第2話 走る黒猫

「みんな、安心して! 魔族は私がやっつけたから!!」


 避難所にやってきた少女は、ボロボロになりながらも休む事なく働き続けている。


(倒すのが遅いです。三時間オーバーは黙ってください) 


 俺は毎日のように訪れる彼女たちを見て、感謝どころか不快感を抱いていた。


 鳴り響いていた警報音が解除され、避難所にいた人々は一斉に外へと飛び出す。


 しばらく時間が経つと、店を開ける店舗も出始めいつも通りの日常がやってくる。


 そんな中、俺は晩御飯であるカップラーメンを買いに行く為に、わざわざ遠回りをしてコンビニに足を運んでいた。


 コンビニでの買い物はすぐに終わり、反対方向にある自宅に向けて歩き出す。


「歩くのめんどくさい」


 愚痴を言いながら帰路を辿っていると電柱の下に大きな段ボールが置いてあることに気づく。


(道端に段ボールですか、珍しいですね)


 近くでよく見てみると『楽下様へ、捨て猫です。拾ってください』と書かれた紙が貼り付けてあった。ご丁寧に名指し付きで。


 アパート付近に置かれていたので、俺への当てつけだと思っていいだろう。


 段ボールを開けてみると、その音に気づいていたのか、中に入っていた黒猫がこちらを振り返り喋り出した。


「君も魔法少女にならない――」

 

「頭痛がしてきたので帰りますね」


「――ちょっと待つさ!!」


 なんでこの猫は喋っているのだろうか。

 そんな疑問を抱く前にそっと蓋を閉じて帰ろうとしたのだが、反応速度が良い黒猫に呼び止められてしまった。


「もう一度言うよ! 魔法少女にならない?」


「却下します」


「即答!? もう少し考えて欲しいのさ!!」


 なんだこいつ、めんどくさい奴だな。

 

 と思い、無視して帰ろうとしたのだが、黒猫が必死に叫んだ言葉に思わず足を止める。


「もしかしたら、また昔みたいな暮らしに戻れるかもよ!?」


「……どういう意味ですか?」


「さぁ? どういう意味だろうね。契約したら分かるよ」


 黒猫がニヤニヤと笑っている。正直言って今すぐ帰りたい。

 だけど、こいつは前の生活に戻れるかもしれないと言っていた。


 黒猫の話が本当だった場合、この嫌気がさしていた日常から逃れられるかもしれない。


 とりあえず段ボールを持ち帰って家でゆっくり話を聞こう。


 幸い段ボールの重さは軽く、軽々と家に持って帰ることができた。


 ゴミが散乱していたが、なんとか道を作りながらソファーに腰掛けることができた。


「さて、一息つけたので質問です。何故、私が魔法少女になることで元の日常に戻れると?」


「今の魔法少女たちは今いる地方には三人ほど拠点を置いていてるけど、他の地方じゃ考えられないほど少ない人数なんだ。とはいえ、その三人は原初の魔法少女と呼ばれる凄腕の使い手だ。だけど結果は君が体験している通り、想像を絶する時間と労力をつぎ込んでいる」


「……私が入ったところで改善されるとは思いませんが」


「確かに普通ならそうだね。だけど契約相手が僕なら話は違う」


 猫ともあろうものが二足歩行をし、自信満々に胸を張って言い張る。

 

 確かに猫の言う通り、日常が戻ってからならそれでいい。だけどこれは『契約』だ。

 安易な答えで物事を判断していい代物ではない。


 正直、コイツの話も胡散臭いしな。


 たとえ、私が魔法少女として魔族と戦っていたとしても何度でも駆り出されるじゃない――いや、待てよ。一度冷静に考えてみよう。


 魔族は平均2〜3回、毎日街を襲撃する。

 即座に討伐できたとしても、復旧作業が始まって帰る時間が延びる。

 避難所に滞在してる時間は約七時間。


 人類のデメリットはこんな感じだが、なら俺が魔法少女になった時の利弊は?


 魔法少女になった時のデメリットは、もと男だとバレるで実験台にされかねないこと、そして魔法省に所属されること。

 

 ではメリットはどうか……。


 メリットは魔法省に所属しないで魔族を捌ける。身体能力の向上により復旧作業の間に家に帰ることができること。


 つまり…………ダラダラできる時間が増える――


「訂正します。私を魔法少女にしてください」


「なんだかよく分からないけど、やる気になってよかったのさ!」


 騙されてる? そんなこと、もう知りません。


「早速ですが、魔法少女にはどうやってなるのでしょうか」


「それはね――」


 と黒猫さんがそこまで言った時、再び警報音が鳴り出した。

 今は深夜二時、こんな時間でも関係なく現れる魔族には心底うんざりする。


「はぁ、またですか」


「ちょうど良い、君の初舞台にぴったりじゃないか!」


 ウッキウキの黒猫。

 正直、めんどくさいことこの上ないが、一日中逃亡生活をするよりはマシだ。

 さっさと片付けて幸せな日常を勝ち取ろう。


「ではさっさと魔族の場所を教えてください。……私の気分が変わる前に」


「もちろんさ! さぁ、早く行くよ」


 玄関を勢いよく開け、飛び出す黒猫。


「走らないでください」

 

 黒猫の様子を片目で見ながら玄関口の鍵を探すが。


(そういえばバックの下の方に入れてしまいましたね。……閉めないで行きますか)


 ゴミ屋敷には誰も入りたがらないだろうと結論づけ、しぶしぶ黒猫の後を追うのだった。



⭐︎⭐︎⭐︎




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