を受け止める。

「僕から…赤い血が出てるの……」


見える?


そう言うと、碧の目が赤く光り、炎の色は真っ黒に変わって、碧の剣が千桜の剣を跳ね飛ばした。

カラン…カラン…

千桜の飛ばされた剣が、音を立てて消えた。

「僕だって…人の子なんだ…」

「…あぁ、そうだな…」

碧の剣が向けられて、地面に横たわる千桜が言う。

その千桜の着物ははだけて、体や口から血を流していた。

フゥ…そんな状態でも、千桜は何もなかったかの様に、煙草の煙を吐いた。

「分からないでしょ?大切に育てられた君たちには」


「お前も…わからないよな」


口に咥えていた煙草を指で掴み、その煙草を見つめながら言う。


「彷徨う魂よ…荒ぶる御霊よ…我が血の中に…鎮まれ!」


千桜がそう言い放つと同時に、真っ白の光りが地面から出て、千桜と碧の体を突き刺した。

「うわっ…うわぁあああ!!」

碧が突き刺さったまま、苦しみもがく。

「お前だって…わからないだろ」


「千桜!!」

千桜の元に走っている間に、白い草履が足から脱げ落ちた。

千桜までの道は…きっとそんなには長くなかったと思う。

それでも、ものすごく長い距離に感じた。

(千桜…千桜!)

どれだけ名前を呼んだかわからない。

燃える炎や瓦礫に阻まれながら、必死に千桜の元へ走った。

千桜の元に辿り着くと、碧と千桜の体から血が吹き流れていた。

「おいっ!しっかりしろ!」

怒鳴りながら千桜の方に駆け寄り、抱き寄せ膝の上に乗せた。

それを碧が悲しそうに見ていた。

「…フンッ…僕の両親だって…ただ同じように……許せないなぁ…やっぱり」

碧がゆらゆらと立ち上がった。

千桜は口から血を吐きながら、手から白い刃を放って碧に突き刺した。

「ははは…ねぇ…君たちは僕の事を知らない。なんにも…知らないんだね。僕らはさ…『呪い』の子なんだ!」

そう叫ぶと、黒い塊が碧の見た目と同じモノに変わって、赤黒く燃える剣が、幽鈴に向かって振り翳された。


「……」

私は、千桜に見下ろされていた。

グハッ

私の上にいる千桜が、その剣を背中に刺され受け止めていて口から大量の血を吐いた。

「…千桜…」

動けない私の頬を…涙がつたう。

「…知らねぇだろ…?」

千桜が言いながら微笑む。


生まれた時から、結ばれないものと知り

側にいることの辛さなんて…。


「…幽鈴…生まれ変わったら…」



その時は、

結ばれよう…な



「彷徨う魂よ…荒ぶる御霊よ…我が心の中に…鎮まれ!」

目が開けていられないくらいの眩い光りが辺りを照らした。白く光る渦が千桜の周りにゴォォと地鳴りの様な音を立てて、砂嵐と共に吹き荒れていた。

「やめろぉおー!苦しい…息ができない」

碧の周りに、白い渦が巻いて飲み込まれそうになっていた。


「ねぇ…千桜…何してるの」

私は千桜にゆっくり近づいた。

千桜の黒くて長い髪は、徐々に真っ白になっていた。

「何してるのじゃ!!」

碧と千桜の周りを渦巻く白いものに近寄る事ができない。

その間にも、碧が出る黒いモノを、千桜は白い渦で巻き上げている様だった。

「こうでもしないと、コイツ何するかわからないでしょ」

そう言って笑った。

そう話している間にも、白く巻いているものは徐々に小さくなっているみたいだった。

「待って!置いて行くな!我も行く!!我も連れてけ!!」

私はすごい嵐のような風に向かって、千桜の方に近づいた。

「はぁ……」

千桜は深い溜め息をつくと、もう短くなった煙草をスッと吸うと…


「………………」


私の事を力強く抱き寄せて、口づけをした。

時が止まったかのように、長い時間に感じられた。


「你是我最爱的人…」


トンっ……

その瞬間、私は優しく千桜に押されて、繋がる煙と共に二人は離れた。


「千桜!!」

離れた瞬間に、白いものは碧の体から出る黒いモノと共に飲み込まれて、白い水晶となり砕け散った。するとその砕け散ったものは、キラキラとした星屑のようなものになり天に昇ると…


千年に一度しか咲かないはずの木に…

白く光る花びらをつけ、満開に花が咲いた。


雨ヨ…天ノ雫となりて…


雨雲が立ち込めて、その雲は割れ、天が黄金色に輝くと、無数の青く光った蝶々が一斉に天に登って、雨が降り出し、その雨は街を飲み込んでいた炎を消した。いつまでも降り止まない雨は、まるで幽鈴の心を写し…泣いているようだった。


そして、その雨は…私から

一番大切な『千桜の記憶』を


斬り消した…

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