剣と乙女のエンゲージ―悪役令嬢は剣に咲く花と舞う―
古芭白 あきら
第1話 悪役令嬢と決闘のエンゲージ
――キンキンッ!
激しく金属同士がぶつかり合う音が響き渡る。
円柱状の塔を登った頂上にある開けた広場。各所の花壇に色とりどりの薔薇が咲き乱れている。
――そこは決闘広場。
美しい花園のような場所でありながら、なんとも物騒な名前を冠しているものだ。実際、薔薇を愛でる者はなく、代わりに二人の少年少女が剣を取り切り結んでいた。
どちらも
二人ともたいそう見目麗しい。凛々しい格好もあいまって、勇壮華麗という言葉がよく似合う。
「いつもいつもお前が目障りだったんだ、レイピア!」
金髪の少年が諸刃の直剣を振り下ろす。一見すると少年には似合わない実用一辺倒な武骨とも思える剣だが、
「まるで子供の
醜悪に叫ぶ少年の剣を赤髪の美少女は手にした細長い剣で受ける。レイピアと言うには長く、エストックと言うには細い。しかも片刃の細剣。鍔にはやはり花のレリーフが施されている。
――可憐な白百合の蕾。
細長く優美なフォルムと儚げな花は剣を一つの芸術品にしている。それだけに少年の剣を受けるには心許ない。ぶつかり合えば、白百合の細剣は手折られてしまうのではないかと思える。
だが、少女は交じり合った剣の力を上手く刃に乗せて僅かに横へと外す。すると少年の剣が細剣の刃を滑り、激しく火花を散らした。
少女の卓越した技量。
剣の力を流され、勢い余り少年はたたらを踏む。すかさず赤髪の少女は振り返って剣を真っ直ぐ突き出した。
「それが王族の振る舞いですか、ラディウス殿下!」
「ちっ!」
突きは鋭かったが、金髪の美少年は辛うじて剣で受けた。だが、突きは一段では終わらず、二段、三段と一息に繰り出される。最後の突きが少年の左腕を掠め、袖を僅かに斬り裂いた。
少年の二の腕から、つーっと血が滲み滴る。
「よくやる!」
少年は不利な体勢を嫌い、仕切り直しにと少女から距離を取った。
「だが、所詮お前のは
少年は剣を突き出し真横に構え、刀身に左手を添えた。
「本物の
少年が剣へ力を込めると、ぶわっと凄まじい圧力が解き放たれた。それは一迅の風となる。吹き抜ける暴威に花壇の薔薇が大きく揺れた。
それは少女にも襲いかかる。見事な赤髪が嬲られ、まるで本物の炎が燃え上がったように見えた。
しかし、少女は意に返さず曇りなき翠緑の瞳で少年を鋭く睨む。
「何が本物ですか。先代聖女の借り物のくせに!」
「はっ、お前らのような偽物の絆よりはずっとマシだ!」
「私達の絆は偽物なんかじゃない!」
「女同士で本物なものかよ」
少年は
「だいたいシオンを虐げてきた悪しきお前らに真の絆が結べるものか」
「そうやって殿下はいつも上辺だけしか見ないから!」
「黙れ、神聖な
再び少年と少女の剣戟が始まる。キンキンと一合、二合と撃ち合う。だが、どうしたことか今度は少女の方が押されている。
「見たか、これは俺とシオンの本物の絆だ!」
「だから、それは先代聖女が築いたものでしょう!」
「悔しかったらお前らの本物とやらを示せば良い」
今度は赤髪の少女が形勢の不利を嫌って距離を取る。先ほどとは反対の立ち位置となり、少年の肩越しに銀髪の少女の姿があった。
「まあ、
少年の嘲笑は、しかし赤髪の少女には届かなかった。
(クリス……)
赤髪の少女の瞳は金髪の少年を通り越して、背後の白銀の少女に注がれていた。翠緑と紺碧の視線が絡み合う。
(あれは?)
その視線の間に先ほどの風で散った薔薇の花びらが、ひらりひらりと舞い落ちてくる。赤髪の少女は色とりどりの薔薇の花びらの中に穢れなき白を見つけた。
――それはまるで白銀の少女のよう。
赤髪の少女は白銀の少女へと伸ばすかのように、白き花びらへと手を差し出す。すると不思議な事にそれは少女の手の平の上へと舞い降りた。
(これは……白桜?)
それは薔薇園にあって異質な花。
(そう言えば、あの時も私は……)
赤髪の少女はこの決闘に至った事の発端に想いを馳せた。赤髪の少女にとって忘れられない白銀の少女と運命の邂逅に。
それは一年ほど前の始業式に始まる――
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