第17話
真っ暗だった景色は、気がつけは日の光が差し込み、明るくなっていた。
海風が部屋に流れ込み、眠っているシュテルンの肌を撫で、目を覚まさせた。
「あ、れ……」
ゆっくりと目を開き、ぼんやりとした頭でシュテルンは昨晩のことを思い出そうとした。だが、その前に目の前にいる彼女が小さなメモ帳を掲げ、シュテルンに挨拶をした。
《おはようございます》
「コラ、レ……なん、でい……」
ゆっくりと手を伸ばすが、場所を誤って指先が彼女のメモ帳を軽く叩いた。
パタリと手はベットの上に落ち、まだ働かない頭で必死に思い出し、そして勢いよく体を起こした。
「嘘、私……コ、コラレと……」
顔を真っ赤にさせながらアワアワと昨夜のことを思い出し続けるシュテルン。
隣のコラレも体を起こし《どうしましたか?》と書かれたメモを掲げる。
した本人はこんなにも慌てているというのに、された本人はいつもと変わらない様子だった。
《シュテルンさん。シャワー浴びたら一度帰られた方がいいです》
《きっと、親御さんが心配されます》
いつもの笑み。店先で、シュテルンが来店した時に見せるものと同じ。まるで、昨夜のことが夢であったかのように、彼女はいつも通りだった。
「……うん、そうする」
《私は後で入りますので、お先にどうぞ》
「ありがとう」
なんとなくわかってはいたがシュテルンの胸がずきりと痛む。
少しは意識してもらえただろうと期待をしていた。でも……魔女との契約は本当に強いもので、こんなにも気持ちを、愛を伝えても彼女の心が動くことはない。
逃げるように部屋を出て、昨晩と同じようにシャワーを浴びる。
砂で汚れた服を軽く叩いて再び着直し、部屋を出ようとするがシュテルンはその場から動かなかった。
コラレはいつも通りだった。いつも通りだったが、自分もいつも通りでいいのかわからなかった。
この後彼女と顔を合わせた時、またここに来てもいいか尋ねるのが怖かった。
拒否されるのか、それとも受け入れられるのか。
怖かった。どちらの結果でも、自分の酷く醜い姿を晒してしまった。
愛されていないとわかっているのに、一方的に愛を押し付けていた。拒絶されなかったとはいえ、自分の行いはあまりにも愚かだ。
それでも、コラレが好きだという気持ちが消えないのもまた、もう自分が戻れないところまできてしまっている証拠だった。
自分でもわかっていたはずなのに、どこまでも自分が我儘だとシュテルンは思った。
「それでも、やっぱりあの子の隣にいたい……」
そう思いながら、ドアノブに手を伸ばすが、シュテルンが開けるよりも先に、向こう側にいたコラレが扉を開けた。
「あ……」
《大丈夫ですか?》
「え?何が?」
《なかなか出てこられなかったので》
「あぁうん、大丈夫。ごめんね、コラレも使いたいだろうし」
上手く話せているだろうか。いつも通りでいられているだろうか。
不安を抱きながら、必死にいつも通りになるように会話をする。
「それじゃあ私は帰るね」
《お気をつけて》
ニコッとコラレが笑みを浮かべ、胸がまた苦しくなる。
言うべきか、言わずにこのまま店を出るべきか。
頭の中で選択肢を何度も上下に選び続ける。結果次第ではもうここに足を運ぶことはできない。もう、彼女に会うことはできない。
《どうかされましたか?》
不安げに見上げてくるコラレ。
いつも通りだ。いつも通り、シュテルンを気遣うコラレ。
シュテルンは考える。いつもの自分はどちらを選ぶ。嫌われるかもしれない、拒否されるかもしれない。それでも自分はどうしてきたのか。
「ねぇ、コラレ」
喉まで出かかっていた言葉を不安げに、迷いながら、必死にいつも通りを繕いながら、口にした。
「また……来てもいい?」
ドッドと心臓が激しく動く。
コラレが手にしているメモ帳に文字を書いている間も、不安と恐怖でシャワーを浴びたばかりなのに嫌な汗が流れてしまう。
手が止まり、コラレは書いた文字をシュテルンに見せた。
《はい。またいらしてください》
一瞬で肩の力が抜けた。
そうだ、彼女はいつも通りだった。コラレは絶対にそう返してくれる。
シュテルンはホッとしたと同時に、寂しさを感じた。
「うん、また来るね」
店の前まで見送られ、彼女はシュテルンが見えなくなるまで、ずっと外に出ていた。
振り返るたびに、彼女は笑みを浮かべて手を振る。何度も、何度も、何度も。しばらく歩き、店が小さくなってしまっても、彼女はまだそこに立っていた。
見えているかわからないけど手を振った。小さな人影が少しだけ動いたような気がした。
彼女も見えているのだろうか。なんだか少し心が通じているようで、シュテルンの顔がほころんだ。
すぐにでもまた会いに行こう。
服を着替えて、朝食を食べて、そのまままた彼女に会いに行こうと……
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