思わせぶりに誘惑してくる小悪魔なカノジョ〜陰キャ女子は困ってる

MERO

第1章 この気持ちの名前はまだ知らないけど

第1話 「たちばなさんは甘いね」

 あれはほんの1か月ぐらい前のことだった。


「おはようございます、せんせ……」


 保健室に入って先生と言おうとして、急病の生徒が休むために仕切られたカーテンの後ろから現れたのは金髪の同じ制服であるが、どうみてもスカートが短すぎる、同じクラス(らしい)おおとりさんだった。


 私とおおとりさんはここで初めて会話をする。


「どなた?」


「……あ……」


「もしかして……昨日お菓子をもってきた方?」


 私はなんでこの人が知っているのか疑問であるが、うんうんと頷く。


「つまり……たちばな、さん」


 意識的に目を大きく開くほど、自分でも驚いてしまった。


 名前を、なぜ?


「あの、お菓子は私が全部美味しく頂きました」


 そういって金髪美少女(省略しすぎてる)は深々とお辞儀をする。


「ふえっ!?」


 ―――― これが私達の出会い。


◇ ◇ ◇


 怪我でよくお世話になっている保健室の先生に呼ばれた。


 話を聞くと、血糖値不足で倒れた生徒がいるから、もしお菓子を作っていたら持ってきてくれないかという依頼で。


 ちょうど4月で新入生に所属している家庭科部の紹介で食べてもらうマーブル生チョコの試作を作っている最中だったから、先生にもいくつか食べて感想をもらおうと出来上がったお菓子を紙袋にいれて、保健室に向かった。


「あら、たちばなさん、早かったわね」


「……ちょうど出来上がって……」


 私が差し出した紙袋は私の手から先生に渡す。


「ありがとう! すごい甘い匂い、チョコレート?」


「……そんなものです。血糖値不足にはちょうどいいかと、……オモイマス」


 何を言おうかと考えていたら、いつの間にか言葉が片言のカタカナ日本語みたいに出てきてしまう。

 先生はふふっと微笑んだ。


「そうね、助かったわ。あの子、昨日の夜から何も食べてないらしいの。あと寮生みたいだから、寮に戻るまで持てばいいから、そんなに量は必要ないと思うけど……残ったら取りに来る?」


 近くのソファーで横になって休んでいる生徒を見ながら先生は言う。

 寮生なんだ?

 私はついソファーの生徒を確認してしまった。

 靴をきれいに揃え、黒い髪を整えた彼女は、露出した肌のすべてが透き通るように白い。背筋を伸ばし、膝まであるスカートの下からまっすぐに伸びた足。

 まるで人形のように整った姿で横たわっている。


 私の学校は、少し都会から離れた場所にあり、生粋のお嬢様が育つための寮がある。


 かつては財閥の子女のみが通う名門校だったが、今では一般の生徒も受け入れるようになり、現在は教養を身につけられる「お嬢様学校」の立ち位置を守っている。実際、本当のお嬢様と呼べる生徒は極わずかしかいないらしいけど。寮費は高額で支払えるのはしっかりとした経済的基盤を持つ家の令嬢に限られており、入寮できる人数も制限されているという噂。


 実際、クラスに数名いるかどうかの寮生たちは、誰もが気品に溢れ、マナーや常識を身につけた「お嬢様」としての風格を漂わせている。


 ソファーに横たわるその生徒もまた、日に当たらない典型的なお嬢様の風貌をしている。どんなに体調が悪くても、それを決して表に出さないのが印象的だった。


 私は頭に浮かんだことをかき消して、先生の言葉を思い出す。


「あ……いえ、……えっと、あ、取りに……きます」


 たどたどしく話す私の姿に先生はまたも微笑んで「わかった、残しておくね」といった。


 私の様子にだいたいの人は先生のようににこやかに対応してくれる。

 その相手の微笑みによって私は一層、緊張する。


 人とうまく話すこともできない。

 もしかしたら周りに気を遣わせているのかもしれない。

 

 そう感じても、何もすることはできない私は、この場にいることが恥ずかしくなってすぐに保健室を後にした。急ぎすぎて先生にもお菓子を食べて感想がほしいと伝えそびれた上、お菓子を渡してホッとした私は取りに行くこと自体をすっかり忘れ、そのまま家に帰ってしまった。


 朝、目が覚めて、そこでやっとお菓子のことを思い出して自問自答する。


 まだお菓子はあるだろうか?

 もうないかもしれない。

 けれども取りに行くといってしまった手前、そのままにはできない。


 心配になって、早めに家を出る。

 もう一度、保健室の扉を開いた。


◇ ◇ ◇

 

 保健室の扉の先にいたおおとりさんの急な反応にどうしていいのか、わからず、私は変な声を出してしまった。


 目の前のおおとりさんは私の様子に、保健室の先生のようにふんわりと微笑む。


「食べちゃダメでした? いちおう先生に断っていただきました。だから一言お伝えしようと思って名前を聞きました」


「……いえいえ、食べてもらって全然、も、問題あ、ありません。は、はい」


 戸惑いながら、なんとか私は答えた。

 落ち着いて、私。

 そう、呼吸をするの、えっと吸い込んで、出して……。

 そうこうしているうちに春とはいえ、まだ肌寒い日だというのに、私の身体は熱くなり、じわっと汗が背中にまとわりついてくる。

 

 そこで急におおとりさんは私に寄ってきて、額に手を当てた。


「熱はなさそうだけど、顔は熱そう。大丈夫ですか?」


「……ふえっ!?」


 自分でも意味が分からないほど心臓が跳ね上がった。指先が震えてしまう。

 急に熱くなった気がするのは、気温のせいじゃない。


 なんでこの人、こんなに距離が近いの!?

 なんで私、こんなにドキドキしてるの!?


 私の声が情けなく裏返る。顔が熱い。耳まで熱い。

 絶対、真っ赤になってる……!!


 どうしよう、どうすればいい!?

 おおとりさんが、じっと私の顔を見つめた。


「……」


 なんか、見られてる……?


 いや、見られてるというか……観察されてる!?

 何?  私の顔に何かついてる!?


 こっちは必死なのに、鳳さんは少し目を細めて、唇の端をゆるく持ち上げている。

 なんていうか……妙に楽しそうな顔。


「……えっと?」


「ふふっ、ほんと、たちばなさんって面白いね?」


 おおとりさんのくすくす笑うその姿が、余裕たっぷりで……私の反応を楽しんでいるみたいだ。


「な、何が!?」


「ううん、なんでもない。大丈夫?」


「……う、うん。多分……」


「それとも――、やっぱり、食べるのよくなかったのかな?」


「いや、そ、そんなこと……」


「ふ――――ん? そうなの? ほんとに?」


「は、は……い」


「そうね、もう私の身体の一部となって取り出せないから、お菓子の感想を伝えると」


 大きなくりくりした目で私をじっくりと見つめてもう一度、「伝えるとね」という。


「うん、つ、つたえると?」


「あのね、マーブル模様の生チョコ。すごく美味しかった。シンプルな味だけど深くてお店で売ってるチョコレートみたいだった」


 う、嬉しい。

 お店で売ってる商品と同じくらいとは恐れ多すぎて思えないけど、あれは生クリームとチョコの分量と温度に気を付けて何度も調整して作ったものだったから。

 

「あ……そういってもらえると……嬉しい、です。何度も試行錯誤してまして……」


 つい私もそこに至るまでの過程を思い出して言葉にしてしまう。


「そうなの? ねぇ、できたら、その作ってる所をみたいとか言ったらどうする?」


 お菓子作りに興味があるのかな?

 つい、家庭科部の部長という責務を負ったばかりの私は何も考えずに言った。

 

「あ、はい、全然、いつでも見に来てもらっていいですよ!」


 私の言葉におおとりさんが「クスッ」と笑う。


「……ほんとに?」


 なんか、妙な間があった気がする。

 私は小さく頷いて様子を伺うと、おおとりさんは私をじっ……とみつめていた。


 目が合った。

 さっきまでの余裕ある感じから私の心情を伺うような、心まで見透かそうとするような鋭い……そんな目——。


 ……なんで、そんな顔をするの?

 ほんの一瞬だけ、私の胸がチクリと痛んだ。


「ねぇ、たちばなさん……」


「えっ、な、なんですか!?」


 ——至近距離。


 近い、近い、近い!!


 どこかじっ……と私を見つめるその瞳に、なぜか私は息をするのも忘れそうになる。

 え、ちょ、何、この目線!?


 と思った瞬間、おおとりさんは冷静に状況を伝える。


「……もうそろそろ授業はじまっちゃうと思うけど?」


 ハッと時計をみるとちょうど時計は始業時間を指していた。

 早く戻らなければいけない、と感じた。

 ——はずなのに、視線はもう一度、鳳さんに向いてしまう。

 そこで今まで動揺していてあまり把握できていなかった鳳さんの全体を認識する。

 均等の取れた身体、すらりと伸びた手足と整った顔を持つ鳳さんは私をじっとみつめていた。


 ち、近い……!

 やばい、これ以上考えたら、なんか変になりそう!


 慌てて保健室を出ていこうとしたときに、彼女はふっと近寄って、私の耳元で囁く。


「あまくてめちゃくちゃおいしかった。……ねぇ、たちばなさんは、甘いね♡」


「……っっっ!?!?」


 頭がショートするような感覚と共に、私はその場で固まった。


 ちょ、ちょっと待って!?

 えっ、それ、ど、どういうこと!?

 いや、普通に考えてお菓子の話だよね!?

 なんでこんなに顔が熱いの!?

 さっきまでの動揺とは、また違う熱がこみ上げてくる。


 私の動揺をよそ目におおとりさんは楽しそうにしながらまたカーテンの裏に戻っていく。


「私はここにいるから。たちばなさんは、教室に行って」


 もちろん、私はすぐに保健室を出て教室に向かった。


 ——でも、この時の私はまだ知らなかった。

 これが、最初の一歩だったことを。

 私がこの後、どれだけ甘やかされ、そして——翻弄されることになるのかを。

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