第15話 ランク試験に備えちゃえばよくない?



「ふぃ~」



 ダンジョンから出て、解放感を味わうように身体をうんと伸ばす。

 外ではすでに、ダンジョン出入口を囲うように設置された街灯がついていた。


 もうそんな時間かと、体内時計との差異に驚く。  

 急遽きゅうきょとして探索を切り上げただけに、時の流れの早さを余計に感じた。


 

 ダンジョン内は常に一定の明るさが保たれる。


 それは視界の明暗に困ることが少ないのと同時に。

 時間感覚が狂いやすいことをも意味した。


 初心者や低ランク冒険者が、意識的に早めの切り上げをすることが推奨されるのもそのためである。


 

「お疲れ様、雨咲君。今日も無事、ダンジョンから戻って来れたね!」



 だが隣の西園寺は。

 まるで疲労など感じさせない、元気いっぱいの魅力的な笑顔だった。

 

 むしろダンジョンに入る前……いや。

 学校で顔を合わせた時よりも、生気に溢れているように見える。



「お疲れさん。……といっても、西園寺は元気そうだな」 

 


 そう指摘すると、途端に西園寺の顔に朱が差した。

    


「えっと、その、おかげ様で……」

  


 両手の指先をツンツンと打ち合わせ、恥ずかしそうに口をモゴモゴさせる。

 


「だって、あの、雨咲君のあれ、凄かったもん。とっても気持ち良くて……」



 西園寺が詰まりながらも、だが何とか言葉にした。

 それが頭の中で反響するように、繰り返し再生される。



『雨咲君のあれ、凄かったもん。とっても気持ち良くて……』

     

『雨咲君の雨咲君、凄かったもん。とっても気持ち良くて……』


『雨咲君の雨咲君、とっても凄くて気持ち良かったもん。雨咲君だって……』




 ヤバい。

 脳内リピートしすぎて、西園寺のセリフが勝手に捏造ねつぞうされちゃってた。

 

“雨咲君の雨咲君”ってなんだ。

 そんな凄い雨咲君、俺だって知らねえよ。


“あれ”ってのは要するに【ヒロインヒール】のことだ。

 その疲労回復の効果が、それだけ凄かったってことだろう。



 だがそれでも。

 真実と虚構が入り混じった『雨咲君の雨咲君、凄かったもん。とっても気持ち良くて……』は【俺的 西園寺ボイスTierティア表】で堂々のS評価入りだ。



【俺的 西園寺ボイスTier表】


 S:『雨咲君の雨咲君、凄かったもん。とっても気持ち良くて……』

  

 A:『私、舌で舐めるの、得意なんだ~』※追記:清楚な西園寺の、貴重なサキュバスシチュ(として使える)ボイス! 当然のA評価入りである。 

 

 B:『んっ、やっ、雨咲君、あんまり、見ないで……』※追記:汎用性も高い、ナイスなエチエチボイスだ。ただ他のボイスも強力なだけに、惜しくもB評価にとどまっている。

 

 C:『変身して戦うアニメの魔法少女? みたいな存在にも憧れあったし』※追記:魔法少女マジカルヒカリン。今日も俺の妄想内では、エッチな魔法少女スーツに変身して可愛いエンディング曲のダンス中だ。

 

 D:『雨咲君のざ~こ、ざ~こ!』※追記:言ってない。脳内西園寺のイメージボイスなので、残念ながらこの位置が妥当か。

 

― ― ― ― ―



 脳内ボイスデータが増える度に、もちろん追加・変動もありうる。

 今後も目――いや、耳が離せないぜ!


 ……いや、何言ってんだ俺は。  



「そっか。でも【ヒロインヒール】単体だと、ただの“疲労回復”だからな」


 

【調教Lv.1】があって、初めてあの効果の大きさになったんだと伝える。


  

「じゃあやっぱり今日の“特別な【調教ミッション】”、頑張って本当に良かったんだね!」 



 西園寺は、自分の選択が良い結果へ繋がっているんだとわかり、とても嬉しそうだった。 



「【ヒール】も習得できたし。今日も良いことばっかりのダンジョン探索だったな~」



『今日“も”』と西園寺が言ってくれたのが、何気に嬉しい。


 それは契約、そしてテイムしてからの日々を。

 西園寺が、ちゃんと好意的に感じてくれているのだとわかるから。



「それじゃあ明日もダンジョン探索、頑張ろうね雨咲君!」  



 ギルド会館へと戻る道中。

 西園寺は当然のことのように、疑いのない純粋な目で言う。

 

 それに対して、俺は――



「えっ、明日はダンジョン探索しないけど?」


「えっ」



◆ ◆ ◆ ◆



「――では雨咲様、西園寺様。申込みを受け付けました。試験は明日、午前9時から行います。ですのでそれまでに、こちらのギルド会館までお越しください」



“ランク試験課”の受付嬢さんから、カードのようなものを手渡される。

 青色の紙で、一番上の中央に【冒険者Fランク試験 受験票】とデカデカ書かれていた。

 


「あっ、やった。雨咲君と受験番号、1番違いだね」


「そりゃ一緒に申込みしたからなぁ」



 互いの受験票を見比べて、西園寺が嬉しそうに教えてくれた。

 花が咲いたような笑顔はとても可愛らしく、見ているだけで癒される。


 ……受験番号が1つ違うだけで喜んでくれるとか。

 どんだけ日常生活を見る目に“楽しいフィルター”かかってんだよ。

 

 俺なんて月曜日が1日1日と近づいてくるだけで絶望するのに。

 これが圧倒的陽キャと圧倒的陰キャの差か……。



「……でもそっか。明日は祝日だけど、ギルドは普通にやってるもんね」


 

 ギルド会館からの帰り道。

 西園寺は今気づいたというように、そのことを話題にした。  

   

 

「そうだな~。むしろ休日・祝日にこそダンジョンに潜ろうって冒険者は増えるだろうから。ギルドには休日も祝日もない。だから明日も、ランク試験は普通にやってる」


  

 そこが、市役所などの公的機関との大きな違いだろう。


 ダンジョンという摩訶まか不思議な空間。

 そこにいるモンスターたちにはもちろん、休日や祝日という概念が存在しない。   


 なので、冒険者たちをサポートするギルドも。

 365日、毎日稼働しているのだ。

 


「……でもいいのか? 明日は学校休みだし、探索するわけじゃないんだから。プライベートを優先してもいいんだぞ? 友達とかに誘われてるだろう」

  


 俺と違って友達が多い西園寺のことだ。

 祝日合わせて三連休になるんだから当然、友人から遊びの誘いなんかもあるだろうと推測する。


 

「うーんと。仲の良い子には、しばらくダンジョン探索を頑張るって伝えてあるから大丈夫」



 西園寺は細く綺麗な人差し指をあごにあて、懸念点を一つ一つ洗い出すように言う。 



「……あっ、そういえば大野君には誘われたかも。明日どこか一緒に出かけないかって」


 

 本当に今思い出したというような言い方だった。

 だが、全くそのことを気にしてないといった風である。

 


「でも元々、明日も雨咲君とダンジョン探索するつもりだったから。用事があるってちゃんと断ってるよ?」


「あ~そっか」

   


 ――スマン、違うんだ大野君!



 既にBランクで。

 学生冒険者としても注目を集める大野君の邪魔をするつもりなんて、サラサラなかったんだ!


 元々は俺だって、明日は一人で受験するつもりだったし。

 大野君、信じてくれ!


 大丈夫、俺は応援してるから。

 中学からの同級生なんでしょ?

 高校も西園寺がいくからってことで、ウチを進学先に選んだ感あるし。


 そんな今時でも稀な、情熱的愛情を持って西園寺にアプローチしている大野君を。

 どうしてボッチでGランクのド底辺冒険者が邪魔できようか、いやできまい!



「――実際に生活できるくらい稼ごうってなったら。いつかはダンジョンのランクを上げないとだし。そうすると、冒険者ランクも上げないとダメだもんね」



 もう大野君の話題は終わったものとして、西園寺はランク試験の話に戻っていた。


 いや、いいんだけどね。

 


「……ああ」



 冒険者ランクの+1が、入れるダンジョンのランク上限である。

 つまりGランクの俺と西園寺は、Fランクダンジョンまでしか入ることが許されない。


 それ以上を望むなら、冒険者ランクを上げるために試験を受けなければいけないのだ。


 

「まあFランク試験はまともにやれば受かる。気楽に行こうぜ、気楽に」 


「…………」

 


 だが西園寺から、すぐには反応が返ってこなかった。


 どうしたのだろうかと横を見る。

 すると、西園寺は真っすぐこちらを見上げていた。



「――えっと。雨咲君がランク試験を受けてくれるのって、私のため、だよね? ……ありがとう、雨咲君」


 

 んん~? 

 何か知らんが、勝手に西園寺の好感度が上がってた。



「雨咲君は本当なら、ダンジョンに入る必要はないのに。“私が上のランクのダンジョンに行くことになっても、ついて行ってサポートできるように……”ってことだと、勝手に解釈してます」



 くっ。

 西園寺め、なんて好意的な解釈フィルターをしてやがるんだ。

 悪い奴に騙されないか心配になるほどである。



「いや、それは、ほら。俺が美少女に付きまといたいからだよ、うん」 


「だ、だからびっ、美少女とか! いくら雨咲君の言うことでも、そういうのには引っかかりません!」


 

 西園寺は桜色に頬を染め、可愛らしく唇を尖らせて抗議してくる。  

 その表情や仕草自体が美少女のそれなんだが……でも今は言っても聞き入れてくれないか。


 ……ってか『いくら雨咲君の言うことでも』って、言葉にそっと忍ばせる俺への謎の厚い信頼感なんなの? 


 そうやって西園寺が発する癒し成分“ヒカリウム”を過剰摂取させて。

 俺をキュン死させようって魂胆こんたんか? 



 ――でも残念でした~!



 すでにヒカリウム中毒者でぇ~す。

 あ゛ぁ゛~可愛いがわぃぃ~!



 イェ~イ!

 見てるぅ~陽キャくぅ~ん?

 西園寺、今俺の目の前でちょっぴりねたような超可愛い顔してるよ~! 



 ……いや、何だその寝取られ映像に出てくるチャラみたいなノリは。

 

 やはりヒカリウムの過剰摂取で、脳がやられてしまっているらしい。

“最初からでは?”という幻聴が聞こえた気がするが、やはりそれもヒカリウムの影響だろう。 

 

 西園寺め、なんて恐ろしい! 

   

  

「――だから、私が勝手に思っておくから。ありがとう雨咲君。明日も一緒に、頑張ろうね!」



 西園寺は少し照れて、はにかみながらも。

 最後には胸の前で小さく両手を握り、可愛く気合いを入れたポーズをした。 



「うぃ~」



 それに対し。

 いつものごとく、気の抜けたような返答で応じるのだった。 



◆ ◆ ◆ ◆



 翌日の金曜日。

 そして今日は、三連休の初日でもある祝日だ。

 

 ただでさえ【俺的 曜日Tier表】のトップに君臨し続ける金曜日が。

 学校に行かなくてもいい祝日にもなるなんて、もう今日はそれだけで勝ったも同然である。


 ちなみにG評価常連はもちろん月曜日だ。

 月曜日にはそろそろ刺客を送らないと……。



「おはよう、雨咲君!」

 

 

 ギルド会館の前でボーっと突っ立っていると、西園寺が余裕をもってやってきた。 

 


「うっす」


「今日は金曜日なのに祝日で、学校お休みだったでしょ? だから朝、ちょっと混乱しちゃった。パジャマから制服に着替えようとして“あっ、今日はお休みだった”ってなって。あはは」



 何でもない話題で、会話のきっかけ作りをしようと思ってくれているのだろう。

 だが残念ながら、西園寺さん。

 それで“何でもない話題”判定はあげられないんだ……。



 ――えっ、『パジャマから制服に着替えようとして』? 


 は?

 エッチすぎません?     


 何それ、自分の下着姿を妄想させようとしてんの?

 しかも『ちょっと混乱しちゃった』とか、催眠シチュ要素もありかよ。


 こんなの、最低でもA評価つけるしかないじゃん。 

 なんだろう、翌朝に早速【俺的 西園寺ボイスTier表】の荒らしするの、やめてもらってもいいですか?


  

「そだね~」


 

 だがもちろん、そんな荒ぶる俺は表面上出さず。

 しっかり共感を示して、スムーズなコミュニケーションを成り立たせる。


 俺、マジでコミュ強だわ~。 




「ふふっ。あ~すっごく今の相槌あいづち適当だった~。酷い人だなぁ雨咲君は」


 

 全然成り立ってなかった。


 だが西園寺が、それを不快に思った様子は全くなく。

 むしろこうした軽いやり取りを楽しむかのように、クスクスと笑っていた。

 

 はい超可愛いぃ~。



 そうして、陽キャでコミュ強な西園寺様の恩恵に与り。

 試験の時間まで、他愛ない会話を楽しんでいた。


    

「――午前9時になりましたね。では【冒険者 Fランク試験】受験者の方は集まってください」



 眼鏡をした、40代くらいの細い男性が告げる。

“試験官”と書かれた名札を左胸に付けていた。

 

 男性の声に応じるように、ゾロゾロと人が集合してくる。

 他の試験官も何名か見かけた。


 合わせて30人以上はいるだろう。 

 


「これからそれぞれ、試験場となるFランクダンジョンに向かいます。1名の試験官で3名の受験者を担当しますので、それぞれ呼ばれた方は担当の試験官の元へ行ってください」


 

 そうして代表の男性は1人の試験官を紹介し、次に受験番号を3つ口にする。

 彼ら4人が揃ってギルド会館内を出ていくと、また次の試験官と受験番号を呼んでいった。



「――次の組。試験官は私、野田が行います。受験番号0923016,0923017,0923018番の方は私の元に集まってください」



 下番号“017”で自分が呼ばれたのだと認識する。


 試験官の中でも、責任者のこの男性が。

 俺の組の担当だったらしい。 



「あっ、一緒の組だ雨咲君! 行こっか」


 

 また“018”の西園寺は同組だとわかって、とても嬉しそうにしていた。


 ……あ~可愛いぃ。

 可愛すぎてゲロ吐きそう。

 つまりゲロカワ。 

  

 

「ちょっと待っててくださいね。……次の組は――」



 担当の人は責任者でもあるので、全員が散開するまでの進行も務めなければならないようだ。

 それを待つ間、少しだけ手持無沙汰になる。

 

 俺たちと同組で“016”の男子が、チラッと西園寺の方を見た。   

 多分同年代くらいで、クラスのお調子者っぽい見た目をしている。 

  


「――おっ、やった、ラッキー!」



 その彼が。 

 西園寺には聞こえないだろう小さな声で、そう呟いていた。

 ……まあ、西園寺と一緒だと、そりゃそれだけで嬉しいよね。

 

 でもこれはあくまで組が一緒なだけで、協力ゲーではない。

 Fランク試験は、一人一人が独立して行われるのだ。

 

 だからあまり鼻の下伸ばして、足元すくわれないようにね?

 助けてあげられないから。 



「――よし。では皆さん、我々も行きましょうか」


 

 他の人たち全員が、四人一組となって出ていくのを見送り。

 試験官の野田さんに促され、俺たちも外へと出るのだった。


 

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