第2話 父
父は母とは対照的に口下手な人だった。仕事仲間や近所の人からも優しく静かな人だと言われていた。
頭が良く、父に聞けば何でも答えてくれる絶対的な存在。将棋や囲碁が好きで、調べ物をしてはノートにびっしりメモをするような人だった。
父は最後まで男の子が欲しかったそうだが、結局4人姉妹の父親になってしまった。そして私が小学生の頃、お兄ちゃん2人は死産だったと聞いた。
母が動物好きな事もあって、昔から色々なペットを飼った。犬や猫は当たり前、覚えているだけでも数種類の鳥類達、モルモットやうさぎ、亀、金魚、カブトガニ、蚕、ミツバチなどなど。
(母の趣味というか、その時期の流行り?で一時期飼った蚕は糸を、蜂の巣からは蜜を採取したりもした)
鳥類には、インコ、オウム類数種、鳩やカラス、メジロ、雀や野鳥の雛を拾っては飼ったりと幅広かった。
(飼育禁止の動物も中にはいますが、売買などでは一切ないので、時効ということでお許しください)
哺乳類や鳥類など、雌雄の区別が分かるものに関して言えば、我が家に生き残るものは全てがメスだった。
何かの呪いだろうかと思ってしまう程に、父の周囲は女だらけだったのだ。
女が5人も揃えば父が喋る隙は無かったと、今なら分かる。
チャンネル争いにいつも負けていた父だが、急いで仕事から帰って来る日は必ず相撲を見るためで、それだけは死守していた。
いつも夕方のアニメ放送の時間帯に父は仕事から帰って来た。子供達はテレビに夢中で、父の「ただいま」には誰も反応しなかった。
そんな中、飼っていたオウムだけは、父が車を降り玄関に向かうまでの足音を聞きつけると
「トウチャン、オカエリ。オカエリ、トーチャン」
とおしゃべりした。父はそんなオウムに
「お前だけやな、お帰りって言ってくれるのは」
少し寂しそうに呟いた。
父は帰ってくると、幼い私達をお風呂に入れてくれた。一人一人、耳の中や足の裏まで優しく丁寧に洗った後自分の身体を洗うので、冬は寒かっただろうし仕事で疲れていただろうにと、今更ながらに頭が上がらない気持ちになる。
母がお風呂を代わる時は、髪の毛をガシガシ洗って痛いので「トーチャンがいい」と言っていたのを思い出す。
父は周囲の人からは静かな人だと思われていたが、本当はとてもお茶目な人だった。家族にしかそんな姿を見せない、多分照れ屋だったのだろう。
私と妹が大人になった頃、深夜に両親と有名な神社へ初詣に行く事に。正月の間は道路や駐車場も混むので、結構日にちが経ってからのお参りだった。
全く人気の無い真っ暗な駐車場に車を停め、外に出た瞬間、父は突然勢いよく走り出した。それにつられるように妹も競って走った。
そして次の瞬間、2人は駐車場に張られた紐に勢いよく跳ね飛ばされ、私と母の所まで帰って来た。
本来なら怪我など心配するところだろうが、一瞬呆気に取られたのち、母と私は思いっきり笑ってしまった。アニメや漫画のように、実際には人は飛ばないだろうと思っていた私の人生観が、間違いを認めた瞬間だった。
今でも思い出すと、つい頬が緩んでしまう。
料理は専業主婦の母がしていたが、父は小腹が空くと具材たっぷりのラーメンやうどんを時間をかけ丁寧に作った。酒の肴もよく作っていたが、やっと出来上がり、父が食べる直前に私達姉妹がそれぞれつまみ食いをするので、結局父の口に入るのは一口位だった。
父が作ったものは、母とはまた違う美味しさがあり、せっかく作る前に食べるか聞いてくれても「いらない」と答えておきながら子供達は競って食べた。それは父が何度作り直しても、同じ結果をもたらすのだった。
一家の大黒柱として、母が父にだけ刺身を用意していても、あっと言う間にツマと刺身数切れしか残らなかった。
父はそれでも全く怒らなかった。本当に優しい森のクマさんのような人だった。
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