第十二話 死者の国 と 幻獣 翠眼鹿
扉を開けると、そこは一面に広がる灰色の空の下だった。見慣れない風景、触れたことのない冷たい空気。私は自分がどこにいるのか、すぐに理解した。
「ここが……死者の世界」
シオンに導かれ、私はついに死後の世界へと足を踏み入れたのだ。
目の前に現れたのは、優雅な笑みを浮かべた男性だった。
「よく来たね、アキちゃん。私はリュカエル。そして、正確に言うなら、ここは死者の国」
リュカエルは、死者の国の神だという。私は彼に導かれ、死者の国について説明を受けた。
死者の国は、生者の世界と似ているようで全く異なる場所だった。時間も、空間も、生者の世界とは違うルールで動いている。そして、ここには、生者の世界で生を終えた魂たちが集まる。
「君には、ここで暮らしてもらう。そのための家を用意した」
リュカエルに連れられ、私は死者の国の森へと向かった。森の奥深くへと進むにつれて、周囲は静けさを増していく。やがて、大きな樹の前でリュカエルは足を止めた。
それは、まるで巨木を切り抜いて造られたような、不思議な家だった。しかし長年手入れされていないのか、窓ガラスは割れ、枯れ木や枯れ葉が入り込み、荒れ果てていた。
「今日から、ここが君の家。少しばかり荒れてるけど、君なら上手くやっていけるでしょ」
リュカエルはそう言うと、私に微笑みかけた。
「ここが……私の家?」
私は、目の前の荒れ果てた家を見つめた。
「そうだよ。この家は、見ての通り。巨木を切り抜いて造られているから、大樹の家と呼ばれている。中へどうぞ」
リュカエルはそう言うと、私を家の中へと招き入れた。
家の中は、外観から想像した通り、荒れ果てていた。埃を被った家具、破れたカーテン、そして、床には枯れ葉が散らばっていた。
「……」
私は、言葉を失い、家の中を見渡した。
「そして、これは、神の加護。君には渡しておくよ」
リュカエルはそう言うと、私にひとつの水晶玉を差し出した。水晶玉は、淡い光を放ち、私の手に吸い込まれるように馴染んだ。
「ありがとう、リュカエル様」
私は、水晶玉を手に取り、感謝の言葉を述べた。
「アキちゃんの願う形に変えられるから、常に持っているようにしてね」
「それなら、色は変えれますか?」
リュカエルに問いかけると、少し考えてから「ああ、できるよ」と水晶玉の色を黒に変えてくれた。
色を変えてもらった水晶玉を握りしめ願った。すると、手の中で水晶玉は願った形、アンクレットに変わった。私は、黒いアンクレットを左足首につけた。
「おや、来たみたいだよ」
リュカエルがそういうと、割れた窓から鹿の首が現れた。
『リュカエル、いくら僕たちが神使だからといって扱いが雑じゃない?』
鹿がしゃべった。というより、青年のような声が頭に直接響いた。
「翠眼鹿、ごめんね。今から、アキちゃんに幻獣について説明するところ。もう少しだけ待っててくれるかな?」
『しょうがないなー』
リュカエルは私に向き直ると幻獣について説明を始めた。
「彼は、幻獣という種族でね。この死者の国に住む幻獣は、現世で動物としての生を全うし、魂が死者の国へと辿り着いた者たちのことを指すんだ。生前の姿を色濃く残しつつも、どこか神秘的な雰囲気を纏っているだろう?彼らは死者の国において様々な役割を担っているんだ」
リュカエルは翠眼鹿と呼んだ幻獣を撫でながら言った。
「幻獣……」
私は、初めて見る幻獣の姿に、心を奪われていた。
「彼は、君と共にこの家で暮らすことになる。君の良きパートナーとなるだろう」
リュカエルはそう言うと、私に微笑みかけた。
「パートナー……」
私は、鹿の瞳を見つめた。その瞳には、私を映す光が宿っていた。
「ねえ、あなたの名前は?」
私が尋ねると、翠眼鹿は何も言わなかった。
「名前がないのなら、私がつけてもいいかな?」
私がそう言うと、翠眼鹿はゆっくりと頷いた。
「ありがとう。それなら……あなたの瞳の色、とても綺麗。まるで翠玉のようね。だから……ヒスイ、と呼んでもいい?」
私がそう言うと、ヒスイは嬉しそうに目を細めた。
「ヒスイ……」
私は、ヒスイの名前をそっと呟いた。
「今日から、よろしくね、ヒスイ」
私がそう言うと、ヒスイはゆっくりと私に近づき、その頭を私の手に擦り寄せた。
こうして、私はヒスイと契約を交わし、共に大樹の家で暮らすことになった。死者の国での、新たな生活が始まった。
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