第3話 悪役令嬢と白桜のエンゲージ
「何だこの騒ぎは!」
間の悪い事というのは得てして最悪の事態であるケースが多いらしい。現れた金髪の男子生徒に私は頭を抱えたくなった。
「これはラディウス様」
にんまり笑ったシオンが頭を下げ、クリスも現れた男子生徒の正体に送れて気づき慌てて礼をする。
――ラディウス・クレイモア
学園の決闘科二年生に所属しているクレイモア王国の第一王子。そして、悪役令嬢である私の婚約者にして剣乙の攻略対象の一人でもある。
(本来ならヒロインとの出会いイベントなんだけど)
オープニングの強制イベントで、ヒロインはラディウス殿下とここで運命の邂逅をする。それはとても美麗なスチルでプレイヤーの心を鷲掴みにするシーンなのだが、今の現状はそれとは程遠い。
「君は確かルーファ男爵の……」
「はい、シオン・ルーファです」
明るく元気に答えるシオンにラディウス殿下が僅かだが顔を
「それで何があった?」
「そちらの女生徒から指輪を盗んだと言い掛かりをつけたれていたのです」
「何だと?」
ラディウス殿下の眉間に皺が寄り端正な顔が歪む。
(まずいわね)
ヒロインは事情があって孤児院で育つが、ルーファ男爵に引き取られ貴族令嬢となる。だけど、さっきの二人の言い争いから察するに、ルーファ男爵の娘となったのはシオンの方。そうなるとクリスは未だ平民のままなのだろう。
(彼女は無事では済まないわよね)
どんな理由があるにせよ、平民の娘が貴族令嬢に盗みの嫌疑をかけるなど言語道断。事実がどうであれクリスの方に分が悪い。
「この者は?」
「昔、孤児院で一緒に過ごした平民の女です」
クリスに向けられたラディウス殿下の
(嫌な女)
他人を蹴落とし、見下す事で喜ぶシオンに対し嫌悪感しか湧かない。何とも胸の辺りがムカムカする。
(やっぱりこんな女がヒロインのわけない)
剣乙のヒロインは純粋で優しく一途な少女だ。少なくともゲームではそうだった。
(むしろ、ヒロインに相応しいのはこっちよね)
白銀の髪はきらめいて、ゲームパッケージのイラストそのもの。それに何より彼女の紺碧の瞳に曇りはない。宝石のように輝く瞳は彼女の清純さの顕われ。
「言い掛かりではありません」
「黙れ!」
クリスは弁明しようとしたけれど、ラディウス殿下の怒りに触れてしまった。
「ですが、それは確かに私の母の形見なんです」
「それを証明するものはあるのか?」
「それは……」
「証拠も無しに他人を貶めるとは見下げ果てた女だ」
クリスはまさにヒロインらしい清純で真っ直ぐな性格をしている。だけど今はそれが仇となり、殿下の不興を買ってしまった。
シオンがほくそ笑んでいる。それを見て私はこれが彼女の仕込みだと察した。
(ほんといやらしい女)
クリスからすれば正当な要求をしている。彼女の性質からすれば、シオンを告発するだろう。シオンはそれを知っていてクリスを陥れたのだ。
ここは『剣と乙女のエンゲージ』の世界。そして、銀髪の美少女クリスはヒロインで間違いないと私は確信している。
(クリスは世界を救う為に絶対不可欠なのに)
このままクリスが罰せられれば破滅の未来が待っている。この時、私の勘がそう告げていた。
「決して私は嘘偽りなど申してはおりません」
「自分の非も認められない性根の腐った女め」
なおも言い繕うクリスに業を煮やした殿下が切れ散らかす。
(攻略対象なら本物のヒロインの区別くらいしなさいよ)
分からず屋の殿下に私は憤りを禁じ得ませんでした。これが自分の婚約者かと思うと怒りもひとしおといったところでしょうか。
「お前みたいな女が
クリスの表情がみるみる青ざめていく。当然だ、自分を責めているのはこの国の王子なのだから。
(止めないと)
このままではクリスが学園にいられなくなる。
(だけど、私は悪役令嬢。あまり殿下の不興を買えば、私も無事では済まないかもしれない)
自分の破滅を想像して、恐怖で私の拳が小刻みに震えた。ゲームにおいてレイピアは中盤で断罪され、最後はあまりよろしくない終わりを迎える。
(情け無い)
だけど、クリスがいなければ人類はどうせ滅びる。それなのに己の保身を図ってどうするのか。
(こんなに怯えて)
震える拳を見れば、いつの間にか爪が食い込むほど握り締めていた。自分に呆れながら指を解けば中から先程の白い花びらが姿を現す。
(白桜……)
それは私の手の中に舞い込んだ運命。
「わ、私は花嫁適正があると言われて……」
「黙れ! 貴様にこの学園に通う資格はない!」
殿下の怒声にはっと私は顔を上げると、クリスの白銀の髪が目に飛び込んできた。そして、その顔も。
「即刻ここから……」
「お待ち下さい」
居ても立ってもいられず私は飛び出していた。
たぶんシオンは転生者だ。私が悪役令嬢だと知っているだろう。もしかしたら、私がしゃしゃり出てくるのまで計算しているのかもしれない。きっと、ここで首を突っ込むのは悪役令嬢である私にとって不利益でしかないだろう。
(そんなこと知るか!)
だけど、私はクリスの絶望に打ちひしがれた顔を見て放っておけなかったのだ。
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