第十三話 大樹の家 と修復
大樹の家での生活が始まって数日が経ったある日。リュカエルから与えられた家、通称、大樹の家の修復もだいぶ進んだ。これも、幻獣が持つ特別な力のおかげだろう。最初に見た荒れ果てた姿が想像できないほど、外からの見た目はきれいに修復された。割れた窓ガラスの修復も、割れた窓から入り込んだ枝も、ヒスイが力を使えばあっという間だった。
『アキ、この家具はどうするの? 修理する?』
リビングだと思しき部屋にある、カバーは破れ、雨風をもろに受けただろう酷く汚れたソファと、原形をとどめていないテーブルを鼻で指しながらヒスイが尋ねる。
「あー、家具は……」
新しいものに買い替えたいところだけれど、死者の国にも通貨があるのだろうか。あるとしたら、やっぱり働くしかないのだろうけど。
『アキ、修理しないならリュカエルに新しい家具を強請ろうか?』
「それはさすがに……」
ヒスイの提案に言葉が詰まった。
『リュカエルなら、すぐにどんな家具がいい? って返ってくると思うよ』
ヒスイはなんてことない風に言うが、私はそれにも答えることはできずにいた。そんな時、玄関からリュカエルが入ってきた。
「アキちゃん、こんにちは。家の修復だいぶ進んだね」
「リュカエル様、こんにちは。ヒスイのおかげで助かってます」
「それは、よかった。それで、外まで聞こえていたけれど、何かお困りかな?」
私が言い淀んでいるとヒスイが代わりに答えた。
『なあなあ、リュカエル。住むのに修復から始めなきゃいけない家与えてるんだからさ、家具一式新しいのアキにあげてよ』
「あ、家具? いいよ。どんなのがいい?」
ヒスイの言った通りだった。リュカエルはあっさり家具がほしいという要望を受け入れた。
「でも、お金要りますよね?」
家具は新しいものにしたいが、私が懸念しているのはお金だった。私はまだここに来たばかりで、やってることといえば家の修復作業。お金を稼ぐようなことは何ひとつしていない。
「あー、お金ね。今回はいいよ」
「でも……」
それでも私は渋った。
「それじゃあ、家具代は家を修復してくれた報酬っていうのはどうかな?」
「それなら……」
私は家の修復の対価というのならと、リュカエルから新しい家具をもらうことを了承した。
「明日、家具のカタログ持ってくるよ」
リュカエルはそういって帰っていった。一体、あの神様は何をしに来たのだろうか。気にはなるが、修復が終わっているのは外と玄関、リビング、そして何部屋あるのかわからない個室のうち三部屋。まだまだ見てもいない部屋もある。明日カタログを見て決めたとして、家具が届くのは明後日以降だろう。
「ヒスイ、各部屋の内装の修復作業に戻ろう」
「じゃあ、捨てる家具は庭に出してもいいよね?」
「そうだね」
ヒスイが古い家具を庭に運び出し、私が家の中を掃除していると、いつの間にか日は傾き、空は夕焼け色に染まっていた。
「アキ、終わったよ」
「ありがとう、ヒスイ。私も終わったわ」
二人で家の中を見渡すと、そこはまるで別世界のように綺麗になっていた。埃ひとつない床、磨き上げられた窓ガラス、そして、運び出された古い家具の代わりに、がらんどうとした空間が広がっていた。ただ一か所だけ手が付けられない場所が残ってしまったが、そこは追々でいいだろう。
「綺麗になったね」
「うん、まるで新築みたい」
私たちは、達成感に満たされ、顔を見合わせて微笑んだ。
「お腹空いたね。何か食べようか」
「そうだね。でも、何があるかな?」
私は、食料の調達について考えてみた。しかし、死者の国にはスーパーマーケットのような場所があるのだろうか。
「アキ、心配しなくても大丈夫だよ」
ヒスイはそう言うと、私を連れて家の裏手にある小さな庭へと向かった。
「見て、アキ。ここには、色々な果物や野菜が植えられているんだ」
そこには、見たこともないような不思議な果物や野菜が、所狭しと植えられていた。
「これらは、死者の国の土壌で育つ特別な植物なんだ。とても美味しくて、栄養も満点だよ」
ヒスイはそう言うと、いくつか果物を摘み取り、私に手渡してくれた。
「わあ、美味しそう」
私は、果物を口に運んだ。それは、今まで食べたことのないような、甘くて爽やかな味がした。
「美味しい! こんなにたくさんの果物や野菜があれば、しばらくは食料に困らないね」
「うん。それに、この庭には、他にも色々なものが生えているんだ。例えば……」
ヒスイはそう言いながら、庭の隅に生えているキノコを指差した。
「このキノコは、特別なスープの材料になるんだ。とても美味しくて、体が温まるよ」
「へえ、すごい。ヒスイは、本当に色々なことを知っているんだね」
「僕は、この死者の国で長い間生きてきたからね」
ヒスイはそう言うと、少し寂しそうな表情を浮かべた。
「ヒスイ……」
私は、ヒスイの過去について知りたくなった。しかし、それを尋ねることは、彼の心を傷つけてしまうかもしれないと思い、言葉を飲み込んだ。
「さあ、アキ。夕食を作ろう。今日は、特別なスープを作ってあげるよ」
「ありがとう、ヒスイ」
私たちは、二人で協力して夕食の準備を始めた。ヒスイは、手際よく野菜を切り、キノコをスープ鍋に入れた。私は、ヒスイの指示に従って、スープをかき混ぜた。
やがて、部屋中に美味しそうな香りが漂い始めた。
「できたよ、アキ。特別なスープだよ」
ヒスイはそう言うと、スープを二つの器に注ぎ、私に手渡してくれた。
「いただきます」
私は、スープを口に運んだ。それは、ヒスイが言った通り、体が温まるような優しい味がした。
「美味しい! 本当に、体が温まるね」
「気に入ってくれてよかった」
ヒスイはそう言うと、嬉しそうに微笑んだ。
私たちは、温かいスープを飲みながら、今日一日の出来事を話した。そして、食事が終わると、二人で協力して後片付けをした。
「今日は、本当にありがとう、ヒスイ。ヒスイのおかげで、大樹の家は綺麗になったし、美味しい夕食も食べられたわ」
「僕も、アキと一緒にいられて嬉しいよ」
ヒスイはそう言うと、私の頭を優しく撫でた。
「さあ、アキ。明日は、リュカエルが家具のカタログを持ってくるから、早く寝よう」
「うん、そうだね。おやすみ、ヒスイ」
「おやすみ、アキ」
私たちは、それぞれの部屋に戻り、眠りについた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます