リゾート育ちの美少女さんになぜか恋愛勝負を挑まれている件

遥風 かずら

第1話 って言われてもな……

「――突然だけど、あたしを諦めて別れてくれ!」


 たまにしか通らない校舎裏の近道は普段から騒がしい日々を過ごす蓮にとって、そこは唯一気が休まる場といっていい場所だった。


 だが、まるでこの日に蓮が通りがかることが運命だとでもいうかのように見知らぬ少女はそこに佇んでいた。そのうえ、右手を胸に置き左手は蓮に差し出す動きを見せながら別れを告げてきたのだ。


(な、なんだぁ?)


 誰かがそこに佇んでいるなんて想定をしているはずのない俺が振り向きざまに何を言えるかといえば、


「……は?」

「――はっ?」


 ……などと、相手も俺も唖然とした一文字だけだった。


 俺の目の前にいるその人物は全く知らない女子だ。しかし、それは相手も同様でお互いしばらく時が止まったかのように動きがなかった。


 こういう時、とりあえず言われてしまった側が反応する方が上手くいきそうなので、俺は当たり障りのない言葉を口にする。


「――って言われてもな……」


 ……うん、これしか言えない。


 それとも、誰かと間違えられての言葉だとしたら名前を名乗っておいた方が無難か。流石に偽名を言うのは良心がよろしくないので、幼馴染ののフリでもしてやりすごさせてもらう。


「ぼ、僕ってフラれたの?」

「…………は?」


 しまった、外したか?


 しかし、さっきから『は』しか言われてないな。


 驚いて顔も見られずにいたけど、俺より身長あるようだし実はスタイル抜群の女子なのではないだろうか。


 それにハスキーボイスなせいか、妙に響くっていうかフラれる言葉を言われているのにちっとも不快な感じを受けない。


 まぁ、ちょっとムカついてはいるが。


 顔立ちもどこかエキゾチック、夕日の光のせいか七色に輝いて見える長い髪――それだけで判断すれば、目の前の女子はクラスにいる可愛い女子よりも注目を集めそうな美少女だ。


 おそらく留学生か帰国子女か、多分そんなところ。


「ボクはどこから来たんだ?」


 そう言って俺の前でしゃがみ込み、下から覗き込むように俺を見つめてくる。


 何だこいつは?


「僕はただのれん。蓮だよ。そういう君は……?」


 ただの蓮ってなんだよ!


 もっと気の利いたことは言えないのか俺。しかし、たまにそれっぽいことを言われるから仕方ないか。


「名前? 見ず知らずの君に教えるつもりはない。初対面の子に教えるのも怖いからな! 無しで頼む」


 教え損かよ!


 しかも子供扱いされてる?


 初対面でいきなりフラれる身にもなって欲しいんだが。


 美少女ってだけで下手したてに出た俺も悪いが、こんな態度を取られて黙っていられるほど大人しくない。


「ふ――ふざけんなよ!! 身に覚えもない知らない女子にフラれ、しかも俺だけ自己紹介とか! 恥ずかしすぎるだろ!!」


 大人しくいられるほど俺は大人しくないからな。ここは反撃させてもらう。


「勝手にキレられても困る……。君が勝手に名前を教えてきたのだぞ? というか、それが君の素なのだな? ふふ、即時に気弱なフリする君も中々に愉快だな。つまり初めから人間だったのだな?」


 何やら意味不明なことを言いながら立ち上がり一人で頷いているが、名前を名乗るつもりはないみたいだ。


 それにしたって、よりにもよって気分爽快で使った近道が鬱屈うっくつ気分になるとは想定外すぎるだろ。


 何だってこんな場所で別れようと思ったんだか。


「何言ってるか分からないけど、君が振る予定の相手には別の場所を用意した方がいい。俺みたいに偶然通りがかる男子もいるわけだし」

「……は? あたしにフラれる相手? そんなのいないよ?」

「え? じゃあ俺に別れようって言ったのって……どういう意味で?」

「何がだ? や、振ってないのだが……さっきから怒ってるのってそのことなのか?」


 おいおい、どういうことだよ?


 出会い頭に俺を見ながら別れの言葉を投げてきたくせに、見に覚えがないとか何を言ってるんだこの美少女は。


 それとも、こんな間近にいながら幻聴でも聞こえてしまったのか?


「そのことだよ!! 間違いなら素直に謝っ――」


 ――などと言いかけた僅かな隙に、目の前の美少女は俺の懐に飛び込んできた。


 一体いつの間に。


 気づいた時点で時すでに遅し、小顔の中の大きな紺碧の瞳が俺をじっと見つめていた。


(青い目……カラコンだろうけど綺麗だな)


「レンの中ではフラれてショックを受けたわけだ? 合ってる?」

「そ、そうなる……」

「お~! じゃあちっとも衰えてないわけだ。やるじゃないか、あたし!」

「お、おめでとう?」


 全く意味が分からないし会話が成り立ってないが、美少女は満足気に微笑んでいる。


「グラッツィエ! レン!」

「イ、イエス?」


 何語なんだ?


「ありがとうという意味さ。で、あたしを喜ばせたお礼に特別に教えよう。今度また会ったら、あたしのことはヴェスタと呼ぶことを許す。あっちでそう呼ばれてた名前なんだ」

「……ヴェスタ?」

「そう、ヴェスタ! いい名だろ? そういうわけだ、好きに通り抜けていいぞ! ここを通るということはサボりだろ?」


 いや、もう放課後なんだが。


 名前を呼ばせて満足したのか俺はようやく解放されるらしい。家に帰る近道のはずなのに、何でこんなに時間がかかってるんだろうか。


「そうさせてもらうけど、君は帰らないのか?」

「ブランクがあるんだ。レンを不快にさせた罰は消しておかなければならないからな。再会したらまた勝負をしてくれるのだろう?」


 ……何の勝負だ?


「俺がフラれたわけじゃないのは分かった。で、君と勝負して何かもらえたりするのか?」

「何だ、君は褒美が欲しいのか? 初対面で何かあげられるほど家は裕福じゃないんだが。だが何か考えておく。それとも何か欲しいものが?」

「それこそ、さぁ……としか言えないな。こっちは何もかも混乱してて何が起きてるのか全く分かってないんでね」


 何から何まで理解が追いつかないぞ。


 辛うじて名前のようなものを聞けたが、彼女がここの生徒なのかも不明だしまたここで出会えるかも不明だ。


「それもそうだ。じゃあ、また会った時まで考えとくといい。レンが考えたものに乗る。悪かったな。早くここからいなくなっていいぞ!」

「……なっ!? 何て言い草だよ! いなくなれとかショックで泣けるぞ」

「すぐ泣けるというのか!? ……それは負けられないな」


 本当に意味が分からない。


 この場に留まってると俺の気が狂いそうになる。とっとと家に帰らねば。


 俺の言葉一つ一つに勝ち負けをつけようとするなんて、変わった美少女なのは確かだな。


 早いところ帰ってしまおう。


「レン~?」


 そうして何かもが惜しい美少女の横を通り抜けようとすると、すぐに名前を呼ばれる。


「……な、何?」


 とりあえず返事をするが。


「再会した時が勝負の始まりだ!」

「あ~気が向いたら」

「もう覚えた。どこかで会ってもレンって呼ぶ! それじゃ、チャオ!」


 ううむ、美少女には違いないのに何だか妙な人に出会ってしまったな。


「――ってことがあった。不思議だろ?」


 逃げるようにして家に帰ってきた俺は、事の成り行きを部屋で筋トレをしていた妹に打ち明けた。


「妄想も大概にすれば? 美少女はいつもここにいるじゃん? たまにしかいないけど、女子に興味のない蓮くんにとって貴重な美少女が目の前にいるんだけど?」

「誤解を生むようなことを言うなよ。俺は美由が近くにいすぎるだけで、可愛い女子はいつでも大歓迎なんだよ!!」

「そこを強調されても……」


 ……俺の妹は子役アイドルの『みゆ』として活動中だ。


 たまにしか帰ってこない売れっ子である。まだ幼い妹の保護者代理で一緒にマンションで暮らす権利があり、仕事で忙しい両親はここから遠く離れた家に住んでいる。


 要するに現役アイドルが暮らす家に、お金のない俺が一緒に暮らしているだけの話である。


「はぁ、まぁいいや。美由は明日、卒業式だったか?」

「そだよ。蓮くんと違ってみゆは忙しいの。ママたちも同様にね。蓮くんは暇だろうけど~」


 中学三年生の美由の卒業式には俺ではなく、もちろん親が出席する。卒業した美由は俺と同じ学園には入学しない予定だ。


 全くいないわけでもないが、芸能人が通うようなところでもないからな。

 

「それに、近々すっごい人に会えるかもしれないからワクワクなんだよね~」

「すごい人? 有名人か?」


 子役アイドルがそう言うってことはそうなんだろうが。


「ずっとずっと幼い時に天才子役って呼ばれてた人が帰ってくるんだって~! 会えるか分からないけど、会えたらいっぱいお話したいなぁ~」


 帰ってくるということは、元天才子役か。


 美由が嬉しそうにしてるならそれでいいが、俺はまた謎の美少女に再会したらと思うと気が遠くなるな。


「そういうわけだし明日は美由が起こしてあげるね、蓮くん」

「目覚めのキスを頼む!」

「ばぁ~~っか!」

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