第18話 ご褒美をあげちゃえばよくない?




「お~! 雨咲君、FランクだよFランク!」


 

 ギルド会館の貸会議室にて。

 

 新たな資格証を手にし、西園寺は興奮した様子を隠そうともしない。

 まるで待ち望んだプレゼントをもらった子供のように、キラキラと目を輝かせていた。


 わ~純粋。

 眩しい。

 

 俺にも、あんな穢れ無き時代があったんだろうか。

 ……今はもう、将来の不労所得生活しか考えられなくなってしまった。


 汚れちまったぜ。 


 

「これで、Eランクのダンジョンにも入れるんだね!」

 

「ああ、そうだな」



 西園寺に返事しながらも、自分のカードを確認する。

 今まで灰色だったカードが、今回で青色の背景に変わっていた。

 

 ランクによって資格証は色分けされており、“青”はすなわちFランクの証しである。

 


『交付日』はもちろん今日の日付。


 中央よりやや左に、縦書きで『冒険者資格証』と記されている。

 

 そこからさらに左下に『種類』が書いてあった。

 左から2番目の小さな枠に『Fランク』と記載されている。


 

 確かにこれを見ると、自分の冒険者ランクの上昇が実感できた。



「……本当に夢みたい。雨咲君にお願いしてから1週間と経ってないのに、ランク昇格までできるなんて」

  

 

 ステータスとはまた違った、目に見える形として自分の成長を感じたのだろう。

 西園寺は薄っすら目に涙を浮かべ、感慨深そうにつぶやいていた。


 冒険者ランクにあまり関心がない俺でも、達成感めいたものを実感したのである。

 強くなりたい、成長したいと願い続けていた西園寺なら、感じるものも一入ひとしおだろう。  



「――ありがとう、雨咲君。明日からも育成、よろしくお願いします」  


  

 改まって椅子から立ち上がり。

 西園寺はペコリと頭を下げる。


 とても丁寧で。

 誠意や感謝の気持ちが、真っすぐこちらに伝わってきた。  

 


「…………」



 だがその誠実な態度や言葉を聞いて、とても申し訳ない気持ちになる。

 俺は、今の言葉に、応えることができない。



「えっと、雨咲君?」



 すぐに返答がないことを西園寺も察したのか。

 花が咲いたようだったとても魅力的な笑顔を、途端に曇らせる。


 その原因が自分ということで、軽く自己嫌悪が走る。

 だが言うべきことは言わなければならない。



「すまない西園寺。あのな――」



 それがむしろ信頼というものだと信じ、重たい口を開いた。

  


「――『明日から』じゃなく、今からじゃダメか? 【調教ミッション】、今日も普通に出てるんだが」



◆ ◆ ◆ ◆



「もう~! 雨咲君、本当にビックリしたよ~」


 

 西園寺は、あからさまにホッとしたような仕草をする。

     

 

「知らない内に、何か気に障るようなこと、しちゃったんじゃないかって」


「いや、そんなことは全くないから。うん、それは安心してくれ」 

   

  

 気に障るというか、デリケートな部分に触られかけたことはあったけどね。


 ほらっ、ギルド会館で呼ばれたとき寝ぼけてたじゃん。 

 雨咲君の雨咲君、タッチ未遂事件ね。

 

 逆は犯罪になるだけど、西園寺が触る分には全く気に障らないからな。

 うん。



「……むしろ、西園寺こそ“嫌だな~”とか“うわっ、ダルっ! 死ね雨咲!”ってならないか? ランク試験の後に【調教ミッション】だぞ?」


 

 俺としてはそっちの方が心配だった。

 昔の漫画やアニメを見ていると、そうした場面がよく出てくる。

 

 死闘を繰り広げたスポーツの公式戦。

 だがその後も関係なく、部員たちは学校に戻って練習を指示されるのだ。

 スパルタで“地獄”などと表現される厳しい練習に、監督やコーチへとヘイトがドンドン貯まっていく。

 そして部員たちの間では、暗黙の了解のようにささやかれる悪口やあだ名……。


 もうね、そういうシーンを読んだりするだけで胃がキュッとなる。 

    

 

 状況は違えど、大きなイベントであるランク試験後に【調教ミッション】の話をすることが。

 西園寺に大きな負担やストレスを課しているのではないか、と。

 そして西園寺の中で悲しいあだ名でもつけられないかと、とても心配していたのである。 



「えっ? ふふっ。全然、これっぽっちも思わないよ? むしろ成長できる機会だから、凄く嬉しいけど」



 うわ~眩しいっ!

 直視できない! 


 光だ、陰キャ属性とは相いれない光属性だ!


 嘘をついてるでも、空元気でもない。

 真実、まだ【調教ミッション】を受けるだけの余裕があるという表情だった。

 


「沢山歩きはしたけど。雨咲君のおかげで、試験自体はそんなに疲れなかった――」



 そこまで口にして、西園寺は急に言葉を切る。

 一瞬黙り込んだが、すぐにハッとした顔になった。

    


「……雨咲君。まさか【調教ミッション】のことも見越して試験の時、モンスターを倒さなかったの? 少しでも私の負担を軽くしておくために?」



 西園寺はなんか勝手に驚愕し、口を両手で覆っている。

 驚いて大きく目を見開いてる姿もやはり可愛かった。


 ……まあ、そこまで計算・意図してはやってないから。

 正直そんなこと言われても、バツが悪いんだけどね。 

 


「さぁ~って。今日の【調教ミッション】は、っと――」

     

「あぁ~! 雨咲君、今、露骨に話逸らそうとした!」


 

 西園寺も露骨に頬を膨らませて“不満です”アピールしてくる。

 プンプンする西園寺はレアで、これもこれでとても可愛かったのだった。  



◆ ◆ ◆ ◆


[調教ミッション]


●デイリーミッション

 

 ジャンプ3分以上 3回   

 報酬:HP+1 敏捷+1


 ↓調教Lv.1により各+1、調教ポイント+20 


 報酬:HP+2 敏捷+2 調教ポイント+20  


 現在01:22.35   

 ジャンプ3分以上  2/3

       

 

― ― ― ― ―



「ふぅっ、ふぅっ、んっ、はっ――」



 西園寺は息を弾ませながら、その場でピョンピョンと飛び跳ね続ける。

 3セット目にもかかわらずリズムはなお一定で、高さも安定していた。

 

 西園寺の体力的な成長がちゃんと窺える。     

 


「1分半経過ぁ~。残り半分っ」



 西園寺のジャンプに合わせ、位置が上下する【調教ミッション】の画面。

 そこに映る“現在秒数”をモニターしつつ、西園寺へ教え伝える。



「うんっ、まだ、大丈夫、そう!」 


 

 運動しながらしゃべるのは疲れるだろうから、応答しなくてもいいのに。

 西園寺は律儀にも、ちゃんと返事をしてくれた。

 そういう細かいコミュニケーションを大事にするところが、西園寺の人の良さみたいな部分なんだろう。

 

 汗はかいているものの表情は明るく、運動を楽しむような爽やかな笑顔がある。


 1セット目を終えた後から上着のローブは脱いでいたが、なお暑そうだ。

 タイミングを見計らいながらも、手の甲で額の汗を拭っている。

 


「縄跳び、してる、みたい、だから。運動に、なって、楽しいよ?」

 

「そうか。それは良かった」

 


 着地する度にカツッ、カツッと、ブーツのフラットな靴底が床を打ち鳴らす。

 一定の拍子で刻まれる音は耳に心地いい。


 そのリズムに誘われるように。

 まるで共鳴を起こしているような二つの揺れへ、自然と視線が吸い寄せられる。

 

 ローブ風の上着を脱いだその下。

 西園寺は、まるで肌に張り付くような黒いインナー姿をしていた。


 大き過ぎない、形の良い二つの果実。

 そんな女性的象徴の動きが、ほぼノータイムで両目に伝わってくる。 

    

     

 ――ぷるんっぷるんっ。



 二つの果実はそう言っているように、躍動感をもって上下に跳ねていた。

 ローブ風の上着が4Gだとすると。

 黒インナーは5Gの通信速度で、西園寺の胸のぷるんっぷるんっを伝達してくる。


 凄い。

 画質の描写も滑らかで、臨場感まで伝わってくるぜ。



「――雨咲、君? もう、そろそろ、かな?」 



 西園寺の声で、ふと我に返る。

 っと、危ない危ない。



「……ああ。残り30秒切った」


 

 まるで深い催眠にでも落ちていたような感覚だ。

 一定のリズムで耳に入ってくる音と、意思とは関係無しに入ってくる視覚情報。

  

 なるほど。

“催眠術”ならぬ“パイ眠術”にかけられていたというわけか。 

 西園寺め、あなどがたし!



 ……いや、何を言ってんだ俺は。

 


 そして3回目の3分間が終了する。



「あっ――」



 西園寺の全身に、淡い黄色の光が走る。

 またその一部は西園寺から飛び出て、俺へとぶつかり消えていった。  

 


[ステータス]

●基礎情報


 名前:西園寺さいおんじ耀ひかり

 年齢:17歳 

 性別:女性

 ジョブ:神官Lv.1

 支配関係:主人 雨咲あめざき颯翔はやと

  ―保有調教ポイント:20  


●能力値


 Lv.3 

 HP:11/11(8+3)→13/13(10+3) New!!  

 MP:7/7(4+3) 

 筋力:6(3+3)

 耐久:6(3+3) 

 魔力:5(2+3) 

 魔耐:7(4+3) 

 敏捷:7(4+3)→9(6+3) New!!  

 器用:9(6+3) 


※(+3)=【全能力値+3】



 ちゃんと“HP”と“敏捷”の能力値が2ずつ上昇している。

 本来は1ずつの上昇幅だったはずだ。

 それが【調教Lv.1】で、さらに上昇値が上乗せされた結果である。

 

 さらに調教ポイントが+20なのも、【調教Lv.1】があるためだろう。


【調教Lv.1】、ひいては〈調教〉の枝のおかげだ。



「お~!」



 西園寺は早くもステータスの成長を確認し、感嘆の声を上げていた。



「雨咲君! ただでさえ凄い成長スピードなのに、【調教Lv.1】のおかげで、またそれが上がっちゃった!」



 まだ少し整わない呼吸のままだが。 

 西園寺は誰かと感動を共有したいかのように、夢中で話し続けていた。



「そうだなぁ~。……でもまずは【調教ミッション】お疲れさん。流石に休んだらどうだ?」


「あっ! ――えっと、うん。そうだね。じゃあ、お言葉に甘えて」 

 

 

 それでようやく自分の疲れに気づいたというように、椅子へと腰を下ろしたのだった。


◆ ◆ ◆ ◆


「何かして欲しいこととかあるか? 飲み物とか買ってくるけど」


 

 さっきのパイ眠術――ゲフンゲフン。

 ミッション中に集中できなかった時間があったため、ちょっぴりの罪悪感からそう申し出た。



「……えっと。それじゃあ、ちょっとわがまま、言っちゃっても、良いかな?」

      


 すると恥じらいを含んだ表情で、視線をキョロキョロとさせる。

 躊躇ためらい、両手の人差し指をツンツンと合わせる仕草は可愛らしく、とても絵になっていた。

 

 

「おう」


「……なら、さ。ご褒美、ではないけど。その、雨咲君の【ヒール】を脚にお願いしても、良いかな?」



 希望箇所を示すように、両手で両脚に触れる。

 白ブーツに包まれた太ももから膝辺り、そこからふくらはぎまでを自分で撫でていった。



「試験でダンジョンの中を歩いて。沢山ジャンプもして。ちょっと脚が疲れちゃった、かな。……その、雨咲君の【ヒール】は、疲労回復の効果がある、から――」 



 そこまで言葉にして、西園寺は急に押し黙った。

 まるで何かを思い出し羞恥心がぶり返したかのように、顔が真っ赤に染まる。

 


「あ、や、あの、やっぱり今のは無しで、お願いします……大丈夫です」



 恥ずかしそうにうつむき、声も最後は消え入りそうなくらい小さかった。

 だが羞恥に悶える西園寺の姿は、とても可愛く魅力的で……。



「――今日は頑張ったからな、西園寺は。……どうする、ブーツの上からするか?」

   

 

 西園寺の隣に移動し、しゃがみ込むようにして見上げる。

 


「えっ!? あ、いや、あの……」


 

 西園寺は俺の行動に戸惑いを見せる。

 だが俺が無言でその目を見続けると、その意図が通じたらしかった。

 

 

「……えっと。じゃあブーツは脱ぎます。それで、お願いします。……触っても、大丈夫だから」



 西園寺は、やはりほとんど聞き取れないような、とても小さな声だった。

 だが俺がいる側――左脚のブーツに自分で手をかけて、言葉通り脱ぎ始める。

 

 少し脚を上げたタイミングで、短いスカートも持ち上がった。

 その中の秘境が覗いてしまわないかと、一人でドキドキする。     

 

 

「脱ぎました。……雨咲君、お願いします」



 何とか平常心を装っていると、西園寺がブーツを脱ぎ終わっていた。


 純白のニーソックスに包まれた、細く綺麗な脚。

 それをこちらに向けて、所在なさげに小さく揺らしソワソワていた。


 

「OK。……じゃあ始めるぞ」


 

 右手で、西園寺の左足先を。

 左手で、右足の先を。


 それぞれ、そっと優しくつかんだ。

  

 

 じんわりとした、少し湿った感覚が手の指先に伝わる。

 脱いだばかりだからか、ほのかな熱も感じた。


「うん。……あっ、そのごめんね? ちょっと汗かいてるかも、だから」



 申し訳なさそうな声が上から降ってくる。

 自分の汗を汚く思い、それに触れられることを恥ずかしがる。

 そんな声だった。

 

 また反射的に逃げようとするように、足先に力が入り強張ったのを感じる。


 それは。

 思い出した体の記憶にある快感から、逃れようとする仕草にも映った。 

 


 だがそれらを一度、頭の隅に追いやる。

 そして【ヒロインヒール】を発動した。


 今回は両手から直接、ピンク色の魔力が宿る。

 淡い霧状のそれは、靴下に覆われた西園寺の足先を包み込んでいく。


 

「――あっ、んんっ~!」



 すぐに、西園寺から小さく声が漏れた。 

 気持ち良さを感じているように、高く色っぽい声。


 脚にも快感が走ったかのように、ビクッと震える。

  


「脚全体でいいんだよな? ……じゃあ【ヒール】、脚の下から上げていくぞ」


 

 桃色の魔力が宿った手を、足先から甲、足首へと移動させる。

 そしてマッサージで揉みほぐすように、ふくらはぎへと上昇させていった。



「んっ、あぁっ、んぁ――」

 

 

 俺の確認が届いているのかわからないような、そんな反応だった。


 手が移動する度に、西園寺の口からあえぐような声が出る。

 漏れ出る吐息を何とか我慢しようとする、そんな音に聞こえた。

 

 

 俺は視線は自分の手、そしてヒールが当たっている個所にだけ固定する。

 そうしなければ、スカートの中が簡単に見えてしまう位置にいるためだ。

 

 それは流石にダメだと自重し、西園寺の疲労を取り除くことに集中する。

 パイ眠術での反省を、今こそ生かすのだ。



「じゃあ次、膝と太ももな――」 

    

  

 俺もしゃがんだ状態から、中腰へと姿勢を変えた。  

 これで、スカートの中の神秘を覗いてしまうような事故は防げる。 

 ……だがそもそも、西園寺は完全に目を閉じていたらしい。


 そして手で口を必死に抑え、声が漏れ出るのを何とかして抑えようとしていた。


  

 そこで俺も、ハタと気づく。

 ……そういえば【ヒロインヒール】というか、【ヒール】って。

 別に直接肌に触れる必要なかったな。


 

 西園寺が直前に『触っても大丈夫だから』と言ってくれた。

 それで勝手に頭の中で、触ることが前提となっていたらしい。

 


「…………」



 そりゃ、正直。

 西園寺ほど魅力的な異性の肌に触れられるなら、それに越したことはない。

 

 だがこれはあくまで、今日一日頑張った西園寺へのご褒美的な癒し時間なのだ。

 俺のラッキータイムであってはいけない。


  

 そう考え、そっと膝から手を放す。

 一定の距離を保ち、そこから太ももへとピンクの魔力を移動させた。



「っ~~~~!!」



 声にならない声。

 西園寺の膝が痙攣けいれんするように内へガクガクっと動く。

 

 最後。

 太ももを通過し、完全に距離を取ってヒールの終わりを告げた。


 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……ありがとう、雨咲、君」


「お、おう。お疲れさん」



 疲労はちゃんと取り除けたはずである。

 だが西園寺はむしろ試験の時よりも。

 そして【調教ミッション】の時よりも疲れたというように、乱れた呼吸をしていた。

  

 トロンとした、どこか焦点の定まらない目。


 閉じる気力もないというように半分開けられた口元。

 口内では、唾液が透明な糸のように薄っすらと引いていた。

 

 その無防備な姿はとても淫靡いんびで誘惑に満ち。

 異性の本能をこれでもかと、強く強く刺激したのだった。  

 

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