第16話 反面教師に学べばよくない?
会館前には、一台の送迎用マイクロバスが横付けされていた。
「どうぞ、乗ってください。装備や荷物は空いた席に置いてくださって結構です」
試験官の野田さんは、大人の余裕を感じさせる笑みで促す。
渋い、渋いぜ野田さん。
俺もこんな大人になりたい。
そして不労所得生活を決めて、毎日食っちゃ寝する大人になりたい。
「ほ~い」
016番君が調子よく最初に乗り込んでいった。
それに続いて、俺もバスへと乗車する。
運転席側に2席×6列。
入口側に1席×6列ある。
「俺、じゃあここ座ろっと!」
16番君はそこだけ4席ある最後尾の席へ向かい、身体を投げ出すように豪快に座った。
あ~。
陽キャってバスの後部座席、好きそうだもんね(偏見)。
「…………」
何となく距離を取りたかったので、すぐに運転席の真後ろを自席と定める。
その後ろの席に荷物や装備を置いて、2席の内の窓際へと腰を下ろした。
マイクロバスの座席ということで、そこまでゆったりさは感じない。
だが試験場への移動に快適さまで要求するのは酷だろう。
「あっ、雨咲君そこ座るんだ。じゃあ私も――」
「えっ?」
――とか考えていると、なんか西園寺が隣に座ろうとしてるんですけど。
あの、西園寺さん?
ここ以外にも座席、沢山空いてるんですけど。
わざわざ二人横に並んで座ると、凄く窮屈になっちゃいませんこと?
「よいしょっと……」
荷物や装備を1つ後ろの座席へ置き。
西園寺は当然のようにそのまま隣へ座ってしまった。
案の定、左の二の腕が、西園寺の右腕に触れてしまう。
脚も意識して閉じようとしないと、やはり西園寺の右脚に当たってしまいそうだ。
「ほぅ……えへへ」
だが西園寺が、それを気にした様子は全くなく。
むしろはにかみつつも、それ以上にどこかホッとしているような顔である。
まるで
……いやボッチにそんな経験ないけど、西園寺さんマジでそんな感じなんすよ。
そんな安心しきった顔をされたら。
狭さや窮屈さ程度の不便なんて、受け入れるしかない。
それくらいで西園寺のメンタル面に配慮できるなら、安いものである。
……ちなみに。
隣から甘い花の香りのような、凄く良い匂いもするので。
俺のメンタル面にも配慮されてたわけですね、はい。
――近い良い匂い可愛い良い匂いぃぃ~!!
「皆さん着席されましたね。――では試験場となるダンジョンへ出発します。20分程度を予定していますが、交通事情などにより前後することがありますのでご了承ください」
野田さんも左、入口側の一人席へと腰を下ろした。
それから一番後ろの016番君まで届くよう説明した後、運転手さんへ出発するよう指示を出す。
俺たちを乗せたバスが、試験の場へと向かって動きだした。
◆ ◆ ◆ ◆
野田さんが言及していたような、渋滞に巻き込まれるといったこともなく。
マイクロバスは時に信号にひっかかりながらも、スムーズに道路を進んでいた。
そうして車内で体を揺られながらも。
思考は、試験とは別のことに向く。
やはりこのマイクロバスのように。
ダンジョンへと直接向かえる移動手段があるというのは、とても便利だ。
学生冒険者はもちろん。
専業でも稼ぎの多くない冒険者は、主に移動手段として公共交通機関を用いる。
だが冒険者は装備や道具など、どうしても色々と荷物が多くなりがちだ。
なのでちょっとした移動でも、人によっては結構大変なのである。
「やっぱり荷物を置けるって楽だね~。私たちも、もっとお金稼げるようになったら、車とか欲しいね」
隣の西園寺も、似たようなことを考えていたのだろう。
こうして他の乗客を気にせず、手荷物を置いて移動できるのは随分と気が楽だ。
それだけダンジョン探索へと集中できることにもつながるし、良いこと尽くめである。
「だな」
「……私が子供の頃はまだ18歳からしかダメでしたが。今は冒険者資格があれば、普通自動車の運転免許も受験・取得できますからね」
意外にも、近くに座る野田さんが会話に入ってきた。
まだ移動中で試験本番ではないということで、世間話程度なら問題ないということだろう。
「あ~! それ、冒険者資格を取得するときの講習で習いました! だよね、雨咲君?」
西園寺は、持ち前のコミュ強さを発揮して俺にパスしてくる。
もちろん覚えているとも。
何しろ去年それで、運転免許も取得したからな。
一人寂しく食べた、食堂のごはん。
誰とも隣り合うことない、講習の席。
教官からの『……あ、あはは。合格おめでとう。俺と記念に写真、撮ろっか』と愛想笑いで気遣われた最後。
うっ、頭が、割れそうだ!
そして卒業検定の時、横断歩道前でウロウロしていたおばちゃん。
あれは今でも俺を“歩行者優先”で試験落とすために仕向けられた、愉悦部の刺客だと思ってる。
マジであれは危なかったぜ……。
「ああ。――『冒険者資格を取得した者は、これによって年齢要件を免除する』でしたっけ?」
胸をかきむしり、枕に顔を埋めて叫びたくなる衝動を何とか抑え込み。
西園寺のキラーパスに何とかかんとか合わせて返す。
「ええ、その通りですね」
野田さんの後進を見守るような優しい頷きに、内心でホッとする。
会話が区切りの良い感じで終わった。
右にある窓へふと視線を向けると、ちょうど対向車線に“クラン
会社が所有する“社用車”のように。
クランの中には、移動手段として“クラン車”を持つところもあった。
車体には【
『クラン車は、クラウン車にしよう』というオヤジギャグをよく聞きように。
冒険者がクランを作った場合。
クラン車を持つこと。
そして高級車として有名なクラウン車を持つことが、一つの目標みたいに語られることがある。
それを所有できるようになるとは、すなわち。
それだけ安定して、大きなお金を稼げるクランに成長したことを意味するからだ。
中には専属のドライバーを雇うクランだってあると聞く。
俺もそれくらい稼げるようになりたい……。
――もちろん不労所得で、だけどな!!
「……もう間もなくですね」
野田さんのその言葉から3分とせず。
目的のFランクダンジョンへ、バスが到着したのだった。
◆ ◆ ◆ ◆
トイレや準備などで10分休憩を取った後。
ダンジョンの出入口前へと再び集合する。
そこには野田さんのほかにも。
“試験補佐官”とあるネームプレートを下げた男女が2人いた。
彼らが名乗ったりすることはなく、俺たち4人の後ろに控えてついてくる。
野田さんのサポートや、緊急時の対応に徹するらしい。
「――では、行きましょうか」
いよいよ試験開始だ。
「まずは“坂本”さんからですね。――モンスターと接敵するまで、私たちを先導してください」
ダンジョンに入るとすぐ、野田さんから指示があった。
受験番号の若い順で見ていくということだろう。
「えっ!? あっ、えっと、は、はい」
だが016番君――もとい、坂本君は。
まるで、予想もしてなかったことを言われたみたいな反応である。
“本当に俺から行くの!?”みたいなキョドり方は、バスに乗るまでの陽キャ感とは全くの別人だ。
……さては、試験がどんな感じか、予習してこなかったな?
「えっと? こ、これでいいのかな~?」
「…………」
坂本君は牛歩のごとくゆっくり、ゆっくりと先頭を進む。
時に顔色を窺うように振り返るが、野田さんは無言を貫いていた。
不安そうに前を行く坂本君を見ていると、こっちまで不安な気分になってくる。
……要するに。
彼は完全に、ぶっつけ受験なんだろう。
Fランクだと高を括って。
適当にやってもノリと勢いで受かるだろうと。
準備もせず来た感じがありありと見受けられた。
あるいは、自分の前の受験者がどうやっているかを見ることで、それをまねればいいと思っていたかもしれない。
だが不運なことに、自分が一番最初だった、と。
「…………」
15分ほど歩き続け、モンスターとの接敵は未だない。
その間、野田さんがボード上にペンを走らせる音だけが聞こえていた。
都度、坂本君は表情に不安さをドンドン貯め込んでいく。
先の見通せないカーブ。
Y字になった分かれ道。
ネットで『冒険者 Fランク試験 採点基準』などと検索すれば。
一発で出てくる典型的な重要箇所である。
だが坂本君はその
試験官である野田さんに、無慈悲なペンを走らせたのだった。
「――GISYAA!!」
ようやくモンスターの姿が視界に入る。
こん棒を手に持ったゴブリンだ。
「……では坂本さん。モンスターが見えましたね。戦闘するかどうか、判断してください」
野田さんが久しぶりの指示を出した。
そう。
モンスターとの戦闘は。
冒険者ランク試験において、極めて重要な採点基準とされている。
そして戦闘するかどうかは、受験者本人が判断することができるのだ。
さらに基本は、やってはいけない行為をするとマイナスされていく減点方式の中で。
モンスターを倒すことは、唯一の加点要素なのである。
……だからこそ、ちゃんとした判断能力が求められるのだが。
「えっと――」
坂本君は一瞬だけ
「…………」
だが無言で成り行きを見守る西園寺をチラッと視界に入れると、決意を固める。
それは今まで失点続きだった西園寺への好感度を。
カッコいいところを見せて挽回してやろうとする奮起のように映った。
「よしっ――やります! モンスターと戦闘しますよ、俺っ!!」
「わかりました。では戦ってください」
しかし野田さんはその気合いを肩空かすように、淡々と告げた。
坂本君も一瞬、呆気にとられたような顔。
……いや、そりゃそうでしょう。
別に野田さんは、坂本君の西園寺への好意に何の興味もないだろうし。
「GISYAA――」
そしてモタモタしている間に、ゴブリンが先手を取った。
先頭の坂本君へ目掛けて勢いよく駆け、こん棒を振るう。
「うわぁっ、あっ、えっ!?」
坂本君はそれを何とかギリギリ、片手剣で受ける。
だが何の根拠もなく倒せると踏んでいたゴブリンに先制攻撃され、明らかに動揺していた。
「うっ、うわぁぁ!! ――【スラッシュ】!!」
混乱して闇雲に剣を振るうまま、スキルを放った。
だがゴブリンとは全く違う、あらぬ方向へと小さな斬撃は飛んでいってしまう。
自信・自尊心を支えていたスキルが不発に終わって、坂本君はいよいよ恐怖に飲まれ出す。
前後左右もわからないような、無茶苦茶な動き。
ただゴブリンという恐怖の発生点から逃れたいかのように、距離を取ろうとする。
そこに。
“モンスターと戦う”と判断したことによって生じるはずの行動は、どこにも見受けられなかった。
遂にゴブリンの攻撃が、俺たちにまで届くかもしれないという距離に来たところで。
野田さんが手に持つボードを、武器へと入れ替えた。
そして見事な一振りでゴブリンを切り伏せた後、坂本君へと告げる。
「――坂本さんの本日の試験は終了です。不合格ですね。お疲れさまでした」
予想していた結末ではあるが、“不合格”というワードを聞くだけで胃がキュッとなる。
別に坂本君に同情したわけではない。
単に自分も下手をうって、ああなる未来を想像したためだ。
「あぇ、ふごう、かく?」
初めて聞いた言葉のように、
まだ自分がどういう状況かを把握しきれていないように見えた。
「……試験補佐官が付き添いますので、ダンジョン外に出て、バス内でお待ちください。あるいは、ここから直接お帰りいただいても結構です」
「あっ――」
男性の補佐官に優しく促され。
ようやく少しだが、不合格を言い渡された実感が湧いたらしい。
呆然としたように、トボトボと来た道を戻っていったのだった。
「――さて。それでは次に行きましょうか。雨咲さん、ダンジョン内を先導してください」
番号順ということで、とうとう俺の番が回ってきた。
――――
あとがき
16番君、もとい坂本君の活躍を期待いただいていた皆さんには申し訳ありません。
坂本君は、ここで、脱落のようです……(涙)
坂本君は男の子なので、雨咲君の従者(ヒロイン)になれなかったのは当然として。
西園寺さんのヒーローにもなれなかったようですね(遠い目)
でも坂本君の雄姿()は無駄にはしません。
きっと雨咲君の元には、彼よりふさわしい別のヒロイン候補が現れてくれるでしょう!!
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