義妹に見捨てられて破滅する悪役に転生したので、最初から関係改善に務めることにする

早乙女らいか

1章

第1話 俺に妹ができたらしい

「お兄様……私の作ったクッキー、食べてほしいです」

「え?」


 気が付いたら綺麗な女の子が目の前にいた。

 

 男の俺とほぼ同じくらいある高い身長。

 モデルかと見間違うくらい整った容姿に、出るところはしっかり出ているグラマーな体形。


 一体誰だ?

 なんで俺の事をお兄様って……


「っ!?」


 瞬間、俺の頭の中に流れ込む”知らない記憶”の数々。

 兄……妹……この世界……俺という存在……


「げほっ……はぁ……」

「お兄様?」

「あぁ、大丈夫だ」


 マジかよ。

 俺はそんなヤツになってしまったのか。 

 で、目の前にいるのは俺の妹か……


 全てを理解した後、俺は不思議そうに首をかしげる妹へ手を伸ばす。

 そして妹が手に持つ皿の上に並べられたクッキーをつまみ、そのまま口へと運んだ。


「……しょっぱい?」 

「え?」


 甘い……と思いきや塩味がガツンときた。

 少し許容を超えた塩辛さだ。

 スイーツというよりおかずに近いな……でも、食べられない事はない。


「ご、ごめんなさい……塩と砂糖を間違えたかもしれません……」

「やっぱりか。まぁ始めてなら上出来だと思うぞ? あむっ」

「無理して食べなくても……」

「いやぁ、全然いけるって」

 

 結構怯えているな……

 まぁ”過去の俺”がやった事を考えれば妥当か。

 むしろ勇気を出してくれた方だと思う。


「ごちそうさま。友梨奈ゆりな、わざわざありがとうな」

「あ……」


 去り際に妹の頭を撫でた後、俺は自室へと戻っていった。


(さて、どうしようか……)


 目の前に現れた美少女の態度。

 俺という存在。

 そして今後何が起きるのか。


 俺は全てを知っている。


天崎あまさき理央りお……こんなクソ野郎に転生するなんてな」


 この世界は俺がいた世界じゃない。

 俺が転生したのは……やがて破滅するクソッタレの悪役だ。

 

 ◇◇◇


「学生証も……やっぱ本人か」


 はぁ、とため息をつきながら椅子にもたれかかる。


 ここは俺が読んでいたライトノベルの世界だ。

 タイトルは「高身長な後輩に僕は好意を持たれている」

 ”こう”が多いからファンからはコウサンってよばれてたな。


 内容はタイトル通りのラブコメなんだが、この作品は悪役が存在する。

 それが俺、天崎理央だ。


 理央は妹と仲のいい主人公の事が気に食わず、主人公を消そうと考えていた。

 くだらないイタズラから犯罪スレスレの暴行まで。

 その酷さは妹にも及んでおり、理央は妹を都合のいい道具として利用していた。


 その妹がさっきの美少女。

 天崎友梨奈ゆりなだ。


『おい、俺と仲良くしたいならマッサージしろ』

『……はい』


 あぁクソッ、嫌な記憶が蘇ってきた。


 中学という多感な時期に俺の父親が再婚して友梨奈が妹としてやってきた。

 だから理央は友梨奈が嫌いだったんだ。


 都合よく利用する癖に、純粋に兄へ甘えたい妹の気持ちを全部切り捨てやがる。

 最低だよ、本当に。

  

「だから破滅した……そうだろ?」


 最終的に犯罪へ手を染めて主人公を陥れようとした理央。

 ナイフを手に持ち、金で雇った不良と共に理央を殺そうとする。


 そんな理央に対して、友梨奈は裏切り全てを晒してしまった。

 もうこんな事を終わらせるために。


 結果、理央は逮捕されて少年院に入り……

 その後は知らない。

 けど、ロクな人生を歩まない事だけは確か。 


 俺がそんな人生を歩むのはごめんだ。

 というか友梨奈が悲しむ顔は見たくない。


「破滅を回避するには……」


 友梨奈と仲良くする。

 シンプルだけどこれが一番だ。


 というかこれでいいのか?

 友梨奈って結構可愛いし、俺からすればご褒美でしかないんだけど……


 コンコン


「ん? どうした友梨奈?」


 ノックと共に扉を開ける。

 そこには緊張した友梨奈の姿がいた。


「いつもの……マッサージ……」

「っ」


 毎日やらせてたのかよ。

 妹は召使いじゃないんだぞ。

 全く、性根が腐ってやがる。


「あー、今日は俺が友梨奈にマッサージしたいかな」 

「え?」


 少しずつ友梨奈の恐怖を取り除いてあげないと。 

 俺は友梨奈をベッドに手招きし、そのまま座らせる。

 

「こってる所とかあるか?」

「えっと、肩とか……」

「肩か、わかった」


 許可を得たので、友梨奈の肩を後ろから揉み始める。 


「うおっ、結構固いな……」 

「そこ、気持ちいいです……」


 かなりこっているな。

 今まで休む間もなく動いてたんだろうなぁ……

 自分がやった事ではないが、申し訳ない気持ちになる。


 申し訳ないで済ませたらダメだな。

 言葉にしないと友梨奈はいつまでも傷ついたままだ。


「……すまなかった」

「え?」


 俺の謝罪の言葉に友梨奈は驚いたような声をあげる。


「俺の自分勝手なワガママに友梨奈を巻き込んでしまってさ……辛かったよな」

「えっ、あっ、ど、どうしたんですか?」

「気づいたんだ。今までの俺がどれほど最低だったのかを」

「お兄様……」


 急に人が変わったように見えるが決意は本物だ。

 友梨奈が傷ついてきた過去を消せるくらい、俺は友梨奈に優しくして友梨奈が落ち着ける空間を作っていきたい。


 信頼されるまで何年かかるかわからないけど。


「俺は友梨奈と仲良くなりたい……だから、もう一度だけチャンスをくれないか?」


 だから歩み寄り続ける。

 自分が破滅するからとか関係なく、こんなに可愛くて優しい女の子を俺は苦しめたくない。 


 ただそれだけだ。 


「……いいですよ」

「ほんとか!? よかったぁ……」

「ふふっ、お兄様凄く変わりましたね。まるで別人みたいです」

「あ、あはは……そうかな……」


 思っていた以上に受け入れてくれた。

 友梨奈の優しさに助けられてる所はあると思うけど。


「私からもお願いがあります」

「なんだ? 遠慮なく言ってくれ」

「わかりました……では」


 友梨奈のお願いを前に身構える俺。 


「私が甘えたい時に甘えさせてほしいです」

「っ!?」


 瞬間、柔らかい感触と共に、友梨奈が俺の身体に抱きついてきた。


「そ、それでいいのか? 俺としても友梨奈に甘えられるのは大歓迎なんだが……」

「本当ですか? よかったです」


 顔は見えないけど声が凄く嬉しそう。

 抱きしめる力も結構強いし。

 安心はするけど、女性なんて一度も抱きしめたことがないから緊張する。


 義理の妹とはいえ、俺からすれば一人の女の子だからな……

 変に意識してしまう。


「これからもよろしくな、友梨奈」

「はい、こちらこそよろしくお願いします」


 だけどこれからは友梨奈と仲良くできそうだ。

 色んな思い出を作って、友梨奈と楽しく過ごせたらいいな。 


「しかし本当に肩凄いな。何かやってるのか?」

「えと……私、胸が大きくて……」

「ほっっっんとごめん。マジでデリカシーなかった……」

「だ、大丈夫です。少し恥ずかしいだけなので」


 さーて、まずは気遣いを覚える所からだ。

 相手が友梨奈じゃなければマイナスだぞー?


◇◇◇

 

「行ってきます、お兄様」

「あぁ、行ってらっしゃい」


 玄関先で挨拶をかわす。


 今日は友梨奈の中学の卒業式。

 どうやらこの世界は俺の知っているコウサンの世界より前の時間らしい。

 

 一通り天崎理央の記憶を見たけど、今のところ大きな事件は起こしてなかった。

 少し素行不良気味だったけど。


 まぁ何かやらかしてなくて安心したよ。

 壊したものを治すのは大変だからさ。


「さて、俺も準備をするか」


 卒業式には俺も行く予定だ。

 両親は海外の仕事が忙しすぎて帰れないから、行くのは俺一人。


 特に母親からは「写真と動画は絶対に確保してね!!」と念押しされたしなぁ。

 一応スマホの充電も確認しておくか。


 準備を進めていく内に五分、十分と卒業式までの時間が迫っていく。


 ドクン……ドクン……


(落ち着かないな)


 妹の卒業式だからか、心臓がいつも以上に動いている。

 俺まで緊張してどうするんだ。

 大変なのは本番まで色々準備してきた友梨奈であって……


 パリンッ!! 


「っ!?」


 慌てて音が聞こえたリビングの方へ向かう。

 割れたのは……写真立て?

 俺と友梨奈の二人が並んでいる写真だ。


 あーあ、ガラス部分にヒビが……

 劣化でもしてたのかなぁ?


「ふぅ……」


 呼吸がやや荒くなる。

 視線はヒビ割れた写真の方から離れない。

 ちょうど友梨奈に重なるようヒビが入っており、その不自然な光景に心臓の動きまで早くなっていた。


 俺は何を考えている?

 心配しすぎじゃないのか?

 自分を落ち着かせようとするけど、全く意味がない。


 嫌な予感……

 具体的に説明できないが、ずっと胸騒ぎがする。 


 なんだろう。

 友梨奈の身に何かが起きそうで仕方がない。


『お兄様……ッ!!』

「っ!?」


 その時、頭の中に助けを求める友梨奈の姿が浮かんだ。


「……行こう」


 俺は家を出た。

 卒業式が始まるまで余裕はある。

 だけど、この違和感を抱え続ける事ができなかった。


 何もなければそれでいい。

 早く出たのならその分待てばいいだけ。


 俺は全力で走っていた。

 事件でも聞きつけたかのように。


 そして、その違和感は見事に的中する事となる。 

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